第五十六話 クラレンドン城
城門の兵士たち五名が姿勢を正した。
門は開いている。
予めバラッドとゴードが連名で客人を連れて行くと知らせてあった。一行はヘンリーと部下七名、マシュー、アナベル嬢と侍女、それにエジン家とグラス家の両名と郎党が四名の総勢十六名である。
「バラッド様、ゴード様、ようこそ」
すぐに隊長と思しき兵士が対応した。
「ザイア隊長、ご苦労」
ゴードがねぎらいの言葉をかけた。という事は、この隊はグラス家の者たちなのだろう。
「紹介しよう、こちらはヘンリー・クラレンドン男爵様だ。と言ってもピンとこないだろう。旧姓がハロードと言い、子爵家のご三男で、当家とエジン家の方を祖先にもつ。かの小さき勇者ヘイディ様とアルフィ殿のお孫さんだ」
「ハハァー」
ザイアが一瞬目を見開いた後、脱帽して敬意を表した。他の兵士たちも同様だ。
「想像通り、この方が新たなこの地の領主様だ」
「「「「「ハッ」」」」」
城門の兵士たちが挙手の敬礼をする。
「ヘンリー・クラレンドンだ。恐れ多くも国王陛下よりこの地を男爵として治めるようにと命じられた。よろしく頼むよ」
「「「「「ハイ」」」」」
「男爵様は王国軍の大尉でもある。その部隊の一行がこの方々だ」
ヘンリーたちは王国軍の正装姿である。
「よろしく」
ボビーがみんなを代表する。
「そしてアナベル・クーツ様、伯爵クーツ家のご令嬢でありながら王国軍の少佐として近衛支援師団長の副官を務めておいでだ」
アナベル嬢は軍の女性用の制服を着ている。
「臨時代官に至急連絡してほしい。クラレンドン男爵に城の明け渡しをして頂きたいのだ。見届け役として近衛支援師団長付副官のクーツ少佐が来ていると申し伝えよ」
「分かりました」
ザイア隊長が自ら出向くようだ。
しばらく待つと、ザイア隊長が一人の王国軍の制服を着た若者とやってきた。
「支援師団のルーニーです。皆様をリアム部隊長のもとへご案内致します。こちらどうぞ」
王国軍の若い兵士の肩章は伍長であった。年齢は曹長のオーリーとフィンと同じくらい二~三年の経験しかないのであろう。彼の隊長の資格は少尉からで最も高くて大尉、ヘンリーと同格か下のはず。もちろん少佐のアナベル嬢がこの城に今いる中で最も高い。
――待てよ、リアムという名前に記憶がある。幹部候補生学校の寮の同部屋で官兵学塾卒の同期の名前と同じだ。将来は支援師団がいいと言っていた。
若い兵士ルーニーに連れられて城内を進む。
元は城主の執務室らしき部屋の重い扉を開けて中に案内された。
正面に軍服を着て立って待っている男がいる。同期のリアムに間違いない。
「久しぶりだな、リアム」
リアムが笑顔を浮かべる。肩章は少尉。ヘンリーの大尉が特別で、幹部候補生学校卒なら任官二年目では部隊長の少尉が普通の階級。
「よく分かったな、ヘンリー。いやクラレンドン男爵様」
「お前こそ、よく俺だと分かったな」
「ああ、最初ヘンリー・クラレンドン男爵って聞いても誰だか分からなかったよ。だけど、ザイア隊長が旧姓のハロード子爵と言ってくれたんでピンときた」
ゴードがヘンリーの説明に旧姓を出していた。
「あっという間に出世して、肩章を見ると大尉様でかつ男爵様か。この地へ来て真っ先に聞いた噂ってのが、戦況を一変する凄腕の魔術師部隊が現れたという話しだったんだ」
そんな噂が出回っているとは。だが個人名までは広まっていないようだ。
「それがヘンリーたちだったんだろう?」
言外に、でないと男爵に叙爵され、大尉になれるわけはないと思っていそうだ。
苦笑いを浮かべてうなずかざるを得ない。リアムがニヤリとする。
お互いが近づきガッチリ握手を交わした。
「支援師団に行きたいと願っていたが叶ったのだな」
「ああ、見習士官が終わった後、支援師団の遊軍だったのだ。その後この地が奪還され、王都から魔術師団、兵師団の遊軍の百名ほどで来たんだが、俺たち以外はみんな最前線やほかの奪還地へ行き、一部隊七名だけがここに残ったってわけだ」
「それで、リアムが臨時代官となったということか。でも、よくそんな少数で回せているな」
「王都に連絡したさ、増員して欲しいと」
ヘンリーだって一部隊だけの人数なら増員を求めるだろう。
「だけど王都からは、奪還したのはこの地だけではなくほかにも多数あるため人が足りない、との返事だった」
確かにその通りだ。城を落とせるだけ落としていった感がある。このクラレンドン以外も同じ状況の可能性が高い。もしノース公国が反撃してきたら危ういものがある。つい最近までヘンリーがいた北部最前線でにらみ合ったまま、お互いが動けない状態が望ましいかもしれない。
「論功行賞で早めに貴族に下賜するよう努力するから、それまでの間だけの辛抱だ、と言われてさ」
そうか中枢部はノース公国から奪い返したクラレンドン領を人手不足で直轄領にできなかったのだ。それをたまたま論功行賞でヘンリーが引き当てたというわけか。
「当初はこの人数でできるわけがないと思った。それが何とかなっているのには理由がある」
と言ってバラッドとゴードを見た。
「この二家のおかげなんだよ。お二方の家臣たちが領地経営の何から何までやってくれているのさ」
街の噂は本当のようだ。
「お二人はお知り合いでしたか」
バラッドが口を挿む。
みんなを忘れて話し込んでいた。
「申し訳ない、懐かしくて勝手に二人で盛り上がってしまったようだな」
言葉遣いは領主らしくしなさいとアナベル嬢から言われている。バラッドもゴードも年長者だが、少し尊大さを意識した。
「リアムは幹部候補生学校の同期。それも寮では同室、一年間寝食をともにした仲だ」
バラッドも他のみんなも納得顔だ。
「リアム、みんなを紹介する」
ヘンリーは部下に名乗らせた。
アナベル嬢をみる。
「近衛支援師団長付の副官アナベル・クーツです」
「本領の臨時代官を仰せつかっております。近衛支援師団長付き部隊長のリアムです。よろしくお願いします」
同じ支援師団、階級が少佐と少尉では格が違い過ぎる。一堂に会した際にお互いの顔は見たかもしれないが、対面での挨拶は初めてだろう。
バラッドとゴードとは既に何回も会っているようだ。
そばの大きな打ち合わせテーブルにみんなが座った。
「ヘンリーの用件は、領主としてこの城の明け渡しということだな」
「そうだ、そのために来た。フィン証拠を」
「はい」
フィンが男爵証の入った証書フォルダーをヘンリーに渡す。
「これだ」
リアムはフォルダーを開いて男爵証を読む。
「内容は分かったが、城の明け渡しは王都からの指示書がないと難しい」
険しい表情でフォルダーを返された。
そうか、単純に『はい、どうぞ』と言うわけにはいかないか。
「リアム少尉、見届け役として私がいることの意味を考えてください」
アナベル嬢が明瞭で強い声を出す。
「ハッ」
リアムがアナベル嬢を見、ヘンリーを見る。
責任はアナベル嬢が全て負うはず、臨時代官とは言え少尉のリアムに拒否権はなく、抵抗した姿勢が必要なだけとヘンリーは推察した。
「分かりました」
リアムの部下で案内してくれたルーニーがホッとした表情を見せた。多勢に無勢だ、もし争いにでもなれば負けるに決まっていると心配したのだろう。
「その代わり、一つ俺の願いを聞いてくれないか。ああ、もちろんその願いを受け入れられなければ拒否してもらっていいが、無下に断らず検討したうえで回答してほしい」
城の明け渡しをするクラレンドン男爵が同期のヘンリーだと分かり、見届け人の素性とこの地の両名家の隠居と当主が一緒との時点でリアムは、抵抗は無理と判断し、少しでも有利になる条件を考えたのだな。寮でも目端の利く頭の回転の速い奴だった。
「いいよ」
ヘンリーは即答した。
「じゃ、先ずは引き渡をしよう。これだ」
リアムがポケットから出したのは鍵だった。
「これがそこの鍵庫の鍵だ」
そう言って後方の壁に備え付けられた片扉の幅一メートルほどの薄いロッカー風の戸棚に向かう。
カチャリ。
鍵穴に差して回すと扉が開いた。たくさんの鍵が収納されている。
「この城の全ての鍵がここにある。この鍵こそがこの城の明け渡しの証だ」
鍵を差し出す。ヘンリーはそばに寄り受取り、扉を閉める。
カチャン。
鍵をかけた。
「確かに受け取った」
「見届けました」
アナベル嬢が立ち上がっていた。
城の明け渡しの儀式はヘンリーにとってはあっけなく終わった。
「さて、俺の願いの件だが」
リアムが執務用の机の上の書類の束を指し示した。




