第六十四話 雨中迅雷
「あっという間に城を落としたのはいいですが、やはり運営するには人がいりますなあ」
バラッドの言葉に、ヘンリーはうなずく。
城内の執務室には主だった者たちが顔を揃えている。
「クラレンドン城へ人をやり、リアムに手配するよう依頼しよう」
マシューがすぐに反応する。
「すぐに使いをやります」
ヘンリーはやるべきことが多くゆっくりとする暇がない。
領内の商人たちや、村々から代表者が続々と挨拶に来るのだ。
『税は四公六民』
大々的に城の正門に掲げた。
「詳細は別途連絡するからしばらく待て」
会いに来る商人や代表者に伝える。
「まともに食うもんがありません」
「そこいらに生えている草を食べて生きています。その日獲れた魚や獣がなければ早晩飢えます」
そんな連中ばかりだ。
「分かった」
エジン家とグラス家の隠居二人に緊急救済策として倉庫の食糧の配分を任せた。
夜、隠居の二人がひそかにヘンリーの寝室を訪れた。もう一人誰かいる。
――俺より少し若い男だ。髪の色は茶色か、多分魔法が使える……そうか、思い出したぞ。確か、砦で捕らえた魔法を使える四人のうちの一人、貴族出のクラークと名乗ったはず。
「この男の素性を明かします」
バラッドが声を潜めて話す。
「私の正体は他の人に言わないようにお願いします」
クラークの言葉には気負いがある。若さゆえの生真面目さを感じ、ヘンリーは一瞬ほほえましく頬が緩みそうになったが、ゴラスの「王家に係る秘密です」という言葉に、気を引き締めてうなずいた。
「セントラル王家は、各方面に親派を潜めています。それも相当昔から、代を重ねても、その子孫に綿々と忠誠心は受け継がれ揺るぎません。代々の陛下は王家に尽くす家をひそかに支援しています。クラークのエルギン家がその一つでノース公国の北半分を束ねています」
束ねるということはエルギン家以外にも王家に忠誠を誓う家がノース公国にひそかに存在しているのか。
そのことをヘンリーが指摘すると、バラッドが「北部での貴族はクラークのエルギン家だけですが、商家や庄屋、職人など多岐の職業に就いています」と答えた。
ヘンリーはそんな組織があることに驚くと同時に、それを知っているエジン家とグラス家も王家と直接のつながりがあると思って間違いなく、いずれもこれからの展開に役立つことを直感した。
ヘンリーはクラークに目を転ずる。
「クラーク」
視線が合う。澄んだ目つきをしている。
砦ではどこにでもいそうな若者を見事に演じ裏があることを微塵も感じさせなかった。それに、代々に渡り王家御用を任されているのだ、クラークは有能で信用できるだろう。こちらの秘密を明かしても問題なさそうだ。
ヘンリーは、魔力を練り小さな声で言った。
「ハイド」
ヘンリーは隠密の魔術を発動した。三人の驚く気配を感じながら、クラークのいると思われる背後に移動した。そして魔術を解き、声をかける。
「クラーク、これから頼むぞ」
三人が振り返る。クラークは驚愕の表情をしながら、何度も首を縦に振っている。
「承知しました」
「クラークには、この隠密の魔術を伝授する」
目を見開いたクラークは、思いっきり頭を下げた。
「ありがとうございます」
「間者として潜入することもあるのだろう。この魔術は秘密を探るために有用だからな。精進しろ。但し他に漏らすんじゃないぞ」
「はい」
隠居の二人にも隠密の魔術を公言しないように頼んだ。
翌朝、エズラを呼び、隠密の魔術をクラークに伝授するよう申し伝えた。
「マシューにも教えたいのですが許可していただけませんか」
マシューは信頼できることが分かった。麻痺の魔術の習得は許可していたが、隠密の魔術はまだだった。もう教えていいだろう。
「許可する。秘匿するようにな」
「ありがとうございます。マスターさせ二人から念書を取ります」
昼食を隠居の二人と一緒に取っているとエズラがやってきた。
「南接するインパネ領から兵がやってきます。今朝領境を侵犯しました。当領を襲うつもりのようです。兵数はおよそ二、三千」
ゴラスが食事の手を止める。
「インパネ領は強兵で有名です。領主の息子がセントラル王家との戦いに従軍しておりますが、領主は残っていますね。奴の火魔法は強力だと聞いております」
ヘンリーは情報不足を認識した。ここは残っているこの領の人間からインパネ領のことをもっと聴くべきだと思った。
「今から一時間後、会議を行う。それまでに情報を集めろ」
「はい」
エズラが部屋を出た。
「我々もできることをしなくては」
隠居の二人もうなずいている。
「インパネ兵対策を行う」
ボビーが口火を切る。
「出兵理由は、公的には隣の領が奪われたから奪い返すためですが、動機は海ですね。インパネ領には海がありません。元々このベリックの海が欲しくてたまらなかったようです。かといって同国内で攻めとるわけにはいかず悶々としていたところ、ウチがかっさらったように思ったのでしょう。弱兵のクラレンドン相手なら簡単に勝てるとやってきたのではないかと推察できます」
マシューの説明に続けてエズラも発言する。
「領主の正妻はこのベリック領の旧主の姉です。さらに、側室腹の嫡男の妻も旧領主の娘です」
「出兵理由には事欠かないというわけか」
「兵数は五千と号しているようですが、実際は二千名ほどです。セントラル王国との戦線に相当数が征っているようで、全員が強兵ではないと思われます」
「領主は強兵との自負があるので、正攻法で襲ってくるはずです」
「たぶん、野戦でのぶつかり合いにて決着を望まれるでしょう」
「決着の地はどこになる?」
エズラが地図を広げる。
「この地より南東部にあたるマランダ平原か、ウエンディ湿原のいずれかでしょう」
「ウチの恐竜部隊が力を発揮できるのは乾いたマランダ平原ですが、敵は恐竜を知っているはずですのでウエンディ湿原に陣を張ると思います」
湿地帯ならヘンリーの雷魔法の威力が倍増する。
「敵は私のことをよく知らないようだな」
「ヘンリー様の具体的な魔術までは轟いていないようです」
「作戦は?」
「隊を二つに分けます。一隊はヘンリー様が率いてウエンディ湿原に向かいます。もう一隊は恐竜部隊を中心にマランダ平原へ」
「最終目標地はインパネ領都です。今後の憂いを除くため、かの地の城を攻略します」
エズラとマシューは打合せ済みのようだ。
「分かった。ダーリー、恐竜部隊はボビーと一緒にマランダ平原へ向かってくれるか」
「分かりました」
「アレックス、私と一緒にウエンディ湿原に行くぞ」
「はい」
「インパネ城で会おう」
「「「「「オー」」」」」
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三日後、ヘンリーは予定通りウエンディ湿原で敵を葬り、そのさらに四日後インパネ領主の城の大きく開かれた門をくぐった。ウエンディ湿原での戦いは、歩兵と騎馬兵が半々くらいだった。揃いも揃って金属の防具を身に着けていた。小雨の降る中の戦い。騎馬の兵士は魔法を防ぐ服を身に着けていたが、それらは基本四魔法に耐えうるが、いかんせん希少魔法の銅と銀の魔法は防げない。ヘンリーとその部下たちの雷と麻痺の魔術の前にはなす術がなかった。一方、恐竜隊は一日前に入城していた。
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無血開城だったとヘンリーは報告を受けた。恐竜の脅威と、ウエンディ湿原での敗戦の連絡が城方に届いたからだろうとのことだった。
城に入ってみれば老人と女、子供しか見当たらない。
これではまともに戦えるわけがない。白旗上げて降伏するのもうなずける。己を過信し、相手を侮り過ぎた結果だ。
「見くびられたものですね」
アレックスの皮肉な口調に、周りもあきれた顔つきを見せている。ヘンリーも苦笑いするしかない。
「飲み物、食べ物に毒は入っていないか、確認してから口に入れています。またどこかに兵が隠れていないかと、昨日くまなく探しましたが、見当たりませんでした」
前日入城したボビーがきっちり仕事をしてくれたようだ。
「公国お得意の偽旗作戦ではなかったようだな」
強兵に慢心していたようだが、小細工好きな領主ではなかったようだ。
ヘンリーは城に入るとバルコニーに出て前庭に居並ぶ兵士に勝利宣言し、ともに勝ち鬨を上げた。今宵は良い酒が飲めることだろう。ヘンリーにはその前にやることがある。城内の見分として真っ先に食料倉庫へと向かった。
「税負担の実態は?」
歩きながら訊く。
「酷いですね。インパネ領も税負担が領民に重い七公三民です」
ボビーが答えた。
倉庫に着き扉を開ける。大量の穀物が積まれていた。
「貯め込んでいやがったな」
領民に配分できると、ヘンリーは喜んだ。
幸いなことにこの城の倉庫、そして商人の倉庫にはベリック領同様中央に送る前の食糧が大量に存在したことが判明した。




