第三十六話 自由恋愛
「ヘンリー、団長がお呼びだ」
ヘンリーは行先を変更せざるを得ないようだ。カーゾンが呼びに来ていた。婿入り先のモヤモヤした気持ちを無理やり抑え込んだ。
「髪型、なかなかだな」
テオカットはカーゾンには好評のようである。
途中でスミス大尉と合流する。スミスも呼ばれたようだ。
「部下たちの資格試験の結果はどうだった?」
カーゾンに訊かれた。
しまった。迂闊にも頼んだカーゾンにお礼すら言っていない。
「報告が遅れて申し訳ございません。昨日資格試験を行ってもらえ、無事全員合格しました。ありがとうございます」
全員魔術師の資格を取れたことをカーゾンに伝え、頭を下げた。
カーゾンそしてスミスも目を細めて喜んでくれる。
「クーツ嬢にも大変お世話になりました。私はあまり会う機会がないので副官殿からお礼を言っていただけますと幸いです」
副官のカーゾンは大佐だ。少佐のクーツ嬢への対応も部署は違えど副官同士、卒なくこなしてくれるだろう。
「うーん、分かった。言っておこう」
歯切れは良くなかったが、了解してくれた。
「よろしくお願いします」
助かった。これでわざわざクーツ嬢に会わなくて済む。触らぬ神に祟りなしだ。昨日のワインと併せてお礼状で何とか勘弁してもらおう。
「参上しました」
ヘンリーたちが団長室に入ると、見知らぬ男性がいた。
「こちらは警ら総監のクーツ氏だ」
ティナムが見知らぬ男性を紹介した。警ら総監とは、王国の犯罪取り締まりの長たる役職、近衛魔術師団長と並ぶ超大物である。
『クーツ』とは、支援師団長付副官のクーツ嬢と同じ家名ではないか。
「スミス大尉であります」
「ハロード少尉であります」
「国民の安全安心を預かっているクーツだ」
クーツ嬢とは無関係、偶然の一致ということがあるのだろうか。
「二人の部隊に特別任務を与える。本日より一週間を目途にクーツ氏の配下としての活動を命ずる。状況に応じて延長もあり得る」
外は晴れているのに、怪しい雲行きに胸がざわつく。
「「承知しました」」
「ヘンリー少尉の原隊へはこちらから連絡する」
「お願いいたします」
「詳細内容は後程クーツ氏から聞いてくれ、魔術師部隊でないと難しいとの判断により、君たちを要望され、こちらも了解した」
要望という言葉が何やら匂う。警ら総監クーツがニヤリと笑った。
「娘に聞いた。お薦めの魔術師の部隊が今丁度手が空いているとな」
――イタタタタ、やはり親娘か。図式としてはクーツ嬢から父のクーツ総監へ、そしてティナム近衛魔術師団長へ要望という名の横暴がいきヘンリーたちの召集へと繋がったのだろう。どんな無理難題を仰せつかるのやら。肩の力が抜け、ため息が漏れそうになる……のを何とか我慢する。
「ヘンリー、何か文句があるのか? 今回は囮ではないぞ」
ティナムは任務の内容をある程度ご存じと思われる。前回のように肩透かしを食らうことはなさそうだ。
「いえ、とんでもありません。総監殿のご令嬢様の配慮により部下の魔術師試験を催していただき、感謝しているところであります」
ティナムの軽口にヘンリーは真面目に返した。
「ほう、そうか、クーツ嬢にお願いしたのか」
ティナムが愉快そうに応じる。
「総監殿のご令嬢に部下が大変お世話になったようで、私からもお礼を申し上げます」
「何やらとても面白い体験をしたと言っておったわ」
それは資格試験絡みではなく恐竜のことだろうとヘンリーは思ったが黙っていた。
「ご令嬢は大変優秀でありますな。支援師団長が片時も離さぬようですよ」
団長と総監は知己なのか、会話もスムーズな様子。
「娘のアナベルも仕事ばかりしないで、何とか良い伴侶をと思っているが、なかなかな。そうそう最近、巷で流行りの自由恋愛なるものでもいいからと、細君や息子夫婦と言っているのだが……」
クーツの視線が来そうになるのを感じてヘンリーは慌てて目を逸らした。
しかし、伯爵令嬢ともなると家格から相応しい相手が自ずと決まるのが普通のはず。親御さんが若者の間で話題の自由恋愛を持ち出すとは、いったいクーツ嬢、アナベルという名前も今初めて知ったが、彼女はどういう過去があるのだろう。人の噂をよく知る王都の雀たちに訊けばすぐに分かるのであろうが生憎その類の知り合いはいない。ひょっとするとフィンなら知っているか? いやそれよりも隣のスミス大尉なら上つ方の動向をご存じか。
「まあ、それは置いといて、君たちには頑張ってもらいたい」
「分かりました」
「魔術師団の代表として頼むぞ」
ヘンリーたちは、団長にそう言われて部屋を出た。
案内された警ら総監室には、二人の男性が待っていた。
二人はユーチスバ監獄の署長のドラモンドとその部下の第十警ら隊長のラッセルと名乗った。ヘンリーたちも名乗る。
全員がテーブルに着いたところで、総監が厳しい声を出す。
「今から言うことは君たちの部下以外へは他言無用でお願いする」
ヘンリーたちは頷く。
クーツが目で監獄署長のドラモンドに説明を始めるよう促す。
「現在、ユーチスバ監獄に飛び切りの悪玉が収監されている」
ユーチスバ監獄はこの国の重要犯罪者が収監されることで有名だ。
「麻薬王として有名なエル・シャボことダスマンだ」
戦地に行っていて情報に疎くなったようだ。麻薬王と言われる人物がいることは知っていたが、捕まったとは知らなかった。
「五日後に裁判がある。以前なら捕まえて即刻死刑だったのだが、今は裁判をしないといけなくなった」
ここにも市民派の影響が出ているようだ。
「当然判決は死刑であることは確かなのだが、いかんせん彼と一味には死刑執行までの猶予がある」
「死刑執行日はいつですか?」
スミスが訊いた。
「判決の翌日、つまり六日後だ」
任務が一週間と区切られた理由が分かった。
「ひょっとして脱獄の噂でもあるのですか?」
思い切ってヘンリーは訊いてみた。
「確実な情報があるわけではないが、一味のアジトはもぬけの殻、どこかに潜んで、何かを企んでいる可能性は否定できない」
「私たちの任務はエル・シャボことダスマンの脱獄の阻止」
ヘンリーは、ドラモンドの目を見て言った。
「その通りだ。彼らには金がある。となると魔術師または魔法使いを雇うことも考えられるのだ」
魔術師と魔法使いの違いは国家資格を持っているかどうかの違い。もちろん罪を犯せば魔術師の資格は剥奪され、単なる魔法使いと呼ばれる。職に就くにも、その賃金に資格の有無は大きく影響する。金を積めば魔術師であろうと魔法使いであろうと高度な魔術を発動できる人材を集めることが可能だ。
「警ら隊にも魔術師はいないことはないのだが、数も少ない。部隊としての活動となると魔術師団の右に出る組織はほかにない。どうか手を貸してほしい」
ヘンリーとスミスが顔を合わせた。二人とも苦笑いを浮かべた。
ヘンリーは、やるしかないのですよね、という風に小刻みに首を縦に振る。
その反応にスミスもコクリとした。
「分かりました。私とヘンリーの部下、魔術師の資格を有する十名全員が全力を尽くします」
魔術師の資格に反応したのか、ドラモンドとラッセルが目をヘンリーとスミスに向け称賛のため息を漏らした。クーツは先刻承知のせいか軽く目を緩めるだけ。
「それに特殊な魔法を我々十名は使えます。この魔術の詳細はお教えできませんが、もしその発動が分かったとしてもご内聞にお願いします」
クーツ、ドラモンド、ラッセルが深くうなずく。
「分かった、君たちの魔術については一切口外しない」
「ご協力感謝します」
クーツの言葉にスミスが応じた。
「本日の午後、準備ができ次第、君たちの部下を含めて全員でユーチスバ監獄での任務に当たってほしい」
クーツの依頼は即時の対応を求めている。
これで少なくとも六日間はユーチスバ監獄に居続けなくてはならない。二交代にしても相手がいつ襲ってくるかと、気は許せない。くれば全員で対応せざるを得ない。
――はあー。今朝の手紙が気になるが貴族名鑑を調べに行けない。人にも聞けやしない。
年上の女性に借りてもいない貸しを作るとろくなことはない。一体何回目だ、二回目だとヘンリーは自嘲した。




