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第二十四話 シルエット

 解毒剤の入った薬品瓶(容量一リットル)が二十本になり、冷めたものをみんなで一度救護指令所へ運んだ。衛生班のミリンダが対応してくれる係まで案内してくれる。

「ありがとうございます。ただまだ苦しんでいる兵が大勢います」

 優し気な担当官の感謝の言葉は心がこもっていた。指令所のそばは野戦病院化しまだ大勢が野外で寝込んでいる。呻き声が痛々しい。

「当方からのドクダミを使わず、自ら薬草を採集して頂き、本当にありがとうございます。出来上がった解毒剤はすぐに使うので、向こうで作業している配布係のあの男にお渡しください」

 丁寧なもの言いに好感がもてた。指示された男に薬品瓶を渡した後、いったん自分たちのテントに行き回復薬を調達し、また錬金釜の前に急いで戻って来た。

 三人の顔付きが厳しいものになっていた。助けたい、治したい、楽にしてあげたいという気持ちが溢れている。ヘンリーも何とかしてやりたい、自分にできることをしようと三人に向かった。

「気は()いでいるのは分かる。落ち着こう。そしてより良いものを作ろう。俺たち銅、錬金の魔法使いの誇りをかけて」

 三人は再び作業に集中しだした。ただ、『銅魔力籠温水』の習得の難易度は高く、三人ともできていない。エズラとフィンは銅の魔力は少し籠るものの水のまま、ミリンダは温水になるも銅の魔力がほとんど籠らない。それに比べると『八回転停止逆一回転』は容易ではないかと考えていた。

 薬草の煮出した一種独特の古びた匂いがする。

「どうでしょうか」

 エズラがコツを掴みだしたのか品質が良くなっている。

「よし、いいものができているぞ」

 薬品瓶をフィンとミリンダにもかざす。

 それを見たフィンが次には、澄んだ琥珀色した薬品瓶を手にして「八回転後の停止が重要だ」と満足げな顔をした。

 ヘンリーはフィンの作った解毒剤が良いものだと確認し、ミリンダに視線を飛ばす。

「フィンが錬金釜に薬草を入れ、魔法で水を注ぎ、錬金棒でかき混ぜ仕上げるまでの一連の流れをよく観察しろ」

 と指示を出した。エズラよりフィンの方が今のミリンダには刺激になるだろうと判断したからだ。

 ミリンダは真剣な表情でフィンの一挙手一投足を見詰める。フィンも軽口を抑え、真摯な表情で取り組んでいる。

「出来上がりもよく見ろよ」

「はい」

 今回もフィンは色が濃いのに濁りのない、見た目からも効能が疑いのない物を作りだした。

「頑張ります」

 瞳に鋭い光が宿った。

 フィンの錬金作業を見てから、ミリンダの品質も上がりはじめた。相乗効果だろうか。そう言えば研究科の心理学の授業で、自分はできるのだという『己を信じ達成できる力』を生み出す方法の一つに、他の誰かが達成したことを観察することによる代理体験があると聞いたことがある。例えば鉄棒で遊んだ経験が誰もがあるはず。子供に逆上がりをしてみせると、一人が出来、そうすると出来る子が後から何人も続く。運動競技でも高さや長さの壁、速さの秒の壁が存在した場合、一人がその壁を突破すれば、後続が多数現れる。それと同じ現象がエズラを見たフィンに起き、フィンを見たミリンダに起きたのかもしれない。

「ありがとうございます。ヘンリー隊長の指導のおかげで今までできなかったことが可能になりました」

 ミリンダに泣きながら喜ばれた。

「ちょっと待てよ、俺だって今日初めてできたんだぜ、先にお礼を言わせてくれ」

 フィンが言うと、

「俺だって同じだ」

 とエズラも笑顔だ。

「隊長、ありがとうございます」

 エズラとフィンが深々と頭を下げる。

 千人分、作業はまだまだ続く。

 エズラとフィンへはミリンダに見られないようにして時たま魔力を移譲した。ミリンダとは今日会ったばかり、魔力の移譲は信頼関係が十分に築けていないと無理なのでダメだろう。その代わりに姿勢と呼吸法のサポートをする。(まれ)に濁っていたり薄かったりした解毒剤にはヘンリーが錬金棒で効能を高めながらどんどん作った。

「お師匠様」

 ミリンダがいつの間にかヘンリーをそう呼んでいた。

「一本いかがですか」

 腰に手をあて、回復薬を飲みながら勧めてくる。ガニ股で腰を落とした姿勢は錬金婆さん風で、ちょっと若い娘には酷かもしれないが、その分魔力が錬金棒に乗り、いいものが作れる。

「俺は要らん。フィンにやれ」

 ちょうどフィンの魔力が薄くなってきていた。エズラはと見ると、問題ない濃さをしていた。

 ミリンダは、どう? とフィンの前に出す。

「おー、ありがとう」

 フィンが受取り、一気に飲む。錬金棒に伝わる魔力の濃さが強くなる。

 出入り口から大きな影が差してきた。

「隊長手伝います」

 様子を見に来た部下たちが申し出てくれた。有難い。三人のペースが少し上がり、補助が欲しいと思っていた。

「助かる。出来上がった解毒剤を瓶詰めしてくれ」

「「「「承知しました」」」」

 ボビー(准尉・一番上)をはじめ四人は元気だ。

 エズラ、フィン、ミリンダは銅の魔力操作と錬金棒の扱いにますます慣れてくる。部下たちの手伝いの手際がよくなり、薬草を種類別に(ざる)に分けて配れるまでになった。

「よし完成だ、火を止めろ」

「はい」

 三人が錬金釜の火を止める。

「蓋をして瓶詰めしろ」

「分かりました」

 夕飯前に、千人分が完成した。

 見計らったようにプランター(支援師団第六分隊長)女史が急いできたのかほつれ毛を汗に貼り付かせてやってきた。

「すごいです。皆さんの作った解毒剤の効き目がとても素晴らしいです」

 興奮している。

「それは良かった」

 ヘンリーも(作・つく)り甲斐があったというものだ。

「お願いします。もっと作ってもらえませんでしょうか」

 肯定の返事しか考えていない。錬金釜がもう一台後ろに控えている。プランターをできる女史と踏んだヘンリーが浅はかだった。単なる厚かましいおばさんではないか。

 錬金釜四台で四人が調剤、部下の四人が補助、都合八人で夕飯もそこそこに身体を動かす。

 三人は回復薬をたらふく飲みながら頑張っている。ヘンリーは汗が流れるものの普通の飲料で十分、魔力を回復する薬の世話になる必要を感じない。

「お腹がポンポコポンです」

 若い娘らしからぬ発言。

「出ているのは、日ごろの運動不足のせいだろう」

 フィンが混ぜっ返す。みんなの視線がミリンダの複雑な場所を目指す。下っ腹が出ている? 微妙? いやそんなことはない、すっきりしている方だ。

 ミリンダが、頬を赤らめて言い返す。

「違いますー」

 たわいもない会話がほんのひと時、柔らかな空気を生み出す。男子ばかりの長い生活に突然現れたうら若さの残る乙女にみんなが癒されている。

「フゥフフフフッフッフ、フゥフフフフー」

 陽気に鼻歌交じりで作業を進められるほどミリンダに余裕ができている。

 はたと、この明るさがヘンリーの部隊を救っているのではないかと気づいた。

 今朝の後味の悪い戦い、部下たちも気が滅入っているのだろう。さらした首を見たはずの顎をツンと上に向けたご令嬢の恨みを買ったはず。

 人として(のり)をこえてはいないか、いくら戦とはいえ憂鬱にならざるを得ない気持ちを、部下たちは身体を無理やり動かして考える(いとま)を与えないかのように見える。そんな彼らをほのぼのとさせてくれる童謡のメロディだった。

 ヘンリーは爽やかな風を(あた)りに吹かせた。ミリンダの鼻歌とこの風が一服の清涼剤になればいいと思いながら。

 手は動かし続ける。

 急いできたのかドタバタと入ってくる人がいた。

「ドクダミがなくなりました。毒に冒されてまだ苦しんでいる兵士がたくさんいます」

 救護指令所から薬草を分けて欲しいと先ほどの優し気な担当官が今にも泣きそうな顔で頼んできた。こちらに異存はない。

 大量に採って来たはずの薬草も分け与え、残りが半分を切りだいぶ少なくなってきた。

 解毒剤を四人で調合し、()めたものから部下たちの手で運ばれてゆく。薬草を使い切った時、その数は……二百本を超えてからは数えていない、その倍はゆうに作ったような気がする。

 結局夜中過ぎまで精を出すことになった。

 ようやく終わった、それにしても眠い。午前中は最悪だったが最後は心地よい疲れと共に寝つけそうな、そんな長い一日だった。そう言えば昨日の今ごろ起きてこの名城を目指した。ということは二十四時間ぶっ通しで働き詰めだったのか。道理で疲れて眠いわけだ。魔力は枯渇することはなかったが、体力増強のために回復薬を飲んでおくべきだったかもしれない。

 最後の薬品瓶を運んだ部下たちが二人の分隊長を連れて戻って来た。

「本当にありがとうございました」

 プランター女史に恩を売った。後ろで満足げにうなずいているバイロン(第六分隊長)分隊長、貴方(あなた)は何なんだ。

 フィンとミリンダ、それに師団は違えども共に第六分隊長のバイロンとプランター女史、ヘンリーの周りは恋の花盛りなのだろうか。

 疲れた足でテントに戻り毛布にくるまった。

 ふっと影絵のようなルナ(婚約者)のシルエットが浮かんだ。会ったこともないのに。


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