1-11 黒猫の一張羅
「私は動物じゃない! 魔獣よ!!」
全裸コートの黒髪少女は高らかに自分が人間ではない存在だとカミングアウトした。
魔獣は人間の敵だと教えてくれた張本人の目の前で。
「魔獣!? そのお姿で!? ほぇー、ほぉー」
マザーは興奮した様子でフィーニャの身体の至る所を触れていった。普段のおっとりとした雰囲気からは想像できない程の爛漫とした表情をしている。
「あはっ、あはは! くすぐったいわぁ」
傍から見たら和気あいあいとした光景だが、フィーニャが魔獣だとバレてしまった今、マザーがどのような行動に出るか分からない。
今更遅いかもしれないが、これ以上状況が悪くならないように努めなければ……!
「他の仲間もいますか? それにその仲間もヒトの姿になれるのですか?」
「ええ、皆ダンジョンに住んでるのよ。魔法を使える魔獣もいるけど、ヒトの姿になるのは私だけみたいなの……。でも私はこんな魔法使えないわ!」
ぜーんぶ言うじゃん。
今のやり取りだけで、ダンジョンに魔獣が存在していることや、ヒトに変身できるのはフィーニャだけという、ダンジョンを攻略する際の重要な情報が漏れてしまった。
もしマザーが魔獣を危険とみなし、冒険者に依頼したらあっという間に退治されてしまうのでは……?
「ふむ……軽く調べさせて頂きましたが、変身魔法なるものはかかっていないですね。魔力の流れが感じられませんもの」
さっきフィーニャの身体を触っていたのは魔法がかかっていないか調査していたのか? フィーニャが魔獣だと自称した後に、すぐ調べ始めていたとは……雰囲気と違って意外と抜け目ないなマザーは。
「すごーい! それだけで分かっちゃうなんて、あなた、私の師匠に負けないぐらいの魔法の使い手ね!」
「……師匠、がいらっしゃるのですか?」
「そうよ! と~っても強いんだから! でも師匠が使う魔法の属性と、私が得意な魔法の属性が違くて……」
「ほほほぉー、興味深いですね。そのお師匠様に詳しくお話をお聞きしたいですね」
僕も魔法談議はもっと聞きたかったが、本題から脱線し始めたので無理やり話を戻す。
「魔法のせいじゃないのなら、どうしてこの子はヒトに変身してしまったのですか?」
「あ、ええ、敢えて原因を告げるならばこれは、体質と言わざるを得ないですね」
「体質……?」
「ええ、貴方はヒトに変身するという能力を持っているのでしょう。変身、または元に戻る条件は判明していますか?」
首を振るフィーニャ。レフとケンカした時を一例として挙げていたが、明確な条件は分かっていないのだろう。
「体質を治すことは困難ですが、変身の条件が分かればその体質との付き合い方を変えることができます。一緒に考えていきませんか?」
「えっ、いいの!?」
「きょ、協力してくれるんですか?」
マザーはいつもの穏やかな調子でゆっくりと頷いた。
驚いた。人間と魔獣は敵対しているため、マザーも例外なく魔獣を討伐するように動くと思っていた。
「全ての状況を照らし合わせて発生条件を調べるとなると、50年……いや200年は見た方がいいかしら……」
ぶつぶつと呟いている内容から、エルフの時間感覚の緩さを察したが聞かなかったことにした。
「マシロ! よく分からないけど、なんとかなりそうってことよね!」
フィーニャは嬉しそうに四つ足でぴょんぴょんと跳ねている。相変わらずの全裸コートなので、見えてはいけないものがちらちらしている。変身能力について長い目で付き合っていくとして、フィーニャには人間社会についても学んでいかなければならないだろう。
「マザー、フィーニャさんに何か服を貸してくれませんか? できれば動きやすそうなものであればありがたいのですが……」
「そうですねぇ。奥に仕舞ってあるので持ってきますね。少し待っていてください」
マザーはそう言って応接間から出て行った。一時はどうなるかと思ったが、マザーが協力的でよかった。今のところあのダンジョンが攻略されることはないだろう。
……んん? そもそもあのダンジョンを攻略する者が現れたとして、僕が困ることはあるのか? 今後、あのダンジョンが村に危害を及ぼす可能性もあるはずだし、攻略する方が村の皆にとって最善なのでは……?
でも、あの魔獣たちの住居が奪われてしまうかもしれないのか……。
「ねえ、マシロ。「服」ってあなたのコートで十分よ。これ以上体が重くなりたくないわ」
「これからはヒトの生活にも紛れるかもしれないですから、服に慣れときましょうね」
服が煩わしいのかフィーニャは不服そうに、ぶーっと唇を尖らせている。そうだ、ダンジョンにいる魔獣たちはこの村で動物の振りをして紛れてもらおう。猫の四、五匹ぐらい増えても誰も気にしないはずだ。ダンジョンに戻ったら提案してみよう。
「…………」
ふと隣で座っているフィーニャを横目で見ると、部屋の隅をじっと見つめていた。これは猫特有の何もない空間を見つめているやつ! 幽霊のいる場所を見ている、という訳ではなく、色々な説があるが音のする方を気にして見ているだけらしい。
フィーニャの視線の先を見てみると何も無かったわけではなく、そこには女神エクレノイアの小さい像があった。像は礼拝堂に飾ってある巨大な像と同じように微笑んでいた。
「フィーニャさん、それは女神エクレノイアと言って、この世界を創った神様なんですよ」
「……随分小さいのね」
「いや、あれは女神の姿を模して創られた像で、本物は……僕よりちょっと大きいぐらいかな」
「なんだか会ったことあるみたいね」
「えっ、あ、いや……まあまあまあ」
危ない危ない。つい誤魔化してしまったが、あまりエクレノイアとの関係を大っぴらにしない方がいいのだろう。僕が転生者だとバラしても、何もいいことなどないのだから。
「えいしょ、えいしょ、フィーニャさん、どの服が好みでしょうか?」
ひとりでに開いた扉から、両手いっぱいに服を持ったマザー・エリーザが現れた。派手目なものからシックなデザインに抑えたもの、様々な衣装からはフィーニャを着せ替えて楽しもうという魂胆が透けて見える。
「じゃ、じゃあ僕は席を外しますね。フィーニャさん、楽しんでくださいね」
巻き込まれまいと先手を打つ。フィーニャはぎょっとした表情を浮かべている。がんばれ。
「あらそう? ではフィーニャさんに似合うように見繕いますので、楽しみに待っていてくださいね」
「マシロ! マシロぉ!!」
フィーニャの悲痛な叫びが聞こえる。僕は部屋を出て扉を閉めた。ま、なんとかなるでしょ!
部屋の中の二人の会話がかすかに聞こえたが、盗み聞きするつもりはないのですぐその場を後にした。
「どの服から着ていきましょうか。……ところでその紅い宝石の首飾りは?」
「ん? これはお母さまから頂いたものなの。私を産んですぐ死んじゃったんだけどね」
「……そう、だったんですね。大切にしてくださいね。それはきっと貴方の力になってくれるでしょう」
「? もちろんよ!」
フィーニャの着せ替えを待っている間、僕は礼拝堂で女神エクレノイアの像を見上げていた。
女神は僕を転生させ、ダンジョンに向かわせたのは、フィーニャと会わせたかったからなのか? 僕だったらいくらでも彼女を見過ごす可能性があったのに。そもそも奴の目的は何だ? 真意は何だ?
……考えたってしょうがないか。神様の心理を推し量ろうとする方がおこがましいだろうし。
「マシロさん、お待たせしました~」
礼拝堂の奥からマザー・エリーザのご機嫌そうな声が聞こえた。振り向くと声の主にしがみつきながら二本足でぎこちなさそうに歩くフィーニャの姿が見えた。
「似合っているでしょう? マシロさんも感想をお聞かせくださいね」
マザーに押し出されたフィーニャは黒を基調としたゴシックのワンピースを着ていた。黒色の手袋もしていて一色に偏りすぎかと思いきや、服の節々に散りばめられている白色の意匠がバランスを整えている。さらに、ワンポイントになっている首飾りの紅い宝石の輝きが視線をそこに誘導させ、全体的に暖かい印象を与える。
「…………マシロ、どう?」
普段の活発なフィーニャからは想像できない程、しおらしくなっている。リンゴのように顔を赤くし、もじもじしている様子はこっちまで恥ずかしくなってしまうようだった。
「に、似合ってます……」
慣れない雰囲気に体が固くなってしまう。フィーニャも黙ってしまって、微妙な空気が僕たちの間に流れた。こ、コメント間違った?
「マシロさん、もっと、もっと」
フィーニャの後ろでマザーが囃し立てる。言葉が足りなかったってこと? でも何て言えば……?
「……ナルを褒めた時みたいなこと言って……」
ナル? ……ああ、あのナルシストっぽいシャム猫のことかな? あの時は見たままを述べただけなんだけど、それでいいのなら……。
「えっと、その服の黒色が君の綺麗な髪に合っていて、すごく似合っています。全体を落ち着いた印象で纏めているけど、そのお陰で白いフリルやリボンが映えていて、とても可愛いと思います。あと、首飾りを引き立てている着こなしで、その……素晴らしい服を選びましたね」
ど、どうだ? 上手く言葉にできなかったし、思ったことをそのまんま伝えたから間違っているかもしれないけど。
「………………」
む、無言……!!? 今思えば、異様に早口だったし、細かく言いすぎてキモかったんじゃないの? し、しくじったぁ……!
「……マシロ」
「はいぃ!?」
「…………ありがと」
フィーニャは小首を傾げ、朗らかに微笑んだ。よ、よかった……僕のコメントは間違ってはなかったようだ……。それにしても、いつも強気なフィーニャが服を着ただけでこんなお淑やかな雰囲気になるなんてな。
「でもやっぱ動きにくいし、身体が重く感じるわ! それにこの股の「服」って必要なの? おしっこしづらい!」
こらこら、スカートを持ち上げて見せようとするんじゃあない。なんだかんだいつもの調子を取り戻してきたようで安心はしたけど。
「ねえ、マシロ……わわっ」
二足歩行に慣れていないフィーニャが、ふらふらと僕の方に近づいてきて転びかけた。僕はとっさに倒れ掛かったフィーニャを支えるように抱きかかえる
「うわっ、と」
「ふふん、マシロなら助けてくれると思った。感謝するわ」
「何ですか、それ……。ヒトの生活に溶け込めるよう、歩くのを練習しなくちゃいけませんね」
「……別に練習しなくていいわ。だって私の居場所はあのダンジョンだもの」
抱きかかえているため顔が見えないが、フィーニャは唇を尖らせたような口調で拗ねている。あのダンジョンに住み続けるか、攻略するために出て行ってもらうか、いずれにしても一度戻って魔獣たちに話を通さなければいけない。
「だったら、ちゃんと皆にその体質のことを話した方がいいんじゃないですか? そのためにレフたちと仲直りをしましょう」
「う……で、でもこのままだと言葉分からないし……」
僕は自分の能力を他者になるべく知られない方がいいと思い、マザーに聞かれないようにフィーニャに耳打ちする。
「僕が通訳……レフたちの言葉をそのまま君に伝えますよ」
「本当!!!!!!!!!?」
声でっか。耳キーンなるって。でもこの程度のことでここまで嬉しそうになるものなのか。なるべく仲を取り持つつもりだけど、仲直りできるかはフィーニャ次第なのに。
「じゃ、じゃあ一度ダンジョンに戻りましょうか」
「うん!!!」
僕としても魔獣たちに村への移住を早く勧めたかった。のんびりしていたらウォーレン以外の村人にも見つかって、冒険者にダンジョン攻略の依頼を出してしまうかもしれない。最悪、村人たちだけでダンジョンに挑み、魔獣との争いに発展してしまう可能性もある。
ま、流石に未踏破のダンジョンに挑戦するような実力者はこの村にいないだろうし、その点は問題ないか。
「ああ、言い忘れていたのですが、先ほど王国の元騎士様が参りまして、マシロさんのことを相談しましたら、ダンジョンを攻略しに向かいましたよ」
だからそう言うことは最初に言ってぇ!!!
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