第八話 幹部候補生学校生活 三
半年を過ぎると体力づくりより座学が増え、学ぶ理論も広範囲になってきた。戦闘技術論から戦術・戦略論が、指揮・統率学も人間関係からリーダーシップ論が、組織学から意思決定学がそれぞれ追加され、さらに高度になっていった。
「新兵とベテラン兵を指揮するときの違いは」
「状況応用指導論を適用します」
「具体的に言え」
「新兵には有無を言わさず、こちらの命令通りにやらせます。ベテラン兵には命令は少なく、彼らを支援するような行動を多くとります」
「そうだ、部下の技術熟練度と兵士としての成熟度によりリーダーシップのあり方を変える必要がある」
「部隊運用上の注意を述べよ」
「チームワークです」
「その理由は」
「六人でチームを組んだ場合、能力が二倍ある組と普通能力の組で敵が五の能力と仮定した戦いでは、チームワークが悪ければ個の能力が二倍でも一人ずつが敵の能力五と戦えばいつも二対五となり必ず負けます。チームワークがよければ普通能力でも全員で戦い六対五となり勝てます」
「その通りだ。個の能力に依存すれば敗けるぞ。肝に銘じろ」
「もっとも合理的な意思決定の方法とは何ぞや」
「正しい目標の設定であります」
「目標設定で大切なのは、なんだ」
「必要な情報を集めることです」
「情報収集の次は」
「目標達成のための案を出します」
「案作成の次は」
「案を比較検討し、最善案の選択をします」
「最善案選択の次は」
「実行計画の立案であります」
「計画立案の次は」
「計画実施の管理であります」
「よろしい、ただし一人で考えるのは限界がある、複数人で考えて最終結論をリーダーが出すことが大切なことを覚えておけ。そのためにはよい耳をもてよ」
「「「「「はい、了解しました」」」」」
夏がやってきた。幹部候補生学校での生活が一年経とうとしている。
「全員よくついて来た」
魔術実技でターナーからのお褒めの言葉を頂いた。
「最終月、今日お前たちに魔法剣の扱いを教える」
遂にここまで到達した。卒業間際に教わる魔法剣、魔石や色付き真珠がなくても魔力を高めてくれる剣である。
武器庫へ連れて行かれた。
「ここから気に入った魔法剣を一本選べ。手に持つと魔力が反応して選び直しはできないから注意しろ。市場価格は一振り三百万ほどだから慎重に取り扱えよ。卒業時、普通は単なる剣を授かるが、武運が強ければ恩賜の魔法剣としてそのまま授けられる。貰えなくても出世して佐官、つまり少佐になれば授与されるがな」
三百万もするなら今のヘンリーには高嶺の花であるが、将来は、一振りは手に入れたいものだと思う。
「並んでいる剣に、違いはない。どれを選んでも基本的に今は同じだ。卒業式の前日まで貸与する。それまで各自の能力によって育つのが魔法剣の特徴だ」
確かにどれもこれも特徴のない普通の剣に見えた。ヘンリーは手前の一振りを選んだ。全員が選び終わった後、鍛錬場へ行く。
「この魔法剣の扱いを一か月間のうちにマスターできれば魔法学の単位を与える。ダメならもう一年覚悟しろ」
一人の教官が自分の魔法剣を抜いた、刹那、氷の矢が連続して放たれた。
「五本、五秒以内に発射出来て一人前だ」
火は火球、風は鎌鼬を連続で五発、土は土壁を連続五枚が合格ラインと言われた。教官の魔法発動は詠唱も呪文も聞き取れないほど小さく速いが、直前に口元が動き小声で唱えているのが窺えた。
鍛錬場でヘンリーたちは魔法剣での訓練を行った。かかり稽古をすると他の同期生は詠唱ありで発動しているようだった。これが実戦となると疑問符が付く。ヘンリーは基本四魔法に適性があり、最終日を迎える前には全てを詠唱無し呪文だけでクリアラインに達した。
そして卒業式の前日に、魔術実技の筆頭教官のターナーに鍛錬場に呼ばれた。魔法剣の最終テストを経て返却することになっている。
「教官、そこにいるのはバレバレですよ」
壁に同化しているターナーともう一人の次席教官のスミスを見てヘンリーは指摘した。ヘンリーは既に隠密の魔術を習得し、同時に見破ることも可能になっていた。
「よく分かったな」
お褒めの言葉にヘンリーは口元を緩めた。
術を解いて現れた二人は壁と同系統の色の迷彩服を着ていた。隠密の効果を高めるためだろう。鍛錬場の隅で防御服に着替えさらに革の戦闘服姿になった。
――何をしようというのだろう。俺の魔法剣の試験で魔力が暴走した場合に備えて、念の為に着替えたのであろうか。隠密の魔術は防御服を着ていては発動しないという欠点がある。外に向かって発動する魔力は問題ないが、内向きは魔力を吸収するため着れば己に魔術をかけられない。
二人の教官がヘンリーのそばに寄って来て、獰猛な笑みを浮かべた瞬間、魔法が飛んできた。魔力壁で弾くと風魔法の鎌鼬の魔術だった。
スミスが魔法剣を抜いて火球を飛ばしてくる、全て弾く。続けて氷矢が来るが、これも弾く。
――どういうことだ、これが卒業試験なのか、それとも真剣勝負を望まれているのか、あまりにも過酷過ぎる。教官方は防御服あり、こっちは普段着だ。ここで負けるわけにはいかない。
ヘンリーも魔法剣を抜き、「ファイアー」と呪文を発した。火球が連続して教官へ飛ぶ。
スミスが防ぐ。すぐさま火球を避けるように横っ飛びする。同時に火球を連発してくる。
ヘンリーも防御しながら横にずれる。今度は強力なファイアービームを呪文「ビーム」だけで発動した。青白い炎が教官目がけて直進する。
スミスが避けるが、そのまま横へ火炎をずらす。魔力壁を青白い炎が貫いた。さらにビームに被せるように銅の鋼球の魔術をぶちかます。スミスが倒れた。防御服は基本四魔法を吸収するが、希少魔法には耐えられない。ヘンリーが頭で考えていた防御服を破るための方策がとっさに出た。大したケガでないことを祈る。
氷矢が連射されてきた。次はターナーから攻撃された。
張っていた魔力壁が防いでくれる。続けてファイアービームの青白い炎が襲ってくる。
――試験とは思えない、このままでは殺られる。ターナーの魔力壁の高い防御能力では今のヘンリーのファイアービームでは破れないかもしれない。鋼球の魔術もターナーは銅の適性があるので防ぐだろう。
魔力壁で防ぎながら横に回転し、
「サンダー」
と、ヘンリーは己の最大攻撃魔術の呪文を唱えた。一条の銀光がターナーを捉えた。
ターナーがぶっ飛んだ。壁にぶち当たる。そしてそのまま前のめりに倒れた。
「教官」
ヘンリーが駆けよる。ピクリとも教官は動かない。
――まずい。人を呼ばなくては。
すぐさま鍛錬場の事務室へ走った。どういうわけか白衣の男性が待機していた。
「教官が倒れました。回復魔術師の手配をお願いします」
白衣の男性が驚いた顔をした後、すぐさま鍛錬場に向かった。彼は回復魔術師だった。防御服を脱がし、治癒の魔術をかける。ターナーの瞼がぴくぴくしだし目が開いた。
「教官」
声をかける。
ターナーの意識が戻った。
「思った以上だったよ。合格だ」
――よかった。殺そうとしていたのではないようだ。最終試験だったのか?
次席教官のスミスも回復魔術師によって意識を取り戻していた。
そのまま教官室へ連れて行かれた。筆頭教官は個室を与えられている。
「俺がやられるとは思わなかったよ。念の為、回復魔術師の準備をしておいて正解だったな」
――予め事務室に回復魔術師は手配済みだったのだ。それも自分のために。
「すみません、本気になってしまいました」
「それが狙いよ。ヘンリーの訓練を見ているとどうも加減というか、伸びようとしているのに何かが阻害している風が窺えたのだ」
そんなつもりはないのだが……、真面目に取り組んでいたはず。
「殻が破れたようだな。銀の魔法が飛んでくるとは思わなかった。希少魔法の申告で知ってはいたが、赤髪のヘンリーが放つ銀のレベルがあれほどとは意外の何物でもない。凄まじい武器となる」
「はい」
しっかりと頷いたつもりだったが、ターナーは希少魔法への配慮を見せてくれた。
「心配するな、誰にも言わん」
「ありがとうございます」
「それとヘンリー、スミスへ放った魔法、左手で撃っていたぞ、気付いていたか?」
「まさか」
言われて気付いた。ヘンリーは亡き祖母からの手紙に従い金の魔力を充填するために左手で銅、右手で風の魔力を同時に込める訓練をして何とかモノにした。その成果がここにも現れたのだろうか。
「稀に現れるんだよな、お前みたいなやつが。意識してなかったようだな。じゃ今から左撃ちをモノにするため特訓だな」
その日は夜遅くまで二人の教官に左撃ちと銀の魔法を鍛えられた。
「ヘンリー、お前は鍛えがいがあるな。もう一殻あるぞ」
残念ながら、ヘンリーの幹部候補生学校生活は今日で終わり、明日は卒業式だけだった。
卒業式、ヘンリーが贈られたのは恩賜の魔法剣だった。ひと月で使い慣れたその外見は普通の剣と変わらない。しかしヘンリーにとっては雷魔法をも、その効果が倍増できる高性能な剣であった。他の同期が何を賜ったのかは分からない。
ヘンリーの配属先は同期の魔力持ちでは唯一人第二魔術師団に決まった。
魔術師団は第一から第四と近衛の五師団、全員で約千二百五十人が在籍する。現在第一と第三が東部方面を、第二と第四が北部方面を担当している。前線への出動は二年交代と聞いた。近衛は王都に常駐する。
ヘンリーは思った。
――確か俺は、婚約者の家から手柄を立ててこいと言われているんだよな。となると第二魔術師団でよかったのか。
北部方面は現在交戦中だと聞いた。同期の魔力持ちでヘンリーの配属先だけが最前線の真っ只中にいる。