第二十七話 高名盗み
朝食後、第二魔術師団で作戦会議が行われるからと参加を求められた。
「最高司令官から伝えられた通り、この軍は敵の中枢を目指すことになった。午後から師団レベルの作戦会議を行う。魔術師団から、私と副官が参加する。ついては広くアイデアを募集したい」
発言したのは第二魔術師団長代行の第一分隊長。ここに集まったのは分隊長四人とその副官四人、配下の部隊長が各六人、内ザイアン第一部隊長は戦列を離れたので除き、スミスら三人を含めて計三十四人である。この大人数では意見がまとまり難いのでは? そんな疑問をヘンリーは持った。
「司令官殿は本気で敵の都、ノースシティを目指すつもりなのですか?」
問いかけた第六分隊長のバイロンの口調には不審の色がある。
「そうだよな、目指すなら一気呵成にノースシティに進軍していたはずだ。要塞都市として有名な敵の城塞の目の前なんかに陣を張り駐留するなんてありえない。今からでは、どうみてもタイミングを逸している」
第一分隊長もヘンリーと同じ考えをしていたようだ。
「そうだ、ここに布陣して一か月以上が経つ。この地も結構壁を強化して城壁と言ってよい構造となっている。つまり北部方面基地をここに移動したようなもの。ここで敵と和議するつもりだったのではないか」
「現在攻略した領土は元々我が王国のもの、それを返してもらって、ノース公国との国鏡を定める交渉をするはずだと思っていたのだが」
第二、第五分隊長の発言を聞いて、ヘンリーも各分隊長の言う通りだ、同じ思いだと安堵した。
「そうは言うな。もう決まったことだ。上からの命令じゃ仕方がない」
ヘンリーは考えた。もし自分ならどうするか?
今までの城を攻略したやり方は規模が違い過ぎて有効でないことは明らかだった。
正攻法ではこの要塞城は抜けない。夜襲でも迎撃されるだけだろう。ここに固執しない方がよい。ない物ねだりだが、もし交代要員の三万人がこの地に来れば、今ここにいる全隊員が交代のため退くと見せかけ遠くから敵の本拠地を目指せばどうだろうか?
二万人弱では少なすぎるかもしれない。なら、交代要員の三万人が向かえば勝機はあるか?
それでも無理かもしれない。いずれにしても交代要員がここに来るという条件が付く。もし来ないとなると奇策しかない。
いかんせん、敵地に侵攻するには兵力が少なすぎる、点と線、いや点だけの攻略になりかねん。ノース公国の公主の首を挙げただけで済む話ではなかろう。敵兵全てが降伏するわけではあるまい。民もついてくるかどうかは不明だ。孤立無援になりかねん。
ヘンリーの思考が行き詰まった。視線を彷徨わせているとバイロンと目が合った。
バイロンが咳払いをして口を開く。
「戦うなら、この地を放棄して一旦退くふりをしてから北西を目指し、間道を通って国境を越えノースシティを目指すべきではないでしょうか。ただ……」
一旦言葉を切って、
「時機を図る必要があるかと思うが」
と提案した。
「北東方面からだとイースト公国領に接し過ぎるから難しいか」
第一分隊長が思案顔をした。
「ノース公国とイースト公国の間には協定がありますからね。我が軍が国境沿いを通過すると襲ってくる可能性もないとは言えません」
バイロンがもっともなことを言う。
「遠回りしないで、となると」
第二分隊長が口をはさむ。
「この要塞城を落とすには無理があるな。それにこの案はまたスルー派と攻城派に袂を分けたあの時と同じにならないか」
第一分隊長が疑問を呈す。
「情報によりますと敵兵力は約二万、ここの二万弱の兵力では足りません」
第一分隊長の副官が答えた。
「攻撃三倍の法則はこの要塞城については、五倍でもいいくらいだからな」
第二分隊長のこの発言に第五分隊長も頷いた。城攻めの場合、最低でも兵力は守備側の三倍が必要というのが『攻撃三倍の法則』であり、兵法の常識とされている。
「調略はどうなのだ」
第五分隊長はそう言うと続けて、要塞城の誰かを寝返りさせられないのか、仲たがいさせる離間の計は、王国に有利な条件で迎えいれる内応策は、ノース公国は恐竜がいないと負けるという流言は、と立て続けに第一分隊長に質問を浴びせた。
「調略は支援師団が中心となって行っているが、今のところ効果はないとのことだ」
「どんな調略を行っているのだ?」
「それは明らかにはできない。極秘作戦だ」
調略は漏れたらそれでおしまいだ。
「そうだったな。すまん、焦っていたようだ、忘れてくれ。支援師団の調略は当てにしない方がいいな」
第五分隊長がすぐに反省したのか、おとなしくなった。
そう言えばノーザン城での偽旗作戦により囚われた中に第五分隊長がいた。周りは仕方がないと割り切っても本人は忸怩たる思いがあるのだろう、逸る気持ちも分からなくもない。
行き詰まった雰囲気が漂いだした。
「バイロンの案でいいのでは」
第二分隊長が静かに言った。
「同感だな。和議がダメ、この要塞城攻略も無理、調略も期待できないなら、それしかないのでは」
分隊長たちはバイロンの案に乗るようだ。
「部隊長たちからは何か案はないか?」
第一分隊長がぐるりと見渡すが、誰も発言しない。ヘンリーも手詰まり感のある案しか持っていない。
「よし、魔術師団としは第六分隊長のバイロンの案としよう」
「異議なし」
あちこちから賛同の声が発せられた。
大人数でも話すのは基本、分隊長のみで、部隊長は参加することに意義があり、場の決定内容がどのように決められたのかを肌で感じることが重要なようだ。
落ち着いた頃合いにスミス大尉が声を張った。
「団長代行に申し上げます」
「客分のスミス大尉か。まだいてくれて助かっている」
第一分隊長は社交辞令ができる方のようだ。スミスを配慮してくれている。
「先般の戦いで恐竜を解き放ち敵をパニックに陥れ、かつ五十頭を自陣に連れてきたのは我々魔術師団です」
「その通りだ。特にスミス大尉たちと第六分隊の活躍があったと聞いている」
「それ以外に東門で五頭の恐竜を倒したのも我々です」
「うむ。ヘンリー隊長率いる第六部隊と聞いているが」
「昨日王都から来た使者に会いました。使者が言うには、夜襲で敵を討ち取り、恐竜を五十頭倒し、残りの五十頭を生け捕りにした成果には魔術師団のかかわりが全くと言っていいほどなく抜け落ちています。全て兵師団の活躍によって成し得たとなっているのです」
会議室が騒然としだした。
「聞いていない」
「あの戦いの大勝利は魔術師団がいてからのこそだぞ。作戦だってこちらが立て、向こうには手伝ってもらっただけだ」
「そうだ、東側から注意をそらすため西側の壁に夜襲をかけたのは魔術師団、兵師団にいたっては、最初は眺めるだけだったのだ」
「さらに北に向かい逃げる敵を討ち取ったのは我々だぞ。後から、門の前で出てくる敵を弓矢で門内に戻していただけの兵師団とはレベルが違うぞ」
「領地を回復しに行く先々の城門を開け、味方を引き入れたのは我々魔術師団だ」
魔術師団の連中は王都が認識している手柄の内容を全く知らなかったようだ。次々と不平不満の発言が渦巻く。
「一度王都に戻って確認してまいります」
スミスの発言に、第一分隊長が答えた。
「分かった、一旦北部方面基地に寄ってストーナー団長に確認してからにして欲しい」
「はっ、承知いたしました」
「当方の第六部隊も同行させたほうがよいと思います。実際に案を出して動いたのは彼らです」
バイロンが追加で提案した。
「そうだな、実行部隊が行けばなお説得力がある」
第一分隊長が了解した。
こうしてスミスと部下の三人、第六分隊第六部隊のヘンリー以下隊員の合計十名が戦列を離れ、北部方面基地を経由して王都を目指すことになった。
「他人の高名盗みし輩がトップの周辺に蔓延っているとは、情けない話だよな」
スミスがヘンリーにだけ聞こえるように愚痴をこぼす。
ヘンリーはやさぐれた笑みを浮かべるしかなかった。




