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僕だけが騙されない超癒しダンジョン  作者: 東條水久
第一章 癒しが必要なあなたに
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1-9 裸の少女を見過ごせますか?

 フィーニャの泣き声を頼りに向かった先にいた者は、一糸纏わぬ姿で地面にへたり込み、わんわんと泣いている人間の少女だった。


「うぅ~……わぁぁあん! あぁああん! ふぅー、ふぅー……うぅ、ぉぇ」



 え、事件?



 えずくほど泣いている少女は何者かに襲われたのでは……? 放っておくべきではないと思うが、もしその襲撃者がまだ近くに潜んでいたら……? 僕一人だと太刀打ちできないだろう。誰か、僕以外の手助けが必要だ。その方がずっとこの人のためになる。


 これが最善の策だと結論を出し、彼女と僕を隔てる茂みからそっと距離を取る。誰か別の人を呼んでくる。これが僕ができる唯一の役割だ。その役割をこなすために、まずすることは音を立てずにここから離れ「パキッ」……小枝を踏んでしまった。何で僕はこんな簡単なこともできないんだ。くそが。


「!?」


 少女は小枝が折れる音に気付き、はっと僕の方を見た。確実に目が合った。ど、どうしよう……。気付かれたのに置いてくのか? いるかもしれない襲撃者は? 

 パニックに陥り、思考が堂々巡りを始める。その思考を止めたのは少女の泣き声だった。



「ま、まし……マシロぉおおお! マシロぉぉおおお!!!」



 少女は名乗ってもいない僕の名前を叫び出した。間違いない。あの黒猫と同じ声で泣いているこの黒髪少女は、



 フィーニャ本人だ。






「…………落ち着いた?」


「……うん、ぐすっ」


 黒髪少女こと元黒猫のフィーニャは泣き止んで、今は平静を取り戻している。


「ふぃ、フィーニャさんはどうしてそのようなお姿に……?」


 動物相手ならまだしも、相手が人の場合だと妙に畏まってしまう。対人能力よわよわである。フィーニャはフィーニャで、さっきまでの毅然とした態度はどこへやら。弱弱しくへたり込んだままだ。


「……分からないの。レフたちとケンカした時とか、迷子になった時とか、たまにヒトになっちゃうみたい……」


 人に変身できるのも魔獣の特徴の一つなのか? 変身魔法ってものがあるのか知らないけど、魔法の力が暴走した結果なのだろうか。


「ひ、ひとまずダンジョンに戻りませんか? セレニャさんが心配していますよ」


「婆やが? …………嫌っ」


 視界の隅で黒髪が揺れている。思いっきり首を振って否定しているのだろう。


「えっ、な……何故です?」


「だってこの姿だと、皆何言ってるか分からないんだもん」


 魔獣の言葉が分からなくなっている? 人に変身すると魔獣との意思疎通が困難になってしまうのか……。その姿は自分でコントロールできていないようだし、なかなか厄介な状況だな。


「それに……皆に私がヒトの姿になっちゃうなんて知られたくないの」


 自分の仲間が別の種族に変身できると知られれば、場合によっては仲間外れになりかねない。彼女はそれを危惧しているのだろう。


「……ところで、何でマシロはずっとそっぽを向いてるの?」


 そりゃあ少女の裸を見続けるわけにはいかんでしょう!

 僕はフィーニャとの会話中、なるべくフィーニャを視界に入れないように努めていた。あっ、木の上にリスちゃん。かわいいね、ふふ。


「……ねえ、こっち向いてよ」


 フィーニャがか弱い声で僕の服を引っ張る。だが、断固として向かない僕なのであった。あら、もう一匹リスちゃん。夫婦なのかな。


「なんで……こっち向いてよぉ……私のこと、嫌になっちゃったの……?」


 さらに気弱になっていくフィーニャは身体を押し付けるように僕に縋ってくる。い、色々柔らかいものが当たってるんですけど!? おいこらリスども! 見せつけるようにおっぱじめんな!!


「は、裸は普通、見てはいけない、もの、だからです……」


「「ハダカ」……? 何を言って……くしゅんっ」


 ああ、そうか、魔獣には「服」の概念もないのか。だって彼女らの普通は「全裸」だもの。

 肌寒い風が吹き、いつもの毛皮がないフィーニャは身震いをしている。僕は着ていたコートを彼女にかけた。最初っからそうすれば良かった。気付くの遅すぎだろ……。


「……あたたかい。あ、ありがと……」


「人は君たちみたいに体毛が多くないですから。こういった「服」というものを着て寒さを凌いでいるんです」


「ふーん……」


 フィーニャは僕のコートをすんすんと嗅いでいる。その姿でも匂いって分かるものなのか?

 フィーニャが服を着たことで(それでも破廉恥な姿だが)ようやくまともに彼女と向き合えることができた。

 彼女の瞳は猫の時と同じように紅く、身体全体を覆うような黒髪は毛先がくるんとカールしている。頭には猫耳の名残なのか、ぴょこっと跳ねたくせ毛が二束ある。首もとには猫の時には目立たなかった深紅の宝石の首飾りが存在感を放っていた。


「……マシロって優しいよね」


 優しい? 僕が? ただ気が弱く、責任を負いたくないだけの自分が? そんな奴より、本当に優しいのは目の前にいる君だと思う


「……優しいのはフィーニャさんの方ですよ。僕がウォーレンさん……先に来ていた男性に追い詰められた時、肩に乗って助けてくれたじゃないですか」


「ああ、あの時のあなた、ビビってへなへなだったわね」


 そりゃあビビるさ。僕は君みたいに脅威に立ち向かえる勇気はない。


「でも、あなただって庇ってくれたじゃない」


「?」


「私がレフに水魔法を放った時、あなたは身を挺して彼を守った。もしあのままレフに水がかかってたら、ケンカどころじゃ済まなかったかもしれない……」


 あれはたまたまフィーニャを覗き込んだせいで、故意じゃない。僕の行動はいつだってその場しのぎか、偶然だよ……。

 そんなことより気になるのが――


「魔法……。使えるんですね!」


「うん?」


「僕も魔法を使いたいんですけど、理屈がよく分からなくて……。使えるフィーニャさんすごいですよ!」


 興奮混じりにフィーニャを羨む。一度は諦めかけたが、やっぱり異世界に来たからには自分も魔法が使いたかった。


「ふ、ふふん。私すごいの?」


「はい! すごいです! 何かコツとかあるんですか?」


「そうねえ、心がグツグツしたらお腹にギューンってしてグルグルギュッポンからのビュワオンよ!」


 マザーが説明した時と同じ擬音で返された。あの説明正しかったんだ……。やっぱり訳分からんけどね!


「……と言っても、水魔法以外はてんで駄目だし、その魔法もあなたの顔を濡らす程度しか出せないわ」


「? 変身魔法は? 今、人になってるじゃないですか」


「えっ、これも魔法なの?」


 いや僕に聞かれても。


「魔法を使ってるつもりはないわ。それに魔法なら自分の意志で解除できるものでしょ?」


 そういうものなのか。魔法に関して素人の僕があれこれ考えても意味がない。僕より断然詳しそうな人に心当たりがある。


「今から魔法に詳しい人に会ってみませんか? その人なら今の状況を何とかできるかもしれないです」


「ヒトに!? ……会ってみたい。話してみたいわ!」


 長生きなあの人ならフィーニャを元に戻す魔法を知っている可能性がある。そうじゃなくても、この子に着させる服を貸してもらえないかな。適したサイズはあるのだろうか……。


 僕らは森を抜けようと歩き出した。片方は四つん這いで。

 元々猫だからしょうがないけど、傍から見たらそういうプレイだと勘違いされないだろうか……。


「いつっ……!」


 四つん這い裸コートのフィーニャは自分の手のひらを見つめている。人の手足は猫の肉球と比べて、裸足で地面を歩けるほど衝撃に強くない。小石でも踏んでしまったのかと心配したとたん、フィーニャは僕に跳びかかってきた。


「ふぎぃ!?」


「あれ? 前は乗っても平気だったのに、足腰弱くなっちゃった?」


 ウォーレンから守ってもらった時の事を思い出して、僕の肩に乗ろうとしたのだろう。当然、突然のしかかった負荷には耐えきれず押しつぶされてしまう。


「……き、君の体重が増えてるんです」


「あら、そうだったの。ごめんあそばせ」


 彼女が上に乗ったまま下敷きになっているので顔が見えないが、わざとらしく笑みを浮かべている気がする。早くどいて欲しいが、このまま素足で歩かせるのも可哀そうなため、おんぶの形で持ち上げる。


「よ~~いっしょ!」


「わあ、すごい! すごい!」



挿絵(By みてみん)



 うつぶせの状態のまま立ち上がったので、腰に大ダメージを負ってそうだが、それよりもフィーニャを送り届けることが重要だ。突然のおんぶが面白かったのかフィーニャのテンションが高くなった。さっきまでの泣きじゃくっていた時よりもこっちの方がよっぽどフィーニャらしいな。


「すんすん、すんすん」


 猫の習性だろうか、僕の背中に密着して執拗に匂いを嗅いでくる。フィーニャのそれなりに大きいアレが当たっているのもだが、そんなに嗅がれると流石に恥ずかしい。もう少し離れてくれない?




「このコートからあなたと別の匂いがする。ねえ、どういうこと?」




 え、急に不機嫌になったんだけど!?




連載再開です!



この続きは本日の21時更新!

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