第二十八話 王都へ
秋の気配が深まる毬栗の林を抜けてヘンリーたち十人が北部方面基地に着いた。
「それは本当か」
司令官室の椅子に座るストーナーが立ち上がった。その前にヘンリーとスミスの二人がいる。副官は後ろの机に控えている。
「魔術師団の手柄を全て兵師団にするとは、監察は何をしているのだ」
団長は目を細めて怒り心頭のご様子だ。
「ふー、お前たちに言っても仕方がないことだな」
「王都へヘンリーとともに状況確認に行ってまいります」
「分かった。少し私の知っている王都のことを教えておこう。……その前に、今後の私のことだが、交代要員が来て引き継ぎが終わり次第、いまここにいる全員が最前線へ向かうことになる」
「最前線では、第二兵師団長より、敵の本拠地ノースシティを目指すのが王都からの命令だとお伺いしました」
スミスの言葉にストーナーが呆れた顔を返す。
「まさか……、それも初耳だ。私への王都からの命令は先ほど言った通り、交代要員が来ても、王都へ戻らず、最前線へ向かへという指示であった」
「最前線の魔術師団は、最前線陣地を放棄しても北西方面から間道を通って敵の本拠地ノースシティを目指すという提案をする予定です」
スミスは淡々と話す。
「今の状況を見ると、和議が最善なのだが……。ここを出る時、団長や指揮階層らには『元の領地の確保とチャンスがあれば北へそのまま突っ込め』と指示したのだけれど、今からでは時機が悪い」
ストーナーの腹を初めて知った。しかし第二兵師団長アストレイはじめ攻城派だった連中は、疲弊しあれ以上の侵攻には二の足を踏んだのだろう。一か月もの間、最前線でただ防御を固めていた。
「王都からの命令となるとなあ、期間の余裕があるなら、交代要員が来るのを待ってから動くのがよいのだが……冬、そう雪が来る前なら敵も北西へ向かうと読むかもしれん……となると北東からの方が、手薄だし油断もあるだろうな。いずれにしても私が向かう先はどうなっているかは不明だな。私が行くまで待ってくれていればよいが……、臨機応変にやるしかないか」
ストーナーは苦虫を噛み潰したような顔をして言い捨てた。そしてヘンリーを見て言い放つ。
「ヘンリー、真の最善手は何だと思う」
突然の質問はまるで怒っているかのように感じられた。相当苛立っているな、上手く答えねば、とヘンリーは頭をフル回転させた。和議、北西、北東へ向かうという手はストーナー自ら言っている、となると何だ? 相手が思わぬ攻撃。
「総攻撃」
頭に浮かんだ、それを口にした。
ストーナーはホーっという顔をした。
「面白い。近衛を王都に残し、イースト公国との東部戦線に通常戦力のみを配置し、ほか全ての師団をノース公国に向かわせるか……、いや東のイースト公国と休戦を申し込んでみるのもありか……」
ニヤリとしてヘンリーを見た。
まさか本当にやらないよな。でもストーナーの言った兵力で直ちに総攻撃を実現できればノース公国の首都を落とせる確率は高い。
「私にもっと力があればな」
ストーナーの口調は投げやり。今すぐの総攻撃の大号令ともなると師団長クラスでは難しいのか、根回しをしている間に機は逸する。即決するのは王でなければ無理な話なのかもしれない。ただこれでストーナーの怒りは収まった。
「王都に行くのに手ぶらではもったいない、恐竜を二頭ばかり連れていけ、あと私が監察に提出した戦況報告書の写しをさらに写させるからそれも持参しろ」
「ありがとうございます」
「それと、先ほど言いかけた王都の私が知っている件だが、王国議会では市民派とよばれている連中が勢力を伸ばしている。王国第二の都市ドンロジ出身の三人が中心の通称『ドンロジ派』という組織で中級層の商工業者が大勢属している」
王宮はノース公国とイースト公国の独立を許したことをきっかけに権力を弱め、議会制を導入せざるを得なくなった。
「最近では王命ですら独断で事をすすめづらくなっている」
そうか、なら先ほど提案した総攻撃の大号令も、王ですら即時実行はできないのかもしれない。
「軍における『ドンロジ派』の拠点が第二兵師団と第二支援師団と聞いている。魔術師団はいまだ市民派に取り込まれていない」
「貴重な情報をありがとうございます。持ち込み先は近衛魔術師団長といたします。一年で時代遅れになった気分ですね」
スミスの言葉に、ヘンリーは大人の世界の厄介さに暗鬱とした気持ちになった。
「まだ、『ドンロジ派』は穏健だからいいが、同じ市民派でもバンジャコ修道院を根城にしている『バンジャコ派』は危険だ。彼らは低階層の市民たちが中心となった過激派だからな、注意しろ」
団長の情報と戦況報告書の控を胸に、恐竜二頭と長のダーリーとともに王都へ向かうことになった。
「ダーリー、王都まで頼む」
「分かりました。道中恐竜には噛みつき防止の口輪を付けますから、何かあっても安全ですよ」
見ると恐竜の口には開けられないように革製のマスクのようなものがしっかりと装着されている。
「おお、あれはありがたい。あの大きな口を開けられるとゾッとするからな」
「骨組みは金属ですから外れることはありません」
なんでもノース公国で作ったものを、誰もいなくなった陣から持ってきたらしい。
早朝、いざ出発しようとすると、ストーナーが兵士と後ろに二台の馬車を伴ってやってきた。
「スミス、ヘンリー、王都に行くにあたり新たな任務を追加する」
にやりと笑うストーナーの顔付きに嫌な予感が頭をよぎる。
「王都までノーザン城主の娘メリッサの護送を北部方面基地最高司令官として命ずる」
まだ王都に送られていなかったのか、とヘンリーは思った。
「はい。承知いたしました」
最高司令官直々の命令では断るわけにはいかない。スミス共々畏まって拝命せざるを得ない。
――厄介な、どこまで顎ツン令嬢は俺に祟るのだ。
「二台馬車がある理由は分かるな」
堅牢な馬車が二台、それも全く同じ車体、引く馬四頭も全て明るい茶色から暗い茶色の鹿毛と呼ばれる系統を揃えてある。ここまで似せる理由は一つだけ。一台は囮ということだろう。
「襲われる可能性があるということですね。そのための予防措置、一台は偽装用ですね」
ヘンリーが答えた。
「そうだ。囮の一台はどのような状態になっているかは私も知らない。人形なのか、人が乗っているのかも全て担当に任せた。その人間は同行しない。出発準備が整った状態でここに運んでもらった」
一台をヘンリーたちが、もう一台をここに来た兵士たちが担当することになる。ということはどちらかが当たりを引くということか。
「第十兵師団騎兵第六分隊の四十四名が担当する。私は分隊長のヒュームだ。よろしく頼む」
肩章は少佐だ。
兵師団には一般兵のほかに騎兵隊が属している。一部隊七名×六隊+分隊長と副官からなる一分隊が四十四名でそれが六分隊、騎兵隊長と副官を含めて四十四名×六隊+二名の二百六十六名が一兵師団にいる。
「第二支援師団第四分隊の第五部隊長のバーグだ、第十兵師団に同行し馬車の令嬢を担当する」
「同じく第六部隊長のヴァーニーです。みなさん方と同行し馬車の令嬢を担当いたします」
バーグは中尉、ヴァーニーは少尉の肩章を付けている。スミスとヘンリーもそれぞれに名乗った。支援師団の各部隊には女性隊員が二名いた。それにヴァーニー第六部隊長も女性である。
ストーナーが補足する。
「馬車専用道路のあるフランドルまでは全員一緒に向かってくれ。第十兵師団組は馬車専用道路で王都へ向かうが、スミスとヘンリーたちは恐竜がいるから、一般道を通って王都を目指すのだな」
馬車専用道路は北部方面基地までは通っておらず、ここから専用道が開通しているフランドルまで馬車でほぼ一日かかる。その後、王都までは専用道を利用すれば普通二日で到着する。一般道を通れば三、四日かかる。今回は恐竜がいるためフランドルまで一日、その後は四日の全五日間の行程で進む予定を組んでいた。なお馬車専用道路は馬に乗ってさえいれば騎兵でも通行可能である。
「フランドルでどちらかの馬車を選ぶように。先触れは既に手配済みだ。馬車のご令嬢は王都に到着してからは支援師団に任せてくれて構わん」
「分かりました」
――当たりを引けば顎ツン付きとはな、どこかで厄を払いたい気分だ。
「ヘンリー何か言いたそうだな」
「いえ、大変名誉な役を仰せつかり、光栄でございます」
「そうかあ、面倒な役を押し付けられ、大変迷惑をこうむっている、と顔にかいてあるぞ」
「生まれつきの顔が、忙しくて手入れできないだけです」
しばらく髭も当たっていないのは事実だ。
「では任せたぞ」
「はい」
ストーナーは、中央を離れて、すっとヒュームのそばに寄り、耳打ちした。小さくヒュームがうなずく。
「出発」
ヒュームの号令により、先頭は騎兵隊、二台の馬車を囲むように支援師団、最後は魔術師団の十名の間に恐竜をはさみ長のダーリーが恐竜の前、後ろはヘンリーを配置し進み始めた。




