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第十話 部下をもつ

 ヘンリーは一か月の見習い期間を終え、正式に第二魔術師団第六分隊第六部隊長の少尉として六人の部下を率いる立場になった。魔術師団ではなく一般兵士の多い兵師団で少尉となれば、三十人規模の小隊長レベルなのだが、魔法を使えることが絶対条件の魔術師団の人員は少なく入団即役付きとなり、最低でも下士官の伍長から始まり、兵卒はいない。幹部候補生学校卒のヘンリーは少尉からのスタートとなる。

 第六部隊は定員割れし解体され、新たにヘンリーを隊長とし部下ごと構成し直された。定員割れした理由は聞かなくとも分かる。戦場に散り英霊となったか、名誉の負傷で病院送りか、除隊したか、残った兵士も、他の欠員の出た部隊に異動したのだろう。出来たら英霊ではなく、軽微な負傷であることを祈る。

 北の最前線基地へ出発まで新規に集められた部下たちと一か月間を王都外れの駐屯基地で過ごす。軍隊にも親心があるようだ。この間にヘンリーは部下を掌握しチームワークを醸成しなくてはならないと考えていた。


 上官としてヘンリーは部下の身上書が閲覧可能で、既に読んでいる。彼らは全員、爵位持ちの家の出身ではない。係累に貴族はいるようだが、今は六名とも平民として登録されていた。能力面では各人の魔法適性と特技などが書かれており、それをヘンリーは覚えた。

 特に魔術師団の特徴である各人の魔法の把握は重要だ。

 准士官の准尉(兵曹長)のボビーは二十九歳、火、風、水の適性がある。

 下士官の上級曹長(上級兵曹)のアレックスは二十七歳、火、風、土の適性がある。

 下士官の曹長(上等兵曹)のカレブは二十五歳、風、土の適性がある。

 下士官の軍曹(一等兵曹)のエズラは二十三歳、水、土、それに希少魔法の銅の適性があるが、その魔力は薄く銅の魔法の行使は適わずと記されていたのは残念であった。

 下士官の伍長(二等兵曹)のオーリーとフィンの二人は二十一歳、オーリーは火、風の適性があり、フィンは水、土の適性がある。ともに王立セントラル学院卒業後、研究科に進まず二年の兵学校を出て配属されたばかりの新兵だ。

 残念ながら全員総じて魔力は高くはない。魔力値は魔術師の基準二十段階の点数でいうと、全員が適性のある魔法で全てが十点未満、資格に必要な十二点に達していない。


 六名の部下とともに訓練として森へ獣や鳥を狩りに出かける。

 一人で森へ入った時と同じく、オコゼの干物を祠にお供えした。

 全員でお祈りした後、ボビー(准尉・一番上)がうちの爺さんも同じようにしていました、と話した。ヘンリーは笑顔を返す。ボビーがいわれをみんなに説明した。

「女神様は見目麗しい方だとばかり思っていました」「イメージが崩れます」「それにしてもオコゼとはなんと醜い魚なんでしょうか」「そんな不細工な顔を女神様はお喜びになるとは」「そのおかげで天候に恵まれ、ひいては獲物にも恵まれるということになれば万々歳ではありませんか」

 そんな反応を見せる部下たちから肩の力が抜けている。

「まあそんな論法も成り立たんでもないか」

 ヘンリーは六名との仲が少し縮まったように感じた。いや、みんなも新しい部隊に緊張していたのかもしれない。それが少し(ほぐ)れてきたように思えた。頃合いだとみて、ヘンリーは号令をかける。

「出発だ」

 森の中を、獲物を探して進む。


「隊長の風魔法、無詠唱での鎌鼬(かまいたち)の連射はすさまじいですね」

 新兵の二人が逃したキジの三羽を瞬時にブリーズの呪文とともに狩った際に、ボビー(准尉・一番上)に言われた。実際倒したのは鎌鼬ではなく麻痺の魔術である。呪文はブリーズと風の一般的なものなので部下たちに違いは分からない。ヘンリーは詠唱もしないが、呪文もイメージ力が高いせいかブリーズだけで強い風からそよ風、鎌鼬などすべての風魔法の魔術を操れる。これは他の適性魔法でも同じように可能だ。もちろん強く細くするビームなど、意識して変える場合もある。

 今のキジは鎌鼬でも狩れたが、今は麻痺の魔術をブラッシュアップするよう心掛けている。しかし新兵二人の魔法はお粗末だった。

 部下の身上書を見て彼らは総じて魔力が高くないのが分かっている。何とかできないか、指導するには上司としての力量を示すことが必要だと思っていた矢先、おあつらえ向きに魔術を見せつける()い機会を得た。

 魔法を使えるたいがいの人間は巧みな魔術を使える術者を尊敬してくれる。無詠唱でこれだけ精度の高い魔術は滅多にお目にかかれないだろう。

「隊長、ひょっとしてお持ちの剣は恩賜の魔法剣でしょうか」

 アレックス(上級曹長・二番)が恐る恐る訊く。

「そうだ」

 嘘を()く必要もない。恩賜の魔法剣を抜く。鍔から剣身を覆うロケット部に王家の紋章が入っている。

「おうううう」

 部下たちから感嘆の声が上がる。

「間近でそれも抜き身を初めて見ました」

 アレックスの言葉にみんなが首を縦に振っている。

 意図したわけではないが、『実』としての魔法の力と『名』の恩賜の魔法剣で、名実ともに知らしめられたようだ。

 そのまま魔法を振るうわけでもなくベルトの鞘ホルダーに納めた。

「お前たちの魔法の力を見せろ」

 順番に獲物を狩らせた。新兵の二人はウサギさえ狩れず、フォローしたエズラ(軍曹・四番)が水矢を二発撃ってオーリー(新兵の伍長)が止めを刺した。カレブ(曹長・三番)は鹿を一人では無理で、新兵の二人とエズラを加勢させてようやく倒せた。

 イノシシが見えた。大きい。群れのボス。後ろに十数頭を引き連れている。

「全員で当たれ」

 指示を出す。その声に反応するかのように猪が群れで突進してきた。

 カレブ(曹長・三番)エズラ(軍曹・四番)が土壁を二人で二枚作る。イノシシは一枚目を破り、二枚目も破ってきたが、勢いがそがれた。アレックス(上級曹長・二番)が鎌鼬を放つ。

 弱い。猪は倒れず再度向かってくる。ボビー(准尉・一番上)が水魔法で勢いを止める。そこへアレックスが再度鎌鼬を放つ。新兵のオーリー(伍長)も鎌鼬で攻撃し、フィン(新兵の伍長)が水魔法で足止めに加勢する。ようやく先頭のイノシシが横に倒れた。部下が魔法を止めた。

 ――まずい。まだ息の根はあるはず。

 と思った瞬間、イノシシが起き上がり再度突進してくる。後ろからも数頭が続けてやってくる。

 部下たちに余裕はない。

「サンダー」

 雷魔法を放った。突進してきたイノシシがどっと倒れた。後ろに続いていたイノシシも倒れている。残っているイノシシが去っていく。雷魔法の威力は失神程度に抑えている。幹部候補生学校での特訓により痺れ程度から心臓麻痺までレベル調整が利くようになった。

「全員で止めを刺せ」

 イノシシに短剣を突き刺して回った。四頭いた。

「よし、よくやった」

「隊長。今のは……」

 ボビー(准尉・一番上)が驚いた顔で訊いてくる。

「銀の魔法、雷光(らいこう)の魔術だ」

 少しもったいぶった言い方をした。

「初めて見ました」

 アレックス(上級曹長・二番)が目を丸くしている。他の部下たちも一応に安堵と驚愕の表情が入り交じっている。

「誰にも言うな。俺は銀と銅と基本四魔法が使える」

「頼りになります」

 ボビーの言葉にみんなが頷く。

「任せろ、その代わり俺に付いて来いよ」

「「「「「「分かりました」」」」」」

「よし、全員整列」

 ヘンリーは部下を並ばせた。

「お前たちの魔法はまだ魔術になっていない。つまり、魔法を発動する詠唱と呪文の一連の手続きはできているものの魔力が十分乗っていない。だから術の型が中途半端な状態、いわば腰砕けで発動されている」

 部下を見渡すとまだぴんと来ないようだ。

カレブ(曹長・三番)、人を投げ飛ばすときを考えて、その手順を言葉にしてみろ」

 カレブは、体術を得意としていると身上書に書かれていた。

「まず相手の腕と襟をつかみます。そして懐に入ります。次に膝を曲げて姿勢を低くします。そうすると相手が背中に自然に乗っかってくる感じになるので、それを利用しながら腰を入れれば投げ飛ばせます」

「最後の腰が入らなければどうなる」

 カレブがはっとした表情をする。

「腰砕けになり、技が決まりません。腕力だけとなり、型が崩れグタグタになります。よくて相手を横倒しできるか、膝が落ちるくらいで仰向けにはできません。最悪返し技を食らいます」

 みんなも納得顔をしている。

「そうだ、今のお前たちは魔法を発動する際、自分の腕力イコール魔力を無理やり出そうとしているだけだ」

 六人の目がヘンリーを見ている。

「力んでいるせいで魔力がスムーズに流れず持っているはずの量の半分も出せず、呪文に乗っていない。だから威力も腰砕け状態となる」

 六人がヘンリーの説明に大きく頷いた。

「よし、俺がお前たちの魔力を鍛えてやる。明日から特訓だ」

「「「「「はい」」」」」

 部下のやる気がヘンリーには好ましかった。


「それにしも天気と獲物に恵まれましたね」

 ボビー(准尉・一番上)が森の出口で話しかけてくる。フィン(新兵の伍長)が軽い口調で応じる。

「オコゼの威力侮れ難し(あなどれがたし)

 ヘンリーが目じりを下げながらみんなに朗らかに言う。

「女神様に感謝だ」

「ありがとうございます、女神様」

 みんなが森に向かって一礼をした。

「よし、次からお供え物の手配はフィン(新兵の伍長)オーリー(新兵の伍長)だ、任せたぞ」

 ヘンリーが新兵二人に命じた。

「へっ」

「はあ」

 二人の反応にエズラ(軍曹・四番)

「馬鹿野郎、きちんと返事しろ」と叱る。

「「承知しました」」

「なるだけ不細工な面の干物を選んできます」

 オーリー(新兵の伍長)は仕事がきっちりできそうだ。


 こうしてヘンリーは一日で部下の信頼を勝ち得た。


 その晩、婚約者のルナへ手紙を書くことにした。

 見習いになった時に届いた手紙の返事を送った際に、婚約者様ではなく『ヘンリー様』と呼んでよいでしょうかとあったので、もちろんかまわないと書いたのだが、次に受け取った手紙には『親愛なるヘンリー様』となっていて、その文字を見た瞬間、思わず口元が緩んだ。

 今回、冒頭の書き出しを『親愛なるルナへ』とした。今までは『ルナ様』へとしていたが、呼び捨てにしてみた。やっぱりまずいか? 悩みながらも親近感がますのでいいか、と思いもしたがやはり『ルナ様』とした。

 内容は、戦略上のことはもちろん書けない。山の女神様とオコゼを話題にしてみた。ルナは迷信の(たぐい)は好きだろうか? そう思いながらぐっすりと眠った。


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