第六十五話 王命
インパネ城に入り二日目の夜、寝室にエズラとマシューが訪ねて来た。
「どうした」
「砦で捕らえた魔法を使える中年の男、ハリスの正体が分かりました」
ヘンリーの問いにエズラが答えた。
「聞こう」
「以前はノース公国の上級官吏だったようです。徴税業務に携わっており、公国全二十領をつぶさに回りその内情、つまり収支を全て把握していると本人は申しております」
「ありがたいことに各領の倉庫と主の執務室は言うに及ばず、おおよその城または領主館の見取り図を描けると言っています」
「そんな男がどうしてこんな片田舎にくすぶっていたんだ?」
「本人曰く、上司とそりが合わず左遷され、退職。実家に戻って自棄になり酒浸りとなっていたようです」
「家族にも見放され、兵士として差し出された、とのことです。そのおかげというか規則正しい生活をいやでもさせられ、酒も抜けて健康になったようですが」
「正気に戻ったか」
「ええ、本来の自分を取り戻したいという気持ちを彼から感じました」
「分かった。ハリスに会おう。執務室に呼んで来い」
寝室を出て、執務室に入った。ほどなくしてマシューが中年の男を連れて来た。
「ハリスです」
肩のあたりから幾分緊張している様子がうかがえる。
「楽にしていい。お前のことは聞いた」
肩の力が抜ける。
「お前の目から見てこの国をどう思う?」
ハリスの目に力がこもった。
「王は富国強兵を目指す。と言っていますが、お題目だけです。強兵の実態は単に兵士の数を増やすだけ、富国の実態はセントラル王国の領土を奪って国というよりか都と、王家と、気に入った一族だけを富ませようとしているといったところです」
「どうすればよいと思う?」
「富国強兵をやめて殖産興業を図るべきです」
「具体的には?」
「税制改革は既に分かっているかと思います。その上にこの地に必要なのは先ずは道路です。幹線道路すらメンテナンスを怠り、デコボコだらけです。それ以外の道路は不通の箇所だってあります。いくら地域で産業を興しても道路が不便なら運べません。ここインパネの旧領主はベリックの海を欲しがっていたようですが、いったいどうやって海産物を運ぶつもりだったのか……」
と言って首を傾げた。
「そうだな、この城に入るまでの道中は難儀した」
ヘンリーは苦笑いしながら、その通りだと何回か首を縦に振った。
「エジン家の隠居バラッドとグラス家の隠居ゴラスを紹介しよう。この二人は馬車専用道を国中に網羅した一族、セントラル王国のクーツ家に太いパイプがある。ハリス、お前にその任を命じる」
クーツ家はアナベル嬢の実家だ。二人の隠居に、その伝手がないわけがない。
「はい、分かりました」
ハリスがなかなか優秀な人材であることが分かった。
「先ずはこの二つの領が良くなるよう頑張ってくれ」
ハリスの頬が紅潮している。
ハリスの持っている中央と全領の情報は、ヘンリーが言わなくてもエズラとマシューが抜け目なく聞き取ってくれるだろう。
戦いに敗れ、主が変わったことによる混乱は少し落ち着いたようだ。いずれの領の農民、職人、商人は重い税と戦役に疲れ切っていた。田畑も山も何もかもだ。ヘンリーが統治するなり、税を軽減すると明言したことで、領民たちも下向きの顔を上げつつある。
ヘンリーは精力的に二領の農村を回り、町へ出かけ、雰囲気が最近は明るくなったと感じ始めていた。
暮らしが上向くんじゃないかという予感を持ち始めたらしい。店先に商品が並び始めた。職人が工具で作業する音が聞こえ始めた。畑には赤子を畦に置き、働く農婦が目に付くようになった。
ようやく平定の目途が立ち、ほっとヘンリーが一息付けた頃、見計らったかのようにスミスがセントラル王国の正式な使者としてやってきた。数百名以上の兵士連れだ。
大広間にスミスを先頭に約三百名の兵士が並んでいる。入りきれない兵もいる。総勢で千名ほど連れて来たらしい。以前、妻ルイーズとの婚姻届を持ってきたベーカーとウォーカーの顔も見える。
「クラレンドン伯爵。まずはベリック領、インパネ領の攻略おめでとうございます」
スミスが威厳をつくって挨拶する。
しゃちほこばるのは苦手だが、ここは仕方がない。一段高いところから返礼する。
「ありがとうございます」
スミスがベーカーよりホルダーを受け取る。
「クラレンドン伯爵へ王命を伝える」
「ははあ」
王命を受け賜わる以上高い所にいるわけにはいかない。へりくだる必要がある。
ヘンリーは壇上から降り、スミス中佐が前に出るのにしたがい、立ち位置を入れ替え下手にて跪く。
「クラレンドン伯爵はノース公国首都ノースシティを目指して公国領を切り崩し、軍を進めることを命ずる」
「承知いたしました」
既にノース公国領に居て、いまさらと思わないでもないのだが。
「一魔法分隊と一騎兵分隊、一兵士分隊を援軍として派遣する」
「謹んでお受けいたします」
「成功の暁には新生ノース公爵への陞爵を約束する」
戦え、褒美はでかいぞってところか。公爵か、普通は侯爵だろうが、ルイーズが元々王族だからお前も身内扱いする、ということなのだろう。領土は切り取り自由の保証を得ているので爵位はどうでもよい気はするが、ありがたく拝命しておこう。
「ありがたき幸せに存じます」
羊皮紙でできた王命書を押し頂き、内容を確認後、そばに控えていたフィンへ渡す。ヘンリーは壇上に戻り、声を張る。
「王都より遠路大義であった。今宵はゆっくり休んで、明日からの戦いに英気を養ってくれ」
「オー」
儀礼は終わり、立食パーティーへと変わる。
ベーカーから主だった隊長たちの紹介を受ける。挨拶を一通り終えると、スミスがヘンリーのところへやって来た。先ほどと打って変わってにこやかな表情。
「よっ、お疲れ」と言ってヘンリーの肩を叩く。
爵位にこだわらず以前通りの態度が有り難い。
「ストーナー第二魔術師団長が上申した総攻撃が、舞台が整いようやく許可されたってところさ。それもお前さんが恐竜からの脅威を取り除き、さらに二領を分捕ったことが大きかったぜ、二面作戦が取れるからな」
スミス中佐は砕けた口調で内情を話してくれた。
「最前線の部隊だけでなく、王都からも討って出るのですか」
「もちろん、留守部隊を除き、第一王子を総大将にしての進軍だ」
「陛下も議会もよく賛成しましたね」
「ああ」
スミスが声を潜める。
「王都で市民の声が強くなっていて、市民の目を外に向けさせる狙いがあるんだ。ここでノース公国を破れば、安泰となるのを王家と貴族連中は目論んでいるのさ。それにルイーズ王女、今はお前の夫人は王城から気軽に街にお出まし市民に愛され親しまれていたからな。その夫のお前も、恐竜を捕縛できたのはヘンリー・クラレンドン伯爵のおかげだと真実がみんなに伝えられ、その恐竜を従えノース公国二領を攻略したってことで、評判はうなぎ上りさ。人気にあやかり広告塔にうってつけとばかり公爵位をちらつかせて、市民の懐柔に一役担ってもらおうという魂胆さ」
「体のいい市民対策ですか。良く分かりませんが、勝てないと王家と貴族はどうなるのでしょうね」
「うーん、それは……」
スミスでもそれは読めないか、ただ市民の力が強大になるのは確かだ。
「絶対に勝ってもらわないと困るというわけですね」
スミスは苦い表情で「そうだな」とうなずきながら言葉を継ぐ。
「北からの部隊は弱兵だと噂を流すさ。最初は良かったが、恐竜に牙をむかれて襲われ、どこへ逃げているのか行方も知れぬ放浪軍、と油断させ、中央に兵を集中させておいて、その隙に落とせるだけ落とす」
「分かりました。間抜けな振り作戦でいましょう」
「頼むぜ、公爵様」
頑張るしか手はないようだ。
ウォーカーがそばにやってきて、封筒を差し出した。
「ルイーズ夫人より預かってきました」
この地には王都より直接来ようとするとノース公国領を侵犯しなくてはならないのでクラレンドン領経由で来たようだった。
「ありがとう」
受け取って内ポケットにしまう。
「読まないのか?」
スミスが口をはさんだ。
「後でゆっくり読みますよ」
スミスばかりでなくウォーカーも、それにいつの間にかベーカーもいて、何となくほくそ笑んでいるようだ。
「向こうで読んで来いよ」
何故だか三人に急かされている。ルイーズには先日、戦勝したことを知らせ、その返事に、お祝いの言葉とすぐにでもそちらへ行ってお手伝いをしたいと書かれた手紙をもらったばかりだ。この場でこの手紙を読めば囃し立てられそうで、自室でと思っていたのだが、まあいいか、隅に行って、読んでみよう。
開封すると一葉の文が入っていた。時候の挨拶、そして『妊娠』という文字が目に飛び込んでくる。瞬きして再度読む。医師や助産師に確認したと書いてある。
後ろを振り返った。スミス、ウォーカー、ベーカーが微笑みながら近づいて来る。あらかじめ知っていたのだな。
「おめでとう」と三人から手荒い祝福を受けた。
どうやら父親というものになるらしい。
紫色の髪をしたルイーズの心安らぐ笑顔が、そして胸の中で『ヘンリー様』と思わず漏れたかのような囁きが、脳裏をよぎる。
――早く会いたい。
気が付けば宴席で一人ヘンリーは夢心地となっていたようだ。隠居の二人に「返事が上の空ですよ。決起集会に、ニヤついていては困りますぞ」「明日から厳しい戦いが始まるのですから」と肩をこづかれた。
ヘンリーは、今だけでも甘い記憶に酔わせてほしいと心の中で願った。




