第十八話 襲撃
二六一〇、後五分で作戦を開始する。
「隊長、嬉しそうですね」
背後ろのボビーが声を潜めて言う。ヘンリーが振り向く。まぶしい、顔に照明が当たっている。
「ほら、笑ってますもん」
空気が和んだ。ヘンリーのここぞという場面で顔が緩む奇妙な癖が思わぬところで役に立つ。自然と身に付いている緊張を楽しむ術がみんなにいい影響を与えればよい。
二六一五、うまく何もないところに出てくれよ、と願いながらトンネルから最後の魔術を放った。
明かりが漏れている。
――まずいどこかの中に出てしまった。
剣を抜き、地上に昇る。目に入ったのは兵士の格好ではない。こちらを見て驚いている様子の五人。
――叫ばれたらまずい。室内では、麻痺の魔術だとその匂いで自分自身も影響を受けてしまう可能性があるので使えない。
「サンダー」
小声で雷の呪文を発して雷光を全員に浴びせて失神させた。周りを見る。毛布をはぐ。ほかに誰もいない。ここはテントの中だ。
「問題ない」
トンネル内へ声をかける。仲間が全員出てくる。
「五人以外はいないようです。全員失神させています」
ヘンリーがスミス大尉に小声で話す。
スミスが頷き、「全員を縛り、口に猿ぐつわをしろ」と同じく小声で命令する。部下が言われた通りに動く。
「どうも恐竜使いのテントに出たようですね。一人回復させ、尋問しましょう」
スミスがまた頷き、一番若そうな男に気付け用に回復薬を嗅がせる。若い男の肩をゆすり意識を取り戻させる。
「飲め」猿轡を少し緩め、すき間から無理やり口に含ませる。
完全に目を覚ました男に剣を見せ尋問を始めた。
「死にたくなかったら質問に答えろ。答えないと死ぬぞ。また叫んでもこの剣で刺す」
若い男は首を縦に振る。
スミスが猿ぐつわを外した。
「他の恐竜使いはどこにいる」
「このそばのテントに全員いる」
「あと何張りで、全員で何人いる」
「他に三張りのテントがあり、五人ずつ十五人いる」
「分かった。案内しろ」
若い男が恐怖の面持ちをするが、「死にたいか」のスミスの一言であきらめたような顔をした。
「伝言ですと言って中に入れてもらえ」
ヘンリーは外に見張りや見回りがいないことを確認してテントを出た。スミスと若い男、テントに残した二人の部下以外が続く。
相変わらずの曇り空、月も星も見えないが、ところどころに篝火の明かりがあり、西側から戦闘の声がする。夜襲に対応しているのだろう。二十メートルほど先に囲われた壁が見える。位置からして恐竜の檻に違いない。その中に出なくてよかったと心底ホッとした。
「カイです。伝言があります」
若い男がそう言って隣のテントに入っていく。ヘンリーたちも続く。敵の兵士の格好をしているので敵対する態度はとらない。
「サンダー」
小声で呪文を発して、中の五人を気絶させた。部下が全員を縛り、猿轡をする。三張りのテントを順繰りに廻って同じことをした。
「これで全員か?」
カイに訊く。
「はい、二十人で来ました」
「生き残りたいか?」
「はい。何でもします」
「見張りや見回りがいないようだが、いつもか?」
「そうです、朝になるまで恐竜がいるこのエリアには近づきません。兵士がいると恐竜が暴れても責任が持てないと言ってあるようです」
そうか、だから外側には警戒をあつくしても内は全くと言っていいほどしていないのか。
「みんなのリーダーはいるか。いるなら連れて行け」
カイが自分のいたテントへスミスを連れて行く。ヘンリーも後に続いた。他の連中は各テントに配置した。
「この方です。僕の祖父でダーリーといいます」
カイが指差した年老いた男性にスミスがカイにした時と同様、気付け用に回復薬を嗅がせて、意識を戻させた。猿轡を少し緩め、すき間から回復薬を流し込み全て飲むように促す。
「ダーリー、生き残りたければ我がセントラル王国へ連れて行く。嫌ならここで死んでもらう。どうする。生きたいか?」
老人はスミスの目を見てゆっくりとうなずいた。猿ぐつわを外された第一声が
「他の者たちは?」だった。
「全員一緒だ。一人でも歯向かえば全員殺す」
「分かった。一緒に行く。ここにいてもこき使われるだけだ。お前たちの国の方がましだ。セントラルシティはいい所だった」
我が国の首都名をダーリーが言う。
「セントラルの王都に行ったことがあるのか」
「大昔だがな」
スミスとダーリーを先にして一緒に各テントを回った。
気絶している者に回復薬で意識を取り戻させ、ダーリーがすぐに全員を説得した。
トンネルのあるテントに戻ってきた。
「恐竜はどうする?」
恐竜使いのダーリーがスミスに訊いた。
「さあな。では行こうか」
スミスがすっとぼける。
「あの階段は何だ」
ヘンリーがトンネルに向かうカイに檻の端に見える階段のことを訊いた。
「恐竜への餌やりのためのものです」
「そうか、ありがとう」
片手を上げるとカイに頭を下げられた。
「お前たち何をしている」
大きな声で誰何された。振り向くと松明の炎に照らされた三十人ほどの兵士がいる。まずい、ノース公国兵だ。仕方がない、ここは相手を倒すしかない。
「グランマ」
麻痺の魔術を発動する合図を叫んだ。
「「「「「ウォーター」」」」」「「ブリーズ」」
ヘンリーと部下は麻痺の魔術を一斉に敵兵に向けて放った。
ウー、オ・ノ・レ。
苦しみながら敵兵が次々倒れていく、と同時に松明が地面に散らばった。
灯火器が敵側に当てられる。スミスたち三人が明かりを敵に向けていた。
「魔術を止めろ」
ヘンリーは立っている人間がいないと思えたので自分と部下の魔術を止めた。恐竜使いたちが驚いている様子がうかがえた。
「ボビー、アレックス、カレブ、エズラ、オーリー、フィンよくやった。頼もしい威力だった」
一人ずつ顔を見て呼びかけた。みんなの顔が上気している。
「失神しているはずです。中にはお陀仏している者もいるかもしれませんが、多分二、三時間はこのままの筈です」
ヘンリーがスミスに説明する。
「分かった、他の敵が来ると厄介だ。このまま予定通り直ちに撤収する」
スミスと捕虜二十人そしてヘンリーとボビーを除いた隠密部隊がトンネルに向かっていく。
ヘンリーは全員がトンネルに入ったことを確認すると、ボビーと恐竜の檻に向かった。檻の北側の壁の前に立つ。ボビーに「先に階段で上って待っていてくれ。この壁を崩したらすぐそちらへ向かう」と命じた。
ボビーが階段を静かに上っていく。
――壁が長い、大雑把な魔術ではまずいな、注意して二回に分けて破壊しないと側面も崩しそうだ。
先ずは、向かって中央から左の東側の壁の前で、土壁の破壊のイメージをする。「アース」と呪文を唱えて恩賜の魔法剣を壁と地面の境目に向ける。
ドドド。
壁が崩壊していく。ヘンリーはすぐに右手へ移動し同じように壁を崩してから階段を上る。下を見ると檻は四区画に分かれていた。恐竜たちは目覚めているのだろう、体を揺らしているが、まだ移動していない。
――せっかく開放してやったんだぜ、お出口は北側だよ。
ヘンリーとボビーは追い立てるように南側から火炎の魔術を放った。
思惑通り、恐竜が崩れた壁を越えて行く。しばらくすると、檻の中には一頭も残っていない、いや、一頭がこちらを振り返った。
のっしのっしとこちらへ確認するかのように戻ってくる。
ヘンリーはいい機会だからとこの恐竜を魔法の力で倒せるか試してみようと思った。時間をあまり使いたくないから二、三回くらいか、となると水魔法の麻痺と雷魔法で試してみよう。
この恐竜は約七から八トン、クマと置き換えて考える。クマの体重は約二百キロ、その四十倍程度ある。となると四十頭を一度に麻痺の魔術で気絶させるレベルとなると難易度が高そうだ。
「ボビー、水の麻痺の魔術で一発あいつを倒してみろ。魔力切れにならないレベルでな」
風の麻痺より水の麻痺の方が効果は高い。ボビーは両方使える。
「マックスの麻痺の魔術を放ってみます。倒れたら回復薬をお願いします」
「分かった、心配するな」
「ウォーター」
恐竜の動きが止まった。しかし倒れはしない。ボビーも何とか持ちこたえている。回復薬を渡すとすぐさま口をつけた。
「今ので、クマなら何頭ほど気絶させられた?」
「多分十数頭かと」
恐竜は三十秒くらいした後、首を上下左右に動かし始めた。
クマ十頭レベルでは無理なようだ。ここは敵陣、実験を続けるには危険が伴う。あと一回か、今度は自分の銀の魔法を試してみよう。恩賜の魔法剣があるのでクマ二十頭分が気絶する力でどうだ。
「サンダー」
雷光が恐竜目がけて走る。今度はビクッとして止まる。手応えはあった。一呼吸後、恐竜がどっと倒れた。恩賜剣を納める。気絶させるだけなら雷魔法をクマ二十頭分でも楽勝だな、仕留めるとなると、一頭なら全く問題ないが、複数なら厳しいものがあるかもしれないなとヘンリーは感じた。
「そばに寄って確認する。それまでボビーは待機してくれ」
「……大丈夫ですか」
ボビーが心配そうな顔を見せる。
「いざとなれば再度雷魔法で倒すさ」
にやりと笑って応えた。
「お気をつけて」
下に降りて恐竜のそばに寄り、鼻と口許を確かめる。呼吸をしている。
「よし戻ろう」
ヘンリーとボビーはトンネルに入り、出口を土魔法で閉じて、味方陣地側へと向かった。