第二十二話 調剤
城を攻略した日は本当に忙しい一日だった。
敵の主だった人の片を付け、兵師団に後を任せ、ようやく昼食を終えて一息をついていた時のことだ。
「銅、錬成の魔法の使える人を探しています」
バイロンがわざわざヘンリーのテントを訪ねてきた。女性を伴っている。赤いラインが襟と袖と肩に目立ち、少佐を示す銀色の星一つの肩章を付けていた。支援師団の第六分隊長のプランターと名乗った後、請われた。支援師団には女性がわりと多い。瓜実顔に、長い髪はふくらみをつけず無造作に後ろに引きつめて結わき、シャープさが感じられ、有能な上官、できる女史と踏んだ。
「解毒剤が足りません。貴方は銅の魔法が使えると聞きました。教わっていなくとも調剤の能力があるはずです。協力していただけませんでしょうか」
こうまで下手に出られては断れない。バイロンも後ろで腕を組み含みのある顔でヘンリーを見ている。言葉にはしていないが、断ったらただでは済まさんぞという気配を感じる。
「承知いたしました。調剤も経験があります」
学生時代に教わり、士官見習い期間に何度も作った。
「エズラ」
後ろを向いて部下を呼ぶ。
「はい」
「お前も銅の魔法適性がある。今の能力なら十分期待に応えられるはずだ。一緒に来い」
バイロンの頼んだぞ、という声に送られて、錬金釜の置いてある場所に向かった。
「薬草はほかにあるのですか?」
ドクダミが置いてあるがそれ以外は見当たらない。
「今のところこれだけです」
「心許ない量ですが足りるのでしょうか」
ヘンリーが訊ねる。プランターが俯いて答えを渋る。これは多分足りないな。
「現の証拠が生えていたと思うのですが」
エズラが横から口を挟む。
「薬効は健胃、整腸、強壮です。温かければ下痢止めですが、冷ませば逆の効能となります。それにカナムグラもあったと思います、解毒に効くはずです」
――エズラの特殊能力『直観像記憶』のおかげだ。銅の魔法の家系だからその手の図鑑も沢山あったに違いない。今朝、馬で駆けて来た道すがらの記憶を呼び起こして照合したのだろう。
「その薬草なら今のみんなに効くはずです。場所は分かるのでしょうか?」
「ええ、分かります。ここから馬で十分ほどでしょうか」
そんなところにあったとは。そこに気づくとは、つくづく異能だとヘンリーは思う。
「うちの部隊で採りに行きますよ」
人手が足りないのだろうから、手伝うならこちらから動いた方がいい。
「お願いしていいのでしょうか」
藁をもすがる気持ちなのかもしれない。プランターはヘンリーたちのことは何も知れない他団の兵士に過ぎず、藁扱いしても不思議ではない。
「かまいません。ここにある薬草はそちらで使用してください。少しでも役立つでしょう」
「助かります。何から何まで本当にすみません。よろしくお願いします」
ヘンリーは軽くうなずき部下と共に薬草を採りに出かけた。
エズラの示す場所で大量の現の証拠とカナムグラを採ってきた。
戻ってくると、プランターはアシスタントに支援師団の隊員を一人用意してくれていた。
年下の若い女性の笑顔を久しぶりに見た気がする。そう言えばプランターも女性であった……、しかしバイロンの連れの上官という思いが先に立った。
出迎えてくれた女性隊員はミリンダと名乗り、フィンとオーリーの同期だという。髪は兵士らしいというのかとても短い。それをエズラが指摘するとフィンが「ピクシーカットと言うんですよ」と解説してくれた。ほかの隊員はテントへ戻ったが、フィンだけは残っている。
「手入れが面倒なので切っただけでーす。ピクシーなんて言われてもおとぎ話のいたずら好きの妖精じゃないですよ」
ミリンダがそう明るく話す。あかがね色の巻き毛がハート形の小さめな顔に似合っている。髪の色から銅の魔法の適性があるのだろう。魔力持ちは魔術師団に入るものだと思っていたが、支援師団にも結構いる。実際に軍隊に入ってみて、医療に関わる衛生班はほとんどが希少な銅か金の魔力持ちだと知り、認識を改めさせられた。
「小学舎、学院、兵学校と十年間一緒の腐れ縁です」
今度はフィンが言い訳のように話した。
「オーリーさんとはあまり接点がなかったのですよね」
ミリンダとフィンはオーリーとは学院からの付き合いだと言う。小学舎の勉学が少ない幼いころの三年間は、遊びを通しての心のふれ合いが濃く深くなるのかもしれない。学院では遊びよりも勉学が中心となり、生徒数も多いからクラスが異なれば、なかなか仲良くなるまでには至らない。
「私もお手伝いさせてください」
フィンがヘンリーに頼む。こいつはエズラにはかなわないが麻痺の魔術のレベルは他の隊員よりも高い。身上書には記載されていないが、ひょっとすると銅の適性が少しはあるかもしれない。そう言えば銅の魔力は水と土から構成されるはず。やらせてみる価値はあるな。
「分かった、許可する」
フィンが笑顔をミリンダにみせる。
「いい隊長だろう」
何だ、こいつらは付き合っているのか? とも思える馴れ馴れしさ。まあいいさ。とにかく作業だ。
「エズラ、作り方は分かるか」
「はい、理論と作業手順だけは知っています」
こいつの頭脳はピカ一、今まで実践に足る能力が伴わなかっただけだ。今日はその力を見せられるはず。
「魔力レベルが上がったことは俺が保障する。自信を持ってやれ」
エズラには早朝からの疲れはあるだろうが、余分な力は入っておらず気負いは見受けられない。
「はい」
返事も問題がない。体をフィンに向ける。
「フィン、お前には俺が手伝う。以前例の魔術で俺が教えた通り魔力を込めながら錬金棒を回せ。やればできる」
フィンが目を輝かせる。
「分かりました、習った例のやつですね」
ミリンダがいるので麻痺の魔術とは言わない。ましてやグランマ秘伝の魔術と言おうものなら食いつてくるのにちがいない。王都ではなにやらグランマ秘伝シリーズが流行っているというからな。
錬金釜と錬金棒が三セット、一リットルの薬品瓶が百、一人分百ミリリットルだから一リットルで十人分×百瓶で千人分作って欲しいということだな。
「ミリンダさん、すみません。錬金釜と錬金棒が三セットですが、もう一本錬金棒を拝借できませんか」
「すぐ持ってきます。名前はミリンダと呼んでください。あとすみません、私なのですがあまり魔力が高くないです」そこで慌てて手を横に振る。
「あっと……でも他の衛生班の方々はそんなことはないです、みなさん優秀です」そして続ける。
「私も銅の適性はあるのですが、解毒と腹痛の薬効のある薬を作る能力が足りません。ほんの少しだけ下痢の効果のある薬しか作れないのです。だから私もみなさんのお手伝いをさせてください。そのために来ました。お願いします」
プランター女史は非常事態にすぐ使いものにならないからとミリンダを寄こしたのか。酷なような気がするが、まあいいさ、何とかなるだろう。
「分かった、それでもいからもう一本錬金棒を頼むよ」
ミリンダは元気よく返事すると錬金棒を取りに駆けて行った。
その間に薬草の現の証拠とカナムグラを火と風の魔術で乾燥させる。大量にあった葉っぱと茎、現の証拠の根っこが乾燥されて嵩が半分以下になった。これで下準備がほぼ完了。
「笊にいれておきます」
「根っこは擂っておきます」
エズラが次になすべきことをフィンに手伝わせながら行ってくれる。あとは錬金釜に水と一緒に入れて錬金棒で銅の魔力を込めてかき混ぜながら煮出せば出来上がる。
ミリンダが戻ってくると早速目を回していた。
「いつの間に……、薬草を干す作業をお願いするつもりが、もう錬金釜に入れられる状態になっています」
エズラとフィンがニヤニヤしている。
「こんなことで驚いてもらっちゃ困るんだけど」
フィンの軽口にミリンダが左頬を膨らませる。二人の仲の良さが窺える。
「錬金棒をもらえるかな」
「あっ、はい」
目を行ったり来たりさせているミリンダから錬金棒を受取る。
「時間がもったいないから、始めようか」
ヘンリーは見本を三人に示す。
「先ずは俺のやり方、普通のやり方とは若干異なるからな、よーく見て目に焼き付けろ、それから三人とも俺のやり方を真似ろ」
エズラとフィンがそばに寄る。それを見たミリンダも寄って来る。
「一度に普通十人分の分量で作る。錬金釜に乾燥した現の証拠とカナムグラを入れる。一対一の割合で一キロだ、擂った根っこは一つまみでいい」
カラの錬金釜に放り込む。
「次、普通は水を注ぐが、俺のやり方はお湯を注ぐ、その湯に銅の魔力を込めて三の目盛りまで注ぐ」
ミリンダが何か言いたそうだ。常識からすると水魔法では普通お湯は出せない。高度なテクニックが必要だ。そこへ銅の魔力を込めるなんて端から無理だとあきらめるだろう。しかしヘンリーは学生時代、釜に火を点けて温めながら銅の魔力を込めるのなら、最初からお湯で銅の魔力が籠っていればいい話では? と疑問に思った。あとは素材を煮出せば、早くでき上るし、効能も倍増するのではと試してみた。あっさりと出来た。時間も短縮できかつ効能も期待通りだった。指導教官は遠い目をして、俺にはできん、お前以外にできる奴はいないと断言した。「申し訳ない」と謝られ、論文はおろか、研究報告書にも一行もそのことは掲載されなかった。「お前のためだ、異端扱いされ、教会に目を付けられかねない」と心配されての事だった。医療に関する魔法は教会が牛耳っている。薬剤はそれほどでもないが、万が一を考えると迂闊なことはできない。
しかしここ軍隊に教会の目はない。大っぴらにできる。指導教官は言った。教会に太刀打ちできる可能性のあるのは軍隊だと。
ここは戦場なんら遠慮する必要はない。ヘンリーは三人に力強く命じる。
「最初は無理だろう。でも努力しろ。為せば成る、為さねば成らぬ何事もの精神でやれ」
「はい」
エズラとフィンの返答にミリンダも「はい」と答える。
「ホット・ウォーター」
銅の魔力を込めてお湯を注ぐ。本来ヘンリーには不要なホットを三人に分かりやすいように意図して呪文に付けた。錬金釜の目盛りが三のラインで止める。約二リットルのお湯が入った。
「この状態で火を入れる」
錬金釜に火を点ける。
「錬金棒で銅の魔力を込めてかき混ぜる。その時、苦しんでいる兵士たちを思い出せ。絶対治してやる、俺が治すんだという強い気持ちを持って銅の魔力を込めながらかき混ぜる」
精一杯気持ちと銅の魔力を込めて錬金棒をかき混ぜる。水蒸気となって湯気が立つ。素材の成分が染み出す。煮汁となってお湯に色が着いてくる。そのうち濁りが澄んでくる。
「これで出来上がりだ。煮汁が澄んで来れば完成だ。ただし水分が半分ほど、この場合は二の目盛りになれば澄んでなくても火を止めろ。それ以上は無駄だ、効能は期待できない」
今回は火を点けてから三分ほどで火を止めた。普通の鍋釜なら煮出すのに三十分はかかるが、錬金釜と錬金棒の威力は絶大で、ヘンリーなら三分、普通の魔術師でも五分程度で完成する。
「一リットルの薬品瓶を二本、普通は一本分だが俺のやり方をマスターすれば一本半出来上がる。分かったか」
「「「はい」」」
ミリンダが手際よく薬品瓶に入れ替える。綺麗な琥珀色。品質も申し分がない。
「凄いです。こんなに早くて、それも量も多くて、品質もいいです。こんなの、見たことがありません」
見開いた眼に驚きの色を浮かべている。
「隊長の実力なら朝飯前だよ」
フィンが自慢げに話す。




