第十九話 武功
ヘンリーの第六部隊七人は捕虜二十人を連れて、基地に戻ってきた。
時刻は二八三〇時。遅くなったのはトンネルをすぐに出なかったためだ。敵兵が壁の上から見張っている可能性がある。恐竜が暴れ出し、監視の目が自陣の騒動に向き、警戒を怠るのを待っていたのだ。隠密の魔術を使える隊員たちと恐竜使いたちとは異なる。丸腰で出て行き見つかれば追手がかかるのは目にみえる。
先にスミス大尉と部下の二人は戻って報告している。
制服姿のストーナー師団長にヘンリーは面会した。第六分隊長のバイロンは戦場に出ている。
「よくやった。捕虜の二十人は幹部用収容所に入れてよい」
「はい。ありがとうございます。その前に団長、恐竜使いたちが申すには、朝の餌の時間になれば恐竜は檻の中に戻ってくる可能性が高い、そういう風にしつけたと」
一緒に戻ってくる際に恐竜使いの長のダーリーからその旨聞いていた。
「ほう、ではまた敵陣へ彼らを戻すのか?」
「恐竜使いたちは向こうでの待遇は悪く、報酬も十分ではありません。こちらが厚遇すれば、恐竜を率いて味方になってくれそうです」
ダーリーはもう向こうでやっていられないようなことを言っていた。
「スミスも彼らを王都へ、と話していたが、詳しくは聞けなかった。今、総力を挙げて、敵兵の動きに対応している。門から敵が出てくれば殲滅するよう命令を出した。ノース公国へ通じる北東と北西へ向かう道へも兵を出しているのだが……」
そこで団長は一旦言葉を切って沈思した。
「朝、何時に餌をやるのだ。それ次第だ」
「朝、七時が餌の時刻です」
「そうか、七時なら大勢が決まっているだろう。よし〇七〇〇に餌を持って敵陣に再度行き、恐竜を連れてこい。餌になるモノを食堂で調達してよい。正式な作戦ではないが最高司令官として俺が了解した」
「はっ」
短いヘンリーの返事に続き、副官がメモを取りながら声をかける。
「食堂へはこちらから通知しておく」
「ありがとうございます」
ヘンリーは副官に礼を言い、自部隊へ戻る。捕虜の恐竜使い二十人もそばにいる。
「ダーリー恐竜をここへ連れて来る」
「よかった」
「ついては餌を調達してくる。みんなで一緒に食堂に行くぞ」
第六部隊七人と恐竜使い二十人で食堂へ行き餌を調達し、また敵陣へと向かった。
道すがら長のダーリーに言われた。
「恐竜は歯向かわれるとますます興奮して襲ってくる。そうなると自分たちでも制御できない」
「そうなったら、倒しても構わないか」
「仕方がないです……。でもそんなことができるのですか? 恐竜は強力ですよ。剣や槍、弓矢でもたやすく倒せません」
「秘策があるのさ」
「ひょっとしてみなさんは相当魔法の能力に長けているのでしょうか?」
「そうだ、俺たちは精鋭の魔術師部隊なのさ」
ちょっとばかりヘンリーは誇張して話した。
「納得です。先ほどのノース王国兵たちを一瞬で倒した魔法には驚きました」
合言葉『グランマ』の魔術の効果は抜群だったようだ。ダーリーのような一般人にとっては魔法と魔術の違いはどうでもよいことではある。
「地元にはダーリーたち以外にも恐竜使いはいるのか?」
「いやいない、ノース王国の恐竜施設には幼い恐竜はいるが、恐竜使いはここに来た人間だけだ。将来の候補としてうちの村からさらわれるように連れて来られた子供たちはいるが、まだ何も教えてない」
「カイもそうなのか?」
「俺の孫だというだけで、恐竜施設に連れられてきた」
「それは……」
後の言葉が続かなかった。ノース公国ではそうとう酷いことが行われているようだ。すんなりと自分たちについてきたのも頷ける。いやちょっと待て、今ダーリーは何と言った。ノース王国と言わなかったか?
「ダーリー、貴方たちの国はノース公国ではないのか?」
「以前はそう呼んでいたが、何年か前にノース王国になったと触れが出た」
公国と王国では意味合いが異なる。セントラル王国民の意識は、王に許されて一貴族が治めるのが公国であり、北家と東家がそれぞれノース公国、イースト公国と称しているだけだと思っている。武力で領地を拡大していることに苦々しさを抱くものの、国民は北家と東家が治める公国はいまだ我が国の一部であるとの認識しか持ち合わせていない。王国となると王が存在する完全なる独立国であり話が全く違う。これは我が国内では迂闊に口にしない方がよさそうだ。
「ダーリー、ノース王国とは我が国内では言わないで欲しい。しばらくは以前の呼び名のノース公国と呼んで欲しい。我が国民は貴方たちの母国を公国と認識している。王国と呼ばれると意味合いが異なり、同国人ではないのか、と不当に貴方たちを扱う恐れもある」
「分かった、みんなに言っておこう」
「頼む」
多分このことを上層部は知っているはず、でも国民へ与える様々な影響を懸念して公表していないのだろうとヘンリーは思った。
午前六時東側のトンネルに着いた。餌の時間まであと一時間ある。
敵陣の東側の門が大きく開け放たれているのがここからでも見える。
「みんなトンネル内で入って待機。アレックス一緒に残ってくれ。東門での戦いの様子を見にいく」
「承知」
みんなが中に入るのを確認し二人は東門そばに向かった。
敵兵が続々と門から出て来ようとしているが、味方兵がそうはさせまいと弓矢で迎撃している。
……と見ていると、敵兵がパタッと来なくなった。味方の手も止まり、弓を下に向ける。一瞬の間が空いた。
――いったいどうしたのだろう?
ヘンリーがそう思い、土魔法で足元に台を作り自分たちの位置を高めた時だった。
門から恐竜が一頭ヌウッと現れた。後ろに四頭を引き連れている。
――でかい。体高四メートルもあろうか。長さは尻尾を含めて十メートルはゆうにありそうだ。
「弓放て」
指揮官の命令に弓が張られ矢が一斉に放たれた。
ヒュンヒュンヒュン。
ヴァオー。
一声鳴いた。
全く刺さっていない。効いてもいないようだ。
「目を狙え」
恐竜がその声と同時に突進してくる。完全に興奮している。
――これはまずい。味方がやられてしまう。停まってくれれば狙いをつけやすいのだが、……仕方がない。
ヘンリーは恩賜の魔法剣を抜いた。魔力を高める。
「ブリーズ」
隣のアレックスが呪文を叫ぶ。恐竜が一瞬停まる。麻痺の魔術を放ってくれたようだ。
――よし、今だ。
「サンダー」
払暁の中、早く明けよとばかりに雷鳴が轟くやいなや、雷光が突進してくる先頭の恐竜に向かって迸る。
バリッバリッバリッ。
一頭目がどっと倒れた。後ろの恐竜が止まる。続けて二頭目、三頭目、四頭目、五頭目と次々に雷光が突き刺さる。
五頭全てが倒れていた。
味方の視線が恐竜へ、そしてヘンリーへと向いた。
ヘンリーは魔力の消耗による疲弊に、剣を地面に突き片膝立ちにならざるを得なかった。
「オー」「ウオー」
味方から大歓声が上がっている。ヘンリーは何とか足元の台を降りてもたれかかった。
アレックスも相当魔力を費やしたのだろう、隣でもたれかかっている。
左手でアレックスの足を軽くたたき、目を見て感謝を伝える。まだ声を出すほど回復していない。アレックスも上半身を傾けて応えた。
回復薬が欲しいが、今回は新兵二人の背嚢にしか用意していない。
そばに誰かが近づいてくる気配を感じる。
「魔術師殿とお見受けする。ご支援感謝いたします」
ヘンリーは気力を振り絞って立ち上がり姿勢を正して、返答する。
「恐縮です。第二魔術師団第六分隊第六部隊、隊長ハロード少尉であります。魔力を大量に使ったため疲弊し、ご無礼があるかと存じますが、ご容赦願います」
二人の男性がいた。声をかけてきた男性は知らないが、服装から上官だろう。もう一人はというと、スミス大尉の部下のウォーカーがいた。ウォーカーが知っているからと上官を連れて来たのだろう。
「おう、そうだな、申し訳ない。私は第二兵師団の団長付副官ギルビー中佐だ」
続けて部下のアレックスが名乗る。
「では後で改めて」
ギルビーが気を利かせたのだろう、すぐに去って行ってくれた。ヘンリーにとってはありがたい。ウォーカーはそのまま残った。
「ヘンリー、回復薬だ」
目の前に持って来てくれた回復薬をヘンリーは飲んだ。アレックスへもウォーカーは渡してくれている。
ウォーカーがヘンリーを労わりながら声をかけた。
「俺たち三人はそれぞれ、西門、正門、東門の状況を確認し、何かあったらすぐに本部へ連絡する役割を負うた。まさかと思ったが本当に恐竜が襲ってくるとはな。しかしヘンリーの雷魔法の威力は凄まじいの一言に尽きる」
ヘンリーは苦笑いを作り、片手を上げて謙遜を表した。
少しずつ体がポカポカしてくる。だいぶ回復してきたようだ。立ち上がって状況を観察する。恐竜は倒れたまま動かない。東門がいつの間にか閉まっている。この場はもう大丈夫だろうとヘンリーは判断した。
「アレックス、瞬時の攻撃、いい支援になった。恐竜が停まったおかげで狙いたがえず撃てた」
「隊長が訓練してくれたおかげです」
笑顔を交わす。
「よしトンネルへ戻ろう」
ウォーカーが話しかけてくる。
「ここは問題ないだろう、でもトンネルってなんだ」
ヘンリーは今から行う恐竜への餌やりとできれば自陣へ連れて行きたいことを説明した。
「俺も一緒に行く」
時刻は六時半、トンネルを通って、先ほど塞いだ箇所を開けて、また敵陣の中に入る。テントの中は静かだった。外を窺い敵兵がいないことを確認する。
「全員後に続け」
テントを出て調達した餌を携え檻の階段を上る。まだ恐竜は戻っていない。
「ダーリー、恐竜が来たらいつものように餌をあげてくれ」
「分かった」
「どれだけ戻ってくるか分からんが、ダーリーの判断でもうこれ以上待っても恐竜が来ないと思ったら、教えてくれ。開いている壁を再構築する。つまり、檻から一旦出られないようにする」
「承知した」
「南に面した壁からの出口、つまり何時もの出口は今も開くよな」
「問題ないはず」
「餌を食べ終わってから、今まで通りに制御できそうか確認してくれ。上手くいくようなら、我が国の陣地に同じような檻を作って飼育できるようにしたい」
ダーリーが頷いた。
七時近くになりダーリーの言う通り少しずつ恐竜が本当に戻ってきた。恐竜をしつけられることが証明された。
七時半になったが、五十頭だけしか檻にいない。半数は、殺されたか、逃げたのかもしれない。うち五頭はヘンリーが倒した。
「帰巣本能で北へと戻った恐竜もいると思う」
ダーリーが説明してくれた。
その日の内に、五十頭の恐竜を自陣に檻を作成して中に入れた。
ストーナー師団長に報告すると、恐竜から逃げまどった敵を相当討ち取れたと聞いた。敵陣はもぬけの殻となり、大勝利であった。
「褒美を期待していいぞ」
笑顔で言われた。
「ありがとうございます」
こうしてヘンリーは初陣で大手柄を立てることができた。
――婚約者のルナも喜んでくれるだろう。
浮かれて、進軍の大号令がかかる前に手紙に手柄話を書いて送った。
〇後日談
しばらくして戦の最中、ヘンリーが偶々北部方面基地に来た時の話である。
届いていた手紙を読む機会に恵まれた。
『親愛なるヘンリー様へ
今回届いたお手紙拝見いたしました。
ごめんなさい、黒塗りばかりでよく内容が分かりませんでした。新聞の第一報では大勝利を収めたとのことで、みな大層喜んでおります。
ご無事でお帰りになることを心より祈っております。
かしこ』
返信を読んで愕然とした。そうだここは戦場だ。作戦内容を詳細に書いても検閲に引っかかってしまうのだった。
――アチャー、やっちまった。
迂闊なことをしたと後悔しても遅い。
閑話休題、ストーナー師団長の大号令の下、ヘンリーは馬上の人となった。