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第四十四話 論功行賞

 ヘンリーは衣服を整えて衣装室を出てからスミスに声をかけた。

「スミス大尉、いやもう中佐ですね、折り入ってご相談があります」

「はい、男爵様」

「くすぐったいので男爵呼ばわりはしないでくださいよ」

 ヘンリーが苦笑いを浮かべながら応じ、内密の話があるというとスミスは個室に連れて行ってくれた。

 自分一人の憶測ですがと最初に断って、架空誘拐(狂言誘拐)疑惑の話をした。

「ルイーズ王女様が自作自演(マッチポンプ)して俺たちを(あざむ)いたか。うーん」

 スミスが参ったなあ、という顔をした。

「はじめは何も感じなかったのですが、王立劇場での交換の時、明らかに王女様と侍女の怖れる様子は芝居じみていました。そして王女様とダスマンが目を故意に合わせない視線の巡らせ具合、初対面ではない感触を得ました。物的証拠はありませんが、自分の勘違いだとは思えません」

「そうか、単なる思い込みではないようだな、俺もあの場にいればよかったのか」

 スミスも隠密の魔術だけでなく気配を消す術も心得ている。

「ヘンリーの部下たちは事情を知らんから、目が見えたとしてもそこまで読めなくても無理はない」

 ダスマンの過去と王女のことは部下には話していない。

「それと侍女か、あの女性までは調べていなかった。たしかに宝物庫騒動の時期を考えれば年齢的には一致するな。ネックレスと王女様の評判と今回の誘拐と解放の手際、そしてヘンリーが(いだ)いた二人への違和感を考えると、作り事と言えば全てが符合する」

 一つ一つ確認しながらスミスがゆっくりと話した。

「あまりにも予定調和に進み過ぎました」

「ルイーズ王女様は市民派寄りと聞いたことがある。……ダスマン捕縛後、一味と会い、策を練っている間に自らが人質になることを申し出た、もしくは最初から王女様が策を持って彼らと会ったか、どちらと言われてもうなずけるな」

 スミス中佐の洞察力はさすがだ。

 ヘンリーは自作自演を疑ったが、何時どうやって練ったかまでには思い至らなかった。

「厄介なのは、誘拐後初めて国王陛下と王女様が会うという今晩の宴席のことです」

「何か起きるのでは、とヘンリーは危惧しているのだな」

 スミスが厳しい顔をする。ヘンリーも難しい顔になる。

「ええ、かと言って起きるかどうか分からないのに、事は不敬になりかねず公にするわけにはいきません」

「拘束に値するからな……って、俺はいいのかよ」

 珍しくスミスがずっこける。

「信用していますから」

 真面目に応答した。

「仕方がないな」

 スミスがニヤリとした。

「一人で対処するより二人でなら何とかなるか」

「お願いします」

 ヘンリーは思いっきり頭を下げた。

「部下たちへは話せないか」

「ええ、事が事ですし、一から説明し理解し納得してもらうには時間がありません」

 これから晩餐会を兼ねた褒美の式へ向かわなくてはならない。

「ダスマンの過去と王女様のことを知らないまま交換現場を迎えたら私でも普通に思えたかもしれません。微妙な目配りや雰囲気までは気付きません」

「そうだな」

 スミスも納得顔だ。

「多分、部下に今から話しても半信半疑で、宴席で事が起きて初めて過去のことが自作自演だったのかと納得できるのではと思います」

「目の当たりにしないと他人事のままで我が事にならないのが人の常だ」

「ええ、だから宴席の時に事が起きたら後で説明します。予め言って、中途半端に聞いて、何もなければうっかり話してしまうことがありますから」

「そうなると、当然不敬と取られかねない、最悪お縄になってしまう」

「それが不安です」

 そうなのだ、事は王族絡み。滅多に人に話せない。

「取り越し苦労で終わればよいのだが」

「何もないに越したことはないのですがね」

「そう願いたいものだ」

 二人はため息を盛大に()いた。


 ジョージ国王をまぢかにお目にかかるのは初めてのこと。ご尊顔は優しげで御髪(おぐし)に白いものが見え隠れするのは年齢のせいか、壮年から中老の五十歳におなりになるという。周りには顕官の男性五名が厳かに立ち、脇の机には一人書記らしき人物が座っている。

 顕官の五名は宰相のウォルポールと裁判所最高位のボールド、議会の長ペラム、行政府からは上卿(しょうけい)ウィルミントン、そして軍の大本営総長オークニーである。司法、立法、行政の三権と軍の代表、それらを統べる宰相が揃いかつその最上位におわす国王の臨席を賜るとはすごい場を設けられたものだ。

 国王の背後に六人の護衛が控えているが緊張感がなく、恰好だけはきらびやかだが腕前に疑問が残りそうな気配をヘンリーは感じていた。

 会場に窓はなく出入り口は奥と手前の二カ所、国王の後ろにある王族用と、それとは反対側のヘンリーたちが入ってきた一般用とがある。出入口の内側には一人ずつ、付き人がいる。

 武器は護衛以外身に着けていない。ヘンリーたちも衣装室で着替えた際に置いて来ている。会場に入る時は身体を簡単に(あらた)められた。懐に忍ばせれば素通りできそうなチェックであったが、褒賞される人間が襲ってくることもないだろという配慮があったのかもしれない。

 国王の前に整列しているのはスミスと部下二名、ヘンリーと部下六名の十名だけ。ほかにはいない。後ろには宴席用のテーブルが並んでいる。二十名ほどを収容する会場は、調度品が全て重々しそうでかつ色鮮やかにヘンリーには見えた。

「この度の戦果における功労者への褒賞を行う」

 国王御前下で発言しているのは顕官の一人、宰相のウォルポール。

 先ずは十名全員の二階級特進が奏上された。すでに全員の肩章は新たな階級となっている。スミスが中佐に、ヘンリーは大尉に昇進した。ボビーとアレックスは中尉と少尉に昇進し尉官となり部隊長の資格を得た。最強の第六部隊も編成を改める必要がある。

「ヘンリー・ハロード大尉前に」

 次はどうやら叙爵(じょしゃく・爵位授与)の件のようだ。

「貴官に男爵位を授ける」

 ウォルポールが重々しく告げた。

「ありがとうございます」

 国王が笑顔をヘンリーに見せた。

「領地はクラレンドンである。今後ヘンリー・クラレンドン男爵と名乗るがよい」

 国王の声を直に聞いた。

「しっかり治めよ」

 述べられた言葉遣いはとても優しい。

「ありがたき幸せ」

 普通の植物からできた紙ではなく厚地の動物由来の羊皮紙の男爵証書が渡された。証書は割印が押された二通が用意されており、一通は王宮にて管理されると聞いている。そして色付き真珠が四石、基本魔法分が授与された。

 下賜された領地についてヘンリーは脳裏を探る。

 大陸の北に位置し、元々は王国の旧クラレンドン伯爵が治めていたが、ノース公国に真っ先に占領され家名自体がなくなり、今回の戦いでヘンリーたちが奪還した地だ。その際、たしか無血開城で領民が沢山の海産物を荷馬車で運んで来てくれた街だったと記憶する。それにクラレンドンの領都を通り越して海まで馬車専用道が敷設されていた。帆立の道と以前は称していた街道、つまりはノース公国占領下でもクーツ家の影響が少なからず残っていた領地といえる。交戦中の時期でも海産物だけは大量に取引されていたはず。魅力の大きい領地だが、王都は遠くノース公国と接し侵略され易いという難点はある。元々が伯爵領なので面積も広い、それを新男爵の自分に与えるのは奪還したてで今後どうなるか分からないから新参者に丁度良いという思惑が透けて見える。

 かと言って論功行賞の一番手としては良い方ではないだろうか、とヘンリーは思った。

「ノース公国に向けて領土を広げる努力をせよ」

 国王の言葉は平たくいえばノース公国の領土を奪えよという命令と捉えていい。返事は、そうだ、言うだけ言ってみるのもいいか。

「切り取り自由とさせていただきとう存じます」

「勇ましいな。良きに計らえ」

「確かに承りました」

 よし、言質がとれたと、すぐさまヘンリーは反応した。ありがたい誤算、まさかと思ったが、勢いで言ってみるものだ。

「陛下、そ、そ、それは」

 ウォルポール(宰相)が焦っている。

「かまわん」

 国王は傍若無人のようだ。

「御意に沿うよう励みます」

 書記の手が動く。

 証書フォルダーと今のやり取りを綴った書類とを渡された。フィン(二年目の伍長改め曹長)が秘書のように証書フォルダーの中に証書と書類を入れ、カバンにしまってくれる。

 付き人がウォルポール(宰相)に耳打ちする。

「ルイーズ王女のお出ましである」

 国王を中央に、スミスとその部下二名と二年目のヘンリーの部下二名が左側に、ヘンリーを含む残りの五名は右側に並んだ。

 奥の王族用出入口ではなく、国王が在室しているからだろう、一般用の手前の出入り口の扉が開き始める。

 鬼が出るか蛇が出るか、それとも幼子のいう女神様のまま出てくれるか。

 緊張を強いられる場面であるが、どういうわけかヘンリーは頬が緩む自分を感じている。

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