1-1 転生したので頑張るっきゃない
「…………ここは……?」
目の前には真っ黒な空間が広がっていた。一面黒に染まっているここは光源が見当たらなかったが、何故か自分の手足は見えるという不思議な空間だった。
(……僕はいったい何をしていたんだっけ?)
ぼんやりとした頭で思い出そうとすると――
「***、貴方は死んだのですよ」
突然心臓を掴まれたような美声が、音一つ無かったこの空間に響き渡る。正面の黒色が波紋のように揺らぐと、その中心からこの世の物とは思えない美女が現れた。
「初めまして。私は女神エクレノイア。貴方にチャンスを与えましょう」
女神と名乗った女性は、この黒い空間とは正反対の白い髪を自身の身長を余裕で超えるほど伸ばしており、逆に豪華な黒色のドレスは周囲に溶けるように広がっていた。
白く濁ったような色の瞳を持つエクレノイアは僕を真っすぐ見つめていた。人の視線が苦手な僕は思わず目を逸らすが、視線の先に15、6歳の白髪の少年……いや少女? の翠色の瞳が僕を見つめ返していた。
驚いて思わず身構えると、相手も同じ動作をする。…………ん? これ鏡だ。
いつの間にか全身が映るぐらい大きな鏡が僕の隣に出現していた。
……というと、この姿は僕なのか? 身体は若返っている一方、髪は白髪になって……それにこの一昔前の西欧みたいな服装はまるでファンタジー世界の――
「貴方には異世界に転生してもらいます」
エクレノイアは当然のように僕のこれからの行く末を告げた。
衝撃の大きさに混乱しつつも、とりあえず情報をまとめてみよう。
まず、僕は死んだ。まあそうだろうな、と思っていたためショックは少ない。それで女神の計らいで別の世界に転生してもらえることになった。この肉体と白髪は女神の趣味だそうな。
そして本名をもじって「マシロ」という名前を貰った。名前が世界から浮かないための配慮らしいが、見た目から付けたんじゃないだろうな?
それからもう一つ、特別な能力を授けてくれるそうだ。
「答えなさい。第一の人生で叶えられなかった願望を。心にしがみついている哀れな後悔を。それにより第二の人生で活用できる能力を選定しましょう」
女神は優しく微笑みかけていた。悪魔の取引にも感じられたが、僕はその手を取ることに決めた。後悔はある。僕がもっと人の役に立てたなら……もっと人と――
「上手く話せていたなら…………」
ふり絞るような声を出した途端、足元が揺らぎ、底なし沼のように身体が沈んでいく。
「目が覚めたら『エリーザ』という女性を尋ねなさい。きっと貴方の助けになってくれるでしょう」
女神は混乱する僕を全く気にかけることなく、この空間に現れた時の動きを逆再生するかのように黒に溶け込んでいく。
「そして私の神託には必ず従うように」
すっかり黒に溶け込んだ女神の唯一見えた口元は、今までの微笑みとは比べ物にならないくらい口角が吊り上がっていた。
ああ……もう後悔しそう。女神の怪しげな雰囲気にぞっとするが、すでに僕の身体は首から下が地面に埋まってしまって身動きが取れない。
これから僕はどうなってしまうのだろうか。女神の言う通り、転生して第二の人生が始まるのか、はたまた騙されてもう一度死んじゃうとか。
このままだと窒息死? 沼っぽいから溺死? 苦しいのは嫌だなあ。
流れに身を任せた僕の全身がすっぽり地面に吸い込まれると同時に、誰もいない黒の空間で声だけが響いた気がした。
「さあ、新しい物語を始めましょう。頑張りなさい、主人公」
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「…………はっくしゅん!」
僕は自分のくしゃみと共に目を覚ました。周囲は茂みや木が生い茂っており、木々の隙間から人が住んでいそうな家の明かりが見えた。
本当に第二の人生が始まったんだ……。これから色んな出来事があるだろう、でもこんな自分を変えられるチャンスでもある。
僕は気を引き締めて明かりに向かって一歩を踏み出した。
今度こそ……今度こそ頑張るんだ!
~一ヵ月後~
頑張れませんでした。
たまに挿絵も描いていく予定です。
話の区切りの良い所で、今までの挿絵を纏めた雑話を更新したいと思ってますので、そちらもよろしくお願いいたします。
1-2の更新はこの後21時です。




