第十五話 ダイナソー
翌朝、バイロンの部屋に食後来るようにと幹部舎に呼びだされた。前線基地とはいえ、要塞化しており、佐官以上の幹部用の建物が造れている。他は基本的にテントだ。
部屋に入ると懐かしい顔が見えた。幹部候補生学校の魔術実技のスミス次席教官がいた。
バイロンがはっきりとした口調で告げる。
「ヘンリー少尉、第六部隊に任務を与える」
「ハッ」
「スミス大尉とともに恐竜使い強襲と恐竜の解放をすることを命ずる。作戦名『ダイナソー』だ」
スミス次席教官の階級は大尉、佐官へもう一息の位置だ。
「了解しました」
「ちなみにだ、第一から五部隊までは兵站部隊強襲作戦を遂行する。そのため、本基地からしばらくは私も含めていなくなることが多い。第六部隊の上官はスミス大尉だ。励めよ」
自分の提案した作戦が採用されたのはいいが、あまりにも人数が少なすぎる。とにかく考えるのは後だ。
「はい」と答えるしかない。
「詳細は、スミス大尉に聞き、その部下二名とともに連携して作戦に当たれ。スミス大尉頼んだぞ」
「お任せください」
「ヘンリー少尉、期待しているぞ」
力強い目をされた。
「かしこまりました」
スミス大尉と一緒に部屋を出る。
「元気にしていたか」
「はい、部下ともうまく付き合っています」
「それは何よりだ」
スミス大尉が笑顔を見せる。
「今は隠密の魔術を習得させています」
今度は、ほうという風にうなずき、感心したような顔つきになる。学校ではあまり表情の変化を見せなかった印象が強かった。
「ヘンリーの部下と会う前に話をすり合わせておこう」
幹部舎を出る前に受付係に頼み、空いている個室を用意してもらった。
「王都からの伝言を届けに部下二名と昨日の晩、着いたら急にこの任務に就かされた。ストーナー師団長に頼まれたら断れんよ」
「どんな伝言かは極秘でしょうが、大尉がどうしてこの任務に就かれたのでしょうか」
「お前さんが今自分で言ったじゃないか、隠密の魔術のせいだよ」
「……」
「何、素っ頓狂な顔をしているんだ」
ヘンリーが素っ頓狂と指摘された半開きの口を、両手のひらで頬を撫でて元に戻した。
「つまりだ、お前さんの恐竜対策案が師団長まで正式に取り上げられて、作戦が昨日中に練られたのだよ」
今の話を聞いてようやくヘンリーの頭が回り出した。
「作戦上、隠密の魔術が必要なのですね」
スミス大尉が頷く。
「幹部候補生学校を卒業したばかりの新任のほぼとうしろうの案が採用されるなんて前代未聞だぜ。ストーナー師団長もまさかという目をして、どんな奴だと俺に訊いてきた」
師団長にまで話しが届いているとは……、喜んでいいのだろうか。
「在学中には、同期の奴らをしごきまくり、かといって隠密の魔術を習得し、それに恩賜の魔法剣組の優秀な人間です、と説明しておいたよ」
同期をしごいてはいない、一緒に訓練していただけだが……やっぱりばれていたのか。しかし団長へは褒めてもくれたようだ。
「ありがとうございます」
恩賜の魔法剣は成績最優秀者でも毎年与えられるとは限らない。賜らない年の方が多いと聞く。身上書に記入されているとは思うが、師団長クラスとなると全員の分を走り読みするだけでも大変だろうし、もし目を通したとしても覚えきれるわけではないだろう。
「師団長も銀の雷魔法と隠密の魔術に相当期待をかけている」
自分の身上書の内容は覚えられたのかもしれない。銀の魔法が恐竜対策の切り札的存在であることをあらためてヘンリーは感じた。雷光の魔術を使えるのは多分この基地では自分だけだと思うが、隠密の魔術はそうでもない。
「うちの部隊の部下六人中、現時点で未熟ながらも四人が隠密の魔術を使えるようになりました」
ヘンリーの説明にスミスが驚く。
「まさか、冗談だろう。部下を指導するにしても何か月も経っていないだろう」
「鍛えだして二か月弱ですが、四名が曲がりなりにもできていますよ」
「ヘンリーお前は……、学校でも出色だったが、たいした奴だな」
「教官にいきなり隠密で投げ飛ばされたことを思い出して、その通りぶん投げて、教えているだけです」
当時を懐かしむように笑いながらスミスが応じた。
「頼りになりそうだな、よろしくな」
「ただ恐竜使いの居場所は分かるんですかね」
「残念ながらそこまで詳細には不明だが、これを見てみろ」
スミスが内ポケットから折り畳まれた図面を取り出し机に広げた。
敵方の陣地が描かれ、一カ所だけラインに接して赤丸が記されている。
「相手陣は当基地から見ると逆台形の形状をしている」
スミスは分かりやすいようにヘンリーから見て北を上にしてくれている。これを見ると南側の当基地に面するラインが北側より短く、南側の東端に付けられた赤丸の地点から北東へ、反対側の西から北西へラインが描かれている。このラインが壁となっているのだろう。確かに逆台形スタイルの陣構えだ。
「恐竜の位置だけは分かっている。それがこの赤丸だ。ここに約百頭の恐竜がいる。そしてそのそばには恐竜使いたちが控えていると思われる。彼らは一つの地域の住人で、そこで恐竜が繁殖されている。だからこの地でも全員一緒にいる可能性が高い」
「一地点強襲するだけで作戦は完了するわけですね」
ヘンリーは敵地に入りさえすれば何とかなりそうな気がしだした。そうかそのために必要なのが隠密の魔術かと得心がいった。
「昨日の昼間、塀の上から観察しました。恐竜とそのそばにいた恐竜使い、彼らからは熟練の兵士の雰囲気は感じられなかったですが」
ヘンリーが昨日見ただけだったがその感想を述べた。
「彼らは軍人でも役人でもなく軍役に就かされた村民だ。兵士の訓練は受けていない。恐竜使い専門の人間だ、五頭を一人が操れる、今の敵陣に二十人いるはずだ」
「サーカスの猛獣使いと同じ。だけどやらせることは兵士と同じ。敵の殺戮というわけですか」
「そうだ。まるっきり無辜の人間というわけではない」
殺戮が仕事とはいえ、兵士でない者たちを手にかける、となると考えものだったが、今の話合いでいくらか罪悪感は減じた。
「分かりました」
スミスの説明を聞いて成すべきことを理解したが、敵陣の情報はどこからなのだろうか、という思いがかすめた。
はたと気がつきスミス大尉をじっと見た。
「お前の考え通り、北へ放った間諜からの情報を俺は王都から持ってきた」
そういうことかと納得した。
「今から数日中に敵方の西側の壁を目がけて夜襲をかける。それに乗じて俺たちが隠密の魔術で夜襲の反対側の東側を目指す」
「西側の夜襲が陽動で、うちら東側が本命ですね」
「そうだ。トンネルを掘って敵陣に侵入し、恐竜使いを強襲し、無力化する。できたら捕虜にできればなおいいのだが、ダメなら」
スミスが右手で首を狩る真似をした。捕虜にして恐竜の情報を入手できれば今後の対応が取りやすいが最悪の場合は仕方がない。
「そして恐竜を敵陣内に向けて解放する、というのが大まかな筋だ」
「うまくいけば恐竜が大暴れして敵に損害を与えられれば儲けものですね」
「そうなれば勿怪の幸いだ」
スミスも同じように思っているようだ。
「都合よくことが運べばいいですね」
「恐竜使いのそばに敵兵がいれば、問答無用で殺れ。後は臨機応変に対応してかまわん」
硬い表情でヘンリーは首肯した。
ヘンリーとスミス大尉は、途中大尉の部下二人と合流して第六部隊のテントへ向かった。スミスの部下の階級はいずれもヘンリーと同じ少尉で、ウォーカーとベーカーと名乗った。
二人の印象は揃ってどこにでもいそうな、目立たないタイプだった。いや、態とそうしているのかもしれない。二人とも隠密の魔術の使い手だとスミスが教えてくれた。そう言われて、成程な、この二人は日ごろから相当律しているぞ、と心の中でうめいた。