卒業少年愛者
バスの停留所でバスを待っていた。
僕は毎日通学にこのバスを使う。
ある木曜日、30代と見られる男の人がベンチに座っていた。
薄い本を読んでいた。
同人誌というやつだろうか、でも僕がイメージしてたようなイラストチックなものではなく、いわゆる文芸誌ということらしかった。
表紙をうかがった。
『笑う奇形児』
その表紙は武骨いロゴでそう飾ってあった。
「それどんな本ですか?」
思わず僕はおじさんに尋ねてしまった。
「暗いような、ほのぼのしたような…」
おじさんは顔をしかめながらまさに僕の質問の答えをひねり出そうとしていた。
「…ダークホーム?」
僕は言葉にしてみた。
「ふ、ダークホームか。確かにそんな感じのストーリーだ」
おじさんが顔を上げた。
「君いくつ?」
「12歳です」
「見ごろの桜だな」
「え?」
「なんでもない」
バスが来たのでおじさんにどうもと頭を下げてバスに乗り込んだ。
おじさんの方は軽く手を振ってくれた。
翌週の木曜日、また停留所にそのおじさんがいた。
「おはようございます」
ぼくはもう顔見知りの気分だったので気軽に挨拶をした。
「やあ」
おじさんはタバコを携帯灰皿に押し込みながら煙を消していた。
「前読んでた薄い本、もう読み終わりましたか?」
「ああ。最後はハッピーエンドだったよ。生まれ落ちた宿命とうまく歩調を合わせていく感じで終わった」
「宿命ですか」
「そう、宿命だ。運命と宿命は違う、運命は自由、宿命は不自由」
「へえ…」
僕は興味をひかれた。
「君、二中か?」
「はい、二中です」
「俺も二中だ、確か2002年に卒業した」
「先輩ですね!」
「まあ、な」
「おじさんは通勤ですか?」
「ああ、先週から職業訓練所みたいなとこに行ってる」
「技能取得ですか?」
「そんなまじめなもんじゃない、社会不適合者の集まりさ」
「へえ…」
バスが来たのでまたおじさんと別れた。
その日、学校で嫌なことがあった。
僕は茫然自失として『死んじゃおうかな』なんて思っていた。
停留所の前で車がビュンビュン走る中に飛び出した。
僕の腕を誰かがグイっと引っ張ってそれを制止した。
「自殺だけはしちゃだめだ」
「…」
おじさんだった。
「寿命は宿命、変えられない。自殺は運命、前言ったようにこれは自由だ。でもな」
おじさんは僕の両肩に手を置いてまじめに言ってくれた。
「どんなにつらくても生き抜かないといけないんだよ。自殺は骨折り損のくたびれ儲けだ」
「自殺するとどうなるの?」
「死んだあと後悔する」
「死後の世界はあるの?」
「ある、と思う」
僕はまだ呆然としていた。
「赤信号でも前に進むべき時があるとしたら、命を救おうとするときかもな」
おじさんは言った。
僕は気になった。
「おじさん、すごく全うな人に見えるけど、前社会不適合者の集まりに行ってるって言ってた」
「ああ、言ったな」
「それは、どんな?」
「統合失調症、そして」
ごくりと僕は唾をのんだ。
「少年愛者」
それから僕はバスをいくつか見送って30分くらいおじさんと話した。
「え、じゃあ僕みたいな少年が好きなんですか?」
「そうさ、君は旬だ。見ごろの桜だ」
「でも、僕は大人になっていきます、そうしたら好きじゃなくなるんですか」
「そうさ。少年愛者ってのは、真剣な交際をしちゃいけない人種なのさ」
「僕は人としておじさんのこと好きです」
「俺も君は好意に値する」
「…ジレンマ」
「そうだな」
「おじさんは少年愛者ってことにアイデンティティを感じてるの?」
「まあ、な」
「でも少年愛者ってショタコンとも言うよね」
「よく知ってるな」
おじさんは苦笑した。
「正太郎コンプレックスの略だって聞いたことあります」
「そう、鉄人28号の正太郎みたいな子を好きな人がショタコンだ」
「コンプレックスってことは打ち砕くべきものなのではないですか?」
おじさんは、おや?っとした顔を浮かべた。
「アイデンティティを感じてるのに?」
「アイデンティティを感じてるからこそです。おじさんは自分が少年愛者だということにとらわれています」
「…そうかもな」
「今日学校で嫌なことがあったんです」
「自殺を決行するほどにか」
「はい」
「どんな?」
「それは…」
実際には上履きを隠されただけだったのだがそんなことで自殺を決行した自分を馬鹿みたいに思った。
おじさんが止めてくれなかったら僕は死んでたかもしれない。
「まあ、詳しくは聞かん」
「おじさん、少年愛者を克服して、僕の友達になってよ」
思わず口をついた言葉だった。
「…できるかな」
「やってみましょう!運命は自由!」
「はは」
それから僕とおじさんはLINEを交換し定期的に連絡を取り合った。
おはようからおやすみまで、これって付き合ってるみたいだな、となんとなく思った。
こんな事普通はしない。僕は心の奇形児なのか?
だったら腹の底から笑ってみたい。
===
また木曜の朝、早めに行ったらもうおじさんがいた。
僕と話すためだろうか。
おじさんは数年前に激しい幻覚を見て統合失調症にかかったらしい。
医者が下した診断だが、自身が少年愛者であることは打ち明けてないらしい。
「何のメリットもないからな」
おじさんはあっけらかんとそう言った。
統合失調症のことはよくわからないけど、僕自身が少年であるからかしつこく僕はおじさんに少年愛のことについて聞いた。
「児童ポルノを合法化することがゴールだと思ってたよ」
「それでそれで?」
「市議会に手紙を送ろうとした」
「ほうほう、陳情書ってやつですか」
「よく知ってるな」
おじさんはまた苦笑した。
僕はおじさんを苦笑させるのが好きだった。
「統合失調症の方には手厚い福祉が用意されてるのに、小児性愛者にはそれが無い」
「だって小児性愛者は性暴力をふるう存在ですから福祉とは結び付きませんよ」
「そこがインパクトだと思ったんだけどなあ…」
おじさんは週1回の就労支援を受けていた。
こんなしっかりした人が時給200円しかもらえないらしい。
「軽作業だからな、それにだいぶ融通も利く」
「おじさんは居場所を求めてるの?」
「うん」
統合失調症の患者を演じながら、本性は少年愛者。
それでごまかしがきいてるのが僕には納得できなかった。
「おじさんは人間愛の過程にいるんじゃない?」
「人間愛の過程?」
「うん。大人も子供も男も女も関係なく愛せるようになる人間愛のさなぎの状態がおじさんだ」
「それ、ちょっとほっとするわ」
「どうして?」
「少年愛者、卒業する時期にきてたのかなあって、最近思ってたんだよね。それこそ前に君が言った自分のアイデンティティにとらわれてるっやつ」
「あの」
「ん?」
「この前は自殺止めてくれてありがとうございました」
「俺にありがとうと言われる資格はあるのかなあ」
「助けてくれたじゃないですか」
「とっさにな。俺自身何度も自殺を考えたことがあったから」
「思いとどまったのはどうして?」
「スピリチュアルな霊的視点を持ってたからかな、何年か前にオーラの泉って番組がはやったんだけど、そこで運命と宿命の話をしてた。自由不自由は俺なりの解釈だけどね」
「へえ…」
===
「俺たちが今生きてるのが現界、死ぬとまず幽現界に行く。この世とあの世のはざまだ。そして幽現界でこの世への別れを決意した魂は幽界に行く」
「ふんふん」
「幽界で自分が何者であるかという執着すら捨てた後、霊界に行く。その上にさらに神界がある。それはいわゆる神と混然一体と化すことだ」
「へえ…」
「あまりこの話するなよ?変な奴だと思われるから」
「うん」
「素直だな」
おじさんが苦笑したので僕はまたうれしくなった。
「神と一体化した後はどうなるの?」
「おそらくそこで平安を体験してるうちにもっと向上したいという欲求が沸いてくる」
「神には苦しみが無いから?」
「多分な。そして再びこの世への再生を決意するわけだ」
「輪廻転生だ」
「そう。この時宿命を決める。変えられないこと、生まれ、時代」
「もう半分は自由なの?」
「ああ。運命は出会いまで、ってシュタイナーの研究家が言ってたな。運命と言ってるが宿命のことだろう。半分は変えられないけどもう半分はいかようにもデコレーションできる」
「ケーキみたいだね」
「そうだな、江原さんもよくスポンジとデコレーションの例えで宿命と運命を語ってた」
「ねえ、おじさん?」
「なんだ?」
「ハグ、しない?」
朝のおじさんは凍り付いた。
「できんよ。したいけど」
「セックスに発展するから?」
「君、性教育はもう受けたのかい?」
「小学生の時にセックスと受精の仕組みまでは」
「…俺は、前も言った通りで少年愛者だ。そこにアイデンティティを感じていたが、君と話すうちに、やはりただの『対象異常』だということがわかってきた」
「対象異常…」
「正太郎コンプレックス。コンプレックスとは塊のことだ。打ち砕くべきな」
僕は、おじさんがおじさんでなくなってしまう寂しさを少し感じた。
そこにおじさんを送迎する車が来ておじさんは職業訓練所へ連れていかれた。
ぼくもいかなきゃ。バスが来たので乗り込んだ。
===
『今度カラオケに行ってみませんか』
ほんの思い付きでおじさんにLINEした。
『いつにする?』
『金曜の17時とか?』
『いいよ、けど友達は連れてくるなよ?』
『はい』
そうして金曜の17時いつもは朝出会うバス停で僕たちは落ち合った。
二人でバスに乗り、うしろの方の二人席に並んで僕らは座った。
「歌うの好きなのかい?」
「まあ、そこそこ」
弘前のアサヒ会館で僕らはカラオケを始めた。
デンモクを二人でいじくっていた。
先に歌を入れたのはおじさん。
曲名は魂のルフラン。
「ルフランって何ですかー!?」
「リフレインのエヴァ読みだー!」
前奏にかき消されない声で会話してるのがなんだか楽しかった。
おじさんは地声で歌っていた、下手ではないけど上手くもない。
僕は自慢げに声変わりしてない声を披露してやろうと思った。
僕の選曲はイチブトゼンブ。
10年くらい前の曲、僕がまだ2歳の頃にヒットした曲だ。
小さいころからこの曲が好きだった。
おじさんも次の曲を入れる。
輝きは君の中に。
歌いだしから僕は食い入るように聞き入った。
僕は次の曲を選んだ。
浜、走る
B'zの、シングルでもないけどシングル級の曲。
僕はB'zが好きだった。
おじさんの方もB'zに詳しいらしくそこからはB'z合戦になった。
おじさん、ミエナイチカラ。
僕、SUPER LOVE SONG。
おじさん、Brotherhood。
僕、世界はあなたの色になる。
と、そこまでいって、おじさんがB'zじゃない曲を選んだ。
ゆずれない願い。
全然知らない曲だ。
ぼちぼち1時間が経とうとしていた。
「合唱曲は何を歌った?」
おじさんが僕に聞いてきた。
「え、心の瞳です」
「あーあれか。最後にあれ二人で歌うか」
思いがけぬセッションに僕は興奮した。
心の瞳、坂本九。
パネルにはそう表示されていた。
作詞と作曲は目に入らなかった。
僕の声とおじさんの声は思いのほかマッチした。
ああ、終わっちゃうな、と思ったところでおじさんがこぶしを効かせた最後の歌詞をうたい上げた。
僕はマイク越しに思わず笑った。
「出るとするか」
会計は割り勘にした。
おじさんは精神障害者で障害者年金の2級分のお金が偶数月に振り込まれるから、たばこ代以外は特に出費が無いようだった。
実家に住んでるおじさん。両親も健在で何不自由なく生活してるそうだが、日々のLINEからは苦悶の声が届いた。
『くるしい、死にたい』
中学一年生に自殺願望を語りかけてくる30代男性。
『僕の自殺を止めたんだからおあいこです』
そんなこんなで、僕らの日常は過ぎていた。
カラオケの後はおじさんがタクシーを拾ってくれた。
「あそこの病院の前まで」
運転手に行き先を告げるおじさん、いつもの停留所だ。
タクシーの中では、たのしかったな、とかおじさんが言って、はい、と僕が返事をした。
僕は学校には友達があまりいなかった。
少なくとも今おじさんに開示してる自分を指し示せる相手はいなかった。
おじさんは僕の大切な友達になっていた。
おじさんの方は、やはり僕は性的欲求の対象なのだろうか。
===
悪いニュースが飛び込んだ。
35歳の男性が少年に性暴行をしたというニュースだ。
まさか、おじさんが?
とっさにLINEした。
『捕まってませんよね?』
返事はなかなか来ず、僕の心配は募った。
しばらくして返事が来た。
『ああ。あの事件か、俺じゃないよ』
僕はひとまず安心した。
その時は対決の時が来るなんて思ってなかった。
数日後、課外授業が行われた。
小児性愛者とのかかわり方についてだ。
いかのおすしなんて小学校で習うようなことをおさらいした。
講師の先生は言った。
「大人と恋愛するのが怖い弱い人間が小児性愛者だ」
僕はむっとした。
おじさんを馬鹿にされたような気がしたからだ。
「はい」
僕は手を挙げた。
「どうしたね?」
「小児性愛者の人も何かしらのトラウマがあってそうなってると思うんです」
「だからって放置しとくわけにはいかないでしょう」
「大人しく暮らしてる小児性愛者からしたら風評被害もいいところじゃないですか」
「君、小児性愛者の肩を持つねえ。知り合いにいるの?」
僕はぎょっとした。
「ネットの知り合いにいます」
リアルの友達のおじさんのことだけど、さすがにまずいと思いとっさに嘘をついた。
「その人と会ってはいけませんよ?」
もう会ってるけど。
「どうしてですか?」
「いざという時、身をささげる覚悟はありますか?」
「…考えたことないです」
おじさんが僕に手を出すことなんてありえない。
ハグをためらったくらいなんだから。
「いいですか?手を出す出さないは人で決まりません」
講師はつづけた。
「いつ手を出されてもおかしくないのです」
僕は沈黙した。
先生とそんなやり取りをしたもんだから休み時間にみんなに囲まれた。
「なあなあ!おまえの知り合いの人ってどんな人?」
「普通のいいひとだよ」
「ケツ掘られてもいいのか?」
「そういうことしたいとは思わないけど…」
散々だった。
おじさんの気持ちが少しわかった気がする。
こんなに息苦しい物なんだって。
ひとまず僕の対決は終わった。
===
木曜日、朝におじさんと再会した。
先日の課外授業のことを話したらおじさんは複雑そうな顔をした。
「君をすでに巻き込んでしまってるんだな」
「僕が選んでおじさんと一緒にいるんです」
「俺は、性欲自体が減衰してて、君を犯す元気が無い」
「じゃあ、やっぱり安全な少年愛者じゃないですか」
「ああ、でも俺は少年愛を卒業する過程にある。君とも対等に関係を続けていきたい」
僕は少しほっとした。
「目えつけられてないか?」
「講師の先生に?」
「ああ、そんな風に食って掛かったんなら心配するだろう」
「別に…。講師は仕事として例の事件の処方をしただけですから」
「ああ、例の事件か。この町にも俺以外に少年愛者っているんだなあ」
「全国にいますよ、きっと」
「そいつらが大人しくしてても一部のやんちゃな奴が事件起こしちゃうんだよなあ」
「おじさんの気持ち、少しわかったんです」
「どんなふうに?」
涙ぐみながら僕は言った。
「息苦しい」
「それな」
さて、とおじさんは立ち上がった。
「実は就労の日程を増やそうと思ってるんだ」
「え?」
「月曜日も働こうと思っている」
「じゃあ月曜も会えるんですか」
「そういうことになる。でも、楽しいことでも毎日続いたら、それと気づかずに退屈と変わらない」
前にカラオケで歌った歌詞だ。
「毎日会ってたら話すこともなくなっちゃいますね」
「そうだなあ」
バスが来た。
おじさんに別れを告げて木曜日は始まった。
===
月曜日もおじさんがいた。
なんだか新鮮な気分だった、でも話題があまりなかった。
「君、オナニーしてるの?」
話題に事欠いておじさんが下ネタを振ってきた。
「僕はまだしたことないです、精通もないです」
「声変わりもまだしてないもんな」
おじさんが苦笑した。
「僕にも変声期ってくるんだなあ」
「でもさ、声って特有のものがあると思うよ」
「特有のもの?」
「そう声が低くなっても君の声は君の声だ」
「変声期前にカラオケ行けてよかったです」
今日はおじさんの送迎のほうが早く来た。
別れを告げて僕は停留所に佇んだ。
月曜におじさんと会うのは複雑な気分だった。
憂鬱な月曜におじさんがいる。
あと一日で今週も終わりという時におじさんと会えるのが楽しかったのだ。
===
僕の変声期が始まった。
声がかすれる。
以前みたいに高いキーで歌えなくなっていた。
木曜日のおじさんもおや?と僕の声の変化を察知した。
「前も言ったが君の声は君の声だ。変わらないものがある」
「そのうちちんちんにも毛が生えてきちゃうのかな」
「まだだったのか」
おじさんは苦笑した。
「僕は二次性徴遅めです」
「何月生まれ?」
「3月です」
「なるほどな」
LINEの頻度は減っていた。
おじさんが少し忙しくなったのもあるが何より話題が無かった。
それでも毎朝おはようのLINEは欠かさずしていた。
おやすみははやい。
おじさんは18時にはねてしまう。
起きるのも早いらしいが。
いたずらごころで、おはようのLINEをしない日もあった。
その次停留所で会うとおじさんは安心した顔を見せるのだった。
これは恋の駆け引きだろうか。
僕はおじさんが好きなのだろうか。
ラブじゃない、ライクだ。
肝心なのは僕がもっと成長を重ねておじさんの守備範囲外に大きくなってしまった時だ。
それでもおじさんは僕の友達でいてくれるだろうか。
それともポイっと捨てられてしまうだろうか。
どっちでもよかった。今までの時間は本物だ。
これから関係がどう変化しようが構わない。
===
冬も終わり進級が迫っていた。
「君も中2かあ」
おじさんは感慨深そうに呟いた。
「これ」
そっとおじさんが小包をくれた。
「誕生日プレゼント」
「覚えててくれたんですか」
中身はアクセサリーだった。
ちょっと大人びたデザインで今の僕にはまだ早い代物だった。
「また日程を増やそうと思ってる。また会話は減るだろう」
おじさんは週3日働くするよう調整していた。
「週5で学校行くのってどんな気分?」
「別に、普通です」
「俺、この停留所で君と会うまでニート状態だったからさ。週5に戻すのが大変だよ」
「ニート中はどんなことしてたんですか?」
「ネット見て、うだうだして。退屈だった」
「耐えかねて職業訓練所に通い始めたんですね」
「そう」
「プレゼント、大切にします」
「長く使えそうなものを選んだんだ」
「ああ」
それでか、と僕は合点がいった。
===
春。
中学2年生に進級した。
ちんちんの毛も生えてきた。
おじさんにそれを報告すると、変体チックなことを言われた。
「生えかけのおちんちんてエロいんだよねえ」
「見たいですか?」
「見たくないと言えば嘘になる」
「見せましょうか?」
「遠慮する」
おじさんはいつも紳士的だった。
たまにこうして下ネタは話すけれども。
たしかに、おじさんが前に言ってた小児性愛と福祉をつなぐという発想も突飛じゃない気がしてきた。
おじさんが紳士的に児童ポルノを堪能する姿に僕は嫌悪感を想像しなかった。
だけど、多くの人がおじさんの実態を知らない。
世の中にはこんな人もいるんだ、と僕は周知したかった。
いつか大きくなったらそんなブログを書いてもいいかもしれない、なんて思った。
今どきは中学生ユーチューバーなんてのもめずらしくない。
顔をさらして、おじさんとの日々を赤裸々に語ってみてもいいかもしれない。
夢のまた夢だ、そんな事する勇気が僕にはまだなかった。
その点おじさんは市議会に陳情書を送ろうとしていた。
すごい勇気だ。
家族に猛反対されて出さずに終わったらしいが、書類は準備してたらしい。
すごい勇気だ。
本名で、一少年愛者として自分を社会に開示する。
統合失調症のこともあるので、おじさんは日和見の職業訓練所の利用者にとどまっているが。
もしおじさんが陳情書を出していたらどうなっただろう。
多分不採択に終わるんだろうけど、全国の小児性愛者が居場所を求めてることは知らしめることができたのではないか。
「おじさん以外の少年愛者は何を依り代にしてるの?」
「ネットのバーチャルな空間にもう一人の自分を構築してる。ハンドルネームを使ってな。」
「おじさんにもハンドルネームはあるの?」
「俺、界隈じゃ結構中堅なんだぜ?」
「中堅?」
「そう、知ってる人は知ってる。ピクシブのフォロワーは8000人」
「え、それ結構すごくないですか?」
「へへ、まあな」
おじさんが得意げに笑った。
そんなおじさんを見るのは初めてだった。
「おじさん、ネットではどんな活動してるの?」
「イラスト描いたり、ブログ書いたり」
「反響は?」
「絵の方はぼちぼちだけど、文章となると硬いねえ」
おじさんのことだ。真っ向から小児性愛の是非を問うているのだろう。
反応が芳しくないのも納得できる。
「おじさん、俺のことイメージして絵を描いてよ」
「えー」
「なんでさ、いやなの?」
僕は笑った。
「俺の描く少年には個性が無いんだ」
「個性が無い?」
「モブっぽいって言ったらいいのかな。内面まで考えて描いてない」
「内面…」
「でも」
「はい?」
「君と会ってから、ちょっと絵柄変わったかもな」
「どんなふうに?」
「今の中学生ってこんな感じなんだ、ってリアリティを帯びたというか」
「へえ…。ところでそれはエッチな絵なの?」
「まあ裸だわな」
「何も見ないで描けるの?」
「頭の中に少年のイデアがあるからね」
「イデア?」
「ひな型。俺の美しいと思う少年はこれだ!っていうね」
「…ねえおじさん。僕って美しい?」
「煌めいてるよ」
おじさんの守備範囲は11歳から13歳まで。
3月まで僕は13才だけど、それを過ぎて見ごろの桜じゃなくなった僕をおじさんはどうするだろう。
邪険に扱うのか、今まで通りか。
多分、後者だと思う。
===
朝。おしっこをしにトイレに行ったら自分のおちんちんの毛が少し伸びてるのを発見した。
その感じにびっくりしたけど、ショックというほどでもなかった。
おじさんにこっそりLINEした。
「伸びたか」
おじさんの短い返事。
見る?
とぼくはLINEを送った。
「見たいけど。相談がある。会って話そう」
おじさんにお茶に誘われた。
もっともお茶してる最中は肝心の話はせず、喫茶店の帰り道にぼそぼそとおじさんは本音を吐露するのであった。
「君が少年でなくなっていくのは何とも思わない、そういえば嘘になる」
僕は黙って聞く。
「君が少年だったことの証を残したい」
「証?」
「いわゆる児童ポルノだな」
「写真を撮りたいってこと?」
「そういうこと。君が同意してくれるのなら、だけどね」
僕は考えた。おじさんが少なからず僕を美しいと思ってくれてること。
それには誠意を示したかった。
「脱いでもいいよ」
「…」
おじさんは黙った。
「戦いになるな」
「戦い?」
「仕事もやめたくなってたし、ちょうどいいかな」
なんのことだか分らなかった。
「戦いってどういうこと?」
「今にわかるさ」
おじさんは初めて僕を誘拐した。
招待されたというのがほんとのとこだけどこれからするのが児童ポルノの作成となると誘拐と言ったほうが適切な気がした。
「スマホしかとるものないけど」
「僕。脱ぐ」
僕は下着まで脱ぎ捨てて素っ裸になった。
「じゃあ撮るよ」
おじさんはポーズに指示を出しながら…結局100枚近く撮った。
「これで俺も犯罪者」
「僕は被害者」
「自首するよ」
「黙ってればばれないのに」
「もっと公にこういうことしたいんだ」
「カメラマンになりたいの?」
「どっちかって言うとプロデューサーになりたい」
おじさんは僕に服を着せると、そのままスマホをもって交番に行ってしまった。
後日知ったことだがおじさんは逮捕されていた。
今日はちゃっかりその裁判に忍び込むことに成功している。
「僕は確信犯です。児童ポルノ規制は違憲です。小児性愛者には児童ポルノが必要だと思います」
おじさんの主張の趣旨は一貫していた。
僕が同意を得てたことなどは全く無視されていた。
結果は児童ポルノ規制法は違憲という判決だった。
雑踏の中に僕を見つけたおじさん。
「これで少年愛者を卒業できる」
「卒業したかったの?」
「なすべきことはなした、死んでもいい。でも君が年を重ねるのを見守っていたい」
僕の為に少年愛者を止めるのか。
そうか、僕のちんちんに毛が伸びたことがこの結末を生んだのか。
「君とのあの写真、ネットにアップしてもいい時代になったんだよ」
「すごいね」
「アップしたらショック?」
「うーん。別にいいかな」
「じゃあ勝利の証にアップするとするか、すぐ消されるかもしれないけど。時代の節目ってことで」
「おじさんは革命を起こしたんだね」
「そうだな。作業所もやめて、コンテンツホルダーとして生きていくかな」
僕は聞きたいことがあった。
「おじさん。ずっと友達でいてくれる?」
「それ以上になったっていいよ」
おじさんの言葉に、僕は照れてしまった。
了