1-15 感情むき出しの人が隣にいると逆に冷静になっちゃうよね
「僕は、魔獣の言葉が分かるんです」
はい、言っちゃった! もう後には引けない。ここからは僕のコミュ力が試される。……自信はない!
「…………大丈夫か?」
頭の心配されちゃったよ。でも仕方ない。僕だって元の世界でいきなり初対面の人から、私は動物と話せます、なんて言われたら関わらないようにするもの。
「い、至って平常です。僕は貴方とオズヴァルフの一方的な会話を聞いていました。ずっとすれ違っていましたよ」
「戦いは望んでいない……というやつだな」
テオドールは納得したかのように頷いている。思っていたより意外とスムーズに話が進みそうだった。このままオズヴァルフ含む魔獣たちをそっとしてくれれば、このダンジョンはひとまず平和になる!
「嘘だな」
「え!?」
「刃を交えた者同士だからこそ分かるのだ。奴は儂との戦いを楽しんでおった。儂との戦いを望んでいたなんぞ明らかだ」
「でもオズヴァルフは……」
「その「オズヴァルフ」という名も、お主が名付けたのではないか? 何が目的かは知らぬが、でまかせを言うのは止めよ」
僕の言葉は彼に全く届かなかった。たとえ思い過ごしであったとしても、十五年の想いの積み重ねに敵うわけがなかった。失敗した。戦いを止められなかった。何も為すことができなかった。
失意のどん底に叩き落された僕の横をテオドールは通り過ぎ、オズヴァルフへと剣を構えた。
「下がっておれ。儂とフーロウの戦いを邪魔する者は誰であろうと許さん。さあ、待たせたな。今度こそ我らの因縁に終止符を付けようぞ!!」
「自意識過剰……」
ぽつりと言葉が呟かれた。テオドールは振り返り、驚いた表情で僕の方を見ている。その言葉が自分の口から発せられたのに今ようやく気付いた。
「今……何と」
テオドールは苦虫を噛み潰したような顔で睨んでいる。もういい。ここまで来たなら全部ぶちまけてやる。
「自意識過剰だって言ったんですよ! オズヴァルフは貴方が思っているこれっぽっちも意識してない!!」
「な……いい加減適当な事を言うな! 現に奴は儂との戦いを……」
「忘れてたんですよ! この狼は!!! 貴方よりもその燃える剣を覚えてたぐらいなんですよ!!!」
「なっ……!」
半分自暴自棄の勢いで捲し立てる僕にテオドールはたじろいでいる。彼の肩越しにおどおどしているフィーニャと、くっくっくと笑っているオズヴァルフが見える。喚き散らしている僕はみっともない姿だろう? だけど見とけよ。やるならとことんやってやる。
「貴方が勝手に燃え上がるほど、それに反比例するようにあの狼は冷めてたからぁ! 呆れてたからぁ! ずっと帰ってほしそうだったんですよぉ!!!」
「き、貴様……儂を愚弄するというのか! この十五年間、奴は幾度も儂を狙ってきたのだぞ!」
「それこそが自意識過剰だって言ってるんですよ!! 彼はこのダンジョンから離れたことないって言ってましたー!!」
「ば、バカな……! 儂は奴の気配を……」
「じゃあ何で襲ってこなかったんです? お互い戦いを望んでるなら何で? その気配、本当にあの狼のものだったんですか?」
「ぐッ……! 確かに……だが、いや、しかし……! 因縁は……儂と奴には互いに傷を……!」
「オズヴァルフの目の傷は戦争よりも前のものらしいですし貴方の傷がそこまで裂けたのは高笑いして自ら傷を広げたせいって現場を直接見ていたそこの狼が言ってましたー!!」
「なッ!? 何故それを!? ぐっ、ぬ、ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅううう!!!!:
クリティカル。早口かつ半ば子供の口げんかのような口調になりかけていたが、テオドールの痛いところを付けたようだ。僕の反論はオズヴァルフの言葉だけでどれほど信憑性があるかは分からないが、少なくとも彼の十五年の積み重ねを揺れ動かすことに成功したようだ。
その証拠に、彼の傷だらけの顔は赤く染めあがり、修羅の如く睨みつけてくる。裂けるように広がった口元の傷も相まって怖い。ものすごく怖い!
勢いのまま畳みかけてしまったが、目の前にいるのは抜身の剣を握った幾千錬磨の元騎士である。さらに顔が真っ赤になるほどにぶちギレているおまけつき。このままぶった斬られても文句は言えない。怖い。ヤバい。やり過ぎた!
体中から冷や汗が湧き出てくる。どうしよう? 殺される? 痛いのは勘弁!
またもやパニックに陥り、頭が真っ白になっていく。
『くっくっく、いいぞ白ヒト。その愚かなヒトを辱めてやれ!』
「うるせぇぇええ!!!! 何観客気分でいるんだぁあ!! 元はと言えばあんたが原因だろうがぁああああ!!!!!!」
『ぬぉ!?』
パニックの果てに野次を飛ばしてきた大狼に突っかかる。半泣きで詰め寄った様を見て大狼はドン引きしているが構わず続ける。
「あんたすごい魔獣なんだろ! 語り継がれるほどなんだろ! だったらもうちょっとノリ良くていいじゃん! なんか可哀そうだったよあの人!!」
「ま、マシロ? 落ち着いて、ね?」
『い、いやしかし、人間が勝手にしたことであって……』
「そうだよ勝手にやっちゃうんだよ人間という生き物は!! あ~~~あ、人間って愚か!!!」
大狼の首もとの毛を掴むように縋りつく。このままパクっと丸呑みされてもおかしくないが、すでにもうどうにでもなれ~状態の僕は全てを投げうっている。ある意味無敵。
「……そうか、マシロ殿よ。お主が魔獣の言葉が分かるのは信じよう。だが……」
すでに落ち着いている様子テオドールは宿敵の大狼ではなく、見苦しい姿で荒れている僕に剣を向けた。剣先からは大狼に込められていた高揚感とは別の感情――敵意が感じられた。
「お主は何者だ。何故魔獣の言葉が分かる。魔物がヒトの姿に化けているのか? であれば、儂はお主を斬らねばならん!!」
「うるせぇええええ!!!! ヒトとか魔獣とか魔物とかもうどうだっていいぃいいいいい!!!!」
だが、気持ち的に無敵の僕は全てに牙をむく。種族を一纏めにされたフィーニャが視界の端でむっとした表情をしているが、ヤケクソ全開の僕は彼女に気を回せるほどの余裕はない。
「因縁とか確執とか知るかぁあああ!! 争わないで済むなら争わないでくれ!!」
僕はまるで紐が切れた操り人形のように地面に倒れ、うつ伏せのまま叫んだ。
「仲良くしようよぉおおお!!!!」
「……………………」
「……………………」
『……………………』
はい、静寂。
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