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第六十九話 鳳雛

 マシューを見送った北門から戻り、執務室に入るとすぐさまスミスがやってきた。

「旧王国から早速貴人が現れたよ」

 受け入れについては十分打合せ済みだ。基本は誰であろうと入国を許可する。ただし、全員を一般市民扱いとする。爵位持ちであろうと関係なく同等とし、平民という言い方はせず、国民と呼称する。住まいも最初は一律避難施設に入ってもらう。それが嫌なら入国を拒否し、二日以内にお引き取り願う。その間は隔離された国の宿泊施設に入ってもらうが有料とする。そのように取り決めた。

「担当者に貴族に対する態度がなっておらん、平民と同じ扱いをするな、お前では話にならん、もっと上の責任者を出せ、と息巻いたらしい」

 自分は選良だという意識に凝り固まった人物はどこにでもいる。王都を追われたというのに、哀れだ。

「それでも担当した奴は平然としていたらしい」

 話を聞くとその担当者は『あなたが元王国の貴族であることは承知しました。たしかに私の地位は低いかもしれませんが、陛下から皆様方を審査する役割を仰せつかっており、今この席で相対する私は地位の低い私人ではなく、陛下の名代の公人としているのです。あなたの要求する上席の責任者も、公人として陛下の名代、私と同様なのです。誰が担当しようと同じでしょう。もし本官では駄目だと言い張るなら、あなたが審査を拒否したことになります。本日の面談を拒むのなら我が国はあなたの入国依頼の審査を中止しても何ら腹も痛みませんし影響も感じません』と、頑として受け入れなかったらしい。

「では奈落第一号になったのですか」

 面接室には、魔法を含めた暴力行為に及びそうになれば、ボタン一つで舞台装置のように落下する仕組みが備わっている。

「いや、『魔法を使えるんだぞ』と脅されても、その担当者は堂々した態度を貫いたらしい。お貴族様はあきらめたそうだ」

 剛毅な文官もいるものだ。

「ノース公国の役人にも使える人材が結構いそうだ。避難者に『大変でしたね。もう大丈夫ですよ』と寄り添う姿勢で接している係員もいる」

「是非そのような人物を引き上げてください」

「分かった、任せておけ。ちなみにこの情報をもってきたのはベーカーだ」

 スミスは情報を内向きはベーカー、外向きはウォーカーと分担させている。

 話は人材活用と食糧配布のあり様など多岐にわたり、決めるべき事をだいたい終わらせた時は、深夜になっていた。

「これでいつ出発してもいいぞ」

 最後にスミスから言われた。

「至急の件が出来たら早馬を走らせるさ」

 ヘンリーはニューシティへの出発を決めた。


 ニューシティにヘンリーが着いた翌日、落ち着く間もなく計ったように戻ってきた者たちがいる。

「ただいま帰還しました」

 南部地域を平定し終えたアレックス(家臣・二番)たちも戻ってきた。

 エズラもオーリー(家臣・同列五番)も元気な姿を見せる。ダーリー(恐竜使いの長)と恐竜たちも欠けていない。

「ダーリー、ご苦労であった」

「陛下もお変わりないようで」

 南征した軍にまで『陛下』呼びが浸透しているとは、それもダーリーが最初に口にした。これはエズラの知恵か。自分も含めた皆が受け入れやすいようにという配慮だろうな。マシューとエズラによる国づくりの策の小さな一歩か、許そう。

 ヘンリーは笑みを浮かべてダーリーに応える。

「ありがとう。要塞都市へ向かった恐竜もその存在は大きかったよ。一鳴きで敵さんを黙らせてくれた。こちらに全十頭、無事戻ってきている」

 ダーリーが喜ぶ顔を見せた後、少し真面目な表情になった。

「里心がつきました。半分ずつ故郷へ戻してください」

 大規模な戦闘はしばらくないだろう。ダーリーの要望をヘンリーは許可した。

「今までありがとう」

 十分に報いるつもりだ。


 アレックスたちから南部地域の話を聞いた。北と同じようにどの領も民と土地、ともに疲弊しているようだった。

 その後、要塞都市での顛末を南征していた連中に説明していると、エズラに「要塞都市で亡くなった公国の王弟はたしかダニエルですよね。その名前に記憶がありませんか」と訊ねられた。

 誰だろうと記憶をまさぐると、思い出した。

「あー、そうか。顎ツン令嬢か、たしかメリッサ嬢と言ったな。その婚約者が王弟のダニエルだったか」

 彼女の囮を馬車でセントラルシティまで運んだ。彼女自身がまだ都にいるのか、いないのか、それすら分からないが、もし無事生きていれば、結婚相手がいなくなったということになる。それは申し訳ないことだが、これも戦、仕方がないと諦めてもらうしかない。

「詮無いことですね。こちらも無傷ではありませんから」

 アレックスがそう纏めた。


 ニューシティへ来て一か月が経った。

 ヘンリーは、妻子の来るのをまだかまだかと一日千秋の思いで待っている。戦いの只中から、剣ではなくペンを持つ生活になり、物思う余裕ができたせいもあるだろう。それに、マシューを迎えとして送ったことで会いたい気持ちが募っているのかもしれない。ただ、為政者として決断すべきことは山積みで、エズラが優先順位を付けた書類及び報告を確認し、その可否を決め、あるいは判断を保留するもの、担当者に一任するもの、差し戻しするもの、と捌いてゆく。待ち焦がれる思いを外には出さないようにしている。

「早くマシューに戻ってきてもらわないと、眠る時間が足りません」

 エズラが愚痴をこぼす。

「今しばらくの辛抱だ」

 書類を読みながらアレックスがなだめる。ボビーたちは外回りで今日ここにはいない。

 ヘンリーの執務室は広く、大勢で一緒に仕事をする。係ごとに別々の部屋では効率が悪い。

「一緒にお越しになるルイーズ様のご尊顔を少しでも早く拝見させていただきたいです」

「子供たちにも大人気で、花の女神様と呼ばれていたとか」

 懐かしい逸話を思い出させてくれる。クラレンドンにいた頃、ルイーズに『王都で、子供らに本当にキレイだと思われたから女神様と言われたのだろう』と揶揄(からか)うと、『忘れましたわ、楽しく過ごした記憶しかありません』と、はにかむような笑顔で小首をかしげる様は貴さを感じさせた。

「紫色の髪と瞳、お目にかかるのが楽しみです」

 正確には瞳の中央はオレンジ色で神秘的なのだがな。

「セントラルシティで奇跡を起こされたとお伺いしました」

「市民に崇拝されているとか」

「お迎えに行きましょうよ」

 ヘンリーの治世になって出仕した者たちのルイーズへの想像はたくましくなるばかりのようだ。ヘンリーが同意すれば、我先にと外へ向かいそうだ。


 昼食後、マシューと同行しクラレンドン領へ向かった兵士が戻ってきたと報告を受けた。先触れが着いたらしい、その後に本隊が続いて来るようだ。

「すぐに会おう」

 ヘンリーはペンを置いた。

 逸る気持ちを抑えながら用意された小さめの接見室に向かうと、矢傷を負ったのか腕に赤茶色に染まった布を巻いた兵士がいた。片腕で支えながら無理して上半身を起こそうとしていた。

 予期せぬ状況に不吉さがよぎるが、この兵士を先ずは何とかしないと。駆け寄り上半身を支える。この男は、確か派遣した隊の副長格の一人だったはず。

「大丈夫か? 医師を呼べ。早く」

 ヘンリーの大声に、側近の一人が反応する。

「はい、ここに連れてきます」

「陛下。申し訳……ございません。……ルイーズ様が奪われ、……マシュー様が……追手に。……お子様だけは何とか……」

 兵士は途切れ途切れに何とか言葉を継いだ。

 バタバタと医師がやってくる。けが人を任せてヘンリーは指示を出す。

「迎えに行くぞ。手の空いている医師を同行せよ。この者同様、けが人がいる可能性がある。馬車を用意せよ」

「はっ」

 エズラが控えている。

「ご案内します」

 見かけぬ男がいる。武器は携帯していない。

「お前は?」

「ベリック領の文官、コクランと申します。このけがをした兵士、グレイと先行して一緒にやってまいりました。グレイの口がたどたどしいのは申し訳なさと、けがによる疲れが出ているだけで外傷自体は回復に向かっております」

 冷静な口振りだ。

「分かった。コクラン、説明できるか」

 ヘンリーは少しでも情報が欲しくてコクランに説明を求めた。

「はい、あらましを伺っております」

「聞こう」

「当領にクラレンドン領から傷を負った十名の兵士が一人の幼子(おさなご)連れでやって来て、陛下のお子様であられると申すのです。リアム(幹部候補生学校寮同室)様に確認をしてもらいましたところ、兵士の何人かがクラレンドン領出身で、顔見知りだったようです」

 リアムへはクラレンドン領の目途がある程度立ったら、最初に攻略した二領の立て直しに向かうよう指示を出し、半年ほど前からベリック領にいるとの連絡をもらっていた。

「たどり着けた兵士から話を聞くと一行二十名でクラレンドン領に着くと、そこにはセントラル王国の国王の弟様が一族郎党を連れて身を寄せていたそうです。ルイーズ様にとっても叔父様、邪険にはできません。領主城の主のように振る舞っていたようです。マシュー様がルイーズ様に面会を申し込んでも取り次いでもらえません。そこで城内をそれとなく探るとご夫婦の寝室には誰も居そうにないとマシュー様がおっしゃったそうです。城の居館の外まで手を伸ばして探すと兵士が見張っている離れがあることが分かり、そこに軟禁されているのでは、と調べてみると、確実に重要人物の誰かが居そうだと分かり、会わせろと強硬に談判すると、分かったと言われその当日の食事に毒が盛られたと。しかし用心していた一行は、毒は回避できたのですが、第二の対策として現れた大勢の兵士に囲まれ、少ない味方ながら切り結び、何とか血路を開き離れまでたどり着けた者は、夫人と幼子を連れて城を脱出しました。しかし追手がかけられ、残念ながらマシュー様は満身矢だらけとなり、夫人は捕らえられました。唯一兵士の懐に入れられたお子様だけが逃げおおせました」

 ――何ということだ。ルイーズが捕らえられ、マシューが矢を受けたと……。

「マシューはどうなったのだ? けがの具合は?」

「マシュー様はお亡くなりになりました」

「なんだと」

 けが人のグレイが口をはさむ。

「申し訳ございません。……マシュー様は、領境辺りで土壁を何枚も何枚も立ち上げたのですが、多勢に無勢、全て破壊され、遂には魔力が尽き果てたのか、己を壁だと言わんばかりに、進路を遮るよう両手を広げ立ち塞がっておりました。そこへ、無数の矢……満身矢を受けながらも立ったままの姿を見たのが最後でした」

 そしてコクランが沈痛な面持ちで続けた。

「領境の砦に十名の骸がさらされました。変色具合から毒矢を用いられたようです」

 ヘンリーは思わず天井を仰ぎ見た。憤怒の表情が目に飛び込む。左目に当たる木目が、涙を流しているかのように感じられた。

 ――『憤怒の涙』だ。

 足手まといの者がいなければ、何とでもなったはず。妻と息子を守るためお前は身を盾にしてくれたのに違いない。

 目頭が熱い、目を開けたままにできない。

 目を閉じれば要塞都市で見送った馬上の姿が瞼に浮かぶ。

 『命に代えても』との言葉が突然蘇った。何故お前は別れ際にそんなことを言ったのだ。

 ――すまん、マシュー。

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