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第九話 見習いから始める

 『親愛なる婚約者様へ

 (次のお手紙からヘンリー様とお呼びしてかまいませんでしょうか?)

 ノース公国とイースト公国との二方面での戦い、膠着状態から一部で交戦中とのお話を聞きました。今貴方様がどこにいるのか戦略上の秘密とやらでうかがい知ることできません。特にノース公国との間では苦戦を強いられているとの噂もあり、その最前線の可能性があるかと思うと気が気ではありません。

 平安な王都にて胸をいためております。


 先日お教えていただいた魔法の基礎は体幹にありとのご指摘ありがとうございます。早速、二年生になると受講できる体幹鍛錬法の授業を選択いたしました。

 今後とも良きアドバイスをお願いします。


 ご無事でお帰りになることを心より祈っております。

                       かしこ』


 ヘンリーは婚約者のルナが危惧する通り苦戦を強いられているノース公国との戦の最前線に向かうことになる。ここ何年も北部戦線は膠着状態であったが、最近になり敵が活発に動き出したのだ。迎撃に向かうのだが、ことごとく敗れ、独立前の北家公爵時の領地から二百キロほど手前にあった北部方面基地が遂に最前線となり、その目の前に敵が陣を構築するまでに至った。

 そんな中ではあるが、軍の学校卒業即最前線へ投入という無謀なことはされずにすんでいる。そこまで切羽詰まっておらず、先ずは正式に任官するまで一か月の見習い期間が始まった。ここでは裏方業務をメインに学ぶ。


 ヘンリーが熱心に取り組んだのは錬金釜での実地訓練と、治療部隊の補助である。理由は亡き祖母から預かった手紙の内容があるからだった。

 十一歳の時に発見した手紙には銅の魔法を習得ができてから読みなさいとあった。銅の魔法とは、錬金・錬成の魔法とも呼ばれる金属や物の加工及び薬の生成等が可能となる魔法のことで、研究科に進んでマスターしてから祖母からの手紙を読むと、麻痺のオリジナル魔術の習得方法が書かれていた。その時は鉱山都市の代官になるからと経営に関する勉強に力を入れていたので、亡き祖母からの無理難題を挑戦と受け取って会得した金の魔石の充填以外は興味がそそられずそのままになっていた。

 軍人になれば攻撃魔法の幅を広げるのはやぶさかではない。改めて祖母の手紙を精読した。

 薬草も毒になるものが多数ある。その中で人を麻痺させ、幻覚や死に至らしめることのあるマンドレイクやトリカブトを錬金釜で毒だけを抽出するよう念じて錬成すると強力な毒薬が生成される。その作成過程を己の身体に沁み込ませると水のように噴出できるようになり、さらにはその匂いを再現できるようになり風に乗せて飛ばすことも可能だという。実際に体験するのでイメージが湧きやすく詠唱不要で呪文だけで発現できるとあるので優れものの魔術と言える。

 標的の人や獣に向け放水し顔の周辺に当たれば麻痺し、匂いを風で飛ばせば相手が吸っただけで意識不明になるということだった。

 ただし錬金釜と錬金棒で作成時、煮出した際の匂いだけで倒れてしまうので換気のよいところでかつ常時回復魔術師に回復の魔法をかけてもらう必要があり、いざという時のための介護者がいないと困難であると書いてあった。

 念の為に金の魔石も添えられていた。これがあれば金の魔法適性がなくとも回復の魔法をマスターした魔術師がいれば安心だ。

 そこでヘンリーは神経関連の調剤作成のためという申請書を記入し、軍にある錬金釜を外で使用する許可と回復魔術師と看護師の支援を依頼した。軍内でオリジナルの薬や魔術を開発しても秘密は保持され、本人だけのものとなる。

「本日はよろしくお願いします」

 ヘンリーは錬金釜の前で手伝いに来てくれた回復魔術師と看護師に頭を下げた。二人はいずれも中年の男性だった。

「申請書にかいたように錬金釜で錬成中、気を失いそうになったら回復の魔法をお願いします」

「分かった」

 回復魔術師が言葉短く返答した。

「もし私が倒れたら、即刻錬金釜のふたをしてください。放置すると何が起こるか分かりませんので」

「いいよ、その為に隙間のない服を着て、暴発に備えて盾を持って来ている」

 二人とも実験によく付き合わされるのか準備万端のようだった。

「いつでもいいよ」と口にマスクを着けた。

 ヘンリーは袋から直接カラの錬金釜へ持参したマンドレイクとトリカブトの根を何か分からないように予め刻んだものを投入する。続けて魔法でお湯を注ぎ、火をつけ温める。そこからは錬金棒でかき混ぜる。もちろん銅の魔力を込めて毒を錬成する。念を込めながらかき混ぜて、滲んでくる液体を目に焼き付け、出てくる匂いを身体に沁み込ませる。水分が半分くらいになればこれで出来上がりだが、まだ耐えられる。いいタイミングで回復の魔法が降り注がれた。ヘンリーはここ一番、銅の魔力の威力を高めて熟成の魔術を展開する。さらに効果が上がるはずだ。目と鼻から取り込み体が限界に近付いているのが分かってきた。急いで蓋を閉め、火を止める。これで麻痺の魔術のイメージが身に付いたはずだ。祖母の手紙には、呪文は『マンドレイク』で習得後は偽装のため一般の呪文でも発動できるようにしなさい、と書かれていた。最後にもう一度回復の魔法をかけてもらう。

「ありがとうございます」

「上手くいったのならよかった。それに回復の初級魔術だからこちらもたいした魔力は使っていない」

 金の回復の魔法にだけは、魔法名と同じ回復の魔術があり、初級、中級、上級とにレベル分けされている。今回はヘンリーの様子から初級で十分と判断されたようだ。

 初級にしてもヘンリーにとっては驚くほどの効能のように思えた。先ほどのつらさが嘘のように消えていた。

「それは上級の神経痛薬といっていいのか」

「はい」

 ヘンリーは神経関連の調剤として申請していた。できた液体を薬品瓶に移し代えた。

 二人に再度礼を言って、その場を後にした。薬品瓶の中身は劇薬のはず。翌日から少しずつ水で薄め、回復薬で中和して廃棄するつもりだ。


 実際に麻痺の魔術を試してみようと、休みの日に一人で森に入ることにした。

 確かここの森の奥にそびえる山の神様は女神様だったよな。自分の顔に自信がなかったようで、醜いものを持って入れば『あら不細工な』と喜び、女神様が機嫌を良くしてくれると聞いたことがある。迷信だと思うが、気休めに市場でオコゼの干物があったので買って、森に入った。

 山の祠があったので、オコゼの干物をお供えした。

「天気が崩れませんように、獣や鳥にそこそこ出遭えますように」

 そうお祈りして、奥へと進んだ。

 野犬が見えた瞬間、麻痺の弱めの効果をイメージして呪文『マンドレイク』と発し麻痺の魔術で放水する。

 キャイン。

 野犬が倒れた。そばに寄って確かめる。死んではいない。加減できたようだ。幸先がいい、サイズ感、敏捷性とおあつらえ向きの獲物だった。仰ぎ見れば空から雨が落ちてきそうにない。女神様のおかげかな。

 その後も、イノシシ、シカ、キジ、クマに出遭い瞬間に倒せた。いずれも加減して殺してはいない。加減の仕方も把握できた。慣れてくればイメージが固まり、放水はウォーター、匂いを風に乗せる場合はブリーズの一般的な呪文でも発動できるようになった。これで何を放ったのかは誰かが見ていても分からないはず。

 ――よし、これで麻痺の魔術をマスターできた。オリジナルと分からないよう偽装も完璧だ。祖母(ばあ)さんありがとう。


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