第三十話 王都にて
護送任務は遂行したが一杯食わされた感が強い。次こそは晴れやかな気持ちでけりをつけたい。今回王都に来た本来の目的は、高名盗みを明らかにし正当な評価を得ることだ。兵師団に手柄を横取りされたままでは終われない。
ヘンリーとスミスは近衛魔術師団長に面会を申し込んだ。
「すぐに、近衛支援師団の副官、できたら第三副官を呼んで来い」
近衛魔術師団長ティナムの決断は早かった。スミスとヘンリーが持参した戦況報告書を提出し、実際に隠密の魔術で敵陣へ侵入し恐竜を解放した経緯を説明すると、即座に部下の第一副官カーゾンに命じた。軍隊における監察のトップは支援師団長、その中でも近衛支援師団長が最上位である。近衛が最上位なのは魔術師団、兵師団も変わらない。三師団の中では魔術師団が一番上、軍隊否王国では魔力が物を言う。
カーゾンが退室し、一分も経たずに支援師団の第三副官、クーツと名乗る女性隊員が魔術師団長室に入ってきた。鼻をくすぐる柔らかな花の香り。透明感のある金髪が肩まで伸び右側が耳掛け状態となっている。顔自体はパッと明るい感じがし、活動的な印象を持った。髪の色から金の魔法が使えるのは疑いようもない。となると多分高位貴族の出自か。
「御用でしょうか」
少しだけ高いハキハキとした声で聞き取りやすそうだ。肩章は少佐を示している。制服の下衣はスカート、近衛の女性はこの姿が一般的なのかもしれない。女性隊員の制服はスラックス、キュロット、スカートの三種類、戦場ではみなスラックスを着用していた。軍隊に入ってから女性を稀にしかお目にかかれないせいか妙に華奢な外観に目が向いてしまう。いかんいかん、厚かま女史の解毒剤の深夜作業で懲りたのではないか。年上のヒトは手強い、用心するに越したことはない。
「北部方面の戦況報告書を読んだが、誤りはないのだろうな」
「とおしゃいますと」
「俺が聞いているんだ」
団長は、嘘は許さんぞという、気迫でじろりとクーツ嬢を睨んだ。
「当方の第二副官が取りまとめ、その内容を確認しました。もちろん北部方面の戦況報告書も確認済みです」
「それは間違いないな」
団長の言葉に、クーツ嬢は目を細めて熟考しているようだ。
「そう言えば、いつもは北部方面最高司令官のストーナー第二魔術師団長名なのですが、今回は最前線最高司令官の第二兵師団長アストレイ様からのものでした。最前線が移ったからなのかと思っていたのですが……」
「ここにストーナー第二魔術師団長名のものがある。読んで見ろ」
クーツ嬢は戦況報告書を受取り、読みだした。
「……これは」
目を細め一旦上の方に向けた視線を戻すと、考え考え声を出した。
「ストーナー様の報告書を読みますと先の『恐竜夜襲大作戦』は『ダイナソー作戦』と名付けられ全て第二魔術師団の成果のようです。私が確認したアストレイ様のものは全て第二兵師団の成果となっていました」
「ではどちらが正しいのかな」
支援師団のクーツ嬢はティナムの指摘にすぐさま反応した。
「ただちに近衛支援師団長を呼んでまいります」
ティナムはニヤリと笑い、そして頷いた。
クーツ嬢は戦況報告書をそばのカーゾンに戻すと、踵を返して退出した。受け答えも所作もスマートで品がある。高位貴族のご令嬢に間違いない。
「最近女性の副官を採用しだしてな。ウチはまだだが、女性は相手への気遣いや、共感力に長けているから副官に向いている面が多々あるらしい。特にクーツは貴重な金の魔法を使えるだけでなく仕事も有能だぞ」
ティナムが自身の娘のように自慢する。
仕事も有能なクーツといえば、何代か前の王に繋がる血筋であり、才覚と実力が伴うのがクーツ伯爵家である。王の兄弟でも一人だけが大公を名乗れ、それ以外は相当の実績を上げるか他家の養子となるしか爵位は持てない。大公も現王の兄弟のみで子孫は継げない。その中でクーツ家は数代前の王の弟で大公と呼ばれた時代から馬車専用道を敷設して大公の子が伯爵位を賜ったと記憶している。今でも全国津々浦々に拡張し、その運営もクーツ伯爵家で行っているという実績がある。先ほどのご令嬢がその家の娘である可能性が高い。ますます近づかない方が無難だ。
ティナムが話を続ける。
「昔は娘御といえば深窓扱いでよかったが、このご時世もあり、魔力持ちは女性であろうと活躍してもらわんといかん。彼女はまあ色々あってそのトップランナーの職業婦人だ」
今の世は戦争と議会、長い間盤石だった王制にとっては内憂外患といえる。魔力持ちの有能な人材は男女を問わず必要とされるのは理解できる。ただクーツ嬢が職業婦人を続けているのは何か理由がありそうだ。
「そしてな。彼女の上司である近衛支援師団長のラティマーは公平だ。そのためにはお前たちの隠密の魔術を明かさなくてはならない」
「承知しました。隠密の魔術は私たち三人とヘンリーの部隊七名全員が習得しています」
スミスが返答した。
「ほー、分かった。しかしヘンリー、お前が部下全員を仕込んだのか」
「私だけの力ではありません。スミス大尉と大尉の部下のウォーカー少尉とベーカー少尉にも助けていただきました」
「それにしても隠密の魔術は魔術師団全員でも今まで九名しか使えなかったのだぞ。それが一挙に七名増えてほぼ倍増するとはな」
ティナムが感心した顔をスミスとヘンリーに向けた。
「そうだったのですか、少ないと聞いていましたが、そこまでとは知りませんでした」
「ヘンリーの代でもマスターしたのは君だけだったのだよ」
スミスの言葉にヘンリーはさらに驚いた。誰がどの術を習得したのか互いに教え合ってはいなかったが、まさか自分だけだったとは意外だ。
「それとヘンリーの銀の雷魔法も明かす必要があるかもしれん。駐屯地に恐竜を連れてきたと言ったな」
「二頭連れてきました」
「そこへ行って雷魔法を実演してもらうから、心積もりをしておけ」
「分かりました」
「ラティマーとの交渉は任せろ」
「「お願いします」」
ヘンリーとスミスが頭を下げた。
トントントン。
クーツ嬢が近衛支援師団長のラティマーを連れてきた。
「ティナム、とんでもないことが起きたようだな」
「この二人が当事者のスミスとヘンリーだ」
スミスとヘンリーがティナムに促されて二人に名乗った。クーツ嬢とは先ほど紹介される前に会話が始まっていた。まっすぐ目を見詰められ無邪気そうな笑顔でフレンドリーに「クーツよ、よろしくね」と初対面の壁がまったく感じられない。
「まあ、読んでみろ」
ティナムに指示されたカーゾンがソファーに座ったラティマーにストーナー名の戦況報告書を渡す。
読み終わった後、口を開く。
「どちらが正しいのか検証する必要がある。魔術師団の言い分は、第一に魔法により東側の敵陣に侵入、第二に敵の恐竜使いを無力化、第三に魔法により恐竜の囲いを破壊し解放、第四に恐竜使いを捕虜として自陣へ連行、第五に魔法により東門から出てきた恐竜五頭を撃退、第六に残った恐竜五十頭を恐竜使いたちと自陣へ誘導とある」
「魔法によるものは全て実演可能だ」
ティナムが答える。
「となると第二、第四、第六の恐竜使い絡みはどうだ」
「恐竜二頭と恐竜使いの長を駐屯地に連れてきています。その者が証言してくれます」
ヘンリーの答えにラティマーが、うむと応じた。それを見てティナムが
「よし、では魔法をお見せしようか。カーゾン、誰も入室できないようにしろ」と命じた。
「はっ」
カーゾンが入室禁止の案内板を持って退出しすぐに戻って来てドアの内鍵をかけた。
「今からお見せする魔法は誰にも口外しないでいただきたい。魔術師団のトップシークレットだ」
「分かった」
「承知いたしました」
近衛支援師団の二人が同意した。
スミスがヘンリーを見た。この部屋に今いるのは団長二人と副官二人、それにスミスとヘンリーだ。二人はそっとドアのそばに寄り隠密の魔術を行使する。人に聞こえないほどの小声でスミスは詠唱付きでヘンリーは詠唱無しで呪文を唱えた。
「ラティマー、それにクーツよ、この部屋には何人いた」
「六人だろ」
ラティマーが何を言っているのだ、当たり前のことを聞くなという口調で答えた。
「確認して見ろ」
二人はゆっくりと、首を回した。目を細める。そして再度確認する。さらに立ち上がって確認する。
「二人はどうしたのだ?」
クーツ嬢が続き間の控室を探すが、どこにもいないと言う。
「どういうことだ?」
「種明かしをしようか」
ティナムの言葉を聞いてスミスがラティマーを、ヘンリーがソファーに戻ったクーツ嬢の肩のあたりと検討をつけて叩く。その瞬間、ヘンリーは肩とはいえ柔らかな感触に思わず術が解けそうになり、焦りながらも何とか己を大気と同化し続けた。
ラティマーとクーツ嬢が驚く表情を見せている。ティナムが豪快に笑う。
「もういいぞ、二人とも」
スミスとヘンリーは術を解いて姿を現す。
「隠密の魔術と言います。この魔術で東側の壁まで近づき、土と銅の魔法でトンネルを掘り、敵陣の恐竜の囲いのそばまで侵入したのです。普通の兵士では夜でも明かりを照らされ、東側の壁まで近づくことは不可能です」
スミスが解説した。
「そんな魔法があったのか……」
ラティマーがゆっくり金髪のクーツ嬢を見る。魔術師として知っていたのかどうかを聞きたかったのだろう。
「私も初めて拝見しました」
金の魔法を使える彼女も知らなかったようだ。
「秘中の秘だ。誰もができる魔術ではない。魔術師団でもほんのわずかな隊員だけだ」
ティナムは得意げな表情をしている。
「トンネルの魔法と恐竜の件はここではできん。先ほど言ったように駐屯地に恐竜使いと恐竜がいるので、そこまでご足労願おうか」
「分かった。今日の予定は全てキャンセルだ」




