第六十八話 混沌の王国
ヘンリーは要塞城で火の手が上がった王都セントラルシティの、その後の情報を気にしながら旧ノース公国軍との戦い方に頭を悩ませていた。王都と王軍の状況次第によって様々なケースが考えられ、一筋縄ではいきそうにない。
床を鳴らす急ぎ足の音が、思索を中断させた。執務室へやってきたのはマシュー、手に書簡を持っている。
王都での異変が明らかになったか、……にしては、マシューの顔が緊張していない、和やかだ。
「クラレンドン領から知らせが届きました」
王都の情報ではなかったのかと思いながらヘンリーは書簡を受け取り開封した。
『ヘンリー様』の文字を見ただけで妻のルイーズからだと分かった。文面を目にした瞬間、内容が把握できた。
「赤ん坊が生まれていた」
思わず口に出ていた。
「おめでとうございます」
マシューの目が見開かれた後、笑顔になった。
「ありがとう。男の子だ」
「お世継ぎ様ですね」
そうか嫡男か。伯爵いや公爵の後継ぎになるのか、……まあどっちでもいいか。
「私に、お迎え役を。是非お願いいたします」
ようやくクラレンドン領とも連絡が取れるようになったのだ。人の往来もほぼ普通になっているだろう。
「分かった、任せる」
「ありがとうございます」
今すぐにでも出発しそうな気配にヘンリーは少し冷静になった。会う、いや一緒に住むことを考えれば、ここ要塞城は相応しくない。ノースシティで会おう。
「ただし、ここでの仕事を終えてからだ」
「かしこまりました」
その日は腑抜けになることなく、精力的に仕事に励んだ。心の底で気になっていたことが晴れたからだろう。
数日後、王都に向かわせた偵察員がようやく戻ってきた。マシューのほか、スミスとその部下たちも同席している。
「陛下が……、お后様が……、第二王子様たちがお亡くなりになりました」
戻ってきた偵察員が声を震わせている。
「どういうことだ、それだけじゃ分らんだろう」
珍しくスミスが取り乱している。
「反乱軍が王宮に乱入し、火をつけたようです。脱出を試みる皆様方に無数の火矢を射かけた、と。そして次々とお命を落とされた模様です」
魔法の防御力も万能ではない。建物は火に弱い、消火に間に合わない場合が多々ある。脱出できても多数の火矢が飛んでくれば全てを防ぐのは不可能だ。
少し偵察員が落ち着きを取り戻した。
「国王様夫妻、第二王子様とその母の側妃様が亡くなっています。護衛はもとより王宮から逃れようとした者全てに火矢を射かけたらしく多数の侍従や侍女、女官も犠牲になったようです」
残っている主な王家の血筋は三人。第一王子は総大将として旧ノース公国との戦に従軍し、今は退却戦をしながら王都に向かっているはずだ。ルイーズは今クラレンドン領に居る。あともう一人王の弟がいる。王弟は、領地のなくなった名ばかりの侯爵家の令嬢と結婚し王都にいた。有能ならば大公位に就くのだが、……あまりかの方の評判は聞かない。
「弟様の行方は分かりません。人をやって探していますが……」
探そうとしても、混乱の中だ、見つけるのは難しいだろう。身分を偽り、扮装して隠れている可能性だってある。
「軍隊は何をしているのだ」
スミスが問い詰める。
「どうも反乱軍にもいるようです」
「くそっ。元々兵師団は怪しかったんだ」
「貴族街がほとんど焼けています」
「なるほどな。兵師団対魔術師団の構図か」
「そこまでは分かりません。ですが、逆族に四人の王族様方が斃されたことだけは確かです。連絡が遅くなったのは本当に陛下がお亡くなりになったのかが分からなかったからです。一時は秘密の脱出口がありそこから難を逃れたのではないかと。ただその後、捕らえられ弑逆されたとの噂があります。いずれにせよ、革命軍が誇示するかのように四人のご遺体を王宮門前に掲げたので、残念ですが……非業の死を遂げられたことは……事実です。この目で実際に見てから……王都を抜け出しました」
偵察員の最後の言葉が涙声になり、そして周りも静かになった。改めて陛下が亡くなったことに皆が気付いたかのように沈黙が場を支配した。
「黙とうしましょう」
ヘンリーの言葉にその場の全員がハッとし、一斉に頭を下げた。
――ルイーズは悲しむだろうな。父が亡くなったのだ。そうか、陛下はルイーズの父なら、自分にとっては義理の父にあたるお方なのだ。反乱がなかったとしても雲の上の人だから簡単に会うことは不可能であったろう。となれば義理だとしても親子の関係を築き上げられたとは……到底思えない。今後も陛下が義理の父、お后様が義理の母と思うことは畏れ多すぎる。
この状況で復讐戦を、という気にはならない。ルイーズには悪いが、義理の親子という意識というか感覚がもてない。表面上はそう取り繕う事はあったとしてもだ。
さらに悪い報告が続く。第一王子の敗戦と死亡の連絡が届いたのだ。
「討って出て王国軍と連携して先ずは旧ノース公国軍を蹴散らし、その勢いで王都へ向かおう」
という強気な意見が王国出身の兵たちから上がった。ヘンリーは腕を組み、目を閉じた。拒否の姿勢をとったのだ。
次の報告では敗戦が先ではなく、第一王子の死亡が発覚し、軍が崩れたようだとの情報が入った。
第一王子の亡くなった原因は? 旧公国軍との戦さでの死ではないのか? 内部分裂なのか? 内部崩壊? まさか暗殺? 皆が疑心暗鬼となった。
「状況が明確になるまで、待つ」
ヘンリーは決断した。早急に出陣をすべきという意見をヘンリーは抑えた。
旧ノース公国軍だけを相手にする戦いだとヘンリーは考えている。その為に軍を興したのだ。ぶれてはならない。
王都での反乱が革命だと言われ始めていると聞き、ヘンリー軍が王国軍と協力して旧ノース公国軍を破ったならば、その後、そのまま王国軍とともに革命軍と戦うことを良しとしなかったからだ。王国軍との共同作戦を採ると、否応なしに革命軍との戦いに巻き込まれる。ヘンリーの感覚では革命軍とは王都の市民である。そんな彼らと何故戦う必要があるのだ。軍人の本質は国と国民を守るためで自国民を殺戮するためではない、それに尽きる。ヘンリーは貧乏子爵家三男坊、子供のころから貴族より平民と慣れ親しんだ。
王家を敬えど、貴族偏重の意識をサラサラ持っていない。
それに今の仲間たちはほとんどが平民出身だ。
ヘンリーの決断をスミスが支持してくれた。王国出身の兵たちが我を張らず矛を収めたのはスミスの存在が大きい。
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セントラルシティは外敵の旧ノース公国軍を目前にして、瀬戸際で一致団結した。
王国軍と革命軍からなる統合セントラル軍は旧ノース公国軍を撃退した。魔術師も一般兵士も数で圧倒した。時が経つほどその差は歴然としてきた。食糧豊富なセントラル軍に対し補給が届かない旧ノース公国軍では結果は自ずと知れた。
敗れた旧ノース公国軍は三々五々ヘンリーが手ぐすねを引いて待つ要塞城へ疲れ果て、ひもじい思いでたどり着いた。
要塞城には見知らぬ旗が立っている。自分たちの北の緑と呼ばれる緑色旗ではない。敵対した王家の金色でも、東の茶色、西の赤色、南の青色でもない。澄み渡る空に紫色をした旗が優雅にひらめいている。
「新生ノース王国の旗である。降伏するか、否か」
何を! と刃向かう者には、ヘンリーは容赦なく武力を行使した。圧倒的な攻撃力に体調不良ばかりの兵力では勝者は火を見るよりも明らか。総大将の王弟は、北での敗北という真実の情報を聞いて歯ぎしりしながら逝った。
恐竜の一鳴きに、力なく降伏し、飯をくれとのたまう輩も多数いた。
最終的には四万人をヘンリーは受け入れた。
紫色旗を作成し、新生ノース王国と兵士に唱えるよう画策したのはマシュー。
既成事実となっていては、ヘンリーは事後承認するしかなかった。
一方セントラルシティでは王が亡くなり貴族もその姿がほとんど消えていた。王軍も第一王子が亡くなり、それも死因が今もって不明、噂では革命軍の刺客ではと取りざたされているが誰も明らかにしようとしない現状では求心力が失われ、革命軍に吸収されていくしかない。議会は市民中心に構成され、貴族の特権及び爵位制度は廃止、国民全てが平等であると宣言された。国名はセントラル共和国とし王の冠が廃された。そしてもう一方の東の戦線ではイースト公国を王国と認め休戦協定を結んだ。都は収まりつつあったが、地方は貴族の力の強い地域が残っており、その対応に共和国軍は奔走している。
ヘンリーは偵察員から情報を逐次直接聞いた。要塞城からセントラル共和国へ討って出ることはなかった。
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マシューの見送りにヘンリーは要塞都市の北門に来ている。約束通り夫人と息子をクラレンドン領へ迎えに行く。
「それでは陛下行ってまいります」
陛下と呼ばれるのには、まだ抵抗がある。
「新生ノース王国の新しい都ニューシティでお待ちください」
国名ばかりか首都の名前まで変えようとしている。
「分かった」
まあ国と都の名前がどうなるか分からんが、妻と幼子には早く会いたい。
「楽しみにお待ちください。命に代えても約束は果たします」
大袈裟なやつだ。
「頼むぞ」
ヘンリーは数日のうちには、要塞都市をスミスに任せてニューシティへ向かう予定だ。




