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第三十二話 スカート

 全員が下りて来て、恐竜にこわごわ触わりだした。

 クーツ嬢はスカートを着用している。

 ――あの膝下丈のスカート姿で梯子を下りたのだよな。支障はなかったのだろうか。

 ヘンリーは恐竜を見ていて気付かなかったのだが……。

 ――お仕着せのスカートは高位貴族だから手を入れていると思うが……、あぁ、後ろにスリットが入っている。だから上り下りがスムーズなのか。それにしても丈感が丁度いいのか腰の高さが際立つ、それに脚の長さとのバランスも絶妙だ。さすが王都、きらびやかな妃や姫君のお膝元で働く職業婦人は違う。

 そんなクーツ嬢のスタイルにヘンリーは()きつけられたのだが、みんなは恐竜に夢中のようで興奮した声が聞こえてくる。ヘンリーは意識を切り替え、目を転じた。

「この恐竜が百頭ともなると、さすがに脅威だな」

「そうですね、聞くのと実際に見るのとでは大違いです」

 ティナム(近衛魔術師団長)の発言にカーゾン(近衛魔術師団長付副官)が応じる。

「百頭もだと、ヘンリーさんだけですと、とても無理ですわね」

「『ダイナソー』作戦がよかったということだな」

 クーツ嬢の率直な感想にラティマー(近衛支援師団長)がヘンリーとスミス(大尉)を見て褒めてくれた。

 評価されたと思うと、誇らしい気持ちになる。

「ここまでどうやって連れて来たのだ」

 ティナム(近衛魔術師団長)の質問にダーリーが指示棒と口輪を見せながら説明した。

「統率された行動もとれます。実際にその現場に私たちはいましたから」

 スミス(大尉)が襲撃者へ対しダーリーの意のままに恐竜が行動したことを話した。

 誰もが興味深そうに聞き入る。

「その時の模様を報告書として提出してほしい」

「はい、分かりました」

 ティナム(近衛魔術師団長)の要望にスミスが顔を改めた。本来はすぐに報告すべき事項であったが、昨晩は精神的にも肉体的にも疲弊し書類を起こすどころではなかった。ヘンリーにも責任の一端がある。

「遅れており申し訳ございません」

「すみませんでした」

 ヘンリーとスミスが謝った。

「襲撃者とはノーザン城主の娘を奪還しようとしていた(やから)のことか」

「そうです」

 ラティマー(近衛支援師団長)の言葉にスミスが応じた。

「そうか君たちが囮を護送したのであったな」

 ヘンリーたちにとっては釈然としない任務であった。かといって師団長たちを前に作戦への不平はこぼせない。

「報告を受けたが、昨日は夜遅くまでご苦労であった」

 北部方面基地から支援師団二部隊が一緒に来ていた。ヘンリーたちのミスをラティマー(近衛支援師団長)が『夜遅く』と、弁護してくれたように思えた。

「「ハッ」」

 頭を下げる。

 ティナム(近衛魔術師団長)を窺うと首を縦に振った。不問にしてくれそうだ。

 ダーリー(恐竜使いの長)の案内で恐竜二頭を一周して団長たちが確認を終えた。全員がその場からまた梯子を使って上っていく。ヘンリーは、今度はスカート姿のクーツ嬢が気になって仕方がない。ダーリーを別として当然最後がヘンリーである。まだクーツ嬢が残っている。最後の順番を変わった方がよいのだろうか?

「自分が先に行きます」

 ヘンリーはクーツ嬢に声をかけた。

「あら、何言っているの、何かあったら困るじゃない。みんなが無事に上り終えるのを確認するのが貴方の役割よ」

「ハッ」

 澄ました顔を返されたが、その底には何かをたくらむ表情が隠れていそうな気がする。

 梯子を浮き上がらないように抑えて、絶対に上は向かんぞと恐竜の方だけに顔を向けて待った。ダーリーは恐竜の様子を見ている。

「ヘンリー」

 スミスの呼びかけにヘンリーとダーリーも梯子を上り檻の階段を下りた。

「恐竜の具合をしばらく見守ります」

 ダーリーを残してその場を離れた。

「次は敵陣に近づいた後、中に入るためのトンネルの実演だな」

「お願いする」

 魔法の訓練場へと向かう。

 広大な敷地の手前の壁際、支障のない場所を選ぶ。

「ここで行います」

 ヘンリーはみんなから五、六歩距離を取って、地面に手をつく。

「アース」

 土魔法のイメージを描き、小声で呪文を唱えて掘削(くっさく)の魔術を発動した。続けて出来上がった四メートルばかりの斜めの穴に銅の魔法で階段を設ける。

「あっという間だな、それも階段まであるとは。実際に敵の壁の外から中へ入るトンネル造りにはどのくらいの時間がかかったのだ?」

 ラティマー(近衛支援師団長)の問いに、ヘンリーは、

「一時間半ほどですね」と答えた。実際には一時間ちょっとでできたが余裕をみた。

「敵陣の恐竜の檻は壁に囲まれていましたので土の破壊の魔術で崩し、檻にいた恐竜は火炎の魔術で追い払いましたが、それも実演しますか?」

「それらの魔法は見たことがあるから不要だ。これでストーナー(第二魔術師団長)名の戦況報告書の検証は全てできた。礼を言う」

「正しい結果が出ることを期待する」

 ラティマー(近衛支援師団長)の説明にティナム(近衛魔術師団長)がそう返した。

「承知した」

 ラティマーがティナムに頭を下げた。この時点で支援師団が誤った判断をしたことを認めたのも同然だった。

「第二兵師団にはきつい罰を与えなくてならんな。それと見逃した支援師団の自浄を求めるぞ」

 ティナムがラティマーの目を見て厳しい口調で言った。

「分かっている」

 ラティマーが渋い顔で応じた。

「大本営へもこの件はきちんと通しておけよ」

 ティナムが念を押す。

「もちろんだ」

 国王直属の最高統帥機関である大本営は、現役を引退した名誉職の元帥の前近衛魔術師団長が総長で、副総長が上級大将の前近衛兵師団長と前近衛支援師団長の二人が務める。実際の情報の流れは、前線から各近衛師団に届き、全て処理され、大本営へは報告という形で流れる。今回の監察の仕事は支援師団が統括し、北部方面最前線の戦況報告書を現地の第二支援師団の監察がまとめ最終報告書として作成、現地最高司令官の承認を得て、近衛支援師団へ届き処理され大本営まで流れ報道されたと思われる。本来最高司令官ストーナー(第二魔術師団長)名の物がアストレイ(第二兵師団長)名の物となるという、誰かが故意に情報を捻じ曲げてはいるが、横の連携が全くなかったが故の弊害ともいえる。

 その後、六名は王城へ戻るため魔術師団の四名と支援師団の二名に分かれて馬車に乗った。

「後はラティマー(近衛支援師団長)が何とかするはずだ」

 馬車の中でティナム(近衛魔術師団長)が太鼓判を押してくれた。

 これで真実が明らかになることだろう。ヘンリーも初手柄が正当に評価されると思うと大満足だ。あとは待つだけ、自分たちの手を離れ、もうやれることはない。これで気がかりは一応片が付いたはず、いやもう一つノース()()の問題があった。

 ヘンリーが口を開く。

「ティナム団長、質問があります」

「何だ」

「恐竜使いの長のダーリーが言うには、ノース公国では、自国のことは公国ではなく王国と呼ぶようになったと言っていますが、この件は我が国では極秘扱いなのでしょうか?」

 ヘンリーは近衛魔術師団の二人がいるこの場で訊く方がいいと判断した。

「……」

 一瞬の間があった。スミスがティナムの顔色を窺う。カーゾンは素知らぬ風を装う。それだけでヘンリーには答えが分かった。

「分かりました。国民への影響を考慮してのことですね」

「その通りだ。お前なら想像がつくだろう」

 ティナムが答えた。

「市民派からの突き上げ、ですか」

 上層部を無能呼ばわりするのは目に見えているということか。

「その通りだ」

「そのツケが私たちに向かわなければよいのですが」

「頑張ってくれとしか俺には言えん」

「分かりました」

 結局、ノース公国との戦いに何らかの終止符と打たないと前には進まなさそうだ。

 ――いつまでノース公国が王国宣言したことを秘密にできることやら。後出しが分かれば不平不満が募るだけ。なるだけ情報公開し、正しい戦いであることを訴えた方がよいのではないか。例えば敵の実情が税負担一つとっても王国よりも悪いことを上げられるし、絶滅させたはずの恐竜を秘かに飼育し戦争に利用していることだってそうだ。きちんと説明すれば民は理解してくれる。

 ヘンリーはそう思った。

 王城の馬車止めで下りて、建物に向かおうとすると、柔らかな香りがした。

「梯子の下から足に熱い視線を感じたわ」

 すれ違いざまにクーツ嬢に囁かれた。

 ――そんな馬鹿な。決して覗いていない。神に誓う。

 クーツ嬢はラティマー(近衛支援師団長)の後ろを軽やかに歩いてゆく。裾のスリットが小さく跳ねている。

 人目がある中、師団長に付いて行く副官殿を追い駆けて呼び止めるわけにはいかない。

 言い訳は聞き入れてもらえそうになかった。

 周りの魔術師団の三人は誰も気づいていないようだ。

 その後、ティナム(近衛魔術師団長)からヘンリー隊は指示があるまで待機せよと命じられた。

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