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第二十九話 道中

 経由地フランドル(馬車専用道路のある町)までの道は兵士が通るので幅は広くところどころに休憩するスペースが設えてある。昼食をそんな広場で半数ごとに取る。早番はヒューム(騎兵第六分隊長少佐)スミス(大尉)とヘンリーが一緒になった。

「ストーナー司令官殿はフランドルに到着後、その後のルート及び組分けは臨機応変にやれとの仰せだった。馬車は特別誂えでトイレも付き、一日や二日到着が延びても快適に過ごせるらしい」

 ヒューム(騎兵第六分隊長少佐)がストーナーから耳打ちされた内容を小声で話す。

「つまり、敵方への情報漏洩を考えて、馬車専用道路組と一般道組とを分けたが、状況に応じてやれとのことですな」

 スミス(大尉)の潜めた声に、ヒュームがうなずき、ヘンリーを見る。ヘンリーもうなずく。

 顎ツン令嬢を奪還しようとする者たちは元々馬車専用道路を進むと思っているはず。たまたまヘンリーたちが王都に向かう為、馬車が一台囮として追加になった。襲う方は二台になったことを知り迷うだろうが、元々の方針を変えず用意万端で馬車専用道路の方を狙う確率が高い。最初から恐竜のいる方へは来ないだろうし、兵力を分散させて二方向とすれば成功率は下がるだけだ。

「こちらが別れた後、馬車専用道路組を襲うはず」

 ヘンリーはそう言い、理由として今考えていたことを述べた。そして続ける。

「時間が許されるなら全員で一般道を通り、王都を目指しましょう。多分襲う者たちは馬車専用道路の一日目の宿泊地で事前に策をめぐらせ待ち伏せしているのでは」

「ネーザンで泊まる予定だった」

「二日の行程ならほぼ中間、一番真っ当な宿泊地ですな」

 スミス(大尉)の言はもっとも、奪還しようと手ぐすね引いていることだろう。

「もし二手に分かれなければ、恐竜がいるため全員で一般道を進むことになり、時間はかかりますが防衛力は増します」

 ヒュームが思案しているのか腕を組んだ。ヘンリーはさらに続ける。

「ノーザン城から逃れた中にはまだ捕まっていない魔術師がいます。さらに金でなびく魔法使いや傭兵、ならず者も雇うはずです」

 情報ではノーザン城から約五十人が逃れ、そのうち顎ツン令嬢含め三十五名は捕らえ、残り約十五名の内、魔術師二名がまだいる。

「魔術師の力量が分からないのが厄介だ。我が隊には魔術師はいない。支援師団の戦闘能力は見込めない。君たちがいると魔法への対応ができる分有利だ」

 防御服である程度魔法攻撃に耐えられるが、完全ではない。

「一緒に行きましょう」

 スミス(大尉)の提案をヒュームが腕組みを解いて「そうしよう」と大きくうなずき受け入れた。

 隊長はヒューム、副隊長はスミスとすることも併せて決めた。


 フランドルに宿泊し、出発の時間、ヒュームが騎乗する前にみんなに向かって話し始める。

「全員で一般道を進む。馬車専用道路は利用しないことに決めた」

 ほぼ全員が意外そうな顔をする。この中に情報を漏らす人間がいるかどうかは不明だ。ヒュームがこの任務が決まったのは出発日の三日前だと言っていた。敵方は基地内で情報をつかんでいる可能性が高い。そしてネーザンで待ち伏せ、来ないことが分かり次第、一般道へと向かってくるだろう。

「隊長は、私が勤める。副隊長は魔術師団のスミス大尉だ」

「「おー」」

 ヘンリーとスミスがサクラを務めると、みんなも気合いを入れた。

「では進軍する」

 二日目、三日目と何事もなくヘンリーたちは進んだ。

 四日目、東西に延びる道に対して南北に横切る道がある十字路に出る。北へ進むと馬車専用道路を利用した場合の宿泊予定地のネーザンに通じる。襲ってくるならこの道を南下するはず。

 ヘンリーはスミス(大尉)と目を合わせた。

ウォーカー(少尉・スミスの部下)

 スミスの言葉にウォーカーがうなずき、一人馬を止める。街道の脇に潜み十五分間待って見張るのだ。敵と(おぼ)しき一団を見つければすぐに戻るが、来なければ倍の速度で戻る。三十分間隔で人を交代して繰り返すことにした。二番目はベーカー(少尉・スミスの部下)、何事もなく戻る。三番目のボビー(准尉・一番上)が三十分経たないうちにこちらに向かってきた。馬の駆けてくる音が聞こえる。

「来ますね」

「そのようだ。あまりにも予想通りとはな、やつらの能力が知れるな」

 ヘンリーも同感だった。焦ってやってきて戦略も戦術もない、力攻めしかできない相手だろう。

「ダーリー、手筈通り頼む」

「分かった」

 ダーリーが恐竜のそばに寄り口輪を外す。最初、恐竜で脅すことに決めていた。

「約百名で来ます」

 ボビー(准尉・一番上)が到着するやいなや報告する。

「分かった。そのまま前方のヒューム少佐に報告してくれ」

 ヘンリーが応えた。

「はい」

「ヘンリー隊先頭、後続に騎兵隊、それ以外は、そのまま前進し百メートル先で待機」

 スミスが号令をかける。

 ヘンリー隊とダーリー、そして恐竜二頭が残った。後ろに騎兵隊が控えた。ヘンリーたちは下馬している。ボビー(准尉・一番上)もすぐにやってきた。

 いかにも寄せ集めですといわんばかりのバラバラの装いで百名あまりが近づいて来る。距離約四十メートル。魔法が届く範囲に入った。

「ダーリー」

 ヘンリーの言葉にダーリーがうなずくと恐竜に指示棒を出し一回振って天を指した。

 ガオーーーー。ギャーオー。

「ウォーター」「ブリーズ」

 恐竜の鳴き声にヘンリーたちは麻痺の魔術を被せる。

 バタバタと寄せ集めが倒れていく。

 ダーリーが指示棒を前、向かい合う者たちの方向へ突き出す。恐竜が一歩、二歩と前進しだした。

 わあー、逃げろ!

(とど)まれ」

 混乱しだしている。雇われた者共(ものども)はまさか恐竜がいるとは思わなかったことだろう。

「突っ込め」

 ヒューム(騎兵第六分隊長)が叫ぶ。ダーリーは指示棒を操り恐竜を停める。ヘンリー隊が走る。狙いは魔法を使う者たち。

 騎兵隊が恐竜とヘンリー隊を追い抜いて襲撃者に向かっていく。

 散り散りになって逃げていく中で留まっている一団がいる。ノーザン城の残党に間違いない。赤い魔力とともに炎を放ってくるが、防御服を着た味方には通用しない。

「ウォーター」「ブリーズ」

 ヘンリー隊が襲う。一団が膝を折って崩れていく。

 騎兵隊も寄せ集めを制圧した。(たお)れた者たちはこの地を野辺とした。

 完全に撃退できた。味方の被害はまったくない。

 四日目の夜は宴会だった。

「あと一日で王都だ」

 いい酒が飲めた。もちろん(あらかじ)め毒のないことは確認済みだ。

 最終日は一般道とはいえ、王都に近く道幅は広くでこぼこも少ない。人家もそれなりにあり、襲うには不向きである。顎ツン令嬢がノース公国の上つ方の婚約者との噂が本当かどうかは不明だが、公国兵まで出張ってこなくて助かった。

 恐竜二頭を連れても順調に行程を進められた。敵対する者への対応といいダーリーの有能さが分かる。五日目の夕刻、王都外れの駐屯地に着き、土壁で恐竜舎を大きめに造ってその中に二頭を入れた。

 夜遅く王城に到着した。

 ここまでくれば護送任務が完了したのも同然。みんなの顔も緩んでいる。

 支援師団のバーグとヴァーニーに案内され、王城のはずれの建屋に二台の馬車が入っていく。

 遂に顎ツン令嬢と対面するのか。ノーザン城で戦った時はよくそのご尊顔を拝見していない。会ってみたいような、そうでないような。ヘンリーだと分かったらどんな顔をするのだろうか。父親の仇だ、キッと睨みつけられるのだろうな、と想像しながらヘンリーも後に続いた。

 中には一台の馬車が既に置いてある。見た目は異なるが骨組みと車体の堅牢さは護送してきた二台と遜色がないように窺えた。

 なにゆえ、同じような馬車がここにあるのだ? 疑問符が浮かぶ。

 ガタン。

 二台の馬車が止まる。

 支援師団員が一台目の馬車の横腹に向かう。

 ガシ、ガシャン。ギー。

 頑丈に閉じられていたドアを開ける。王国兵士の服を着た小柄な人がいる。それもご令嬢ではない、男性だ。着替えたのか脱ぎ捨てられた服が見える。こちらが囮の馬車か?

「囮を言いつかりました第二支援師団第四分隊のトビーです。第四部隊に属しています」

 と名乗った。

 ヴァーニー(支援師団第六部隊長)がハッとした顔をした後、眉根を寄せる。

 今回支援師団員が馬車の御仁の食事などの世話を担当していた。一台目が囮だったことにその管理者の一人が顔色を変えるとはどういうことなのだ。ヘンリーの胸に不吉な予感が走る。

 もう一台を開けた。

 人の気配がしない。誰も出てこない。ヴァーニーが中に入る。

 俯き加減に出てきたその顔には色がない。

「人形です」

 ヴァーニーの言葉がむなしく響く。

 ――よもや逃げられた、ということはないだろうな。

 ゴホン。咳払いの声。

「今から四時間ほど前にノーザン城主の娘メリッサ嬢が到着した。みなも囮の護送ではあったが、大儀であった」

 この建屋の管理者らしき人の言葉に一瞬頭が混乱する。

 まさか……二台とも囮だったのか。

「あの馬車にて護送されてきた」

 視線の先には入った時には置かれていた馬車。もう一台あった意味がはっきりと分かった。

 唖然とする顔、顔、顔。頭を抱える者、膝をつく者、腕を組む者、腕を広げる者。

 全員が知らなかった。

「ツー。団長に(はか)られたか」

 ヘンリーは天を仰いだ。

 ストーナー団長のにんまりとした顔が浮かぶ。

 敵を欺くにはまず味方からというが、まんまとしてやられた。

 任務全体としては成功裡での完了とはいえ、

 ――もっと部下を信用してくれよ。

 と、愚痴でも言いたい気持ちが残るではないか。作戦上言わないというのは理解できるが、あまりにも見事過ぎ、ぐうの音も出ない。


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