第六十二話 百人坂
新章です。
これ以降、今般の世界の情勢を鑑み戦闘シーンは自粛しております。その為、
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第三者視点
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が混在しております。ご了解ください。
ヘンリーは少しでも領のことを知りたいとしばらくエジン家とグラス家から教えてくれる人を城へ派遣してほしいと頼んだ。
するとバラッドとグラス家の隠居ゴラスがそれぞれ妻を連れてやってきた。
「姥捨て山にでも連れて行かれるかと思っていたわ」
バラッドの妻リラが冗談を飛ばすと、ゴラスの妻カラがルイーズを見て、
「そうそう、それが姥捨て山ではなく、天からお迎えに女神様がわざわざお出でくださるとは」と受けると、
「「ほんに、ありがたや、ありがたや」」
と朗らかに二人で軽口を叩き合う。
ルイーズが目をパチクリさせてどう対応したものやらと悩んでいる。年齢を重ねた女性はたくましい。アナベル嬢が王都に戻り侍女以外に知り合いのいない元王女を明るく包んでくれそうな二人だ。気がかりだったことが意外な形で解決するかもしれないとヘンリーは嬉しく思えた。
四人と朝食を一緒に取ることになって七日目。
「伯爵様、棄民が大勢この領に入ってきている模様です」
バラッドが郎党から耳打ちされヘンリーに告げる。
「どの方向からどこに、何名くらい来たのか分かるか」
バラッドが郎党の若衆に直接話すようにうながす。
「ノース公国側から当領の東側のイータンという人口一万人ほどの町に数百名が夜半過ぎに来たそうです。獣や山賊対応のためか何人かは武装してはいますが、ほとんどが農民だと思われます」
これに対してヘンリーが反応する。
「その棄民を兵士が追って来てはいないだろうか」
「確認はとれておりません」
ヘンリーは顔を若衆から隠居の二人に向け直す。
「今までこのようなことはあったか?」
バラッドが答える。
「十名ほどの家族単位では、過去に何回もございます」
「それだけノース公国の税が厳しいということです。少しでも楽になるのではと当地に逃れてくる民が多いのが現実です」
ゴラスが補足してくれる。
「その後、逃れてきた領から問い合わせがありますが、当領からは基本的には無回答です。兵が連れ帰ろうとしてやって来ることはありません」
これはバラッド。
「百を超えるとなると、黙って見過ごすわけにはいかんだろう」
すぐに主だったものを呼んでくるよう指示する。
しばらくして、集まった者たちへ現状を説明した。
「何らかの行動があるかもしれないと考えて対策を練った方がよいと思われます」
エズラが提言する。
「そうですわね。ここはセントラル王国のクラレンドン伯爵領です。隣の領はノース公国、今までと同じように兵を出し農民を連れ戻すだけだとしても、現実は他国への侵略行為となります」
ルイーズが論理的な説明をした。彼女は単なるお姫さまではない。王都でも街に出かけ市井に通じていた。頭も優秀だと聞いたが、政治的なことも良く分かっていらっしゃる。
ここから馬車で四、五時間ほどの所にイータンはある。
みんなが兵を出すべき算段をすべきだと思っていた時だった。
「私たちも恐竜を連れてお供します」
ダーリーが手を上げた。
「苦しんでいる民のために戦います」
覚悟を定めた目をしている。
口には出さぬが、同じノース公国の民の窮状を救いたい気持ちをヘンリーは感じた。
「ありがとう。一緒に民を守ろう」
エジン家、グラス家からも人を出してもらい総勢百人と恐竜五十頭は棄民が入ったという町イータンへと向かった。
リアムとその部下には留守を頼んだ。
上り坂に差し掛かっても滞ることなく一行は進む。
「しかしこうも整然と恐竜が進むとは」
「たいしたものだ」
バラッドとゴラスが上り坂を最後尾から五十頭を眺めて感心している。そばで聞いていたヘンリーも以前の囮護送時に帯同した恐竜は二頭だったことを思い、今とは比べ物にならない数を統率する力は見事なものだ、とダーリーたちの技量に恐れ入っていた。
予定通り進み、あと少しでイータンに到着する。
偵察に向かっていたエジン家の兵が戻って来た。
偵察隊には恐竜を連れて領主自らが出張ってきたことを町の代表や町民に告げてもらっている。ここイータンはエジン家の息がかかった町だ。
「広場に多くのテントを設えてあります。人数は五百人を超えてまだまだ増えそうな勢いです。こちらはその代表の三名です」
みすぼらしい格好の壮年男性が三人いた。一人の男が口を開く。
「領主様、お願いします。私たちは三つの村からやってきました。全員で千名ほどになります。いずれも村を捨てました。来年の作物を植えるための種や親芋も金も全て年貢として持っていかれました。もうやっていけません」
「この冬を越す支度ができません」
「お願いします。この領で雇ってください」
他の二人も必死の思いが顔に表れていた。
「そんなに不作だったのか?」
「若干その影響はありますが、年貢が重すぎるのです。ひと昔前までは二割ほど残せたのですが、働き手が兵隊に取られ収穫量が落ちたのに年貢高が変わらなければ困窮するに決まっています」
「もう限界です」
「分かった。何とかしよう」
ほっとした顔の三人にみんなのもとへ戻るよう促した。
「棄民たちに極力援助する」
ヘンリーは声に力を込めた。
「分かりました。イータンへは食料を領都から回すよう手配します」
バラッドが答えた。
国境へ向かう。途中偵察隊が戻ってきた。
「隣のベリック領からやはり兵が出てきているようです。まだこの町には入ってきていないようですが、見張りをしていた町の自警団員によると斥候らしき人間が見え隠れしているようだと申しておりました」
「急ごう」
国境の砦に着いてすぐに、作戦は挟み撃ちにすると決めた。
砦の柵は開けておき敵が来ても素通りの状態とする。北側は山、南は川に挟まれた幅十メートルほどの道。ヘンリーは五十名の部下と共に隠れる。残りの五十名と恐竜は、領内手前約二百メートルの位置に配した。敵兵が通過すると同時に柵を閉鎖し土壁を作り、その上にヘンリーたちは上る。前後に恐竜と壁、左右に山と川に囲まれる形となる。
敵近くまで斥候に向かっていたヘンリーの部下のボビー、カレブ、フィンが戻ってきた。
「全員で二百五十名ほどです。騎馬の十名を除いて、兵たちの士気は低いと読みました」
「指揮官の十名の騎馬を倒せば交渉可能かと思えます」
ボビーに続けてカレブが報告する。
「アレックス、エズラ、オーリーそれにマシュー」
ヘンリーは各々の顔を見る。
「狙い撃ち可能か」
「お任せください」
「手加減しろよ」
うなずいた四人がその場を離れ、山の方へ向かう。木の上から麻痺の魔術を放つ予定だ。マシューにはヘンリー立会いの下エズラとフィンが手ほどきして習得させた。
しばらくすると約二百五十名の兵士が領内に侵犯してきた。十名ほど騎馬がいる。
全員が中に入ったと思えた時点で、ヘンリーたちは柵を閉じ、領内側二十メートル地点で土壁を作り、銅の魔法で硬化した。階段を作り上ると、矢避けの胸壁を設ける。
ガオー。
恐竜の一声に、敵兵が驚きの声を上げて、こちらに引き返してきた。二十メートルほどに近づくとヘンリーが火の魔術を放った。
ゴー。
敵兵の動きが止まる。騎馬が棒たちになると、そのまま倒れた。アレックスたちが麻痺の魔術を放ったのだ。敵兵が慌てふためいている。
「静まれ」
風の魔法に乗せてヘンリーは大声を響かせる。
「お前たちは国境を侵犯した。恐竜の餌食になりたくなければ武器を捨てて降伏しろ」
全員がおとなしく武器を捨てる。降伏の意思表示だ。敵の歩兵の中に魔力壁を構築している人間が四名いる。その人間を指名して前に出るようにと指示した。
前に集めた四人と話しをしてみることにした。四十代と思われる一人を除いて三人はまだ若い、二十代だろう。騎馬の十名は手枷をして、それ以外は武器を一カ所に集めさせて代表者を呼出し、部下たちに対応を任せた。
「お前たちは魔法が使えるようだな」
四名がさっと顔色を変えた。




