1-17 魔法小戦争の後始末
元騎士のテオドールが剣を咥えたドドドにスパッと斬られてしまうところを想像したが杞憂だった。最初にドドドに突進された時のように楽々と拾い上げ、その流れで咥えている剣を取り戻した。その一連の流れがスムーズでつい見惚れてしまう。
『わははーい! すごいすごーい! おじさんすごーいペロペロペロペロ』
「では儂はこれで失礼すうぷっ、これ、やめんか」
テオドールは腕の中で執拗に顔を舐めるドドドを下ろし、僕とオズヴァルフに一礼をした。僕はこの騒動がひと段落したのだと、内心胸をなでおろし彼を見送ったのだった。だが、去ろうとする彼の前に一人の黒髪少女が立ちはだかった。
「何帰ろうとしてるのよ!」
ふぃ、フィーニャさん!? せっかく丸く収まろうとしているのに何を!?
「帰るならこの後始末、何とかしてからにして!」
そう言って指差したのはダンジョンの中。地面は割れ、岩転がっており、さらに水びだしになっている。水はフィーニャの魔法のせいなのだが……。
「す、すまんのう。すっかり忘れていたわい。任せておくれ」
軽い調子で引き受けたテオドールはダンジョンの中に入り、納刀された剣を鞘ごと掲げた。鍔に填められた宝石がぼんやりと輝いた。すると水たまりはたちまち地面に吸い込まれるように消え、地割れは閉じ、岩は地面に潜っていった。
「……ふう。これでどうだ?」
あっという間にダンジョンの地面は彼が来る前よりも平らで綺麗になっていた。これが魔法……。やっぱり生活するうえでとても便利そうだが、それ以上に習得が難しいのだろうな、と思いながら深く皺が刻まれている彼の顔を横目で見るのだった
「す、すごいわ! 今の土の魔法? 火の魔法もすごかったのに別属性の魔法もここまで使いこなせるなんて……」
「なんの、この剣のお陰よ。本来は火属性に特化しているのだがな。鍔に填まっている『魔法石』が儂の魔力を増強してくれておるのだ。見た目は剣だが、所謂『魔力増強器』だ」
「へぇ~、そんな便利な物があるのね」
「む? お主の首飾りも魔力増強器ではないのかね? それに中々質のいい魔法石と見た」
フィーニャが猫形態の時からしている首飾りは『魔力増強器』というらしい。そう言えば降ってくる岩を止めた水の魔法を使った時に首飾りの宝石が光っていたな。だからあれほどの魔法を使えたのか。
「そう、なの? …………嬉しいわ。……あ、あれ?」
なにやら複雑そうな表情をしていたフィーニャは急に力が抜けたようにふらついた。僕は咄嗟に受け止めようとするが足がもつれて転んでしまった。その真上にフィーニャが倒れてくる。く、クッションになるなら本望!……と覚悟を決めたが、テオドールがすぐさま腕をフィーニャの肩に回し支えた。僕、だっさ、ただ転んだだけじゃん。
「あ、あれ私……? なんで……」
「魔力の使い過ぎで貧血になりかけたのだろう。座って休んでなさい」
『貴様ァ! フィーニャ様に触るな!!』
地面から土の魔法で椅子を生やし、フィーニャをゆっくりと座らせたテオドールにオズヴァルフは牙をむきだして迫ってきた。
「ぬぅ!? 急になんだ!」
「……オズヴァルフ。私は大丈夫よ。心配しないで」
興奮状態の狼をフィーニャは宥めるように諭すと、途端に狼は大人しくなった。傍から見るとサーカスの猛獣使いのようだった。
「またあの孤高の狼がヒトの命令を聞いただと……? 君はもしや……いや、詮索はするまい」
テオドールはフィーニャが気になる様子だった。いっそのこと実は魔獣だって打ち明けた方がいいんじゃないのだろうか? マザーのように受け入れてくれるかもしれないし……、でもリスクも高いよなあ……。
「オズ、そんなことより、この土魔法すごいわ。今なら詫びさせるついでに好きな物作ってもらいなさいよ」
『ふ、ふむ、良案ですな。おい白ヒト! 通訳せよ!』
「あ、はい!」
どうも彼の謝罪の心に付け込んで何か吹っかけようとしているらしい。なんて強かな……と思いつつも僕は逆らわずに狼の要求を聞き、そのままテオドールに伝えたのだった。
「そろそろ儂の魔力も尽きそうだが、その程度ならなんとかなるだろう」
「すみません。ここまでしてもらっちゃって……」
「なんのなんの。まだオズヴァルフ殿への詫びを足りないと思っていたところだ。それぃ!」
テオドールは再び剣をかざすと、地面から高さ三、四メートルほどの高台が生成された。広さはオズヴァルフが伸び伸びと寛げるくらいの余裕があった。というかすでにオズヴァルフは出来立ての高台に飛び乗り寛いでいる。
彼専用のプライベートスペース兼、辺りを見回すための監視塔であった。
「どうだ、気に入ったか?」
テオドールは高台の上にいる狼に呼びかけた。耳がピコピコと動いているが返事はない。ただの無視だ。……代わりに僕がお礼を言っておこう。
「ありがとう、って言ってま『おい!』はいすみません!」
吠えられた。こえーよ。
「ふふ、では儂は今度こそ退散しよう…………むむ!」
テオドールが目を見開いて何かを注視している。視線の先には三毛猫のレフがいた。
「マシロ殿、そちらの子の名前は何と言う?」
「え? あ、はい。「レフ」って言います」
名前を訊いたテオドールは三毛猫に向かって片膝を付き、深々と頭を下げた。
「レフ殿、この度は誠に申し訳なかった。改めてお詫び致そう」
レフはそんな彼の頭を前足でぺしぺしと叩いている。何やら「んふぅ」という鼻息交じりの興奮した声が聞こえた気がした。……聞かなかったことにしよう。
「で、ではさらばだ!」
颯爽と去っていく元騎士の姿がそこにあった。その背中には「また来よう」と書かれているようだった。
『あのおっちゃん、俺の舎弟になるぜ。俺のパンチに為す術なかったもんな!』
レフが誇らしげにシャドー猫パンチしている。マジで舎弟になりそうで恐ろしいわ。
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