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第三十一話 恐竜

「恐竜使いの(おさ)を仰せつかっていますダーリーと申します」

 駐屯地に着き、会議室を借りて早速事情聴取となった。

 六人を前にしてもダーリーは落ち着いているように見える。

「言葉遣いは(かしこ)まらなくていいから、向こうで君たちが連れられてきた当日あったことを話してくれないか」

 ラティマー(近衛支援師団長)が訊いた。

 ダーリーがうなずいて話し始める。

「夜間、西の方で夜襲があったから気をつけろとノース()()の兵士が言ってきた。それからしばらくしてからだ。そこの隊長たちがいきなりテントの中に現れ拘束された。トンネルが掘られているとは気がつかなかった。死か王都へ行くかの二択を迫られた。俺は(おさ)として王都へ行くことに決めた。みんながそれで納得してくれると判断した」

 ダーリーはヘンリーに言われた通りノース()()とは言わず()()と言ってくれた。有難いことだ。ただこの件はここにいるメンバーは知っているのだろう。ヘンリーは後で聞いてみようと思った。

「それは何故だ」

「ふん、ノース公国のやつらは俺たちをまともに扱ってくれていない。兵士との差は歴然だ。俺はまだいい、恐竜が好きだったから恐竜使いに望んでなった。しかし若い奴らはみな子供のころに強制的に恐竜施設に連れられてきて、隔離されている者たちだ。外の世界とは遮断された村だ。ずっと恐竜と一緒に生活させられ、恐竜使いにならざるを得ない生活だ。慣れないと恐竜に襲われ亡くなった人間も多数いる。逃げようとして殺された者もいる。彼らに自由を与えたい。それが望みだった。だから抵抗せず、一緒に行くことに決めた」

 ダーリーの目は真っ直ぐラティマー(近衛支援師団長)を見ている。そして、言おうかどうか迷っている素振りを見せた。

「他に理由があるのか?」

「まだはっきりと決まったとことではないと聞いているが……、恐竜に魔法、攻撃系の火を放出させる研究をしようという声があるらしい。ますます戦の道具だけとなる、それが耐えられなかった」

 みんなが黙った。ダーリーが嫌った個人的な理由より、火を噴く恐竜を想像して固まったかのような沈黙。

「まるで絵本の世界のドラゴン、荒唐無稽な話を現実にしようというのか」

 ティナム(近衛魔術師団長)の口調には苦々しさがあった。

「翼竜が火を吐けばドラゴンといっても語弊はないかもしれませんね」

 カーゾン(ティナムの副官)が追従した。

「色付き真珠、赤色を生まれてから何年か恐竜や翼竜に着けてみようというのか」

「多分そうなのでしょうね。人間ですと五歳で真珠の色がなくなり魔法適性が授かりますから。同じ事が恐竜にもと考えたのでしょう」

 ラティマーとクーツ嬢が続いた。

 研究が成功されると、とても厄介になる事は間違いない。恐竜使いたちを連れて来られたのが大きな意味を持つかもしれないとヘンリーは思った。ノース公国が火を噴く恐竜、翼竜の誕生を実現したとしても制御できなければ意味がない。飼い犬とは訳が違う。恐竜使いがいなければ、自分たちが作り出したドラゴンという化け物に襲われかねない。

「そんな化け物を誕生させたとしても、襲われたら幼い内はまだしも成獣化すればその殺傷能力は犬猫などと比べられません。制御する人間がいなければどうにもならないはずです」

 みんながうなずく。

「幸いなことに、恐竜使いは自分たちが連れてきた以外にはノース公国にはいないはずです」

 ヘンリーがそう言った。

「それはまことか?」

 ティナム(近衛魔術師団長)が訊いた。

「ダーリー、そうだよな」

「ああ、スミスさんとヘンリーさんに連れてこられた二十人以外に公国には今、現在だけかもしれんが恐竜使いはいない」

「おお、それはいい、長い目で見ると脅威だが、ある程度の期間、我が国でも対策を検討する猶予ができた」

 ティナム(近衛魔術師団長)がホッとした声を出した。

 他の面々もいくぶん安堵した表情を浮かべている。

「ではドラゴンの件は一旦おいておこう」

 ティナム(近衛魔術師団長)の言葉にラティマー(近衛支援師団長)が応じた。

「そうだな、では話を戻そう。ダーリー、夜襲で一旦当方の基地に連れられてきた後、ヘンリーとまた公国の陣に戻って恐竜を連れてきたのは?」

「恐竜使いから恐竜をなくしたら無用となる。そうなれば」

 ダーリーは首を狩る真似をした。

「分かった。君たち恐竜使いにかかわったのは、この二人の部隊以外に我が王国の一般の兵士はいなかったのか?」

「いいや、この二人の部隊十人だけだったな。連れられてきて、また恐竜を連れに帰って再度基地に戻ってくる間に王国のほかの兵士はかかわっていない」

「王国の兵士が恐竜を五十頭倒したと言っているが、どう思う」

「無理だな。通常の弓矢や槍ではあの分厚い皮膚は貫通できない。五頭倒したと聞いたが、それは強力な魔法のはず。それ以外で、あの短時間じゃ無理だ。他の四十五頭は帰巣本能で北へ戻ったのだと思う。だから死骸がないのだろう」

「ありがとう」

 ラティマー(近衛支援師団長)は事情聴取を終わらせた。

「六つあった検証課題の内、ダーリーに聞いて三件は理解した。あとは未検証の魔法だな、それを見せてもらおうか」

 ラティマーの言葉にティナム(近衛魔術師団長)がヘンリーを見た。

「分かりました。では魔法で恐竜を倒したという証拠をお見せします」

 ヘンリーがうなずいた。

「ダーリー、恐竜に少しばかり痛い思いをさせるが、いいか? もちろん殺しはしない。一時(いっとき)気絶させるだけだ」

「殺さないなら、まあ仕方がない」

 ダーリーは首をかしげて何か思い出そうとしている。

「ひょっとしてそれは俺たちの意識を失わせたピカっと光った魔法か?」

「そう。雷の魔法だ」

 ヘンリーの言葉に支援師団の二人が反応した。

 小声で何か言い交わしている。多分銀の雷魔法の使い手が王国の魔術師団にいるのかとでも言っているのだろう。今から実演するからここで言う必要もないことだ。

 各団長と副官、スミス(大尉)とヘンリーそしてダーリー全員で土壁に囲まれた恐竜の檻へと向かった。

 階段を上り土壁の上に立つ。二頭の恐竜が、誰が来たのだという風にこちらを見た。

「これが恐竜か、はじめて本物を見た」

 ティナム(近衛魔術師団長)が驚嘆した。ラティマー(近衛支援師団長)も「おー」と声を上げる。

「このウロコの厚さじゃ普通の弓矢では無理そうだな」

 ラティマーの呟きにダーリーが反応した。

「向こう、つまりノース公国で試しましたが百人一斉に射ってもなんともなかったですね」

 ティナム(近衛魔術師団長)ラティマー(近衛支援師団長)もうなった。もしこれらが攻めてきたらどう対処すべきかと、戦いの様子がよりリアルに想像できたのだろう。

「始めてよろしいですか?」

 ヘンリーが訊く。

「いいぞ」

 ティナムが答えた。

 ヘンリーが恩賜の魔剣を抜き銀の魔力を高める。

「サンダー」小声で呪文を唱え、雷光(らいこう)の魔術を威力は抑えて一頭目、二頭目へと連続して放った。

 バリバリバリ。

 恐竜の動きが止まる。

 ドドーン、ズダーン。

 そしてどっと二頭とも倒れた。

「おー」「すごい」

 全員が感嘆の声を上げる。

「恐竜を倒すとは凄まじい、魔法の威力。今のが、銀の魔法、雷光の魔術か」

 ラティマー(近衛支援師団長)がヘンリーを見る。

「そうです」

「王国にも銀の使い手がいたのですね」

 クーツ嬢も興奮しているのか顔が上気している。

「ティナム、この件も初めて知ったぞ」

「当たり前だ。ヘンリーが希少な銀の魔法を使えることを知っているのは魔術師団でもほんの一握りだ。極秘にしてくれよ」

「もちろんだ。それはいいが、……まいった。いままで北部戦線が苦戦続きで、今回の報告書には兵師団の活躍で大勝利とあったが、どこかで本当だろうかと疑っていたのだ。それが今氷解した」

「ラティマー、実を言うと俺もだ。兵師団だけで恐竜を撃退できると思っていなかった。何かあるはずだと。情報を知ろうとスミスに帰って来いと連絡を送っていたところなのだ」

 丁度よいところに戻ってきたようだ、と思っていると、ダーリーが心配そうにヘンリーを窺っているのに気付いた。

「ダーリー、恐竜は息をしているはずだ。気絶させるだけの魔力しか放っていないから安心してくれ」

「分かった。下りて確認する」

 ダーリーが木製の梯子(はしご)を恐竜のいる側におろした。そして下りて行く。ヘンリーも続く。

 恐竜の鼻と口元を確認して、ダーリーが「呼吸をしている」とヘンリーに言う。

「どれくらい気絶しているのだろうか」とダーリーが訊く。

「三十分から一時間程度だ。以前試してそれだけの力にコントロールしてある」

 ダイナソー作戦の時に実験済みだ。

「分かった」

 ヘンリーたちが会話していると、上から声がかかった。

「問題ないか」

 ティナム(近衛魔術師団長)が訊いてきた。

「ええ、呼吸していますし、目論見通り気絶しているだけです」

「下りて平気か?」

「少なくとも三十分はこのままでしょう」

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