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第二十一話 超軼絶塵(ちょういつぜつじん)

 軍隊で鍛えた身体は少々の酷使ではへこたれない。ほんのわずかな睡眠で、途中今まで落とした城で馬を乗り替え、北部方面基地からはストーナー(第二魔術師)団長の正式な認可をもらえたので、駿馬を与えられ、各停車場でも良馬を提供され駆けに駆けた。優秀な馬のおかげで予想より早く王都のエズラ(軍曹・四番)実家(銅の一族ジェイマス家)にたどり着き、そして図面をしっかり記憶し戻ってくるまで、それでも一週間かかった。

 東の空を曙色が仄かに明らめる中、自陣にたどり着いた。ヘンリーたちは先ず隠密部隊のテントに向かう。周りからは慌ただしさが漂っている。朝食の準備にはまだ早い。腹を(かが)めて(うめ)いている人がいる。いったい何が起きているのだ。早く、その原因が知りたい。夜討ち、朝駆けを受けた様子はない。

「してやられた」

 部下たちと共に行動しているスミス大尉が、まだ一息も入れていないヘンリーに声をかけてきた。全員が今すぐ出動できる態勢とっている。非常事態が発生していると思ってよい。

「確かに白旗が上がっていた」

「説明を」

 ヘンリーは気は()くもののまだ呼吸(いき)が乱れている。一言だけで先を促す。

「降伏を勧告してからすぐに返答がなかったのだが、ようやく上がった白旗に安堵して、上層部百名ほどが開門と同時に降ろされた東の跳ね橋を通って城内に入ったのだ……」

 東の跳ね橋は人と簡単な荷物専用で、簡単に上げ下ろしが可能な作りとなっている。

「百名が、そのまま戻ってこない、誰一人も。連絡もなしだ。跳ね橋は、今は上がっている」

 白旗後、その跳ね橋から城主の娘と名乗る顎をツンと上に向けた年若い女性が出迎え、一緒に中へ入ったのが二日前、その晩は城外で待機している兵士全員へも酒が振る舞われたという。

 この城が(たもと)を分けた地以外の最後の攻略対象、ようやく旧領地を回復できた、一仕事終えたと、みんなもタガが外れたように飲んで騒いだ。ヘンリーにも浮かれて酒に酔いしれた様子が容易に想像できるし、理解できる。

 昨日も酒が出た。同じように宴を楽しんだ。前日は罠の可能性を疑った人たちすら二日目となると羽目を外したことだろう。その結果、今朝全員が腹を下して寝ている。

「一服盛られたようだ。解毒剤が足りない」

 中に入った上層部の安否は不明だ。

 魔術師団は様々な治療薬を持っている。おかげでここにいる第五、第六分隊員全員は回復している。ただ第五分隊長とその副官は城内に囚われている。一万人の兵師団員と百名弱の支援師団員はほとんどが起き上がれない。支援師団も十分な治療薬を持っていたが自分たちより兵師団を優先した。元気なのは下戸と薬が行き渡った千人足らずだ。

「あまりにも汚い手を使いやがる。だまして毒を盛る」

 ウォーカー(スミスの部下少尉)が腹を立てる。

「それが(いく)さだ」

 ベーカー(スミスの部下少尉)の顔は静かな怒りを湛えている。

偽旗(にせはた)作戦となると重大な違反行為、あってはならないこと」

「ヘンリーの言う通りだ」

 スミス(大尉)が険しい顔つきを見せている。

 急ぎバイロン(第六分隊長)の許へ向かう。朝朗(あさぼらけ)の中、正門の跳ね橋は上がっているのが見えた。城門も当然のごとく閉まっている。他はどうかと確認すると、ここから見える堀には両岸を(つな)ぐ橋やロープ等は見えない。例の東の跳ね橋も上がっている。

 (ひび)はないがのっぺりした簡易な外観の幹部舎に入る。土と銅の魔法で急ごしらえなのであろう木材を使用していない。

「団長からの隠密のご用は済んだのか」

「抜かりなく」

 この戦地を一時抜ける際にストーナー(第二魔術師)団長の極秘作戦に従事すると言ってあった。もちろんバイロンは方便だと分かったと思うが、ヘンリーの拙い腹芸に乗ってくれていた。

「こちらでのあくどい話は、スミス大尉から聞きました」

「うむ、この機を逃さず、相手が攻めてくるかと思ったが、寡兵のせいか守備だけで手一杯のようだ。ただ元気な部隊には出動待機を命じてある」

「ならいいですけど、まだ朝駆けの時間と言えます」

 ドシン。

 会話中に地響きがする。顔を見合わせ、すぐにドアを開け室外へ、そして外に出た。

 正門の跳ね橋が下りている。(おもり)を外せば一瞬で架橋される。

 ――敵が攻めてくるのではないか。

 ヘンリーが思った事をバイロン(第六分隊長)も感じたようだ。

「迎撃準備!」

 大声を張り上げた。

 ヘンリーは部下の許へ急いだ。全員が待っている。

「先陣を切るぞ。麻痺の魔術で浴びせたおせ」

 六名の部下がヘンリーの後に続く。

 跳ね橋の(たもと)に着くと、門が丁度全開したところだった。騎兵が整列している。

「アース」

 ヘンリーは自分の足元に恩賜の魔法剣で部下ごと壁を立ち上げた。跳ね橋のこちら岸の先端を含めるようにして橋の幅一杯に造り上げた。

「ストロング」

 壁を十分に強化する。これで跳ね橋を上げようとしても余程の力がないと無理なはず。

「跳ね橋の半分まで来たら麻痺の魔術を放て」

「「「「「「はい」」」」」」

 五列縦隊で敵が突っ込んでくる。

「今だ」

「ウォーター」「ブリーズ」

 水と風になって先頭の騎兵に襲いかかる。

 ヒヒーン。

 馬ごと倒れていく。手を緩めない。騎兵たちは防御服を着ていたのかもしれないが、生憎こちらは銅の魔法、そんなものはものともしない。

 ヒヒーン、ドタン、ドタン、ドタン。

 倒れた馬とその下敷きになった人で跳ね橋が溢れかえった。

 チリ、チリ。チリ、チリ。

 殺気を感じる。

「アース」

 胸壁を急いで目の前に作る。

「この中に隠れろ」

 部下に命ずる。全員が中に入った瞬間だった。

 バチ、バチ、バチ。

 石が壁に当たる。

 ヒュンヒュンヒュン。

 矢が飛んでくる。

 ボワ、ボワ。

 ピッチ油が投げられる。放物線を描かれ投げられると厄介だ。木材を乾留(かんりゅう)させて木炭を作る時にできるピッチ、当たると火がつくように工夫されている。胸壁に屋根を付ける。

 跳ね橋の両側にある塔から狙っているようだ。距離はここから約四、五十メートル。騎兵の力を当てにしてこちらが魔法を放つ前に攻撃をしないでくれて助かった。いや、塔の守備兵は防御専用、攻撃は考えていない、しかし、この状況に居ても立っても居られず、手を出してきたというのが正解か。

 ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン。

 また矢だ。これは味方から倒れた騎馬やその後ろの兵に向けてのものだ。跳ね橋には欄干がない。後ろを見ると盾から身を乗り出して弓矢で攻撃を開始している。

 よしこちらも応戦しよう。

「ボビー、エズラ、オーリー。水魔法で騎馬を堀に落とせ」

 胸壁を、隙間を開けてもう一枚作った。

「「「承知」」」

 詠唱を開始し呪文「ウォーター」で胸壁の隙間から順番に繰り出す。

 何とか二つの塔を黙らせたい。矢狭間と殺人孔(魔法発動用)を土球で塞げるか、やってみよう。

 もう一枚、(あいだ)を開けて胸壁を作る。

「アース」

 続けて魔法剣から矢狭間目がけて大きめの土球を発射する。

 バン。

 よし、キレイにはまった。塔の全部の矢狭間と殺人孔(魔法発動用)目がけて発射する。塔からの攻撃が収まった。

 まだ門は開いている。負傷兵を何とか自陣へ運び込もうとしているようだ。そうだ、この機会に隠密の魔術で城内に入れないだろうか? 味方の攻撃を十分間くらい停止してもらえばこの騒動に紛れて中に入れるかもしれん。

 もう一度麻痺の魔術を敵に放ち、部下たちに攻撃を止めさせ共に下へ降りる。バイロン(第六分隊長)を探し当て、十分間攻撃を中止して欲しいと理由とともに要請する。

「分かった」

 取って返して部下たちと土壁に隙間を開けて、味方の攻撃がやんだ瞬間にそっと隠密の魔術で跳ね橋に入る。倒れた馬と兵士に気を付けながら門にたどり着く。そこからはエズラの直観像記憶の出番、城主のいる部屋、幹部のいる部屋を順にたどり、有無を言わせず、黄泉の世界に逝ってもらった。そして城の設備としてある中央塔の拡声器から、城主と幹部が亡くなったことを告げ、首を目立つところに置いた。

 反撃は散発的、元気な兵師団と魔術師団が活躍した。

 幸いなことに王国軍の上層部の百人たちは殺害されていなかった。薬で眠らされていたが、無事が確認できた。誘導した城主の娘は見当たらない。囚われていた人の話によると礼儀作法といい、立ち居振る舞いといい高位貴族のご令嬢然としていたそうな。ノース公国からはこの地の城主ノーザンは侯爵位を与えられていた。ご令嬢は落ち延びたのだろう。我が軍も今回は追う余裕はなかった。

 城兵は八百名ほどいたらしい、捕虜は四百五十名、うち魔術師は八名だけだったと聞いた。魔術師を含む五十名ほどに逃げられたようだ。後はこの場で果てた。

 城は一部の損傷だけで済んだ。このまま利用可能であったことにエズラはホッとした顔をみせた。ご先祖様の偉大な遺産の破壊を免れたのだ。今生きている親族にも、お墓に眠る方々へも面目が立つ。

 もし、到着がほんの少し遅れていたらと思うと背筋がひやりとする。ストーナー(第二魔術師)団長に感謝だ。正式な認可証のおかげでどの馬も超軼絶塵(ちょういつぜつじん)たるは、正に神に愛されているのかと思われるくらい速かった。そんな駿馬を提供されたことに尽きる。

 ただ、ヘンリーは敵の卑怯なふるまいに感情が昂り冷静さを欠いたかのように無慈悲な行いをした自覚がある。双方に遺恨となりそうな後味の悪い戦いになった。


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