1-18 言葉が通じなくても
『あらぁ、こんなに綺麗になってぇ』
ダンジョンの奥で隠れていた魔獣たちがぞろぞろとやって来た。先頭を歩いてきた老猫セレニャはテオドールの土魔法で均された地面に感動している。
『ほんとだ。歩きやすい』
『ふぅん、この美しい地面はボクの格好良さを引き立てるのに利用できそうだ』
妹の方の三毛猫ライと、ナルシストなシャム猫のナルは綺麗になった地面が気になるようで、顔を近づき匂いを嗅いでいる。
『ふふん! すごいだろ!』
『あっ、お兄ちゃん。どこ行ってたの?』
『何でキミが自慢気なんだい?』
兄の方の三毛猫レフは、まるで自分の成果のように誇らしげだった。テオドールとオズヴァルフが戦っていた時、あんなに怯えていたのに調子のいい奴だ。まあ、僕もあの戦場のど真ん中に放り込まれたらビビって動けないけど。
『なんてったって、俺の舎弟がやってくれたからな! 今度やって来た時に見せてやるよ!』
いつの間にかレフの舎弟入りが確定したテオドール。魔獣は本人の断りなしにヒトを自分の傘下に入れる習性でもあるのか? 調子に乗っているレフへの扱いになれているのか、二匹は『へぇ~』と薄い反応だった。
『そんなことより、あのヒトはだぁれ?』
ライが問いかけた黒髪の少女は人間形態のフィーニャであった。フィーニャは魔力切れなのか椅子に座ってぐったりとしている。そんな彼女に興味を示した三匹の猫が近づていった。
『誰だと思う? 匂い嗅いでみろよ。ビックリするぜ?』
『すんすん、ん~? 嗅いだことある匂い。でもこの匂いって……』
『むむん? ヒトからフィーニャの匂いがするぞ? 彼女、こいつに匂い付けでもしたのか?』
猫たちは椅子で休んでいるフィーニャの周りを取り囲み、匂いを嗅いでいる。上の空だったフィーニャはようやく彼らの存在に気付くと、椅子から落ちるように倒れ込んだ。
『な、なんだ! 敵なのかこいつは?』
『ビックリ』
『そういうビックリをさせたかった訳じゃねえんだけど……おい、どうした!』
倒れるフィーニャに驚いた猫たちは一目散に逃げ、彼女を警戒するように距離を取っている。僕は彼女に駆け寄ろうとしたが、それを阻むようにセレニャが目の前にやって来た。
『マシロさん。私のお願いを果たしてくださり、ありがとうございますの』
い、今? このタイミングでお礼を言われても……まだ元に戻る方法も分かってないし、結局何も解決できていないんだけど……。
『だけど、あともう少しだけ見守って頂けませんか?』
老猫の言葉に何か含みを感じ、そのまま従うことにした。まだうつ伏せで倒れているフィーニャの様子がなんだかおかしい。……震えている?
「みんな……みんなぁ! 私、フィーニャなの! ヒトの姿になっちゃったけど、フィーニャなの!!」
フィーニャは大粒の涙を流しながら自身の秘密を告白した。ヒトの姿になってしまうことがバレたら、仲間外れにされてしまうかもしれない。とても怖いはずだ。彼女はそんな恐怖と戦いながら打ち明けたのだ。
「お願い……信じて……こんな姿だけど本当なの……。私は、あなたたちと生きてきたフィーニャよ……」
今の彼女は魔獣の言葉が分からない。彼らがどんな反応をしているか確かめるのが怖いのか、フィーニャは蹲って顔を上げないようにしている。今の自分を受け入れてもらえるのか、まだこの場所に居ていいのか、不安で気持ちが溢れかかっていて、それらの答えを聞きたくないという気持ちが伝わってくる。
一方、猫たちの反応は、
『な? ビックリしただろ! こいつフィーニャなんだぜ!』
『フィーニャ、変身魔法なんて使えたの? すごい』
『いいなぁ! ボクにも教えてくれよ! ポーズのレパートリーを増やしたいんだ!』
受け入れ態勢MAXなのだった。
「変だよね……おかしいよね……。実は前からたまにヒトに変身しちゃうことがあって……でもまだ元に戻る方法が分からないの……」
『そういえば昔、キミと同じ姿のヒトを見かけたな。今ほど黒くなかったが』
『ナル、知らないの? この身体を覆ってるの「服」って言うんだよ。ヒトはこれを色々とっかえっこできるの』
『つまり自分の毛以外の表現ができるということか? ボクも欲しいぞ!』
『あー、俺も見たことあったな、ヒトのフィーニャ。その時も泣きじゃくってたぜ。てか元に戻んなくてもフィーニャはフィーニャだし、普段通りでいいんじゃね?』
「ごめんね……怖いよね……私絶対に元の姿に戻ってみせるから……」
フィーニャが深刻な雰囲気を醸し出している一方、猫たちはなんとも気楽そうだった。当事者は重く考えていたとしても、意外と周りは軽い気持ちだったというケースが思い浮かぶ。
猫たちの言葉を通訳してフィーニャを安心させようと思ったが、いつの間にか膝の上にセレニャが乗っていて動けない。もう少し様子を見ようということなのだろう。決して猫の撫で心地が良くて動きたくないわけではない。それにしても温いなあ。
「……ねえレフ。私、ここを出ていく前、あなたに水魔法をかけようとしたわ。ずっと謝ろうと思ってたの……本当にごめんなさい」
『……なんだよ。そんなこと気にしてたのか? あれは……お前を怒らせた俺も悪ぃし……もう何とも思ってないっての!!』
レフは明るい口調でフィーニャを許すも、その言葉が届いていない彼女は泣き続けている。
『ねえ、お兄ちゃん。これっていつものヒトと同じで言葉が通じていないんじゃ……』
『……ふん、関係ないね!』
レフはフィーニャの傍まで近づくと彼女の顔に自身の身体を擦り付けた。
『たとえ言葉が通じなくても、俺たちの間にゃこれで十分だ!』
猫同士の身体を擦り付ける行為は親愛の合図である。互いの匂いを付け、親しい仲を確認しているのだ。人への擦り付けはマーキングの意味合いもあるが、これは紛れもなく友好の証だろう。レフの行動を皮切りに他の二匹もフィーニャに身体を擦り付け始めた。
『フィーニャ、元気出して』
『笑顔のキミが一番だよ。ヒトの姿でもね』
彼らの想いは十分フィーニャに伝わったのだろう。さっきまでの悲しい表情は消え、今のフィーニャは和やかな笑みを浮かべている。
「みんな……ありがとう」
そう呟くと、みるみるうちにフィーニャの身体は縮んでいった。群がる猫たちに隠れるほど小さくなり消えてしまったと思った時、猫たちの間から出てきたのは見覚えのある黒猫だった。
『……え? も、戻った……? 私、元の姿に戻ったわぁ!!』
はしゃいでいる黒猫ことフィーニャは歓喜のあまり跳ね回っている。唐突な変身に驚いたが、本人……いや本猫が嬉しそうなので良しとしよう!
『ふふ……マシロさん、お付き合い頂きありがとうございました』
膝上のセレニャはまるでこうなることが分かっていたような口ぶりだった。やっぱりフィーニャの変身について何か知っているのだろうか。変身条件や元に戻る方法のヒントになればいいのだが。
『ちぇー、もう戻ったのかよ。つまんねーの』
『元気になって欲しかったけど、元に戻れとは言ってない』
『なあ、この「服」どうやって手に入れたんだい? ボクの分もあるかい?』
『なっ……!? あ、あなたたち! ようやく戻れたのになんなのその反応は!』
『解散、かいさーん』
『ヒトに変身したら教えて。じゃ』
『なあなあ、この薄いのはなんだい? これも「服」なのか?』
『ちょ、ちょっとあなたたち! ああ、もう! 言葉が分からない方が可愛げがあったわ!』
とりあえず今は、この一件落着な雰囲気を味わおう。良かった良かった。
「おい! ここがうちの息子を誑かしたダンジョンだな!!」
「いつの間にこんな横穴できたんだ? 前からあったか?」
「悪い魔物が巣食ってるんじゃないだろうね? こんなに村に近いんじゃ危ないんじゃないの?」
「まあまあ皆さん。落ち着いてくだされ。安全性は儂が保証しますぞ」
「あんたが言うなら……だが、俺は村長としての責任がある!! 突入だぁああ!!!!」
「お、親父ぃ! あまり大きな声を出さないでくれ! あの子たちが怖がっちまう!」
おやおや。もうちっとだけ続くんじゃ、ってやつ? ちくしょう。
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