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第二十話 進軍

「行け!」「駆けろ!」

 スミス大尉以下ヘンリー隊含めて十名が万余の兵士とともに進軍する。

 隠密の部隊が目指すは城、砦の攻略では隠密の部隊は出動しにくい、乱戦に陥りやすいので姿を隠しても流れ矢に当たる危険性が高い。よって、砦は他の部隊に任せ、素通りして実力の発揮できる場を求めてひた走る。

 城攻め、味方が陣を張る。

 作法にのっとり(定石通り)騎馬が敵の城門へと進む。

「この城は包囲された。降伏を勧告する」

 一時(ひととき)の静寂。敵が降伏を受け入れる場合は白旗、拒否する場合は赤い布を付けた矢を射かけてくる。ヘンリーたちは土壁を作ってその上から固唾(かたず)をのむ。

 呼びかけには当然のごとく白旗は上がらず、赤い矢で拒否してくる。これで開戦となるが、相手は味方の援軍を待って出てこない。

「仕方がない、やるなら手を抜かん、心してかかろう」

 ヘンリーは部下に吠える。

 第六分隊長のバイロンがスミス(大尉)とヘンリーに向かって命令を下す。

二六○○(午前二)時、夜襲を実行する、その方らの部隊が先頭」

 目を転じ、「他の部隊は後に続け」と低い声で咆哮する。

 籠城を決め込む相手へ、夜を待って隠密の部隊と護衛のようについてくる第六分隊の魔術師が、静かにヘンリーが作るトンネルを通って突撃する。敵の背後で姿を現すや否やここを励み場と呪文を唱える。

「ウォーター」「ブリーズ」

 部下と共に麻痺の魔術を放って内側から門を守る敵兵を蹴散らす。ヘンリーたちの背中にはスミス(大尉)をはじめとする魔術師たちが得意の魔術を放っている。その間に第六部隊(ヘンリーたち)が開門し、味方を引き入れる。

 ――よし、これで勝利は間違いない。

 後は兵士たちが城兵を圧倒していく。思ったより簡単に行くことに疑問を覚えた。

 後で聞くと城の規模に比して(すく)ない兵に数の力は絶対であったらしい。寡兵の理由は調査中とのことだった。

 いくつもの城を同じ要領で落としていく。ほとんどの城主が逃亡するか、降伏する。あきらめの悪い城主へは最後の手段、亡き者にされる。ヘンリーたちが居合わせればハイドで気付かれずに近づき喉元に剣を突き付け説得を試みることができるのだが……その役割を与えられていない。

 てんこ盛りの新鮮な野菜を積んだ荷馬車がやってくる。

 城主の片が付けば、民心はついてくる。領民は元々王家の民、ノース公国に占領されて四公六民の税負担が逆の六公四民に悪化していたのだ。武力でいやいや従わされていたのだから喜ばない訳がない。

「税が元に戻るぞ」

 流布するのは早い。

 勢いに乗っている王国軍は占領された地域を挽回し続け、ノース公国の領地を独立前にするのにあと一息、数城までに至った。

 旧王家の伯爵領、良材の生む森林と山の幸に恵まれ栄えた十万都市の城を包囲した。

「領民を人質に取られた」

 ノース公国の統治者は城の中に大多数の領民を引き入れ、籠城したのだ。「卑怯にも、領民を餓死させたくなければ食料を城に中に差し入れろと要求してきた」

 バイロン(第六分隊長)が苦虫をつぶしたような顔をしている。王家軍約二万人の兵がここに集まっている。二個兵師団に第二魔術師団、第二支援師団が各四分隊、北部方面基地の三分の二の兵力である。

 打ち合わせに集まっている第六分隊の六名の部隊長と客分のスミス(大尉)の面々も呆れた顔付きだ。

「対応策を募りたい」

「今城内にいる人員の内訳は、ノース公国兵が約千名、人質の民間人が約五千名ほどです。建屋に全員が入り切れず至る所に人が溢れ返っているようです」

 バイロン(第六分隊長)の言葉を副官が補足する。本来この地域には三千の兵士がいたが、二千人以上が前線に駆り出され、先日のダイナソー作戦で散り散りになり、公国旧領内に戻った者もおり、この城に戻ってきた兵と留守兵を合わせて千名なのだそうだ。今まで落としてきた城も同じように前線に兵を送り出していたため(すく)なかったのだ。

「今までの城攻めのやり方は通用しないですね」

 スミス(大尉)が冷静に話す。

「そうですね、トンネルを掘って城域内に出た途端民間人に出くわすわけですよね。当然、攻撃できません。それに民間人の中に兵士が紛れ込むことも容易です」

 ヘンリーも同意する。

「隠し持ったナイフで、グサリと一突き」

 部隊長の一人、肉体派の第一部隊長があたかもナイフを持って刺す仕草をする。

「民間人の中にもノース公国に肩入れする(やから)もいる」

 バーグ(第三部隊長)が頭脳派らしくもっともなことを指摘する。

「籠城兵千対二万、十倍以上の兵ですから、城攻めを強行すれば勝てはしますが、その場合、民間人を犠牲にせざるを得ません」

 スミス(大尉)はあくまで冷静。

「この城はスルーしませんか」

 ヘンリーの言葉にバイロン(第六分隊長)が反応する。

「何、放置するということか」

「はい、次の城を目指します。そうすればこの城の主は民間人を解放せざるを得ませんし、こちらは食料を提供する必要もありません」

 バイロン(第六分隊長)が少しばかり考え始めた。

「城解放後の税減少の噂はそのうちここの民にも届きます。民はまだまだ王家の味方をしてくれます」

 スミス(大尉)が援護してくれる。

「そうか、そうだな……」

 まだ迷っているのか、目は細めたまま。

「この城から退()くにも殿(しんがり)さえ気をつければよいか……、いや逆に追いかけて来てくれた方がいいな。そうすれば千名であろうと今のこちらの勢いなら全滅させられるだろう」

「そうです。ゆっくり退却しながら次の城を目指しましょう」

 最後のバーグ(第三部隊長)の言葉が決め手となった。

 バイロン(第六分隊長)が決断した。

「よしこの方針で上を説得する」

 最近うちの活躍が目覚ましいおかげで無下に扱われることはない。どちらかと言うとバイロン(第六分隊長)の意見がそのまま通ることが多いようだ。


 しかしながら今回の提案はすんなりと認められなかった。

「この城を残せば、最後の一筆を欠く(画竜点睛を欠く)ことになるやもしれん、と言って許されなかった」

 会議は大もめにもめたそうだ。攻城派とスルー派の真っ二つになり、そして出た結論が部隊を二つに分けるというものであった。

 第二魔術師団、第二支援師団、二個兵師団、全てが二つに分けられ、攻城派は第二魔術・支援師団の第一、第二分隊と第二兵師団の約一万人。スルー派は魔術・支援師団の第五、第六分隊と第六兵師団。の約一万人となった。北部方面基地には最高司令官のストーナー(第二魔術師団長)と共に約一万人が残っている。スルー派はこの城を離れた。

 それからスルー派は白旗には安寧を、赤い矢には容赦なく城を陥落させてゆき、そして担当する最後の城に至った。

 昔の王家の『築城の名手』と呼ばれたマイスター・ジェイマスが名匠・名工たちを呼び寄せ技術の(すい)を集めて造った難攻不落とうたわれる威容が目の前にある。最大収容人員五千名、平時は一千ほどの兵士が詰めていると聞く。この地はノース公国領となる以前、北家公爵領と王家領を結ぶ交通の要衝として栄えた。元々は王家のノーザン伯爵領であったが、一人娘の婿に北家の血筋を入れたのが王家領としてのこの地の運の尽き、公国独立後、簡単に寝返った。

 白旗を掲げて、くれればよいのだが。

 ヘンリーは城を見てつぶやいた。周囲には川の流れを利用し人工の中州のように堀がめぐらされ、ご丁寧に城壁が環状に幾重にも配置されている。今は上がっている跳ね橋には(おもり)が使われ一瞬で通過可能となる。そして複数方向への矢狭間と殺人孔(魔法発動用)を備えた十二の塔が重々しく聳えている。この塔は全て渡り廊下で繋がり回廊化している。侵入を試みる者に城壁のいずこに取りつかれても、矢狭間と殺人孔、はたまた壁の上部にある凸凹の胸壁と呼ばれる場所から身を隠しながら撃退できる構造を備えている。その昔、この地の周辺で反乱があり、奸計に陥り城兵のほとんどが出払った中、残った(わず)か三十名ほどの守備隊で敵の包囲を退(しりぞ)けたという逸話がある。ヘンリーは大げさではないかと勘繰ってはいるものの、そう言って不思議ではない堅城中の堅城、今まで落としてきた城と異なり正に鉄壁だと思う。良将と良兵がいればなおさら厄介だ。

 城の見分が終わると、エズラ(軍曹・四番)が相談があるのですが、と言ってきた。二人っきりになったところで、話を切り出された。

「ご先祖様が(きず)いた城です」

 エズラの姓はジェイマスだった。

「この城はマイスター・ジェイマスが縄張りしたものだ。エズラは子孫なのか」

「はい。銅の家系の血筋と言われ、代々引き継がれ秘匿とされた家宝があります」

 言わずとも知れる。この城の設計図が残っているのだ。

「分かった。みなまで言うな。ストーナー団長(第二魔術師団長)には真実を言わざるを得ないが、いいか? 知るものは俺と団長だけと約束する」

「仕方がありません」

 重い決心をしたのであろう、静かにうなずく。

「一緒に北部方面基地まで行こう。団長に説明し、お前の実家まで往復して写して持って来よう」

「すみません、写しはご勘弁を」

 それもそうだ、モノがあれば、どこから漏れるとも知れない。

「承知した。脳裏に刻もう」

 エズラがハッとする。その様子にヘンリーが(たず)ねる。

「どうした」

「隊長もひょっとして直観像記憶ができるのですか」

 ヘンリーは『も』という言葉が気になった。直観像記憶とは、映像記憶とも言い、目で実際に見たものを映像として脳に記憶できる能力のことだ。ヘンリーの記憶力はいい方だが、脳に映像として残すことはできない。ただエズラが『も』と言ったのは多分本人ができるか近しい人ができるはず。ここは賭けだ。

「エズラ、お前もできるのか」

 目を見てしっかり首肯(しゅこう)された。ダイナソー作戦で暗闇の中的確な情報を示したのもうなずける。ただ、頭と心の病持ち、悪魔の才知との噂のあるこの能力のことを話したくはなかったのだろう。世間では生まれてくる子供のことを気にかけてか、女性が忌避し婚期が遅れると言われている。全く根拠のないことであるが、魔法のように真珠が着けられる力のある家の子にしか授からないものと異なり、この能力は貴族、平民、貧富に関係なく天から授かるため、やっかみが高じた結果なのだろうとヘンリーは思っている。ほかにも、一芸に秀でているが他の事は子供並みのままであるとか、過去に悪名高き盗人が、大工の見習いになり巧みに師匠に取り入り設計図を盗み見て記憶しその家に忍び込みお宝を手に入れ(とん)ずらし、ほとぼりが冷めるころ、また師匠を変えて自分の能力を悪事に使い、最後には捕まってしまうのだが、その事実が広く知れ渡ったことも影響しているのだろう。女性が尻込みするのは分からんでもないし、能力者が公にすれば顔を(しか)められかねず、また偉ぶっているようでもあり、隠すのも分かる。

「俺のは不完全だ」

 エズラとほぼ同類だと思わせられればよい。嘘は多分言っていないはず、多少誇張はしているが許容範囲と己に言い聞かせる。

「お前の才能に期待している。みんなに明かすのは時期尚早かもしれんが、直観像記憶能力は誇っていいものだと思っている」

 エズラの顔に笑みが浮かんでいた。

 ボビー(准尉・一番上)に後を託し、騎馬で南へ急いだ。


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