第四十九話 伏竜鳳雛
ガタン。馬車の揺れにヘンリーの夢想が途切れた。ゴトン。
一般道はさすがに凹凸がある。
王都からクラレンドンまで馬車専用道路は、思った以上に多くの馬車が行き交っていた。途中途中にある休憩所では日中、クラレンドン直送と書かれたイカ焼き、帆立、牡蠣の貝焼きの匂いが漂い、カニ、サーモン、栄螺など海産物の販売と飲食に舌鼓を打ち蕩ける様な顔、親におねだりする子供たち。ウキウキした表情がまぶしかった。これもセントラル王国領に戻ったからであろうか。寂れたままの田舎領ではなさそうだ、今後の領地経営にとっては明るい材料と言えよう。
夜通し走り領都に至ると、先ずはクーツ家の商会へ荷馬車を引き渡すために寄った。
まだ日は昇らず暗い。クーツ家の別荘に行くにはいくらか早い時刻だ。お茶を頂きながら時を過ごさせてもらい、夜が明けきったころに到着するよう出発した。
商会から先触れを向かわせたので、門を何事もなく通過する。その先の馬車止めには使用人たちが待ち構えていた。
白亜の風格のある外観をした建物は、ヘンリーが幼きころより思い描く別荘そのものであった。学生時代、友人知人の別荘へ何度かお邪魔したことがあるが、いずれも派手であったり、瀟洒過ぎたり、今風のデザインであったりしてどうにもらしさを感じられなかったのだが、この別荘はイメージにピッタリとくる。子供のころこんな絵を描いた気もする。
これで可憐なご令嬢が窓を開けて登場すれば文句なしのシチュエーションだ。
馬車が停止し、扉が開く。自ずと別荘の窓に目がいく……閉まったまま。それは当然のこと、先ずはこの朝早く集まってくれたみんなに挨拶だ。
「お世話になります。ヘンリー・クラレンドンです」
「ようこそ、ゆっくりとお休みください。私はこの別荘の管理人のホールズです。何なりと申し付けください」
北方の民、特有のすらりとした高い身長に手足は長く、肌の色の白い四十歳過ぎの男性が慇懃に応じてくれた。
「ありがとう。頼みます」
使用人たちが動き出し、馬車の下部の荷物置き場を開けた。ヘンリーたちの私物以外にも別荘用の荷物もある。それらを取り出している最中に空気がサッと一瞬で張り詰めた。
「誰だ」
使用人が叫ぶと同時に、何かが飛び出してきた。動物ではない、黒っぽい普段着の男だ。先に荷物を受け取ったヘンリーたちは右手側の館内へ向かおうしていた。馬車止めはヘンリーたちの左手側、その方向から何者かが低い姿勢で突然現れた。両手を挙げても広げてもおらず無抵抗を装ってはいない。
反射的にヘンリーは空いている右手で風の魔法を放出する。
「ブリーズ」
馬車の横っ腹に賊は吹っ飛んだ。もう一発。
「ブリーズ」
賊がぶつかった馬車に貼りついたまま逃げられないように連続して風圧の魔術を放つ。止めを刺すほどではないが気絶するほどの威力を込めた。
魔術を収めると飛び出してきた賊はそのまま前に倒れた。
「マシュー」
エズラが叫び、側に寄る。後ろにアレックスとオーリーが万が一に備える。三人一組、部下たちの連携は申し分ない。
深窓のご令嬢がいればなんて不埒なことを考えたのがいけなかったのか、それにしてもとんでもない奴が現れたものだ。
――此奴は昨日の朝、ユーチスバ監獄の独房で見た男に間違いない。それがどうしてここに……さらにマシューであるなら囚人服のはずなのに……。
――そうか、馬車で監獄を後にしようとした際に鳴っていた警報はマシューが脱獄したことを知らせるためのものだったのか。俺たちが出発したのは八時、独房の警戒を終えたのはその一時間前の七時、それから拘束具を抜け警ら隊員を倒し、モグラ口を俺たちが出る前にお誂え向きとばかりにちゃっかり利用し、脱出すればこれまたいい按配に停まっている馬車があり、これ幸いと荷物置き場に入ったのか。囚人服は荷物の中から誰かの服を見つけ着替えたのだな。ただ荷物置き場は入ることは簡単だが中からは出られない、外からしか開かない仕組みになっている。それで今ここでようやく出て来られたのか。当然外に出られなければ飯も食べていないはず、まともに闘えなかったのだろう。図らずも個人総合競技会と同じ結果となったようだ。
全てが氷解した。
オーリーが、馬車の荷物置き場から囚人服を見つけ出して持ってきた。
「ホールズさん、早速だがこの男は囚人服を見ての通り犯罪者だ。監禁をしたい。押し込めるような部屋はあるか? まあ根っからの悪人ではないようなので、軟禁できるような部屋で構わない」
マシューの犯した罪の詳細は不明だが、エズラに聞く限り、浮きこぼれの不登校児をわざわざ訪ねたくらいだ、悪い人間には思えない。
「ございます」
担架を用意してもらい、半地下の鉄格子付きの窓のある部屋へと運んだ。外鍵のドアを開けてもらい、中のベッドに寝かせた。
マシューは、息はしている。気絶なら数分で気が付くはず。みんなで待つ。
しばらくすると回復したようで、目を開けた。
「ようマシュー、久しぶりだな」
エズラが声をかける。マシューはすっと目を細めてエズラを見ている。
「悪い、君が誰だかは分からない」
そりゃそうだろう。エズラがマシューと会っていた学院時代はほぼ一昔前。大人になったエズラを分かるはずがない。
「でも、そちらの方は分かります。幻のチャンピョン、ヘンリー・ハロードさんでしょう」
「よく覚えていたな」
「あんな屈辱的な敗け方をしたのです、忘れるわけはありません」
「それは光栄だな」
「今日も同じ羽目に陥りましたが、腹が減っていて力が出なかったせいですから」
「ずっと飯を食っていないか」
エズラが優しく話しかける。
「ああ、昨日いや一昨日の晩か、監獄で食っただけだ。それと申し訳ない。君が誰だかわからない。教えてほしい」
受け答えは真っ当だ。
「学院の同級生だったエズラだ。お前が今着ているのは俺の着替えだ」
目を見開き、口も大きく開けて、
「あー、あー、そうか。天才エズラ君か。大きくなったなあって、あたり前か、私と同じ年の二十四歳だもんな。何年ぶりだろう」
ベッドのマシューの腹が鳴く。
「まあ、いい。飯を頼んでくる」
エズラの言葉にフィンが反応する。
「私が調達してきます」
飯を食べさせ、その後みんなで一緒に風呂にも入った。逃亡の恐れはなさそうだが、念の為に監視の目は緩めない。背中が痛そうだったのは長時間の馬車移動とヘンリーの魔法で身体ごと馬車の横っ腹に吹き飛ばされたせいのようだ。医者に診せるほどではない。若い体だ、ほっといても治るだろう。
「ここがクラレンドン領で、ルイーズ王女様が誘拐を装ったこと、それにヘンリーさんが男爵になり、この領地を賜ったことも馬車の下の荷物置き場で聞いていました。でもホタテ男爵はないでしょう。せめてシェル、いやシェルスター男爵くらいが洒落ていませんか」
マシューはヘンリーの部下の馬鹿話も耳にしていたようだ。
「遠くへ来たものですね」
マシューは半地下の部屋で何かを話そうとしている。ヘンリーたち七名が揃っている。
「秀才マシュー君は知らないのか。ここクラレンドンは王都から約七百キロの距離がある」
エズラが答えた。マシューが首をすくめる。
天才エズラに秀才マシューか。学院では同級生にそう呼ばれていたのかもしれん。
「監獄では大騒動でしょうね」
「王都中が騒いでいるかもな」
「まさか、私はそんな大それたことはしていないよ」
「それは分からん」
「独房を見張っていたくせに、私のことは聞いていないのか」
マシューはヘンリーたちが警戒に当たっていたことを知っていた。あの状況下でも観察はしていたようだな。萎えた様子は演技だったのならたいしたものだ。
「君が罪を犯したらしいことは聞いたが、詳細はまったく知らされていない」
「そうか……」
マシューはエズラと話して、自分の罪の内容をみんなが知らないと認識したようだ。
「私がみなさんのことを知っているのに、みなさんが私のことを知らないのは不公平ですよね」
「そうだな」
エズラの相槌にマシューが意を決したような目をしてみんなを見渡した。
さてどんな話が飛び出すやらとヘンリーは見守る姿勢を取った。




