第三十八話 ダスマン
部下たちの部屋を訪ねるといずれも留守。【訓練場】のドアノブ札が掛かっている。
行ってみるとみんなで何やらやっていた。
「隊長」
ボビーが気づいた。
「銅の魔法をみんなで訓練しようと集まっていました」
エズラが説明する。みんなの顔は昨日の魔術師試験の合格にやる気に溢れている。みんなの元気な姿を見ると少しは気が晴れてきた。
「早速、頑張っているな。みんなが希少な銅の魔法をマスターすれば心強い。……だが、悪いな。訓練は後回しだ。緊急な特別任務が入った」
全員が一列に整列する。仕事モードに入ってくれたようだ。こういうところは、ボビーとアレックスの指導のおかげだと感謝したい。ヘンリーも気を引き締める。
「近衛魔術師団長直々のお声がかりだ。なんと警ら総監クーツ殿から依頼された」
みんなの目に力がこもり、意欲が高まるのが分かる。ヘンリーは任務の内容をみんなに説明し、出発準備にかからせた。
昼食をそこそこに済ませて、午後一番でユーチスバ監獄の署長のドラモンドと第十警ら隊長のラッセルとともに、ヘンリーたち十名はユーチスバ監獄に向かった。
ユーチスバ監獄に到着するやラッセルが話しかけてくる。
「早速で申し訳ないが、今日はダスマンの弁護人が面会に来る。看守と共に護衛としてウチから二名出るが君たちの中から四名同行してくれ。それと弁護側にも二名頼む。ほかは私と一緒にいて欲しい」
一服する間もなく、早速のお勤めとは慌ただしいことだ。
「分かった」
スミスが代表して答えた。
「私とウォーカーが看守と行く。弁護側にはベーカーとする。それとヘンリー、自分の部下を選んでくれ」
「ボビー一緒に行くぞ。アレックス、弁護側だ」
「分かりました。悪玉の顔をとっくりと拝みますか」
ボビーが応じた。
「まあ……私が言うのもなんだ、どんな奴かは自分で判断してくれ」
ラッセルが思わせぶりなことを言う。麻薬王、悪玉なのは分かるがよほど変な奴なのだろうか。ヘンリーは首を傾げた。
看守がダスマンの独房の扉を開ける。
「ダスマン殿、弁護人との接見の時間です」
罪人に『殿』を付けることにヘンリーは違和感を抱いた。
「おお、分かった」
太い声が独房に響く。看守と一緒にヘンリーとボビーが入る。本来の護衛二名とスミスたちは廊下で待機している。
明かりは開けた扉からだけの薄暗い中、足枷を付けた大きな男がいる。部屋に窓はない。今開けた扉に鉄格子の小窓が付いているだけ。
「手錠を付けさせていただきます。足枷は外します」
大男が笑顔で両手を差し出した。
この男がダスマンなのか。悪人には見えないふくよかな丸い顔をしている。目も大きい。
足枷を外され手錠だけのダスマンが独房を出る。
「気持ちがいいな」
ダスマンが廊下の窓を見る。窓は内庭向き、決して監獄の外部には向いていない。
「ここでいいから外の景色をしばらく見せてくれ」
「ほんの少しなら」
看守はとても罪人に好意的だ。看守と護衛役のヘンリーたちでは立場上、看守が上位。決定権は護衛にはない。
「やはり空はいいな。出来たら最後に思いっきり外の空気を吸いたいものだ」
最後とは、死を覚悟した独白のように聞こえた。
ダスマンが窓に向かって深呼吸をする。
大男がさらに大きくなったように感じられる。気の力がとても強い、まるで小山のような圧力を受ける。気鍛流の道場でも滅多にお目にかかれない。お師匠様を除いて二、三人ほどしかいないはず。逸材だ。
暴れたらと思うと……肌が泡立った。魔力がないのが幸いと言える。
「行こうか」
ダスマンが看守の主なのかと錯覚させる。
看守を先頭にスミスとウォーカー、ダスマンそしてヘンリーとボビー、最後に本来の護衛二名が続く。
接見室には看守とダスマンのほかにスミスとヘンリーたちの四人が入り、本来の護衛はドアの外で待機した。
鉄格子の向こうに、弁護人らしき男性が座っていた。背後の机に看守、ドアのそばにベーカーとアレックスが控えている。左手上部に小窓、その向こうは真っ暗。暗室から明るい部屋、つまり接見室を見れば、全てが判別できるが、こちらからはまったく分からない。監視するために設えられた部屋。ここにいないヘンリーの部下とラッセルたちが覗いているはず。
「体調は問題ありませんか? 食事は足りていますか?」
「至って快調だ。食事も朝、昼、晩と三食提供されている」
「それはようございました」
一瞬の間が空く。弁護人の躊躇っている様子が窺える。
「本当に証言は要らないのでしょうか」
大きな背中がうなずいた。項垂れる弁護人。
「大勢の方々が我も我もと証言を買って出てくれています」
「自分のために証言したことによる弊害があるやもしれん」
罪人を擁護したと後ろ指を差されることを懸念している。
「そんな……。捕らえられた時も卑怯な手段。必ず情状酌量の余地があります」
首を横に振っている。
ヘンリーはどのように麻薬王と呼ばれるダスマンが捕まったのかは知らないが、真っ当な手段で捕まったようではなさそうだ。
「それに貴方様がはじめた教育債から教育基金を作って様々な投資を行って生み出した資金による市民の学校の運営」
弁護人が哀願口調で立て続けに訴える。
「三学の官兵学舎と聖騎士学校へ進学するための無償での奨学金」
「魔力持ちが行ける学院へ入学させるための真珠の無償貸出事業」
「これら、貧しくても向上心のある人々へのお手伝いはどうなるのですか」
「貴方様がいなければ今までの苦労や努力が白紙に戻ります。どうか受け入れてください」
弁護人が切々と乞うた。
聞いてみると、ダスマンがやってきたことはヘンリーでさえも価値を認めるが、いかんせんそこにはキレイではない金も混じっているはず。
「ワシがどうにかなったら引き継いでくれる人がいる。人望も権力も併せ持った人だ。王家の色に染まっておらずかつ王家にも対抗できる方だ」
ダスマンは西家か南家あるいはサンダー家の重要人物が関わっていることを仄めかしたのではないか、とヘンリーは推し量った。でないと王家が黙っていない。
いや待てよ、我が国にも王家に依存しない勢力で有力貴族のエーイッチ子爵家があるではないか、と思いを馳せる。
かの家は戦傷兵の治療とその後の支援を行う施設『廃兵院』を設立した。廃兵院という受け皿があるおかげで、ヘンリーたち軍人は心おきなく戦うことができる。不幸にも戦場で負傷しても面倒を見てもらえるという安心感があるからだ。
金融王でありながら、軍にも絶対的な力を持つ。子爵位も王家が取り込もうと叙爵したのであって、自らが欲したわけではないと聞く。
ヘンリーがダスマンに代わる人物を考える中、弁護人の言葉が耳に届く。
「麻薬だって貴方様がいなければ統制が取れません」
「……」ダスマンは黙ったまま。
「野放図になり、大量に入って来ます。高級品の値が上がり、安価の常習性が高く廃人になりやすい品が一般市民に蔓延ります」
弁護人の必死な形相に真実味を覚える。
高級品はタバコと呼ばれ常習性や健康被害があるものの、廃人にはならない。安価品はアヘンと呼ばれ、常習性が強く廃人となる可能性がある。
「貴方様がいたからこそ、高級品のタバコだけしか出回らず、ほかの裏社会を生きている奴らも手を出さなかった、出せなかったのです。貴方様以外が手を出したらその組織を壊滅したから」
ダスマンが天を仰いだ。
「大きな抑止力がなければ、歯止めがかからなくなります」
弁護人の声に力がこもる。
「貴方様を極刑にしたくないのです。証人による証言を、是非お認めください」
ダスマンは静かに首を横に振った。
「私はあきらめません」
接見は終わった。
独房に戻るダスマンの肩が小さく見えた。
ヘンリーの頭が静かに動き出す。
――ダスマンは単なる悪の巨頭ではないかもしれん。もし彼を死刑にすれば、裏社会が蠢く。それが表社会に頗る悪影響を及ぼしかねない。取締を強化しないと大変なことになる。
その昔タバコは国が管理し税を課して、その分国家予算も潤っていたが教会のゴリ押しでタバコを含めた麻薬等を禁止する法律、世間では正式名『麻薬等覚醒剤取締法違反』が長いので呼ぶときは単に禁煙法なるものができた。教会は禁酒法とのセットでの施行を要求し、国は受け入れたが、酒は密造が相次ぎ粗悪酒が出回り、死亡者が多発した為、業界が製法を公開することにより禁酒法が廃止され、禁煙法だけが残り今日に至っている。最近、有力者の間ではタバコはいっそ解禁しアヘン等の麻薬だけ禁止にしてもよいのではないかという意見すらあるらしい。それにタバコは温暖なら比較的栽培が容易だが、アヘンの原料となるケシはノース公国が産地と漏れ聞いた。ダスマンを処刑することが果たして国のためになるのだろうか。
独房にダスマンを再度入れると、ヘンリーたちはドラモンドとラッセルとの打ち合わせに会議室に向かった。
「厄介な任務になりそうですね」
歩きながらヘンリーがスミスに話しかけた。
「一筋縄にはいかない」
「弁護人の話だけでは分かりませんし、信ぴょう性も私たちには不明です、さらにダスマンの悪の面も知るべきでしょうね」
「単純に襲ってきた賊を追い払うだけの任務と考えるしかないのだが……、俺が気になったのは捕らえた時の卑怯な手段のことだ。合法的でなかったのに証人がいなくて刑が執行されたなら、寝覚めが悪い」
スミスもこの任務が単純ではなく、どう立ち向かえばよいのか思案しているようだ。ヘンリーも捕らえた経緯を切に知りたいと思った。




