ダンジョンブレーカー
ダンジョンの代名詞とも呼べる、ダンジョンに蔓延る、醜く、強く、恐ろしいモンスター。僕はダンジョンに今日、初めて挑む。
「1階層……初心者殺しと呼ばれる……階層。ふぅ〜、落ち着け。罠の場所は全部覚えてる。モンスターは強くない、いける……いける」
1階層は広大で、全長2キロに及ぶ。僕は息を整わせながら周りを確認する。初めてのダンジョン、空は快晴でも太陽がなく、明るい。空気は澄み渡っていて、見渡す限り草原。
「ダンジョンじゃなかったら、どれだけ楽しいか」
僕は緊張からか、神器を持ち直す。ハンマー型の僕の神器の、ヘッドは銀色、直径50センチで幅30センチの長方形。柄部も銀色、クリップは”先生”が装飾してくれた赤色のクリップ。
「周りに……冒険者はいない。助け舟もない。いくか」
僕は呼吸を整え、牛歩のようにゆっくりと進んでいく。途中で小石を拾い、ある地面を見る。
「ここら辺には落とし穴……」
僕は小石を地面に投げる。小石が弧を描いて地面に落ちる。すると小石は地面に着くと同時にそのままぽっかりと空いた、地面に落ちていき、カァンッと音が鳴り響く。
「生でみると本当に理屈が分からないよ」
いきなり空いた直径、3メートルぐらい落とし穴。穴の底までは役10メートル、ここの階層は全長2キロの草原の中に200個ほどの罠が至る所にある。その殆どは落とし穴、落ちたら最後、落ちた先にある剣山に突き刺さり死ぬ。僕は落とし穴の底を見て、落ちた先の未来を想像し、体を震わす。空いた穴は一定時間でまた地面に元通りになり、冒険者を蝕んでいく。
「大丈夫だ。落とし穴は比較的分かりやすい、落とし穴の上に生えているの草は周りの草より低い。よく見れば分かるけど……だよね、”来る”よね」
僕はこちらにジリジリと迫ってきていた、一体のゴブリンに双眸を向ける。ぶくっと膨れ上がったデベソのお腹、5歳児ぐらいの身長に、とんがった耳と、充血した目と顔を何回も強く殴られたような醜い顔。腰には茶色の布切れを巻いていて、なんといっても、全身緑色の体に目を奪われる。汗がたらりと滲み出て、ミョニルを強く握る。
初めてのモンスターの邂逅。僕は目の前の僕に殺意を向けているモンスター、緊張を隠せない。
『ギギギギ』
威嚇しているようにゴブリンは喉を鳴らす。なんて不快な音。僕はゴブリンと見つめ合い、両者動けずにいる。次の瞬間——ゴブリンが突進してくる。鋭い爪を向ける。
「ひっ!?」
一瞬の出来事で何も反応出来なかった僕。だけど——
『ギギ!?』
ゴブリンの鋭い爪が、僕の胸当てに直撃した。
「っ! ———ふんっ!」
僕は強い衝撃に耐えながらも、隙ができたゴブリンの頭にハンマーを振り下ろす。
頭が凹み、ゴブリンの目玉が飛びる。緑色の血が僕に飛び散り、ゴブリンは絶命し、黒い灰へと変わっていく。
「はあ……はあ……はあ……!」
いつの間にか荒い息になり、動悸が激しくなっていた。僕は息を整え、喚声する。
「かったあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
ダンジョンならば自殺行為、僕を鼓舞するなら100点満点の声である。先生の教えは無駄じゃなかった、先生との訓練は無駄じゃなかった。まだ手は震えてるけど、口端は上がってしまってる。
『『ギギギ!』』
2匹のゴブリンが草むらから現れる、僕の声に釣られて来たのか。僕は本当に馬鹿だ。だけど——
(自信はついた。……やれる)
僕はミョニルを構える。
「先生の教えなら……相手一体を行動不能にするのが得策」
相手は2体、どちらかを戦闘不能にする方が戦闘が有利になる。行くなら——速攻だ。
「ふっ!」
僕は疾走する。ゴブリンは知能が低く、攻撃能力も低い。走りも遅くて、僕が重いハンマーを持っていてもゴブリンの動きに食らいつける。
「一体は避けた、でもっっ!」
2体並んでいたゴブリンの1体が右に飛んで避け、残ったゴブリンの醜悪な顔にミョニルを殴打する。また目ん玉が飛び出て、後ろから残ったゴブリンが僕の右脚を引っ掻こうとするが——
『ギ!』
僕の回し蹴りがゴブリンのお腹を凹ませ、ゴブリンが吐血する。回し蹴りをするため地面に置いたミョニルを持ち上げ、横に薙ぐ。
『ギッッッ!?』
ゴブリン横脇腹の骨がグギって音を出し、絶命。
「すっすご———!?」
ゴブリン2体をやっつけた。またもや歓喜の感情が胸から外へと奔流しそうになるが、慌てて空いてる左手で口元を抑える。
同じ失敗は2度はしない、まだここはダンジョンだ。1階層といえど、僕を殺そうとしてくる所だ。先生に習ったろ、馬鹿。
「ふぅー! よしっ……気を引き締めていこう」
僕が目指すのはこの階層の中心にある、次の階層に行くか、地上に戻れるかを選択出来る”水”。まずそこを目指さないと。
「周りに敵は……いない」
僕は歩き出し、興奮からか”周辺”だけを見て、自分の足元を見ていなかった。そして忘れていた。何故ここが初心者殺しと呼ばれているか。
気づけば僕は”落ちた”
下を見れば鋭い剣山、声も出ずハンマーと左手を地上伸ばす。
「あっぶないな!」
ハンマーの先が地面に引っかかり、左手も地面を掴む。いきなりの死の匂いに、背中は汗でびっしょり。顔は狼狽の色を隠しきれない。
「……大丈夫だ。まだ登れる」
だけど、まだ登れる程度。僕の筋力は他の人とは”違う”。僕は上半身を地上に乗り出し、また気持ちいい草原が広がっていて、目の前には”異物”
——ここはダンジョンだ、ここにはプレイヤーを殺そうとする”モンスターがいる”。目前にに忘れらない顔、ゴブリンだ。破顔している。僕は思わず叫び声を上げる。
「登れ! 登れえぇぇ!」
『ギギッッッッ!』
慌てて体の下半身を地面に上げようとするが、眼前に鋭い爪。殺られる、殺される。間に合わない、”やるしかない”。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『いいですか、ムーミ。ダンジョンの落とし穴は広くても3メートルのものしかありません。もし、もしですよ。もし落とし穴に落ち、地面に手をつけぶら下る愚行をし、頭上にモンスターがきたら対岸に”飛び移り”なさい』
『と、飛び移る? ……もし……失敗したら?』
狭い室内で、黒板と教壇、その前に僕が椅子に座って授業を受けている。僕は先生が言った言葉を聞いて、ごくんと唾を飲み込む。
『死にます』
顔に喜色を浮かべる、先生に僕は違う絶叫したのはいい思い出。これが走馬灯?
「走馬灯で終わらすわけないだろ!」
僕は対岸に両手を付き、常人ではありえないほどスピードで登る。周りを確認すると、ゴブリンが回ってこちらに来ていた。僕は未だに地面に引っかかっているミョニルを視認し、今度は助走をつけず穴を”飛んで”対岸に着地し、ミョニルを取る。手からじわっと相棒の安心感が体全体に伝わる。
『ギギ!』
ゴブリンがまたこちら側に慌てて走る。ゴブリンとの距離は近ず遠からず。その中で僕は再度抜かりなく周辺を確認する。
(罠はない。敵も……いない。——いける)
『ギ!』
ゴブリンが1歩前進し腕を振る。僕は後ろへ飛び避け、ミョニルを地面に置き、弾丸のようにゴブリンの懐に入り、地面を毟った土をゴブリンの目にふりかけ、またもや後退。痛そうな声を出しながら、暗転した視界からか腕を振り回しゴブリンは僕を近づけないようにする。
「———っけ!」
僕はハンマーを投擲し、ゴブリンのお腹にヘッドを当てる。腹を抱えて痛がってるゴブリンに、近づき1発2発と拳をお腹に殴打する。
ゴブリンがよろめき、視界が晴れた時には目の前にハンマー。
ゴブリンは灰に還る。
「あっぶねぇ……。先生……まだ僕には早すぎるよ」
ダンジョンに入ってまだ幾分、体力は削られた。死を感じた。だけど——興奮する。僕は冒険をしている、僕は『伝説』になろうとしている。誰もが憧れる伝説に。
「それにしてもモンスターの遭遇率多くないですか。僕のせいでもあるけど……本当に運が悪いなぁ」
血がこびり付いたミョニルを振り、血を飛ばす。僕のダンジョン攻略はまだ始まったばかりだ。
いつかは先生を超える、冒険者になる。
「いくか」
左手で胸を叩き、気合いを入れ直す。僕は迷宮踏破者になる日まで、止まらない。
————しかし
彼は今後1年、この1階層に残ることになる。そのお話はまた今度。
〜 Fin 〜
自分の次回作の長編の、サブキャラ予定の男の子を書いてみました。年齢や容姿などは敢えて書かず、話口調で少し幼いかなと思ってもらえれば嬉しいです。