第十六話 隠密の魔術
部隊へ戻り、先にスミス大尉たちを紹介した後、ヘンリーから分隊長の命令と現時点で分かっていることを話す。『ダイナソー』作戦の内容をあまねく説明し、部下たちと共有する。
みんな神妙な面持ちで聞いている。ごくりとつばを飲み込んだのか、喉がかすかに鳴る音がする。オーリーとフィンの新兵の二人から発せられていた。いく分顔色が青白い。
両隣のボビーとアレックスから背中を軽く叩かれている。年上二人の配慮がありがたい。ボビーが二人の目を見て、目じりを下げて明るい口調で語りかけるように言う。
「初陣だ、緊張するのは当たり前のことだぜ、俺もそうだったよ」
アレックスも明るい口調で続く。
「誰でも初めてのことがあるさ。俺もビビりまくった」
ヘンリーも極力笑顔を作る。
「二人とも深呼吸をしろ」
二人は手を広げて深い息をする。ヘンリーは周りの人には聞こえないようにブリーズの口の動きだけで魔術を発動し、温かい風を二人に送った。緊張をほぐすには深呼吸と温かくすることが重要だとヘンリーは認識している。
「……すみませんでした。もう大丈夫です」
二人の顔に生気が戻りつつある。
「隊長の案が採用されたのですね」
ボビーの言葉にも硬さが混じる。
「そうだ、俺は優秀だからな」
わざとふざけてみた。
部下たちの笑う顔が欲しかった。
「何か質問はあるか」
ヘンリーが部下たちに訊く。
「分担は決まっているのでしょうか」
ボビーが立場上なのか訊いてくる。
「敵陣へ入るためのトンネル掘りは俺が担当する。それ以外は今からだ」
「決行日付、時刻は決まっていないのですね」
アレックスが確認する。隠密の魔術のことが念頭にあるのにちがいない。習得していない二人を慮ったのだろう。
「極秘作戦だから、突然決まると思って準備して欲しい」
ヘンリーはみんなに小声でそう話すと、スミスを見た。うなずかれた。間違いではないようだ。部下たちも納得した顔を見せる。
「知り得たことは都度みんなに話す」
「承知しました」
テントを出た後、スミスに「よくまとまった隊に仕上げたな」と褒められた。
今行うべきことは、成否のカギを握っている隠密の魔術の特訓なのは言うまでもない。まだ使えないエズラとフィンへのヒントがスミスたちからもたらせてくれればよいのだが。緑の魔石の手配を考えた方がいいかもしれない。それと使えると言っても未熟な他の四人の錬度も上げたい。
訓練する場所は秘密を要するので基地から十分ほど南に歩いた森の中に広場を造った。特にエズラとフィンの大地に作用する土魔法が活躍する。二人の土魔法の能力は最初会ったときから相当伸びていると感じられた。
『ダイナソー』作戦に従事する十名が集まっている。
「ハイド」
スミスが隠密の魔術を発動する。続けて大尉の部下のウォーカーとベーカーも発動する。二人とも詠唱は小声でさらに短縮されていた。はた目からは気付かれにくく、とても熟練度が高いようだ。
ヘンリーは魔力が見えるので魔術発動の準備が始まったな、と思ったのだが、その時から妙なことに気付いていた。
隠密の魔術は風の魔法ではなかったのか? スミスとウォーカーがまとうのは風の緑の淡い光なのだが、ベーカーからは土の茶色い魔力が見てとれる。
「オーリー、三人が見えるか」
「すいません。見えません」
「ボビーはどうだ」
「スミス大尉とウォーカー少尉はなんとなく感じられます。今私の背後に少尉がまわりこもうとしています」
ボビーの言う通りウォーカーが背後を取ろうとしていた。
「正解だ。よく分かった」
ボビーもだいぶ心眼が磨かれたようだ。彼は風魔法で隠密の魔術が曲がりなりにも使えるようになった。しかしこの現象はどういうことだろう。ボビーが使える風の魔力と同様の緑色の淡い光を纏ったスミスとウォーカーの存在が分かり、茶色の魔力を纏ったベーカーを認識できない意味は? ボビーには風の適性があり、土の適性はない。使える魔力と関係がありそうだ。しかしそれよりも今はベーカーの土の魔力で使っている隠密の魔術のことだ。姿を消しているベーカーのまとう魔力に向けて、話しかける。
「ベーカー少尉。貴方は土の魔力が得意なのか」
ベーカーが隠密の魔術を解いて姿を見せた。驚いた顔をしている。
「その通りだ」
ヘンリーがベーカーのそばに寄り、耳元で声をひそめて訊いた。
「任務に必要なことだ。風の魔力に適性がないのか?」
人に魔力を訊くことはタブー視されている。それをあえてヘンリーは任務にかこつけて訊いた。
小さく首肯された。
「大地と一体化するように隠密の魔術を発動しているのだな」
目を見開かれた。
ヘンリーは肯定の返事ととらえ、一つうなずくとスミスを見た。
「教官、相談があります」
あえて、大尉と呼ばずに教官と呼んだ。
「どうした」
「まずは二人だけで。みんなは訓練を続けろ」
部隊から少し離れた、誰にも聞こえない場所に移動した。
「うちの部下で隠密の魔術を使える四人はいずれも風魔法使いです。使えない二人は風の適性がなく土の適性があります。先ほど教官とウォーカーの存在を察知した准尉のボビーは風の適性があります。土の適性がありません。ベーカーを察知できなかった理由を考えました。同一適性の隠密の魔術は見破れても適性のないものは不可能ではなかったかと。そこでベーカーに訊ねたのです」
暗黙のルールを無視したことに一瞬言葉を切った。
「土の適性なのか、と」
「そうだ彼には風の魔法の適性はない。土はある」
察したスミスが答えてくれた。
「ベーカーは大地と一体化するようにイメージして隠密の魔術を発動しているようです」
スミスが驚いた顔を見せる。
「そこまで聞いたか」
ヘンリーは深く頷いた。
「今回の作戦のためです。私の部下の風適性のない二人はまだ隠密の魔術ができませんが、土の適性があります。ベーカーと同じです」
「ベーカーのやり方をその二人に伝授させて欲しいということだな」
「その通りです」
「ベーカーにその二人を任せよう。またウォーカーには、ほかの四人を鍛えさせよう。彼らは幹部候補生学校の魔術実技の教官候補だ。本番前のいい準備になる」
「そんな二人にお教えいただけるとは、うちの隊員も恵まれていますね。是非お願いします」
ベーカーの教えも的を射たものだったのだろう、その日のうちに土魔法組の二人も隠密の魔術を習得した。あきらめずに毎日努力し続けていたその成果が一つのきっかけですぐに表れた。これには全員が驚いた。そして喜んだ。
「ありがとうございますベーカー少尉殿」
会得した二人が頭を下げる。教えた方も嬉しかったのだろう、ベーカーも笑顔を返している。
二人はヘンリーの許に来ると上気した顔付きで言葉を重ねた。
「成せばなると思っていました」
「それを教えてくれた隊長のおかげです」
エズラ、フィンは麻痺の魔術では他の四人より秀でている。ところが隠密の魔術は使えなかった。一つの成功体験が彼らの負けず魂を燃やし続けた。その甲斐が今日につながったと言えよう。
「よかったな。できると信じていたさ」
「ありがとうございます隊長」
その後はベーカー、ウォーカー二人の指導の下、数日かけて魔術の錬度も上がり全員が実戦で使えるレベルになった。十人の隠密部隊としての素地ができたと言える。また心眼で追えるのが適性のある魔法、つまり風の隠密では風の適性がないと心眼で感知できず、土による隠密は土の適性がないと無理なことが分かった。
スミスが「これは多分まだ知られていないことだと思う。必ず学校に報告する」と請け負ってくれた。