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第十四話 北部戦線

 北部戦の最前線となっている北部方面基地にヘンリー隊は昨日到着した。

 各方面基地への出動は基本二年交代だが、ヘンリーの部隊のように新隊の補充は毎年行われる。去年からヘンリーの属する第二魔術師団は前線で戦っていた。そのためヘンリーの初陣となるここでの勤務は一年の予定だ。

 この基地には第二魔術師団約二百五十人と一般兵士中心の第二、第六、第十の三個兵師団約三万人、それと衛生、監察、兵站計画など後方支援を司る第二支援師団約二百五十人がいる。最高司令官はストーナー第二魔術師団長、第二兵師団長はナンバーツー、第二支援師団長はナンバースリーである。魔術師団の兵士数は少なくとも王国軍隊では魔力が重要視される。

 王国兵全員が要塞化された土壁、いや城壁と言っていい中に退(しりぞ)いている。師団長はじめ、先任部隊へのあいさつでその日は終わった。


 夜が明けきらぬ、通常の起床時間にはまだ早いにもかかわらずヘンリーが率いる第六部隊は揃っている。前線基地においても早朝訓練を怠らない。部下たちの腰の入った滑らかな動きがヘンリーの目に、映り込む。これが魔力を鍛え、いざという時に物を言う。

「今日からが本番だ。俺たちの力を発揮するチャンスだ」

「オー」の掛け声とともに訓練を終えたヘンリー隊が先ず向かうは、腹ごしらえだ。

「腹が減っては戦ができぬ」

「古過ぎ」

 新兵のオーリーとフィンの会話が掛け合いにならずそれだけで終わる。(ことわざ)と単語を小芝居もせずただ発するだけで、いつもの軽妙さと朗らかさが欠けている。ここは戦場、二人はルーキー。平常心を求めるには無理がある。彼らに気を配らねばとヘンリーは思う。ボビー(准尉・一番上)アレックス(上級曹長・二番)と目が合う。ベテランの二人も感ずいたようだ、三人は小さくうなずき合った。

 朝食後、何はともあれ見てみろと言われて新着の補充部隊が順番に城壁に上がる。第六部隊の番になり、最前線で敵陣を眺めた。ヘンリーは目の前に展開されている敵を見て、聞いてはいたが本当なのか、と呆れた思いがこみ上げてきた。

 恐竜がいるのだ。人の指示に従った動きをしようとている。まだ完全に統率されてはいないように見えるものの、五頭単位で動き回っている様子はまるでデモンストレーションするかのようだ。正面の東側から出て来て中央で立ち止まり、また戻っていく。先頭の恐竜のそばに兵士らしからぬ格好をした人間が付き添っている。棒だけで指示をしているようで武器は持っていない。農民にしては整った格好、恐竜使いではあるまいかと想像した。

 ノース公国に恐竜がいるのは知られている。何十年も前に人間が撲滅した恐竜をひそかに飼っていたのだ。サーカスの見世物レベルから兵器として扱えるように公国の軍部が命じて遂に実現させたと教わった。最近の苦戦の原因がこの恐竜だとも。

 恐竜の知識と戦い方は幹部候補生学校で基本を、今回の行軍中に具体的内容を習った。今ヘンリーの目に見えているのはティラノサウルス、体高は三から四メートルほど、全長は優に十メートルほどありそうだ。体重は七、八トンと聞いた。

 表皮は硬く、通常の弓矢や剣や槍では刺さらない。魔術師がいないと太刀打ちできない。攻撃力も高い。その爪と歯は人間を殺傷するに十分な鋭さがある。

 大昔の撲滅作戦ではまず毒饅頭を広く散布し、それを食べた恐竜に教会の開発した魔法をかけると三十分もしないうちに死亡したらしい。今回この作戦は教会の協力を得たとしても統率された恐竜では(えさ)の管理もされており、先ず無理だと上層部は判断している。毒饅頭の生成自体も怪しいものだと引率の先達は勘ぐっていた。

 一般的な方法として、罠を仕掛けて、足の止まった恐竜に火魔法で焼き殺す。または土壁のある所に誘導し、来たところで周囲を全て土壁で覆い、火魔法を使うか、水魔法で溺死させるか、風魔法で大岩を落として押しつぶす。

 そして雷魔法。威力が強ければ一撃で倒せるらしい。凄腕の雷魔法の使い手がいなければ、金属製の矢を風魔法で威力を増して恐竜に刺し、その矢へ魔石による雷魔法を複数同時に当てれば倒せるようだ。残念だが今回、サンダー家は東部戦線に出払っている為、間に合わない。銀の魔石はサンダー家しか保持していないからだ。

 しかし部隊の中に雷魔法を使えるヘンリーがいる。知っているのは部下と幹部候補生学校の筆頭教官と次席教官、それに身上書を閲覧できる軍隊の上層部とその線から上官の何人かは知っているはず。

 命の危険が迫れば使おう。それまでは上から言ってこない限り温存するつもりだ。

 今王国兵は恐竜対策用の罠を仕掛け終わって敵が来るのを待っているのだ。

 だが、ヘンリーの読みでは敵は来ない。罠があるのを察知しているはず。となると膠着状態が続く。敵はそこまで読んで次の一手を考えている。

 罠を撤去してこちらの要塞の壁を突き破る。そこまですれば後は恐竜の出番となり兵士を蹂躙する。敵兵が余裕をもってやってきて敗残兵を狩っていくだけ。

 さて、この要塞の壁の強度はいかほどのものなのだ。敵の破壊力に耐えられるのか。

 水魔法の放水を一点に集中し弱ったところへ土魔法の破壊でこの壁を壊すことは可能なはず。難しいのは、いかにして近づくかだ。壁の遠くからでは魔法の威力が弱くて効果がなく、近づくと迎撃されるのがオチ。

 となるとこの土壁はある程度はもつだろうが、敵は破る(すべ)も考えているはず。

 防御中心とは、なんとも厄介な戦いになりそうだ。どこかに攻め入る突破口はないものかと、敵の陣を眺める。

「おい時間だ」

 第六部隊の七人は壁の下へ降りた。

「隊長、我々はどう対応しますか」

 ボビー(准尉・一番上)が六人を代表して訊いてくる。

「俺たちの部隊単独では動けないと思う。第二魔術師団第六分隊の指示に従うことになる」

 みんなの視線がヘンリーに集っている。

「今晩、第六分隊長のもとで打ち合わせをする。その際にもっとはっきりしたことが分かる。それまで待て」


 夕飯後、第六分隊の打ち合わせが開かれた。

 分隊長のバイロンが六人の部隊長を前に険しい顔つきで話し始める。

「第六分隊は攻撃の遊軍扱いと決まった。つまり臨機応変に動いてよいということだ」

 後ろには副官のドーマーが控えている。ヘンリーは新任、部下以外とはこの基地からの付き合いで、まだよくは知らない。

「お前たちの意見を聞きたい。何か良いアイデアがあればどんなことでも言ってよい。最初はアイデアに対し意見はなしとする」

 ブレーンストーミング、通称ブレスト。質より数を求めて、色んな案を出して比較検討し最終決定するつもりのようだ。

「奇襲をしましょう」

「背面、右側、左側いずれかからの奇襲」

「いくら何でも右、左の言い方はないのでは。方角を指すには東西南北を示さないと誤解を生じますよ。背面の北側の山からか、西側か東側から平地に造られた壁への奇襲、つまり夜襲でしょう」

 第一、二部隊長の大雑把な発言を訂正したのは第三部隊長のバーグ、彼の指摘内容からクレバーな印象を受ける。

「土魔法でトンネルを掘って敵陣に奇襲をかける」

「敵陣内の食料倉庫を強襲する」

「食料を運んでくる兵站部隊を強襲する」

 第四部隊長に続けて第五部隊長が二案連続して提案した。

 兵糧を襲う攻撃は奇襲でも何でもない。敵もそれを読んで、偽装をするなり、強兵を配置するなりしたそれなりの対策を取っているはず。分かっていても異論をはさまないのがブレストのルール。

 みんなの目が集まってくる。第一部隊からお鉢が回ってきて第六を預かるヘンリーが意見を出すよう求められている。ブレストに順番は不要だろうに、と思いながら、ふっと脳裏に浮かんだことを言ってみた。

「敵の恐竜部隊を統率しているのは人ですよね。ということは恐竜使いがいるはず。多分先頭の恐竜のそばにいた兵士らしからぬ人たちが恐竜使いでその部隊は恐竜の間近にいると思います。彼らを襲いましょう。そして出来たら恐竜を解き放ちましょう。敵も恐竜使いがいなければ制御できないはずです。当然敵陣内はパニックとなるのではないでしょうか」

 バイロン分隊長の目が光った。

 その後いろんな意見が出つくした後、第六分隊の方針が決まった。

「食料を運んでくる兵站部隊を強襲する。もちろん敵も対策を立てているはずだろうが、ルートさえ分かれば我が隊は遠距離から魔法での攻撃が可能だ」

 バイロン(分隊長)がみんなを見渡す。六人が頷く。

「兵站部隊の敵の運用状態を探ることから始める。これを第一目標とする」

 見つけさえできれば、敵の食料を奪えなくとも遠距離からの魔法で燃やしてしまえばよい。魔法という武器があるので大部隊ではなく少人数で活動可能だ。つまり敵から見つかりにくいという利点がある。

 分隊長(バイロン)がヘンリーを見て、話を続ける。

「そして、恐竜使い強襲・恐竜解放作戦の可能性を検討する。つまり上申し可能性があるようだったら兵站部隊強襲作戦の状況に応じて優先順位をつける」

「承知」

 全員がその案に納得した。


 ヘンリーはテントに戻ると、部下たちに決まったことを話した。


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