第二十三話 薬効
「よし、三人でやってみろ、自信を持て、俺がサポートする」
エズラ、フィン、ミリンダの三人が言われた通り薬草を錬金釜に投入する。三人が錬金釜の前に立つ。
「先ずは水の魔法から始め、銅の魔力を込めながら温かくなれと祈りながら注げ」
エズラは自然体、表情も変わらない。フィンとミリンダは必死な面持ち。
「心配するな、俺が問題なく高品質な解毒剤をお前たちに作らせる」
フィンは完全に安心した笑顔を、ミリンダは不安がまだ拭えないようだ。
三人とも詠唱後、水の魔力を高めながら「ホット・ウォーター」と呪文を発し錬金釜に水を注ぐ。エズラから淡いながら銅の光が注がれた。フィンはエズラより薄いが銅の光が見える、やはりフィンには銅の適性が芽生えている。ミリンダはというと水色の淡い光だけで銅色は纏っていない。
エズラの釜を覗く。湯気がないまったくの水だが、淡い銅の光がまだ残っている。よしこのまま火を点ければ効果があるはず。
「錬金釜に火を入れて、銅の魔力を込めてかき混ぜろ」
「はい」
次にフィンの釜だ。水で、かつ光が弱い。このまま火を点けても水に込められた効果は薄いかもしれん。最初だ、失敗してもいい。
「よし、火を点けろ、今の分量が二の目盛りになるまで錬金棒を回せ、傷んだ兵士を思い出せ、絶対に自分が治してみせると信じて魔力を込めろ」
ミリンダの釜の中はほんのり湯気があるが銅の魔力は感じられない。ダメでもいい、最後に帳尻を合わせられればとヘンリーはダメ出しをせず、「よしいいぞ、お湯になっている。火を点けて錬金棒に自分の銅の魔力をこれでもかと込めてかき混ぜろ。兵士たちのつらい表情を思い出せ、ミリンダなら絶対に治してあげられる」と励ます。
錬金棒を回す三人から銅色の淡い光がこぼれ出す。エズラは申し分のない濃さを誇っている。フィンはエズラより薄く、このままでは普通並みに作れそうかどうか怪しい。ミリンダはというと濃度はフィンより劣り、かつ淡い光が錬金棒に向かわず周りに拡散している。これでは薬効が低いのも納得だ。
錬金釜から湯気が立ち昇ってきた。肝心の中身はどうだろうかと最初にエズラの釜の中を覗く。順調にいっている、濁りがあまりない。
「よしいいぞ、このまま続ければ薬効が十分だ。傷んだ兵を思い出し銅の魔力を込めろ」
「はい」
エズラの纏う光がますます濃くなる。この調子で行けば問題なさそうだ。
次はフィンだ。釜の中はエズラに比べると薄い色、薬草から成分がうまく出ていない、思ったような効能が期待できない。
「フィン頑張れ、苦しんでいる兵士がいる。お前が助けるんだ」
そっとフィンの左腕に手を触れる。ハッとするフィン。「手のひら」小声で指示する。右手だけで錬金棒を回し始める。ヘンリーはフィンの左手の平に右手を合わせ、銅の魔力を注ぐ。フィンの纏う光が一瞬で濃くなる。十秒ほどそのまま、そして手を離す。
「フィン今の感覚を忘れるな」
「はい」
フィンの右手から錬金棒に伝わる光が濃いままだ。初めてにしては錬金釜との位置取りと錬金棒を回すセンスがとてもいい。……似ている? 隣のエズラと見比べる。そうか先輩を参考にして自分なりに腰の決まる位置を見つけたか。それにフィンは手が長い、錬金棒が扱いやすそうだ。
「よし、いいぞ。いい状態が保たれているぞ。フィンは筋がいい」
「押忍」
ミリンダの錬金釜を覗いてみる。色が不純だ、まだまだだな、レベル以下の解毒剤しかできない。視線を移すと、錬金釜にすーっと幾分前屈みに立つミリンダの姿勢が気になった。
「ミリンダ、もっと腰を落とせ」
腰が決まらず、魔力が拡散し十分に錬金棒に伝わっていない。これでは疲れるだけだ。
「はい、でもやり方がよく分かりません」
仕方がない、基本からだ。ミリンダの横に並ぶ。
「足を開いてガニ股の姿勢だ。恥ずかしがるな。今も苦しんでいる兵士がいることを忘れるな」
「はい」
「そのまま腰を少し落とす。最初は利き足を後ろにしてもいい」
ミリンダは何とか落ち着く姿勢を見つけようとしている。
「膝を少し折れ、そして息を鼻から吸って口から細く吐け」
ミリンダがその通りする。吐いている途中で腰が決まり出す。
「その位置をキープしろ」
ミリンダが気張る。
「肩の力を抜け。そしてゆっくりと鼻から吸って」
目を瞑っている。
「口からゆっくりと細く吐け」
ミリンダの淡い光が濃くなる。
「よしいいぞ、その調子だ。錬金棒をかき混ぜろ」
「はい」
ミリンダの姿勢と呼吸を矯正するだけで最初とは雲泥の差が表れている。淡い光の拡散が収まり、集束し色合いの濃くなった魔力がそのまま錬金棒へと伝わっているのが分かる。しばらくこの状態が続けば……よしいけるかもしれない。
「できました」
エズラから続いてフィンからも完成した旨の声が上がる。
「エズラ、フィン、今確認する、しばらく待て」
「「はい」」
丁度ミリンダの釜も目盛りが二になった。
「よし完成だ、火を止めろ」
「分かりました」
ミリンダが応えて錬金釜の火を止める。
ヘンリーは四本目の錬金棒を手にしてミリンダの釜の中に入れる。ミリンダが一瞬驚いて顔を上げるが、それをうなずきで返し、
「これでも十分だがさらに効能を高める」
銅の魔力を込めて錬金棒をかき混ぜる。あっという間に濃くなってゆく。これで効能は大丈夫、高い薬効を示せるはずだ。
「蓋をして瓶詰めしろ」
「はい」
エズラの釜を見る。申し分がない状態に見える。
「よし、エズラ、たいしたものだ。フィン、ミリンダ見てみろ」
二人が覗き込む。
「分かったか、これを目指すんだ」
「「「承知しました」」
「蓋をして瓶詰めしろ」
「ありがとうございます」
フィンの釜を見る。普通レベルの薬効のように見える。
「少し足りないな。ミリンダどう見る」
「最初の私の、隊長が手を入れる前よりちょっと良いようです」
「そうだ」
ヘンリーはミリンダのときと同じように手を入れた。
「これでいい、蓋をして瓶詰めしろ」
次からも同じように繰り返す。
三人へ魔力を効果的に錬金棒へ伝えるコツと出来上がる薬剤の効能が上がる方法を教える。
「錬金棒は利き手、みんな右利きだな、なら右手で真ん中を持ち、反対の左手で上部を抑えろ。左手は握らず添える感じで湯気を感じつつ下にした右手に魔力を込めながら右にゆっくり回せ。八回、回して止めろ、そして逆に一回、回せ。こうすればよく混ざり効能が上がる。それを繰り返せ」
銅を含めて希少魔法は今でこそ学院で教師に教わるが、昔は師匠に弟子入りしないと教えてもらえなかったという名残があってか、汎用的な教科書はなく今でも秘伝扱いする教師が多い。それも魔力頼みで薬効のある素材があれば魔力さえ込めてただ回せばよいというやり方が今でも主流である。だがヘンリーは実験して一番効能が高かった方法を見つけた。
きっかけは、魔法とは関係のない会話からだった。
学院を卒業し研究科の学生のころだ。
当時、王宮内にある寄宿舎に住んでいた。金銭的に余裕のあるご令息、ご令嬢と呼ばれるような方々は窮屈な寄宿舎を出るが、ヘンリーは寄宿費に食費も無料となれば選択の余地はなかった。
そんなヘンリーが、たまたま寄宿舎の食堂が臨時休業で、王宮の食堂へ空いた頃合いを見計らい遅い時間に出かけ、昼食を取り終え、のんびり寄宿舎に向かって歩いていた時だった。
「大将」遠くから呼びかけられた。
このニックネームで呼ぶのは気鍛流の同門しかいない。二の乾分、ロイが手を振っていた。十年以上も前のことだ。入門早々突っかかってきた奴が二人いた。いずれもヘンリーより背が低く、まだ気鍛流の技も使えないとなれば眼力と腕力がものを言う。二人の兄と取っ組み合いを始終しているので撥ね返す自信があった。道場で力試しの腕倒に軽く勝つと、帰りに待ち伏せされ、野原で「決闘だ」には笑えたが、「二人一度に掛かってこい。ただし二人のうち一方は絶対にコテンパンにしてやる」と凄むと、一人が「俺たちは武道家の端くれ、一対一だ」とビビりながらも啖呵を切った。こんな奴らの相手は赤子の手をひねるようなものであった。後で分かったが、兄たちは小学舎で正式に教わる武道を幼いヘンリーに手ほどきしてくれていたのだ。敗けるわけがない。どちらが一の乾分となるかは生まれた月で決めたようで、ライが一の乾分、ロイが二の乾分だと称した。「オウ、頼むぜ。相棒ども」と言った日の次の稽古日からヘンリーは「大将」と同い年からは呼ばれ、上からは「よっ、ガキ大将」とからかわれた。気鍛流はじめ民間の道場では師の下に弟子は全員平等で、大将という上下のある呼称は道場では相応しくないと『ガキ』を付けて暴れん坊と一般名称にもとれるようにして先輩方は呼んだのだと知ったのは少し経って世間を識ってから。ただ、翌年十歳になり入門が許された後輩たちも「大将」と呼ぶのには閉口した。ヘンリーは貴族の家柄出、市民向けの道場には珍しい存在だったせいかもしれない。
研究科に進学後は道場への足が遠のいた。ロイはそれ以前に道場を退会し、家業の料理店を継ぐため修行をはじめていた。久しぶりに会うとロイは、
「十九歳になり努力し包丁審査に通り晴れて王宮に来られたんだ」と話した。料理人にとって王宮の厨房は大陸中の選りすぐりの素材とそれらを捌く超一流の人が集う憧れの舞台と熱く語った。
「でも仕事は、朝は早いし夜は遅い。道場のように師の下に平等ではない、完全に縦社会さ。兄貴分には逆らえないし、上の言うことは神の言葉だぜ、それに料理のことは誰も教えてくれやしない、見て盗んで真似て学ぶしかない」という。
魔法界以上に厳しい徒弟制度の環境のようだ。
その後、たまに会って気晴らししている時、「師匠の特製ソースの作り方を盗み見て、たんに回しているだけでなく反転させることに気付いたんだ、早く自分でも試してみたい」という一言がヘンリーに光明を与えた。
――錬金棒も同じことが言えるかもしれない。
何回も繰り返した結果が、今ヘンリーが行った『八回転停止逆一回転』方式である。このことは指導教官に言わなかった。以前の新しい発見『銅魔力籠温水』がもろ手を上げて喜んでもらえなかった事が若干しこりのように残っていたのかもしれない。
それを三人に惜しげもなく教えた。




