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第四十八話 行き先

 監獄の朝は夜勤者がいるので早い。八時前には食事を取り終え、一部屋に九人が集まりスミスを待っていた。すぐに出かけられる準備が整っている。

 部屋にすっと人影が差す。

「みんなすぐに出発だ」

 スミスの開口一番の低い言葉にすぐに腰を上げる。

 北側のモグラ口から秘かに外に出る。ヘンリーは最後尾、拡張したモグラ口を元のサイズに戻した。

 塀の外には十名ほどが余裕で乗れそうな中型馬車が停まっている。無紋に見えるが、巧妙に覆いで隠してある。

「帆立の道を通ってヘンリーが男爵となり賜った領地『クラレンドン』を目指す」

「おう」

 みんなが応ずる。

「それにしてもクラレンドン男爵って言いにくいな」

 ヘンリーがそう言うと、「そうですね」とボビー(准尉改め中尉・一番上)に即答された。

「みんな、ヘンリーか、ただの男爵でいいから」

「名前も変えたらどうですか? 北の大地だからノースと言いたいところですが、公国に使われていますから……ノースランド、長いのでノーランドがいいですね。ノーランド男爵ってどうですか?」

陞爵(しょうしゃく爵位昇進)してもノーランド子爵、ノーランド伯爵でも問題ないですね」

「場所から取るのもいいが、特産品という手もある。あそこの海産物はとても旨い」

「いやそうなったらホタテ男爵か」

 ヘンリーの部下たちの軽口が止まらない。馬車の下部の荷物置き場に新調の服を収納したソフトスーツケースや背負い袋(背のう)、バッグを入れながら勝手なことを言っている。

 フィン(二年目の曹長)オーリー(二年目の曹長)エズラ(上級曹長・四番)カレブ(准尉・三番)の若いこいつらの緩んだ表情は旅行にでも行く気でいるのかと思うくらいだ。

 遠くでどたどたと人がバタついているのか騒がしい感じがする。

 ガシャーン。門を閉じる音がした。

 ウォーン、ウォーン、ウォーン。警報がけたたましい。ユーチスバ監獄が何やらザワついている。

「早く乗るんだ、早く、早く」とスミスが()かす。緩んだ雰囲気が瞬時に緊張する。

 十人全員が乗るとすぐに馬車は出発した。

 スミスが後ろの窓から追手がいないことを確認する。

「大丈夫そうだな。今からクーツ家で話し合った内容を教える」

 スミスが中央の位置に座った。警戒感がやわらいでくる。

「この馬車はクーツ家で用意してもらった。馬車専用道で後三台の馬車と合流する。丁度『クラレンドン』へ荷を運ぶ予定があったところに俺たちの件が湧き起こったので、護衛で付いて行くという形にしてもらった。残念だが今回はヘンリーの男爵として初めて領地に赴く(初めてのお国入り)というのに華やかな儀礼はない」

「クーツ家には何らかの情報が入っていたのですか?」

「俺が行った時は、何かが王宮で起きたらしいという話があるだけだった」

 ヘンリーがうなずく。

「そこで俺が知っている全てを話した。つまり王女様の自作自演誘拐(狂言誘拐)と護衛の弑逆未遂、王女様の直訴とヘンリーの機転を説明してきた」

「クーツ警ら総監はダスマン(独房にいた麻薬王)のことはご存じでしょうからね」

ダスマン(麻薬王・元官僚)とルイーズ王女様のネックレス騒動も知っていたが、誘拐が自作自演だと言うと、まさかという顔をなさったよ」

 誰もが普通そう思う。

「全部説明し終えると、市民の動きを危惧して総監は頭を抱えていたよ。『今の我が国の中枢部には、市井に通じた人物がいない。市民の力を侮り、王家・王制に歯向かうとは思っていない世間知らずばかりだ』と」

 それを聞けばヘンリーだって途方に暮れる、いや一国民としてはうんざりする方が強い。

「総監の読みでは、ルイーズ王女様にとっての最悪は幽閉、もしくは僻地への島流し。幽閉の場合はしばらくして病死の発表になる可能性が大らしい」

「ようは毒を使うってことですか?」

 スミスが無言で首肯する。

「暴徒が発生しそうですね」

 苦々しい顔でスミスが続ける。

「間違いないな。総監は、王女様が行方不明との一報、つまり観劇の晩、誘拐と分かる前だな、その連絡を受けてから今日まで相当情報を集めたらしい。そうすると俺たちが思っていた以上にルイーズ王女様の人気が市民の間では高く、崇められていることが分かった」

 惹きつけるものがあったことは確かだが……女神と称されたのは幼い子供の戯言だったのでは。

「崇拝されるには理由がある。どうも市民たちに復元魔法を施していたらしい」

 過去に紫、復元魔法の使い手がいたと聞いたことはある。何代か前の王妃がそうだったはず。当然王家には紫の真珠は存在する。だが、当世では紫の髪を持つ人は存在しないのでは? 聞いたことがない。金色の髪をした回復魔法の使い手はアナベル嬢(クーツ家令嬢支援副官)はじめ何人かいるが……。金と紫は回復と復元の文字通りの違いがある。

「王家内で秘されているらしい。多分学院研究科卒業までは明かさないつもりであったのではと推測される」

 だけどルイーズ王女の髪は茶色、紫ではない。

「誘拐時の脅迫文書と共に添えられていた髪は茶色でしたが?」

 ヘンリーが問う。

「染めていらしたようだ。あの時、総監は国王と善後策を講じるため王宮に向かい、自らがルイーズ王女様の配下の女官に髪の問合せをし、接見用の控室で待っていたところ、すぐに女官ではなくルイーズ王女様付きの侍女がやって来て『本人のものと思われます』と直に言われたそうだ。その時点で総監は『思われます』とぼやかした表現ながら不安な素振りに王女様の髪と確信している、と見て取れ、この早さで断定に近い結論に至ったのはどこからきたのか、そして何故女官ではなく内向きの侍女が来たのか、と疑念を抱いたらしい」

 染めたものを落とせば地毛の色はすぐに判明する。普通に考えれば比較対象となるのは初髪。高家では臍の緒以上に大切にする風習のある魔力が一番純粋な形で(こも)後々(のちのち)衣服に縫い込めば魔力補充にもなるため保管されている初髪と照らし合わせて、多分ルイーズ王女様の髪だろうという曖昧な答になると総監も思っていたのではないか。それが予想外の反応をされ、疑惑を呼んだのだろう。

「対応した侍女が架空誘拐(狂言誘拐)と知っていたかどうかは分からん。それに返答の早さと態度も台本があったのか、()だったのかも今は不明だがな」

 スミスから子細を聞き、ヘンリーはルイーズ王女なら対外向けの女官は別として侍女全員と信頼関係を築けていると思えた。ただ、如何(いかん)せん素人芝居、ほころびが出るのも無理はない。

「仕込んだ小道具の髪の毛が総監に違和感を湧かせたことは間違いないですね」

 直接人質交換の現場にいたヘンリーは王女と侍女から誘拐自体を疑い、王宮に残っていた侍女から総監は髪の毛を疑った。

「それで搦め手(からめて)を使い調べて、市民へ施したのも金の回復魔法ではなく復元魔法、そして王女の本来の髪は紫だと分かったようだ」

 市民へ施したのが紫の魔法だと分かれば、さらに突っ込んで王女と市民の関係を調べ上げ、ダスマン一味にたどり着き、誘拐自体に疑惑の目を向けるのも時間の問題だったのかもしれない。いや待てよ、今搦め手と言ったよな。となると、アナベル嬢(クーツ家令嬢支援副官)が突き止めたのかもしれない。人質交換からずっと一緒だったあの方なら王女にも気安く接し聞き出せる立場にある。……いずれにせよ総監が真相を知るには時間が足りず、交換に応じるしかなかった。

 ヘンリーは思索を終えスミスを見た。

 スミスがみんなをグルリと見渡し声を張る。

「紫の件は絶対に口外するな」

 全員が重々しくうなずく。

「でも、紫の魔法が使えると公言すれば、(とが)められても大した事にはならないのでは?」

 ヘンリーが疑問をはさむ。

「そうもいかないのが今の王宮だ。王家も一枚岩ではない」

「今の国王より王家大事な方々と組んで、次期国王にならんとする上つ方も存在するのでしょうか?」

 再度の質問に、スミスは首を横に振った。

「今の俺には答えられん」

 ルイーズ王女という稀有な能力を持った女性を担ごうとする人もいれば、そうはさせまいとする一派もいるのだろう。我が国の王位継承権は男子が優先されるが紫の魔力保持者はそれを蹴散らす威力がある。国王には弟が一人、子供は三人、第一王子、ルイーズ王女、第二王子といる。ただ王子二人の生母は側妃、王女の生母は正妃。継承者は決定しておらず、王子たちが有能だとは聞かない。

「総監は王女様が最悪を迎えないように全力を尽くすと(おっしゃ)っている。お咎めなしは望めないが、謹慎程度で済ませられないか、ほかにも何かよい方策がないかと模索をしておいでだ」

 うやむやにすることは難しいようだ。ただ総監には誘拐騒動に端を発し王女と市民の様々な情報が集まっている。対応も知っているか知らないかでは雲泥の差がある。市民を刺激しない程度に収められればよいのだが。

「俺たちへは、最悪、召喚命令からの捕縛だが、妥当なのは前線へ再投入、多分ティナム(近衛魔術師団長)団長から前線へ征け、という命令が下るだろうとのことだった」

 何事もなくティナム団長のもとへ行き、次の指示を受けられれば最上だが、昨晩の宿舎に届けられたワインを考えると難しいかもしれない。

「ヘンリーは領地のことを後回しにせざるを得ない状況みたいだな」

「このまま『クラレンドン(領地=ヘンリーの新姓)』へ向かうのは念の為でしょうか」

「そうだ。王都での事の成り行き具合を見てから五日目に現地を発てば六日目の朝には王都に戻れる。ティナム団長に休暇として貰った五日間を無事に過ごせる」

「召喚命令さえ出なければ問題ないってことですね」

 スミスが大きくうなずいた。

「滞在先としてクーツ家の別荘を提供してもらった。そこでみんなはしばらく待っていてくれ。俺とウォーカー(スミスの部下大尉昇進)ベーカー(スミスの部下大尉昇進)は、王都で情報を集めて、何かあり次第そちらへ向かう」

「ありがとうございます」

 スミスたちとは馬車専用道の入り口直前で別れ、馬車の紋章の覆いを外し、ヘンリーたち七名は荷物を積んだ馬車と共に約七百キロ北にあるクラレンドンへと向かった。


 約二十時間の馬車旅も道中問題もなく、もうすぐ目的地に着く。

 ヘンリーはルイーズ王女を思い浮かべた。黒いシルエット姿ではなく、しっかりと容姿を再現できる。髪は茶ではなく紫、それだけは実際に見たものとは異なる。色白の肌に火照った頬が印象的だった。幽閉から死を賜ることのないように祈りたい。悪くてもせめて王都から離れた僻地に流されるだけで収まればよいのだが……。

 賜ったこの領地クラレンドンは僻地と言えるか? 言えないこともない。島流しにお誂え向き(あつらえむき)な人の住む島々もある。もし追放先の僻地に選ばれたら面倒この上ないが、決まれば仕方がない。でも、あり得ないだろう。

 まさかな。

 否定しながらも、あの高貴な方とまた会えるかもしれないと心が一瞬ときめく。再度よみがえるお姫様抱っこの感触に顔が自ずとにやけてしまう。ダメだダメだ、畏れ多い。かと言って流罪の王女が来ても隔離状態で滅多にお目にかかることもないはず、どうなるわけでもない。それに俺には婚約者がいる。そうだいるよな。

 しかし脳裏に浮かんだのはまだ見ぬが(ゆえ)の黒いシルエット姿だけだった。

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