第七十四話 雲の上はいつも晴れ 二/二
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ヘンリー二世軍は完全にクラレンドン領を制圧した。
似非王の施政はリアムの立てた政策を蔑ろにした民に辛いものであった。ジュニアは復興計画を立案するよう側近に指示を出した。半年で作成するとの返答に三か月で行えと厳命し、それまでは他国からの横やりを防ぐため、奪還したこと自体も公表することを控えさせた。
「次はどこを支配下に置きますか?」
重臣たちもいる席で、側近の軽い問いかけに、ジュニアが応える。
「こちらから攻め込むつもりはない。この地は本来我が国土、旧に復しただけだ。勘違いするではない」
もうジュニアではない、ヘンリー二世と呼ぶに相応しい貫禄をつけている。
側にいたエズラは身ぶるいした。その時予感したことを晩、自身の腹心に語った。
「この先、この大陸の国で何か事が起きれば、必ずや真っ先に二世陛下に相談がくるであろう。その時二世陛下はどう決断するであろうか。見てみたい。きっと真なる王となるために莞爾と乗り越えてゆくだろう」
ヘンリー二世軍は悠々とニューシティへと凱旋した。
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クラレンドン領だけを拠り所とする似非王国から高貴なお方が消えたとの噂が密かにセントラル共和国内に流れた。兆候はあった。高貴なお方に長年仕える侍女が高齢を理由に辞していたのだ。それを見逃すとは似非王は愚かなり、とも囁かれていた。共和国ではセントラル王国を正式には認めず、旧王朝の亡命者がクラレンドン領を不法に占拠し、勝手に王国と名乗っているだけと捉え、通称亡命領地、亡命領主と呼んでいたが新生ノース王国が似非王国、似非王と呼んでいるのを聞き、似非の呼称が気に入ったらしくその名が一般化した。
ヘンリーはルイーズを連れてセントラルシティに着くとホテルにしばらく身を寄せていた。
一般には流れていない似非王国のスキャンダルをホテルで合流したその侍女本人からヘンリーは聞いた。侍女とはラミア、ルイーズと異なり比較的クラレンドン城内でも会いやすく、あらかじめ言い含めてあった。
料理長の差配で厨房にたまに顔を見せるようになった爺さんが、怪しいとは誰も指摘しなかったようだ。料理人の世界は厳しい徒弟制度が存在する。聡い厨房に働く人たちは気付いても口を噤んだのだろう、とヘンリーは踏んでいる。
ただ、消えた高貴なお方の行方と似非王国の政及び似非王一族に関する情報がぴたりと停まった。
探索の目を恐れてホテルを三軒移動した。その間に、セントラルシティの旧ハロード子爵邸跡地が整えられていた。残っていた離れの屋敷が手入れされると、ヘンリーはルイーズと住み始めた。仕える人はもちろん、見えぬ敵への備えとして警護の人も雇った。二人の素性は明かさない、知っているのは限られた人だけ。母国へも知らせてはいないが、たまに豪華な馬車が止まることがある。
ドアには『C』のクーツ商会のマークがデザインされている。
都の小スズメたちの間で、
『そのドアが開くと、洗練されたデザインの服を着た貴婦人然とした、鮮やかな金色の御髪の方が降りていらっしゃるのよ』
『時にはお屋敷に住む目深に帽子をかぶり、所作に品のある淑女と連れ立ち、Cのマークの付いた豪華な馬車でどこかへ出かけることもあるらしいわ』
『二人はどういうご身分のお方なのかしら?』
『クーツ家に係る貴人でいらっしゃるのは間違いないはずよ』
と話題になっているとか。
ラミアから、そんな噂が立っていますとヘンリーの耳にも届いた。
ルイーズと彼女がお姉様と慕うクーツ家のアナベル様なのは明らか。若きファッションリーダーは年を経て服飾と美容を国内外で幅広く取り扱う実業家となっていた。今までヘンリーと会わなかったのは「願をかけていたのよ」という理由らしい。
ルイーズとヘンリーが再会できることを祈ってくれていたようだ。
「叶ってよかったわ、ルイーズと会えて」
ほっとした表情を浮かべていた。
――ん、何だ。俺とルイーズの再会ではなく、自分がルイーズに会いたいだけだったのか。
ヘンリーの心の声が聞こえたのか、
「あら、ヘンリーもルイーズに会えますように、とお願いしたわよ」
と、澄ました顔で言われた。
ヘンリーは近くの公園で遊ぶ子供たちにおじいさんと慕われていた。子供たちにとって五十歳くらいから上の人はみんなおじいさんだ。
「勉強を教えてくれたの」
「護身術も」
「何か、名前のある流派らしいよ。最初は基本ばっかりだけどね」
欅に寄りかかり気配を消してウトウトしていたら子供たちの声が聞こえてきた。
「あのじいさん、昔ちょっとばかし強かったらしいよ」
どうも自分のことをみんなで話しているらしい。ちょっと出にくくなりヘンリーは気配を消し続ける。何か子供たちにあればすぐに対処しようと備えてはいる。
「三学祭の幻のチャンピョンとか?」
セントラルシティの伝統のある三校が集う古くからある競技会、今でも人気があるようだ。
「伝説の人じゃん、負けて名を残す男ヘンリーとか、王様のいた時代の人だろう。大昔の人だからもうとっくに死んでるよ」
勝手に殺さないでおくれ。まだ生きているよ。
「そうだよね、でも確か幻の人の息子さんはチャンピョンになったとか……」
その通り、ジュニアは優勝したのだよ。飛び級制度を利用しなかったら三連覇も夢でなかったかも。今は隣の国の王様なんだけど、そこまで子供たちは知らないか。
「微笑みのチャンピョンって言われた人でしょ。笑みを浮かべながらいつの間にか相手を倒しているからそう言われたって聞いたよ」
「へえー、余裕があったんだね」
初耳だ、緊張を楽しんでいるかのような思わずの笑みの癖がジュニアにもあったのか。
「なら、あのおじいさん、魔法も使えるのかなあ」
「聞いたら、答えてくれなかった。ニコニコしているだけだった」
「凄腕の魔術師だったりして」
「「「まさか」」」
子供にとって魔術師は今も昔も憧れである。
「そう言えば『ひばり亭』で見かけたことあるぜ」
「街中にお店があるソースに特徴のあるレストランだよね。この街だけで十店舗以上あるってお父さんが言ってた」
「その本店で、お店の偉い人と話していたぜ。大将って呼ばれてた。友だちのような口ぶりだったけど」
「だったら軍人さんだったのかな?」
「えー、あの白髪のじいさんが?」
「ロマンスグレーって言うのよ」
お洒落に無頓着な男児にとって銀髪も白髪もそう変わらない。
「軍の大将? すごい、僕もなりたい」
子供たちにとっても軍の大将は尊敬の対象。兵隊さんになりたいという子供も多いそうだ。たしかにこの共和国は、武の方面で内憂外患状態と言っていい。地方ではまだ元貴族と争い、周りの国との関係は我が国とは友好的だが、紛争を抱えている国もある。武を尊ぶ風潮から、早く平和が訪れ、文を尊ぶ世の中になればいいのだが。
「軍隊のお偉いさん? そんなことないよ。料理屋さんと対等な口をきいているんだろう。親方を大将って言う商売している人だよ。あの人は隠居のじいさんだろうけどさ」
「そうだね。仕入れ先の八百屋か肉屋の元大将だよ」
そう思ってくれる方が健全だ。
子供たちはそんな話をした後、みんなで遊び、そのうち家に帰って行った。ヘンリーは出るタイミングを逸し、うたた寝をするばかりで過ごした。
元子爵邸の離れでヘンリーは紅茶を喫みソファーで寛いでいた。隣には手紙を手にしたルイーズが座っている。手紙はアナベル様からのものだ。新生ノース王国の前王とその妻がここに三か月ほど前から居ることは秘密にしている。夫婦宛の手紙はアナベル様か、ひばり亭の主からしか届かない。
ルイーズを幽閉していた『似非王国』の情報がとんと入手できなく、出方が分からないので近場は別として用心の為、遠出は控えている。おかげでルイーズには息子と会うのを我慢してもらっている。
ルイーズは紫色の長い髪をクラウン・ブレイドに編み込んでいた。熱心に手紙を読んでいる。手が動き二枚目に入った。
ほつれた紫色の髪を撫で上げるルイーズからうきうきした様子が窺えた。
「ジュニアは元気のようですよ」
それで気分が良いのか、手紙には新生ノース王国のことも書かれていたようだ。
アナベル様は実業家として国内外のことに精通している。この前会った時、仕事で方々を飛び回らなくちゃいけないの、と言っていたからノースシティへも行ったのかもしれない。
「それは良かった」
ヘンリーが笑顔で応え、そして訊く。
「会いたいかい?」
優しい微笑みが返ってくる。
「もちろん」
幽閉生活から脱して三か月、我慢にも限界があるのは理解できる。
「ニューシティへ行こうか」
長旅は危険ではあるが、鍛錬は怠っていないから、まあ何とかなるだろう。ルイーズが不安がるようなら、こちらの正体を明かし、駐在する外交官を通して護衛を付ける手もある。
ヘンリーの意に反してルイーズの答えは異なった。
「いいえ」
そして、少し勿体つけるかのように間が空いた。
「あの子はクラレンドン領を取り戻してくれたようですよ」
ヘンリーは驚いた。そして納得した。
――なるほど、秘密裏に事を運んだか。情報を統制したのだな、だから向こうの様子が分からなかったのか。見事だ、今まで漏洩もなく、よくやった。アナベル様が知ったということは他の国の干渉を許さぬほど完全に彼の地を掌握したのだな。
そうなると、ニューシティへの旅も安全のはずだが、ますます『いいえ』の理由が不明だ。
「では、どうして会いに行かないのだい」
ヘンリーは疑問をストレートに訊いた。
こちらを向くルイーズが小首を左右に傾げながら少しずつ笑みを深くする。
「一週間後、こちらを訪れると書いてありますから」
ルイーズの満面の笑みが喜びの大きさを物語っている。
――そうか、ジュニアが来るか。
自ずとヘンリーの胸にも嬉しさが広がってゆく。
「本編 完」




