第五十八話 血脈
クラレンドン城の主の寝室は安全のためか窓はないうえに、あまりに広すぎて性に合わないと、ヘンリーは拒絶したが、「ダメです」のアナベル嬢の一言で、ただ一人ぽつねんと休むことになった。
ベッドで横になると、アナベル嬢と自分の血脈のことが再度思い出された。クーツ家には王家以外に旧クラレンドン伯爵の血も流れていたのだ。この地はノース公国に真っ先に占領された歴史がある。その時生き延びた伯爵の幼き子がクーツ家の祖となった。現ノース公国への恨みは根深いものがあるのだろう。アナベル嬢はこの地の領主一族の生き残りの、そしてヘンリーはその幼き子の守り人の『末裔』。
祖母ヘイディはエジン家、祖父アルフィはグラス家の出身。
――そうか、となれば自分もこの地の一族の血が流れているのだ。対ノース公国の旗頭、それが正統のアナベル嬢はじめクーツ家の誰かになるところ、図らずも領主となった俺になるのか。いつの間にやら思いもよらぬ立場にいる、いや国王陛下にノース公国切り取り自由を願ったからこうなったのか、いやいやあの時は自分がこの地と深いかかわりがあるとは知らなかった。
――これが運命なのだろうか。
息を吸って大きく吐く。ふー。繰り返すうちに自然と寝付いていた。
トントントン。
ドアが叩かれている。勝手が分からず部屋で早朝の鍛錬を終えたところだった。
「隊長、起きてください」
フィンの声がする。ヘンリーはすぐにドアを開ける。
「朝一番で来客です」
朝食前にも関わらず、呼びに来るとは相当至急のようだ。
「誰だ?」
「アナベル様がお客様のお供をして来ています」
すぐに普段着をきちんとした服に着替え、フィンについて応接室へ向かう。賓客をおもてなしする部屋に連れて行かれた。
フィンが扉を開けてくれる。ヘンリーが入室すると静かに閉まった。フィンは同席しないようだ。
二人の女性の後ろ姿が確認できる。同じ髪型。一人は金色、アナベル嬢だと思われる。もう一人は紫。
エッ、そんな馬鹿な。今まで見たことのない髪の色。だが、唯一今世で存在する人を知っている。
一歩一歩と近づくたび、うっとりするような上品な香りが漂ってくる。その源が、そして紫の髪を有する人が誰なのか、徐々に明らかになってくる。ルイーズ王女その人本人が綺麗な花のごとく、カーテシーを咲かせていた。
困った。本来はこちらがへりくだる立場なのに、この状態ならば主の役とならざるを得ない。でないとこの二人はしばらくこの姿勢を取り続けるだろう。
「ヘンリーです、お顔をお上げください」
二人はなおる。アナベル嬢はニコニコ顔、ルイーズ王女は幾分緊張しているのか顔が上気しているように思える。
――ひょっとしてルイーズ王女の処分が僻地への島流しとなり、空想が現実となりここクラレンドンが選ばれたのか? いやそれなら、何らかの行動制限があってしかるべきで、アナベル嬢と一緒の髪型で同席しているはずがない。とにかく話を聞こう。
「どうぞお座りください」
三人は向かい合う位置、もちろん両ご令嬢は隣り合ってソファーに座る。
ヘンリーのそばにはホールズが控えている。正式にクーツ家を辞するのは後日になろうが、昨日からヘンリーに仕えてくれている。
二人の侍女がお茶を淹れ給仕してくれた。一人は王都の寮でアナベル嬢が伴い、昨日からもいる侍女。もう一人は……、そうだ偽装誘拐事件の人質交換の際にルイーズ王女と一緒にいた侍女、たしか呪のネックレスを持ち出したかもしれない、とヘンリーが予想した女性だ。つまり元凶に関わった本人。ひょっとして今日ルイーズ王女がそのネックレスを身に着けている、なんてことはないだろうな。
ルイーズ王女の首周りを窺うが、リボン結びの白いスカーフに隠れてネックレスまで確認できないか……、いや見えた。白金のネックレスの一部。それが呪のネックレスかどうかは分からない。ヘンリーは思わず驚愕の表情を浮かべていたのかもしれない。
「なにをそんなに驚いているのですか?」
不思議そうな顔をアナベル嬢に向けられた。
「いえ、その」
しどろもどろだ。
顔のあたりを見たと思われたのだろうか、
「このお揃いの髪形はいかがかしら?」
と問われた。
金のユケライネ巻きはクロス結びの白のスカーフと相まって大人びてあでやか、紫のユケライネ巻きは清楚で清潔感に溢れている。
「とてもお二方に似合っています」
「まあ、ありがとう。このユケライネ巻きの別名、ご存じ?」
ヘンリーはかぶりを振る。
「王女編みと言うのよ。ルイーズがこの髪型をすると文字通りの王女編みね。だけとこの子には頂の紫の装飾部は、銀色がもっとも似合うと思うの。そう貴方の髪と同じ銀色のティアラを着けられれば最高なのだけれど」
ヘンリーの髪は最近また染めていないので地色に銀が混在している。それをとらえて銀色のティアラを贈りなさいということだろうか。無理に決まっている。聞こえなかったふりをして、ルイーズ王女に話しかける。
「今日は髪をお染めになっていないのですね。紫は元々の髪の色とお見受けしました」
「はい」
ルイーズ王女が小さくうなずく。
「貴方はもう紫のことはご存じだからと言ってありますから」
とアナベル嬢は言って、今気がついたかのように続ける。
「あらっ、ここにいる三人、紫のルイーズ、金の私、そして銀と銅の貴方で希少魔法の四種が揃っているなんてすごいことですわね」
「ええ、三人で全八魔法が使えるようですね」
ヘンリーが応じた。
「そう言えば、貴方は金の魔法も使えるのでは?」
「まさか、使えませんよ。ただ金の魔石があれば初級ならば使えないこともありません」
「いいえ、聞いたわよ。貴方が金の魔石に充填しているって話は私の耳に届いていてよ。それが出来るのは金の魔法適性がある証拠よ」
研究科生時代に祖母から譲られた金の魔石が兄経由で薬師にレンタルされ、祖母の宿題で充填だけはできるようにしたおかげでアルバイトとして行ったことがある。そんな些細なことまで知られているとはクーツ家はやはり侮れない。しかしそのやり方を教えるわけにはいかない。話題を変えよう。
「どうしてルイーズ王女様がこちらにいらしたのですか」
「まあ、うまくかわして、すかさず本題とは、貴方はせっかちね」
アナベル嬢は一旦言葉を切ってすぐにつないだ。
「ルイーズ、貴女の口からハッキリとこの弟に申し上げなさい」
アナベル嬢にとってヘンリーは、ルイーズ王女の前でも弟扱いなのか、と右肩が半分落ちそうになる。
「はい、お姉様」
小さな細い声だが……お姉様と聞こえた。
ルイーズ王女にとってアナベル嬢はお姉様と呼ぶ存在なのか。まあ血脈をたどれば元は同じではあるが。
一旦下を向いたルイーズ王女が、顔を上げると真っ直ぐヘンリーを見詰めた。大きな瞳は、周りが仄かに薄紫色と白色に輝き、中心がまるで大地を表すかのようにレモンとオレンジの色が混ざっている。これは何とも気高く神秘的な深さ。
「ヘンリー様に身をゆだねた以上、ほかの殿方には嫁げません」
「はあー?」
小さく声が漏れた。身をゆだねたって、こちらにはゆだねられた記憶がない。
「あれ以降、まともに眠られません」
あれ以降って……、たしかに以前やむを得ず、後宮まで抱えて駆けたことはある。
「よく言いましたわ、ルイーズ」
頬が赤く染まっているルイーズ王女。
「男子として責任を取る必要がありますわね、ヘンリー」
厳しい視線がヘンリーを射抜く。
――ちょっと待ってくれ。どういうことだ。何故ルイーズ王女がこの僻地に来たのかを訊いただけだよな。
泳いだ視線の先にうつむき加減のルイーズ王女がいた。以前、幼き子供たちが女神様だとはしゃいだ貴きお方。
その隣からは肯定を迫るかのような強い視線。
――どうする、どうする……。ちょっと待てよ。これはアナベル嬢一流の冗談か? 俺は貧乏子爵家三男坊、今は男爵に成り立てのぽっと出の若造、王女が嫁ぐような家柄ではない。それに正式ではないにしろ俺には許嫁がいる。まだ白紙に戻っていないはず。考えろ、どう答えを返せばいいのかを。
「そうですね」
「よく言いましたわ、ヘンリー。それでこそ我が弟です」
――考える時間が欲しかっただけで言った『そうですね』なのに、どうして肯定にとらえられるのだ。
「ありがとうございます」
ルイーズ王女の言葉には嬉しさがこぼれ、冗談らしさがない。
ホッとした空気が流れている。どういうことだ? もう逃れられないってことはないよな、あり得ないことが起きている、とヘンリーはわけが分からない。
「二人を呼んで来て」
アナベル嬢がホールズに指示する。
「かしこまりました」
ホールズが部屋を出て行く。
二人って誰なんだろう。とヘンリーは混乱する頭の中で考えていた。視線はルイーズ王女とアナベル嬢の間を彷徨っている。




