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第六十七話 要塞都市

「セントラル王国兵が前線から退いています」

 ウォーカー(スミスの部下)が焦っている。予想外のことが起きている。

「まさか……ノースシティを制圧したという情報が届いては……まだ、いないか」

 この地に入って日が浅いことに気付いた。

「一昨日使者が入城したことを伝えに行ったので、まだかと。今朝戻って来たのは別の者で、退却命令が出て、理由を探るとセントラルシティのあちこちから火の手が上がっている、という情報を得たようです」

 ヘンリーは顔をしかめる。

「以前から過激派市民の動きが怪しかったようですが、どうにも爆発したのではないかと思われます。王国兵が退くほどなら相当大規模な……そう反乱と呼べるようなものがあったのかもしれません」

「もしそうならノースシティ陥落の報を聞いても敵の偽旗作戦と勘繰り、百パーセント確信が持てず、悩んだとしても結局、王都セントラルシティへと急ぐでしょうね」

 エズラの言葉にスミスが肩を落としながら愚痴る。

「そうだな、北の王国兵は弱兵でまともに戦えないと噂を流していたからな。王国へも敵を欺くため本当の情報を知らせなかったツケがここで祟られるか」

 エズラとマシューがさらに話を継ぐ。

「となると旧ノース公国兵も『ノースシティ陥落』と聞いても、こちらには戻ってこないでしょうね」

「偽情報だと思い、戻ってくるより、退いている王国兵に向かう確率が高いでしょう」

 ヘンリーが(もっと)もだとうなずき、そして問う。

「となると、我が軍の取るべき策は?」

「要塞都市『アルヴィアル』を奪うべきでしょう。かの地は旧ノース公国にとって王国との最前線です。かの要塞城は自然の地形を巧みに利用しているので王国側からは攻めがたいですが、ここノースシティからでは障害となる山、川はそうでもありません。旧ノース公国兵は勝ち負けいずれにせよ、いつかは『要塞都市』に戻ってくるはずです。そこで降伏を勧告し、従えば受け入れ、そうでなければ討つ。その手が最善かと存じます」

 エズラが答えた。

「分かった。南征軍とは別に、その半数で出陣しよう。ボビー(家臣・一番)、留守を頼んだ」

 ヘンリーはすぐに決断を下した。

 その後、スミスと相談して王都の状況を調べるために、こちらから偵察員を送ることにした。待つだけでは混乱している王都からの情報は入ってこない。


 出陣間際、留守を任すボビーと話していたところにエジン家とグラス家の隠居二人がマシューを連れて来た。

「ノースシティの宣撫工作は我ら二人で十分です。要塞都市攻めにマシューをお連れください」

 隠居の二人に言われた。

 そうだった。王国軍が退く情報を聞く前にマシューには任務を与えていた。これからの要塞都市攻めでの陰とのやり取りを考えると、隠居二人と南へ転戦するエズラ、それに同行するクラークもいなければ、自分が対応するしかないのだが、それでは目立ってやりにくい。マシューがいればスムーズになりそうだ。

「その方がいいだろう」

 ヘンリーに同行するスミスが賛意を表す。ベーカーもウォーカーも同じようだ。

「ここでの武張った事柄への対応は、問題ありません」

 軍事面でボビーも支障ないようだ。

「活きのいい若い衆には外で汗をかいてもらわんと」

 隠居二人がそういうのなら宣撫工作は任せて問題ないだろう。

 ヘンリーは隠居二人に宣撫工作を改めて依頼し、マシューには副官として同行を命じた。


 要塞都市『アルヴィアル』へ向け、恐竜十頭と二万の兵を率いてヘンリーは馬上にある。予定より兵数が少ないのはそれで十分ですとマシューが言ったからだ。何か根拠となる情報があるのだろう。

 そのマシューがそばに寄ってきて、轡を並べた。先にヘンリーから話しかける。

「『アルヴィアル』への情報操作がどうなっているのか聞きたい。今までの北での戦いはノース公国軍が有利と流していただろうが、ノースシティを制圧してどんな情報を流しているのだ」

 言わずとも偽情報『北の地の戦いに勝利したので中央に援軍を集めた』と答えるはずだが、念の為の確認だ。

「我が軍が制圧後は、すぐにセントラル王国軍に正しく我が軍の捷報を、それと同時に旧ノース公国軍には偽情報として北で自国軍の大勝利を伝え、さらに今日ノースシティを出陣する前に援軍を向かわせるとの報をもって走らせました」

 ほぼ予想の範疇と言っていい。兵士二万のうち先頭の三千には、旧ノース王国の軍服を着させたので、伝令は直前でも問題はないかと思ったが、すでに向かわせたようだ。

「伝令は、調略を受け入れた貴族出の近衛兵を選んでいます」

「念入りだな」

「抜かりありません。また、要塞都市にいたほとんどの兵が王国軍の追討戦へ向かっていると思われますので、留守隊は五、六千名かと」

「十五万の兵がアルヴィアルに駐留していたのだろう。となると少なすぎないか」

「総大将の性格から推測するに、ほぼ全軍で出撃するはずです」

 確か公国王の弟だったな、やつの性格まで把握しているのか? だとしても戦術に直結するとは限らんぞ。強気な性格でも慎重な戦いを好む将もいる、臆病者でもいざという時に腹をくくる将もいる。訝しそうに目を細めたヘンリーに、マシューが応える。

「今までの戦いぶりからも分かります」

 性格だけではないのだな。なら少しは信用できるか。

 マシューが分析を続ける。

「性格は荒っぽく自己主張が強いようです。戦いぶりもガムシャラに前へ前へと突き進む猪突猛進型と言えます」

 真っ正直な正攻法が得意なタイプか。個人としては好感が持てるが、……はて、我が軍はいつの間にか好みとは正反対な奇襲や策を弄するような(いくさ)をしているような気がする……不思議だ。

 マシューがなおも解説をする。

「大会戦の前に一万の兵で三倍の敵に突っ込んで勝利したこともあります。そのせいで増長し、自分の策は絶対であると、反論できない雰囲気のようです」

「かと言って、最低一割は留守隊とするのではないか?」

「実質の兵数も今は十万を切っていると思います。留守隊には支援系の部隊が二千人ほど要ります。その守備で千名ほど残れば、総大将の公国王弟としては十分と思っていることでしょう」

「では合計三千となるが?」

「目先が利くというか、王国軍の退却に乗ずるだけでいいのか、本当に北で勝っているのかと疑問を抱いている……そんな貴族でない将校が少なからずいると思われます」

 マシューの言葉『目先が利く貴族でない将校がいる』に意識を傾けた。北の貴族なら少なからず抱くであろうセントラル王国の華やかなりし都への憧れも平民ならばないだろうし、王弟がトップなら平民出の自分は、敵の名のある将を討ち取るような、よほどの僥倖でもなければ歯牙にもかけられないだろうと推測し、ここで勝っても褒美は貴族が独占するはず。となれば自分の勘に従い、留守隊になるよう動く輩もいてもおかしくない。

「公国に忠義面して万が一に備え要塞都市を一生懸命守りますと信用させ、残っているが本心は別にありそうだな。それに才覚もあるかもしれん」

 大きくうなずかれた。

「ただ、兵は寡なく、貴族ではないので攻撃力は低いはずです。徴兵で無理やり連れてこられた農民も多そうです」

 必然、魔法での攻撃には弱いだろう。防御服があれば少しはましであろうが。

「要塞都市に入り先ずは兵糧を押さえます」

 自信たっぷりにマシューが言った。


 進路には天然の要塞がなく、随所に砦や門はあったが、抵抗もなく通過できた。援軍だという触れ込みで、酒と食料を積み、おこぼれと称しふんだんに振る舞えば、碌に調べもしない。

 要塞都市『アルヴィアル』の内部にも簡単に入れた。

 ヘンリーにとって嬉しい誤算は『目先が利く貴族でない将校』たちとの『要塞城をめぐっての最後の攻防戦』が回避可能なことだった。彼らには、こちらの秘密工作員が調略するため情報を提供しており、それがほぼ功を奏しそうだと言う。

「戦う必要がないのか」

 そうマシューに問うと、

「仲間に引き入れる最後の詰めに、伯爵様より直に誠を示してください」

 とお願いされた。

「分かった」

 ヘンリーは領民のために力を貸してほしいと『目先が利く将校』たちに辞を低くして頼んだ。

 これだけで『外に向かって聳え立つ要塞城を含めた要塞都市』アルヴィアルが手に入った。

 嬉しい誤算がもう一つ、留守隊の兵数が予定のほぼ倍の一万人で、それが無傷で味方にできた。『目先が利く貴族でない将校』以外にも『目先が利く低位貴族』たちも少なからず存在したからだ。


 マシューはすぐに兵糧を押さえた。

 これで旧ノース公国軍は干上がるはず。王国軍の背後の憂いが少しでも軽くなってくれればいいが。それにしても、王都の行方が心配だ。

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