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第二十五話 天晴れ(あっぱれ)とは

 朝は、各自野戦糧食(保存食)で腹を満たした。まだ、調理員による食事の提供業務は回復していない。

 テントを出て、外の空気に当たる。薬臭さがまだ鼻に付く。

 味方部隊が戻ってくる。夜襲を警戒していた兵士たちだ。城は昨日制圧したばかり、十分な見分を終えない限り中で全員が入って休むわけにはいかない。さらに落ちのびた敵の兵士たちが、歯向かってくることも考えての対応だったのだろう。

 戻ってくる兵士の格好を見ると戦闘はなかったようだ。ヘンリーたち以外にも夜通し活動していた部隊がいたのだと思うと、お互いよくやったと褒めたいものだ。

 向こう()にはまだ顎ツンご令嬢が存命、旗頭になり()る。スミス(大尉)の情報によれば、令嬢は火の魔法が得意らしい。ほかに魔法の使える人間が七名逃げており、多分一般兵士を含めて一緒に行動しているのではないか、ということだった。

 落ち延びた先で呪詛(じゅそ)でもしているなら無駄なこと、いくら祭壇を作って呪の魔術を唱えても、まやかしの類、効果はない。呪・祟りの魔法は存在しないことは明らかになっている。虚に(うつつ)を抜かすことを考えず、次に戦うときは姑息(一時しのぎ)で卑怯な真似はやめて、挑んで欲しい。さすれば、こちらが敗けようと天晴れと言おう。

 ギシッ。

 身体を動かした拍子に簡易椅子が鳴った。

 ミリンダ(支援師団の女性)を連れたフィン(新兵の伍長)が笑い合いながらやってくる。二人の姿を見ればここが戦地だと忘れてしまいそうになる。

 そんな場違い感が漂ったのであろうか、

「イチャイチャしているんじゃねえよ」

 と、戻ってくる兵士がいちゃもんをつけた。制服から魔術師団、そばにいるのは肉体派のザイアン第一部隊長。同じ分隊じゃないか。全く面倒くさい。多分彼らは自分たちだけが夜を徹して働いたのだと思っているのだろう。ミリンダを含めて第六部隊全員も夜なべで頑張っていたのを知らないのに違いない。上役としての出番だな、ザイアンも同じ隊長として理解して諫めてくれればいいが、腕っぷしだけの男だと厄介だ。

 ヘンリーは立ち上がって、ザイアンの方へ向かおうとした。

 おかしい、ザイアンの挙動が不審だ。目が泳いでいないか。それに突っかかって来た奴の顔も見たことがない。

 チリチリ。

 殺気が迸っている。ヘンリーは急いで魔力壁を構築する。

 油断した。防御服を着ていない。ミリンダもフィンも同様だ。

「こちとら夜通し警戒していたのに何だ、お前たち」

 まだくだらない芝居(三文芝居)を続けている。注意をそらそうと言うのだろうか。

「ファイアービーム」

 甲高い女性の声の呪文と共に炎がヘンリー目がけて一直線に襲ってくる。強い勢いで魔力壁にぶつかる。炎が拡散していく、滅多にお目にかからないほどの威力に闘志が湧く。大丈夫だ、防いでくれている。

「敵襲、敵襲」

 大声を出す。

「「「ファイアービーム」」」

 低い声と共に幾筋もの炎が向かってくる。これは堪らん。ヘンリーは横っ飛びに避ける。炎が追っかけてくる。ここは広場、隠れるところは後ろのテントだけ。魔力壁の威力を高めながら敵の一団を探る。六人が赤い光を纏いながら炎を放出している。ほかに三十人ほどがその魔術師たちを守るかのような態勢を敷いた。弓を構え、矢を(つが)えようとしている。矢が飛んでくると厄介だ。魔力壁を右手で保持しながら左で土壁を急いで構築する。こういう時両手が使えるのは有利だ。

「ウォーター」「ブリーズ」

 右後方から呪文が聞こえる。部下たちだ。麻痺の魔術で援護してくれている。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン。

 矢が飛んでくるが、土壁に向かっていないようだ。

 カンカンカンカン。

 右後方の部下たちを狙ったか。彼らは自分の弱点を知っている。盾を備えている。

 ――このままじゃ、終われない。くそったれ、目にもの見せてやる。

 土壁に丸い(あな)穿()ける。魔法発動孔だ。

 ヘンリーも魔力を高め、麻痺の魔術を何時でも発動できるようにした。

 折角開けた魔法発動孔から炎が溢れてくる。

 ――くそ、察知したか、これじゃ狙えない。どうする。

 麻痺の魔術の発動を停止する。

 ――そうだ、隠密の魔術だ。

 三十名の広範囲を一挙にとなると、ヘンリー一人で麻痺や雷の魔術では難しいものがある。部下たちと協力すれば何とかなるはず。隠密の魔術は目が利かなくなるから先ずは周りを十分確認し位置関係の把握だ。敵はヘンリーのいた土壁目がけて炎の魔術を放っている。弓矢は部下たちを狙っている。ボビー(准尉・一番上)たちも盾の外にはなかなか出らないようだ。土壁がもう一つ見える。ミリンダとフィンのいた位置の方向だ。フィンには元々水と土に適性がある。距離を取って作ったのに違いない。

 敵は何人かが倒れている。先ほどの麻痺の魔術が効いたようだ。まだおよそ三十人が魔法と弓矢で攻撃している。ザイアン第一部隊長の姿は見えない。

 周りから人が集まってきている。何事が起きたのか、と思っているだろう。着衣は両方味方の軍服、迂闊に手は出せない。

 隠密の魔術の呪文を発し姿を消す。土壁の端からそっと出て部下たちを目指す。部下たちのそば、矢の来ない位置から土壁を作って部下たちまでを覆う。姿を現す。

「隊長」

 ボビー(准尉・一番上)が声をかけてくる。

「この地点と敵との間の右側に五枚土壁を作る。そこまで隠密の魔術で分かれて進め」

「はい」

「俺はそのさらに右に向かい麻痺の魔術を呪文『ウォーター』で放つ。その呪文が聞こえたか、放水が敵に掛かったのが分かったらお前たちも放て」

 ヘンリーは両手から魔力を放てるので隠密と麻痺の魔術を同時に発動可能だが、部下たちは隠密の魔術と麻痺の魔術を同時にはできない。隠密の魔術を解いた途端、敵が気付いて攻撃される可能性がある。そこで土壁の出番だった。

「分かりました」

 ヘンリーは再度姿を消す。そっと土壁から出る。

 前方右側に向かい五枚続けて土壁を作る。

 幸い敵は、ばらけてはいない。

 麻痺のイメージを膨らませる。

「ウォーター」

 水の偽装呪文を発し、敵に狙いを定めて銅の魔力を放った。

 くらえ! とばかり威力を高める。

 ブワワワワァー。

 勢いのある放水が三十数名を襲う。顔を拭っている。

「ウォーター」「ブリーズ」さらに部下たちから麻痺の魔術が放たれた。バタバタと全員が倒れてゆく。

 ――よし、うまくいった。ここで命まで取るつもりはない。

 ヘンリーは土壁へ戻り、姿を現し、また土壁から出た。

 大声を張る。

「今、敵襲があった」

 遠巻きの兵士たちに緊張が走る。

「全員始末済だ。私は魔術師団第六分隊ヘンリー・ハロード第六部隊長である」

「われわれは第六部隊である」

 ボビー(准尉・一番上)も大声をあげた。

 倒れた兵士たちのもとへ行く。

「拘束しろ」

 周りの兵士たちも協力しだした。

「あっ」「キャッ」

 フィンとミリンダの声。

「ザイアン第一部隊長です。血です。剣で刺されています」

 少し離れた位置に兵士が倒れている。ザイアンだったか。

「治療のできる人を呼べ」

「はい」

 ミリンダとフィンが走り去る。

 他の者からは血は流れていない。倒れたままで、起き上がって戦おうとする者はいなかった。

 すぐに赤十字の腕章をした回復魔術師がやってきて、ザイアンを診る。金の光が舞った。

 何とか治ってほしいとヘンリーは願った。


 ザイアンは一命を取りとめた。頑強な肉体がその命を救ったと治療を行った魔術師は語った。

 敵は三十五名、うち六名は魔術師、他は一般兵士であった。外側にいた一般兵は重症、内側の魔術師は比較的軽傷だった。兵士たちは身をもって魔術師、(いな)その中にいた特徴のある甲高い声の持ち主、顎ツン令嬢を守ったのだ。

 敵兵ながら、天晴れである。

 夕刻、ザイアン(第一部隊長)を見舞うと、彼に泣かれた。

「部下を()()、奴らに()られた」

 ヘンリーはかける言葉を失っている。姿の見えなかった第一部隊員を懸命に探し、遺体となった()()を運んだのはヘンリーたちだ。酷な知らせを伝える役もあったのだ。

「つらいよな、部下はかけがえのない仲間だ」

 言葉を出すと何故かヘンリーの目頭が熱くなった。一緒に泣きそうになるのを堪えた。

「ヘンリー、奴らはお前を探していた。父親の(かたき)、絶対討ってやる、そう言っていた。そしてお前のいるところへ連れて行け、と」

 そして謝った。

「申し訳ない。そうすれば残り三人の部下は助けると言われた。冷静になれば分かるよな、三人も助かるはずはないと」

 その通りになっていたことを伝えた。敵は、何人かが残っていたのだ。多分不成功に終わった場合に知らせるところがあったのだろう。時間が来ても戻らないので殺して逃げたと思われる。

「分かった」

 ポツリと言ってまた涙を落とした。

 ベッドのパイプがやけに冷たく見えた。


 夕飯後、ミリンダとフィン(新兵の伍長)、そしてエズラ(軍曹・四番)が訪ねて来た。

「これをお受け取り下さい」

 誓紙を三人に入れられた、昨日教えた『銅魔力籠温水』『八回転停止逆一回転』は許可なく伝授しない旨誓ったものだった。

「そのうち、『銅魔力籠温水』をものにします」

 と三人は意気盛んに話した。

「本当は午前中にこれをお渡しするつもりでした」

 それで朝、ミリンダとフィンが一緒だったのだ。

 あの時、二人がいちゃつかなくても、敵は何らかの気を逸らすようなことをして襲ってきたのだろう。結果は変わらない。

 この誓紙を知ったのか、ほかの部下たちも麻痺の魔術、隠密の魔術の誓紙を持ってきた。その席には二回目となるエズラもフィンもいた。

 秘匿するつもりはなかったが、無下(むげ)に断るのも有難くいただくのもおかしな感じがして二回とも「お前たちの崇高な精神を尊重する」と厳かに言い、「後日、王都に戻った際に正式に術の錬度を見たうえで認可証を与えよう」と続けた後に受取った。みんなは満足したような顔付きをした。


 顎ツン令嬢がどのように扱われるのかは、ヘンリーは知らない。

 ヘンリーに甲高い声でファイアービームを最初に放ったのは、かの城主のご令嬢であった。捕らえた魔術師六人の内、令嬢以外は男性。最初の一撃はとても威力があり、高い能力者であることが(うかが)える。

 ――ご令嬢、貴女(あなた)には天晴れという言葉は掛けられない。(すく)ない兵で奇襲を試みるのはいいが、第一部隊への仕打ちをみれば、やり方に暗さが伴う。もし、ファイアービーム一発で俺を倒せて、どさくさに紛れて逃げおおせると思っていたのであれば、それは甘い考えではないか。あなた方は偽装もできていたし、俺の油断もつけた、にもかかわらず結果は全員拘束。相手を知らずに立てた計画は無謀としか言いようがない。仇討ちという美名に酔い俺を殺すことだけを念じ、部下のことを考えずに、今日の作戦を決行したのであれば、大バカ者である。俺一人を殺しただけでは城は戻ってこない、そこに大義はない、小義にすらならない私怨だ。

 ――主の我が儘(わがまま)のために身命を賭(しんみょうをと)して戻れぬ世界へ()く者たちをせめて残りし方は後々(のちのち)供養してもらいたい。多分城主の娘の貴女(あなた)を除いて厳しい処分が下るはず。

 ――ますます俺への恨みを募らせているであろうが……貴女(あなた)には、次はもうない。

 ヘンリーは荒んだ心を持て余していた。苛立ちを胸の内で敵の顎ツン令嬢にぶつけて(まぎ)らわせている。


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