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第四十話  対策を練る

「では具体的な対応を考えよう」

 スミス(大尉)が口火を切る。

「先ほどヘンリー殿が(おっしゃ)った出入り業者のダブルチェックはこちらで確実に行うようにします」

「お願いする」

 スミスの言葉にラッセル(第十警ら隊長)フリーゼ(書記の女性)に目配せする。

「獄舎の出入り口の担当者を集め、出入り業者の確認と中身のチェックをするよう話します。また業者が向かう食堂や用度品の仕入れ先担当者も集めダブルチェックを行うようにします」

「チェックシートを作った方がよいですよ」

「分かりました。早急に作成します」

 ヘンリーの提案にフリーゼ(書記の女性)が即座に応じた。

 言葉に迷いがない、任せて問題ないと思わせるほどの事務処理能力の高そうな女性(ひと)、年齢はヘンリーと同じくらいにみえる。

 監獄出入りの現状を訊くと、入る時に時間と代表者の名前を書かせ、帰る時は退出時間を書くだけで荷馬車や荷車、そして同行者は素通りというお粗末な確認方法にスミスとヘンリー苦笑いを浮かべた。

「罪人への面会は厳しく行っているのですが……」

 ラッセル(第十警ら隊長)の弁解は空虚にしか聞こえない。

 直ぐに改めることを約束してもらう。

 監獄の構成説明をラッセル(第十警ら隊長)に求める。

「見取り図は、防犯上存在しません。あとで案内します。基本は四角形の塀の中に四角形の建物があり、さらにその中に両端がつながる三階建ての一棟、ダスマンのいる独房はその最上階にあります」

 つまりは日の字形の建物の中央部の三階にダスマンがいるのだな。

「分かった。では脱獄と相手側がどう襲ってくるかだが」

「今まで、罪人が脱獄を試みたことがありますが、成功した試しはありません。また襲撃されたことなのですが、この監獄には過去一度もないのです」

 独房からの脱獄の対処は現状で十分のようであり、改めて考えなくて済みそうだ。さらにヘンリーの予想ではダスマンは脱獄を考えていないからその分の労力は軽微でよい。

「となると襲撃対策が重要だな。門の位置を教えてほしい」

「東側が正門で、罪人や来客が出入りします。西側が裏門で食材、用度品の業者などが出入りします。門構えも警備態勢も両方同じです。それ以外の出入り口はありません」

「モグラ口は?」

 経年劣化や鳥獣被害などによる小さな穴のことをモグラ口と称する。たまに人が通れるような隙間となっている場合もある。

「それは……」

「あとで一緒にチェックし、不具合があればその場で修繕しましょう」

 ヘンリーは土と銅の魔法で強化すれば簡単だと思ったのでその旨提案する。

「お願いします」

「相手の襲撃方法は単純に正門か裏門から力任せのやり方『がむしゃら作戦』が一つ、後は策を練って出入り業者に化けるやり方『買収作戦』、さらには魔法の力による『トンネル作戦』が考えられる」

 スミスが具体的に示した。

「『買収作戦』は先のダブルチェックが有効だと思われます。『がむしゃら作戦』『トンネル作戦』はみんなで対抗する以外に手はないです。もちろん私たちも協力いたします」

 ラッセル(第十警ら隊長)が現実的意見を述べた。

「対抗措置として囮作戦でダスマンを別の監獄へ(ひそ)かに移動するという手は?」

 ウォーカー(スミスの部下)が訊く。

「検討したのですが、ここが一番堅牢という結論に至りました。それとやはり……」

「情報漏れか」

 ウォーカー(スミスの部下)が苦い顔をする。

「ここにいるのは第十警ら隊員ばかりではないので」

 この監獄には食事の世話をはじめ様々な人間が働いている。また移送先の監獄でも同じことが言える、ならここが一番というのも納得できる。

 物理的な強化はユーチスバ監獄ではこれ以上望めない、態勢的にヘンリーたち十名の補充でやるべきことはやったというのが上層部の判断か。そして失敗したら現場とヘンリーたちの責任とするつもりなのだろうか? まさかな。あの無自覚な署長でもちゃんとした立場にある方、責任転嫁はしないだろうし、しそうになれば今日のことを公にする。さすれば上は正しい判断を下すだろう。自分たちはやるべきことをやるだけだ。

 物理面ではモグラ口を塞ぐこと、システムとしてはダブルチェックを追加した。となると後は……。

「私たちの態勢を決めよう」

 スミス(大尉)もヘンリー同様の考えに至っているようだ。

 ヘンリーたち十名は二班に分かれ十二時間交代とし、正門と裏門に二名ずつ、そして監視塔に一人の五名であたることにした。監視塔にも正門、裏門にも常駐する第十警ら隊員がいる。異常があった場合の警報については場所と『がむしゃら作戦』『トンネル作戦』別に決めた。

 二十時から翌朝八時までの夜間組と八時から二十時までの日中組とした。

 ヘンリーは夜間組、スミス(大尉)は自分の部下の二人とヘンリーの部下の二年目のオーリーとフィンの二人を日中組に配した。

 宿泊場所は独房棟の一階に二部屋用意されていた。一部屋に六つのベッド、五人一班だから問題ない。

 夕飯後、二十時までにはいましばらく間がある。

ハロード(ヘンリーの家名)少尉、ちょっとよろしいですか」

 フリーゼ(書記の女性)に声をかけられた。

「ああ」と承諾すると「こちらへ」と小部屋に案内された。一瞬女性と二人だけになるのかと戸惑った。

 スミス(大尉)が既に椅子に座っている。

 ヘンリーは自意識過剰さ加減に肩の力が抜けた。

「お二人に非公式な内容をお伝えするようにラッセルから言われております」

「つまり、先ほどの会議では公式記録に残るから、話せなかった内容かな」

 スミスが腕を組む。

「そうです。麻薬王ダスマンの過去のことです」

 スミスがほうという顔をして身を乗り出す。ヘンリーも興味がある。

「聞こうじゃないか」

 フリーゼ(書記の女性)が語りだした。


 ◇◇◇

 今から十年以上前の話。

 ダスマンはエーイッチ子爵家の書生をしながら官兵学塾研究科(学院と共に三学の一つ)を卒業し王国官吏試験の上級に合格した優秀な若者であった。ダスマンは研修期間を経て王宮外交部に配属、奉職三年目を迎え順調にキャリアを積み王宮儀礼課の係長となっていたときだった。その職掌には宝物庫の管理も含まれていた。

『王妃様が儀式にお着けになるネックレスがありません』

 配下の担当者に言われたダスマンはすぐに宝物庫に行くが目当ての物は見当たらない。王宮儀礼課長に報告し、課員総出で探すが、どこにもない。

 儀礼課長は覚悟をした。自分の辞職だけでは済まないことは重々承知の上、宰相に報告した。儀礼課長が有能であることを知っていた宰相は動いた。王に直訴し、軽い処分で済むように根回ししていたのだが、課長の謹慎中に宝物庫の管理をしていた担当者、ダスマンに第一報をもたらした今年配属になったばかりの若い男性が自分のせいであるという遺書を残して、自死した。それを聞いた直属の上司であるダスマンは辞表を提出した。

 当日の儀式では王妃は別のネックレスをした。そして、紛失したはずのネックレスは幼い王女が身に着けていた。

 王女付きの侍女がマスターキーで宝物庫から(くだん)のネックレスを持ち出していたのだ。ネックレスの保管されていた宝物庫は女性専用であり、王妃の侍女長がマスターキーを管理していた。王女付きの侍女が宝物庫の係官へ単純に報告するのを忘れていただけのことであった。直接は一人のミスなのだが、本質は侍女仲間の安易な貸し借りが出来る体制が生んだ問題といえよう。しかし相手の主は王族。誰も声高に文句を言えなかった。

 ◇◇◇


「これがダスマンの過去です」

 得したものは誰もいない。一人の過ちが一人の死という不幸と、一人の有為な若者の運命を変えてしまった。

 どうしようもない。意欲の削がれる話にスミスとヘンリーは己の胸にしまうしかなかった。

 フリーゼ(書記の女性)の話はそれだけで終わらなかった。

「そして現在の一警の隊長はその時亡くなった担当者の兄です」

 衝撃的な内容にヘンリーの思考が束の間、停止した。

 再び動き出した時、釈然としなかった因果の元が脳裏に浮かび融けだした。

 ダスマンを、策を弄し無垢な娘さんまで巻き込んで捕らえたかった理由が、

 ――『貴方の怒りの矛先はお門違いだろう』と納得しかねるが、『高貴な方へ向けられないがための抑うつが表れたのか』

 と、分かったような気がしたのだ。

 うーん……かと言って、ダスマンの悪行は絶対に捕まえて極刑に値すべき蓋然性はなく必要悪ともいえる。そして彼の善行はこの国の役に立っている。今後のことを考えても、ダスマンへの個人的恨みはどうにかならなかったのか、と遣り切れなさが襲う。

 陰鬱さを吹き飛ばしたい。元凶となったのは、幼い王女が身に着けたネックレスか。

 気分転換とばかり、ヘンリーが声を低くして役者のようにつぶやく。

「一本の怪しくも魅力的なネックレスが人の不幸を呼び、個人的恨みにまで連鎖している」

 スミス(大尉)が大袈裟に応じる。

「呪いのネックレス。その品はなんとノース公国からの贈り物であったのではなかったのか」

 ヘンリーも興が乗った風を装い、大仰(おおぎょう)に言い放つ。

「まだその呪いは終わっていない」

「お二方とも物語の読み過ぎじゃありませんか?」

 フリーゼ(書記の女性)女史に幾分冷ややかな目をされた。

 しかしヘンリーはこうでもして茶化さなければ、不条理な思いの収まりがつきそうになかった。

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