第十二話 グランマ(祖母)秘伝の魔術
次の新たな魔法としてマンドレイクとトリカブトによる毒薬生成を行わせ、麻痺の魔術を全員に習得させることにした。本来銅の魔法適性がなければ錬金釜と錬金棒で毒薬生成すらできないのだが、祖母の手紙によると、信頼関係があれば銅の魔力は手を触れていれば移譲できると記されていた。
「明日は駐屯基地で公になっていない麻痺の魔術をみんなに教える」
新しい魔術と聞いて部下の目が輝く。とくにエズラとフィンは未だ隠密の魔術をマスターしていないのでなおさらだ。
「部外者として回復魔術師と看護師を呼んでいる。彼らには新しい神経系の薬の作成と言ってあるので、そのつもりで対応してくれ」
前回依頼した回復魔術師と看護師の二人が今回も付き合ってくれる。
「承知しました」
毒薬の元となるマンドレイクとトリカブトの根っこは仕入れてすり下ろしてある。部下には錬金釜へ何を入れたかは分からないようするためだ。秘密は自分一人としないと漏れると厄介だ。
「錬金釜で麻痺の元、神経毒を生成する。明日の回復魔術師たちの前では神経薬というからな、神経薬イコール神経毒と脳内変換しろよ」
「「「「「「はい」」」」」」
「一人ずつ、俺から銅の魔力を右手から左手に供給するから、その間中、錬金棒で神経毒になれと念を込めてかき混ぜろ」
「隊長、私たち全員が銅の魔法を使えるわけではありません」
ボビーの言う通りエズラ以外は希少魔法の銅の適性はない。
「心配ない。俺の銅の魔力はお前たちに移譲できる」
「本当ですか」
「俺を信じろ」
みんなの目を一人ずつ、頷き返されるまでしっかりと見る。仲間となって日は浅いがある程度信頼関係を築けたとヘンリーは自負している。
「中の液体を目に焼き付け、さらにその匂いを嗅ぐんだ。強烈だぞ。倒れそうになるが踏ん張れよ。そのために魔術師に回復の魔術をかけてもらう」
「頑張ります」
「これは私の祖母から教わった秘伝の魔術だ」
「今流行のグランマ秘伝シリーズですね」
若い新兵のフィンが物知り顔で話した。
「なんだそりゃ?」
エズラが怪訝な顔をフィンに向けるが、ヘンリーもそれに他の隊員も同様のようだ。
「今王都で有名な店ですよ。グランマっていうのはお祖母さんという意味でそのお祖母さん秘伝のクッキーやビスケット、クラッカーが大流行りなんです。その店の名が『グランマ秘伝のおやつ屋さん』。すごく繁盛している店ですよ。さらにグランマ秘伝の○○というのがトレンドとなっているんです」
そんな店は知らないがここは一番フィンの言う今の風潮とやらに乗ろう。
「私の『グランマ』秘伝の魔術だ。麻痺の効果は保障する。特徴は体験しながら学ぶから詠唱が省略でき、呪文だけで発動できる魔術だ」
詠唱省略の言葉に部下の目が見開く。全員がまだ詠唱し、呪文を唱えないと魔術を行使できない。それが呪文だけで可能な魔術と聞けば興味が高まるのは必然と言えよう。
当日、部下全員がフラフラになりながらも回復の魔術を頼りに何とか錬金棒を回し続けた。
「強烈な匂いだったな」
「この苦労が報われることを祈ります」
ボビーがさも気持ち悪そうに口元をゆがめてヘンリーに応えた。
「想像するだけで匂いが戻ってきそうです」
アレックスも片眼を瞑り、鼻を曲げている。
「それがイメージの強化につながり、無詠唱で発動できる源だ。ずっと覚えておけよ」
「「「「「「了解しました」」」」」」
残り香が鼻の奥を刺激したのかもしれない、シャキッとしない返事が六人から返ってきた。
翌日、これが前線基地に向かう最後の狩りの訓練になる。
朝早くから出立し、全員が麻痺の魔術を詠唱無しで身につけようと意気込んでいた。
獲物のウサギが見える。
「グランマ」
最初の呪文は『なんだそりゃ』だったが、ものの見事にエズラが仕留めた。
取っ掛かりとして『グランマ』があの強烈な匂いの体験を思い出しやすかったようだ。ヘンリーは失笑を禁じ得ない。
他の部下たちも「グランマ」と唱えて次々と獲物を狩っていく。
おい、おい、お前たちもか、と心配になった。
午後には、水魔法の使えるエズラとフィンはウォーターの呪文だけで、アレックス、カレブ、オーリーは風魔法が使えるのでブリーズの呪文だけで、ボビーは両方の適性があるので、水と風の二つを普通の呪文だけでできるようになった。『グランマ』が脱却できてヘンリーは心底安心した。
オリジナル魔術の麻痺が基本魔法に偽装できるのはありがたい。『グランマ』で発動する魔術だと何を言われるか分かりやしない。
「水と風なら水の方が麻痺効果が高いと覚えておけ」
祖母の手紙にも書いてあり、実際に試してもそうだった。
「分かりました」
両方使えるボビーが、ほぉそうなのかと何度も首を縦に小刻みに振る。
「ウォーター」
ヘンリーも麻痺の魔術を放ち、一撃でクマを倒した。
「威力も精度も隊長のは、レベルが違いますね」
一番先にマスターし威力も高かったエズラの言葉にみんながうなずく。
わざわざヘンリーがクマに向けて放ったのは、ひけらかすためではない、部下の麻痺の魔術を発動する際に見える淡い光におかしな感覚をもったからだ。
てっきり淡い光は、『ウォーター』では水色、『ブリーズ』では緑色だと思っていた。ところが、銅色だったのだ。淡い光の濃さは希少魔法の銅の適性のあるエズラが一番はっきりとしており、フィンが続き、他の四人はさらに薄かった。それでヘンリーも確認のため麻痺の魔術を放ったのだが、淡い光は銅色で、エズラより相当濃く輝いていた。
これはよく考えてみる必要がある……。それよりも目の前のこと、部下が習得したことの方が今は重要だ。
「みんなよくやった」
「ありがとうございます」
苦あれば、達成した時の喜びも倍増したかのような満面の笑みの部下たちにヘンリーは教えた甲斐があったと悦に入った。
「ただ室内で使う場合は注意しろ。自分で放った麻痺の魔術を自分も嗅いで気を失うことがあるからな」
水状でも風に乗せても麻痺の効果のある匂いが残る。
「匂いが実体化されたまま残るのですね」
アレックスが確認する。
「その通りだ。濃度によっても異なるが放って相手が倒れた後、四、五分もすれば近づいても問題ない。念の為回復薬を持っていくことをすすめる」
全員がうなずく。
「効果はどれほどでしょうか」
ボビーが訊く。
「俺の経験からすると、今のクマの大きさからすると一時間半程度気絶したままだな」
ヘンリーがマスターして、一人で森に入ったときに確認済みだ。
「クマの体重は約二百キロほどだから、そこから類推して大の大人で四時間程度だと思う」
「隊長のと自分たちではレベルが違いすぎますよ」
エズラが笑いながら言う。
「今のお前たちのレベルで人間相手なら、エズラで約二時間。フィンで一時間、他は三十分程度は失神させることができる。鍛錬すればもっと伸びるからな」
「はい」
武骨な笑みが広がっている。ふと実家の花壇に咲いていた向日葵を思い出した。
「これで一段攻撃の幅が広がったと思うが、習得方法とその麻痺の魔術内容は秘密にするように。戦いになれば必殺技となるはずだ、しかし使う時は必ず水か風の一般的な魔術と周りに思わせるようにしろ」
厳しい口調でヘンリーは命じた。
「承知しました」
これで秘密は保持されるはずだ。麻痺の魔術と見破られても習得方法は分からないはず。部下たちが誰かに伝授しようとしても錬金釜へ入れた中身が分からなければ、そう易々とは解明できないだろう。
夕刻、意気揚々とした部下とともに駐屯基地へ戻った。




