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第五十三話 クラウン・ブレイド

「レイディ・クーツは堅苦しいわ、アナベルでも何でもあなたの好きな名で呼んでくださらない」

 その方がこちらも助かる。

「分かりました。アナベル様」

 ほかの呼び名は知らない、ましてや呼び捨てにはできない。アナベル嬢(クーツ家令嬢支援副官)(かす)かに寂しげな表情を浮かべたように思えたが気のせいか。

 挨拶が終わるころ、部下たちがそしてエズラ(軍曹・四番)マシュー(脱獄者・エズラ同級生)と共にやって来た。

「まあ、みなさんお揃いで。おはようございます」

 アナベル嬢が澄ました笑顔を向ける。

「「「「「「「おはようございます」」」」」」」

ホールズ(別荘管理人)。打ち合わせ室に朝食を、私とヘンリー様たちの分を用意してください」

 ヘンリーたちへ要件があるようだ。

「かしこまりました」

「みなさん先に部屋でお待ちください。私は着替えてまいりますから」

 ヘンリーたちは打ち合わせ室へ向かった。


 トントントン。

「失礼します」

 ホールズ(別荘管理人)を先頭に給仕たちが朝食を運んできた。

 円形テーブルにヘンリーと部下たち、そしてマシューの八名が座っている。

 全員の席の前に調えられた。

 アナベル嬢が部屋に入って来ると、ヘンリーの隣に座った。すぐに朝食が配膳される。

ホールズ(別荘管理人)、至急エジン家とグラス家に人をやってここへ来るように言って頂だい」

 クーツ家のお嬢様ともなると旧家の名門を呼び出すのは朝飯前のことのようだ。ホールズが了解して退室する。

「先ずは頂きましょうか。でも時間がもったいないので早目でお願いしますね」

 旅装を解いたアナベル嬢は髪型も変わっていた。金色の髪を三つ編みにしてヘアバンドのように頭の上で巻いて(クラウン・ブレイド)いる。まるでティアラを着けているかのよう。

 そうだこの髪型の由来を聞いたことがある。食事を取りながらヘンリーは記憶をたどる。


 その昔、強大な領主の軍隊が隣の弱小の領に突然侵入してきた。明らかに力による暴挙であった。

 発端は飢饉にあった。国中が被害に遭うという天候異変に襲われたのだ。災害は忘れたころにやって来る。周到な準備をして影響を最小限に抑えている領地と飢餓にあえぐ領地とに分かれた。

 御上(おかみ・公儀権力)は全国一律に給付金をばら撒いた。もちろん飢餓の度合いで分けるべきとの異論はあった。しかし以前から節約し、もしもに備えて慎ましく暮らしていた領地・領民はそれでは収まらなかった。

「宵越しの金を持たずに遊んだ者だけが勝つような施策はおかしい」

 この案が通り領民の人数分の給付金が均等に支払われた。かつ将来に備えて善政を布いたと報奨金が出た領もあった。その一つが今回襲われた弱小領である。

 襲った方の領は、飢饉の四年前に兄弟で跡目争いをし、領土は疲弊し領民の多くが傷を負い、二年前にようやく弟が兄を追放し領主に就いたばかりであった。領民の数は領地から国へ収める上納金に直結する。内乱で傷を負って仕事に就けない民を計上すれば国への支払額がただ増えるだけと、陳情し多くの傷病民を計上数から除外してもらった。悪いことは重なるもので、それが今回裏目に出た。再度「除外した数を含めてほしい」と御上に窮状を訴えたが「特例は許されない」とけんもほろろの対応をされた。何故なら除外数にはその後亡くなった人もいるし、あろうことか水増し疑惑もあったからだ。

 窮した強大領主が目を付けたのは余裕のある隣の弱小領。

「俺様が領主になったにもかかわらず弱小領主が挨拶に来ていない」

 と思い出したのだ。襲った領と襲われた領は元々祖先を同じくし寄親・寄子関係にあった。

「食料を持って挨拶に参れ」

 寄親の領主が寄子の弱小領主へ命じたが、飢饉を理由にやんわりと断られた。

「人の痛みが分からぬガメツイ(やつ)め、性悪(しょうわる)な領主は()らしめてやらねばならん」

 寄親の領主は怒った。

 寄子の領主が断ったのには理由がある。隠居した先代が弱小領主になりたてのころ、小規模ながら飢饉の年があった。困窮した弱小領主は寄親に当たる隣の領主に「支援してほしい」と頼んだ。

「分かった」と言って寄親の強大領主は弱小領の海に突き出た半島を支援という口実のもと占領し「この地を我が領土とし治めてやる」とあり得ない宣言をしたのだ。

 御上に申し立てても当事者間で解決を、と相手にしてくれない。

 これ以降弱小領は飢饉に備える対策を始めたという。

 今回の飢饉に際して襲った側の強大領主は以前当家が支援したのだからお返しをするのが当たり前との態度であった。時が経ち、代が変われば事実が歪曲され自家に都合の良いように解釈されて伝わっていた。

 怒った強大領主は力によって支援という名の食料を引き出そうとしたのだった。

 弱小領はその動きを知らず、領民たちは隣人のために出来得る限りの食料を集めていた。

 急襲軍が現れ、弱小領の男たちは防衛陣を布く間もなく(ことすらできずに)悲惨な結末を迎えた。集めた貴重な食料はあろうことか武器と勘違いされ全て焼かれてしまった。

 侵略軍は豊富な兵力を背景に進んでくる。

 弱小領の女性たちは一致団結と誰だか個人が特定されないようにと、揃って髪を三つ編みにして、巻き上げに結い徹底的に抵抗した。

 広大な領地を有し(いさ)める人のいない主の命令で無辜な人々をも狙ってくるようになった兵に弱小領は紛争地帯と化した。

「全領民に一緒に戦おうと言っている以上、この地の全員が戦闘員である」

 と自分勝手な論理を強大領主側は展開して無差別攻撃を命令していた。

 対抗しようと勇敢な三つ編み隊が白いスカーフを巻いて走る。包帯にもなる白いスカーフは彼女たちの髪型と共にシンボルでもあった。それは敵、味方関係なく傷ついた全ての兵士に使用された。

 敵兵は「飢饉なのに隣の領主は性悪で領民を虐げているから、助けるためにやってきたのではないのか俺たちは」と言った。

 三つ編み女子は「飢饉の中でも、しのいでいけるよう領主様と一緒になって頑張っていたのです」と真実を語った。

 敵兵は「誰のために何のために、俺たちは戦っているのだろう」と毒気を抜かれたようにつぶやいた。

 三つ編み隊をはじめ弱小領民は奮闘した。武器を持たず、各地で人垣を築いた。進軍してくる敵兵の前に恐れもせず丸腰で立ち塞がって抵抗した。三つ編み隊の一部は敵の野営地に食材を持ち込み、料理婦を装って潜り込み、真実を朗々と語り、歌いだすものもいた。「卑怯」と(ののし)られようとそれしか術がないのだ。真っ向からぶつかれば勝ち目のない戦、竹槍で刃向かうよりもそれぞれが出来ることを選んだだけだった。

 敵は徐々に戦意をくじかれてゆく。侵略軍の勢いが衰えだした。

 支援しようと周りの地域の女性たちも(こぞ)って立ち上がった。御上の動きが鈍い中、世論を巻き込み、志の高き人々は協力を惜しまず、強大な領との商いを全面禁止、弱小領の抵抗勢力へだけの食料配送をと、支援の輪を広げた。市民の力は侮れない、もちろん防御への援助もあったことだろう。

 戦局の流れは変わりつつあった。

 強大な領主側から「話し合いをしよう」と持ち掛けられた。

 敵は急襲にて短期で決着が着くと踏んでいたようであったが、長期戦になりそうな気配になり、日一日と将兵の戦意が失われ、お膝元も消耗しだした。

 そんな情報を得て、弱小領主と三つ編み隊のリーダーは有利な条件で講和できるのでは、と仲介を申し出た第三者の領主の町へと赴いた。

 弱小領へ仲介者の領主からあらかじめ提示されていた基本条件は、強大領が占領した地域の帰属は住んでいる人々に選択する権利を与える、つまり住民にどこの領になりたいのかを決めさせてはどうか、というものであったのだが……。

 弱小領の二人は行ったきり戻って来ない。

 強大領主は、第三者の領主すら欺き『紛争地域はその住民の入れ札(投票)により帰属を決定する』という講和基本条約を締結後、帰り道で弱小領の二人を待ち伏せし拘束した。条約書は当然破り捨てられた。仲介者が保持していたものは消え失せ残ってはいない。

 捕らえられた弱小領の二人は最前線の塀の上に足枷を付けたまま曳きだれて「武器を捨てて降伏しよう、とみんなに訴えかけるんだ」と凄まれた。

 大声を出せば届く範囲に、弱小領の人々が見守っている。

 二人は目を合わせると同時に大声を出した。

「領土を守るため、最後まで(あきら)めないで(あらが)ってほしい」

 刹那、槍が二人に対して本領を発揮した。

 子供向けの物語ではこの部分は割愛されていたが、これが真実である。

 帰ってきたのは三つ編みだけだった。

 本当の意味での潮目が変わったのはこの時だ。

 三つ編み隊は言うに及ばず弱小領民全員の結束力がますます強まった。

 対外商いの禁止が徐々に強大な領に効いてきた。弱小領への援助も多岐に渡りだした。

 弱小領の人々は、遂に強大領主軍を一掃し以前占領された半島も奪還し、賠償として強大領主の持っていた宝物を勝ち得た。金銭では広大な領が長年にわたって立ちいかなくなり、民の恨みが残る可能性があったからだ。襲った側の領主は蟄居となり遠縁の人物が後を継いだ。

 勝利宣言したのは女性たち、そのお揃いの三つ編みを巻き上げた髪型は亡きリーダーの名をとってユケライネ巻きと呼ばれている。子供向き物語では亡くなった二人は牢屋に捕らえられていて救出され、勝利宣言をしたことになっている。

 王冠やティアラなんて大それたものを彼女たちは望まない。己の髪と知恵と勇気でそれ以上のものを勝ち取ったのだ。


 月日が流れて、この戦乱は『三つ編み女子の役』とも『ホワイト旋風の役』とも呼ばれている。白いスカーフを巻き疾走する三つ編み巻き上げ女子は子供たちの憧れのヒロインになった。かの地域では三つ編みができる長さになったら女の子なら誰もがユケライネ巻きをする。


 幼きヘンリーはこの話を聞いたとき、魔法の「マ」の字もないのはどうしてなのか不思議に思って、長兄のトーマスに訊いた。

「その当時、魔法は生活を少し便利にするだけのものでしかなかったそうだよ」

 二、三日して答えてくれた。トーマス(長兄)も分からずヘンリーのために誰かに教わったのだろう、生真面目な兄だった。

 学院研究科に進学してから詳しく調べてみた。一般書には既知の内容しかなく王立図書館で貴族家のみが閲覧できる資料を漁った。

 魔法研究が始まったのは『三つ編み女子の役』が契機(けいき・きっかけ)である、との記載を発見した。

 戦いの最中(さなか)、弱小領への支援物資の中に魔石があった。三つ編み隊の前に炎が上がっている建物。一人の女子が水の魔石を持って一心に『大量の水を、お願い』と祈った。

 チョロチョロとしか流れ出ないはずの水が大量に噴出した。

 願った女子は水の魔法適性があり補助として水の魔石とそして先祖伝来の水色の真珠を身に着けていた。

 魔法適性とそれに対応する魔石と真珠と強い思いがセットになれば強い力の魔法となることが分かった瞬間だった。

 全ての魔法は同じ原理で強くなる。防御服はまだ開発されていない。さらに火と風を組み合わせれば、その当時すさまじい攻撃力を持つのは疑いようもない。

 一発逆転劇が始まったと言っても過言ではない。

 弱小領の民が強大領主軍を一掃し半島すらも奪還し賠償として宝物を勝ち得た理由を垣間見た気がした。

 かの戦役の話では、三つ編み隊を美化するため、魔法はあえて隠されたのではないか、いやそれだけではない。魔法の仕組みに当たる部分は貴族だけのものと秘匿したかったのだろう、だから一般書に記載はなく、王立図書館の奥まったところにしか存在しないのではないか、と推察した。

 同時に、戦争が魔法を発展させるとヘンリーは悟った。今まで意識せず使っていた威力の強い魔法、いわんや攻撃魔法なぞは、たかだか二百数十年ほど前のかの戦役までは存在しなかったのだ。

 戦がある世界、武器となり得る魔法研究が盛んになるのは疑問の余地がなく、国が支援するのも容易に想像できる。

 ヘンリーはそんなことを当時思った記憶がある。


 コトン。

 フォークを置くほんの小さな音が隣から聞こえた。

 三つ編みに目がいく。そこだけ髪を束ねてティアラのようにしているせいか際立って金色が濃い。

 それにしてもアナベル嬢は何故伝説の髪型にしてきたのだろう。何が狙いなのだ。ファッションリーダーとして国中に流行らせようなんて単純な理由ではないはず。

 貴婦人の思惑なぞ簡単に読めやしない。

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