私が最期に見た景色はとても綺麗でした
Twitterで「私だってほんわか甘々な二人だけの世界とやらを書けるわい!」って啖呵を切って書いたはずの短編。
――魔王が流星を降らせた。
その日、その時……人類が詰み、敗北が決定した瞬間だった。
世界最強の軍事国家の大軍も、世界最高の魔法王国の究極呪文も、世界最大の宗教国家の至上法術も魔王を滅ぼせず。
最速の剣聖の刃も、最狂の賢者の最大呪文も、最優の聖女の神聖術も魔王には届かず。
そんな絶望に抗うべく異界から喚んだ勇者さえも、魔王は止められなかった。
ただただ世界に絶望し、最愛のヒトを奪った世界に破壊のみを齎さんと魔王が放ったその究極呪文は十三の流星を生み出した――否、落とした。
夜になると明るく地上を照らす、至高神の象徴であった十三の月を自らの場所まで引きずり落としたのだ。
中心の至高月に先んじて、その眷属たる十二の流星が大地に触れた時点で……もはや地上に文明というモノは残されてはいなかった。
生き残った人々はただ絶望し、ゆっくりと迫る最期の星を見上げては自らの終わりを指折り数えるしかない。
――どうして自分達はこんな目に遭っているのか?
……その疑問に答えてくれる神は、もう居ない。
ただ生き残った人々はしきりにこう口にする――〝勇者が逃げたせいだ〟と。
「――チヒロ、具合はどう?」
暗闇の中で突然掛けられた声に肩を揺らしながら、ゆっくりと声がした方向へと身体を向ける。
苦笑気味に聞こえる『こっちこっち』という声を頼りに顔の向きを微調整して、やっと私は返事を返す。
「今は何ともないよ」
「そう? 無理したらダメなんだからね」
「……ねぇ、ミリア」
「なぁに?」
明るく、ニコニコとしたイメージを抱かせる彼女の声を聴き、まだ見た事もない彼女の顔を想像して思い浮かべながら私はいつものやり取りを開始する。
「全盲で、身体も弱い私という足手まといに構う必要なんて無いんだよ?」
「……またその話?」
「だって、私には何も返せる物がない……なのにミリアが命懸けで調達してきた食料をタダで受け取るなんて悪いよ」
魔王が落とした流星……その最期の星が落ちる終末まで、残った人類は都市の残骸や荒れ果てた森だったところから食料を漁り、奪い合うのが日常となったこの世界で……私という病弱な障害者はただの足手まといでしかなかった。
今日だって、ミリアは朝早くからこの夜中まで徒党を組んだ大人の男性達から追われながら私の為に二人分の食料を調達してくれたのに、私はただミリアが作ってくれたボロ小屋で寝てるだけ。
「本当だったら私はもう、死んでいた筈の人間だった……無理にミリアが負担を背負う事なんか――んむっ!」
……あぁ、まただ、また彼女は自分の唇で私の口を塞ぐ……
「――ぷはっ」
「ねぇ、チヒロ……私はね、対価ならいつも貰ってるんだよ?」
「……あっ」
少しだけ、ほんの少しだけ怒ったような声色の彼女が私をボロ布だけの布団に押し倒す――それだけで、覚え、慣らされた身体は私の意思に反して勝手に火照り、欲情する……こういうの、パブロフの犬って言うんだっけ。
「や、やめっ……」
耳を甘噛みされ、吐息を吹き掛けられる……目尻に浮かんだ涙を親指で掬い上げながら、頬を撫でられる。
目が見えない私ではろくな抵抗なんて出来ず、ただミリアの好きな様に身体を弄られるだけだった。
「こ、こわいの……! わか、らっ……ないの……!」
彼女の顔が今何処にあるのかなんて分からないのに、無様にも必死になって呼び掛ける。
そんな私の切実な声を無視して、ミリアは私の制服を着崩していく。
「いやだ、やめない……だってチヒロが可愛いから……」
「どうして……なんで……」
――そんな、意味のない呟きを吐きながら今日も私は彼女に抱かれていく。
「……私、ミリアが何を考えてるのか分からないよ」
二人の体液で汚れた身体をミリアに清めて貰いながら、私はポツリと愚痴を零す。
「……なに? まだ足りないの?」
「ち、違うから!」
こちらを揶揄うかの様な口調で、濡れた布をそのまま私の胸に持ってくるミリアの手を阻止しながら否定する。
これ以上は私の体力がもたないし、いつも優しくしてくれるミリアもそれは分かっているだろうから、これは本当に私を揶揄って遊んでいるだけだと分かるけど……でも、終わったばかりでまだ敏感な肌にそれは毒だった。
「……ねぇ、この生活って今日で何日目だっけ」
「……だいたい半年くらいかな」
「……私達が終われるのは、何時になるのかな」
「……さぁ? でもだいぶ近付いて来てるよ」
十二の小月が地上の文明を消し去ってからも、最期の月はまだ落ちて来ない。
聞くところによると、私達生き残った人類に終末を見せ付けるかの様にゆっくりと降下して来ているらしい。
「……最近帰りが遅くなってるよ」
「……」
「……もう、食料も見付からなくなって来てるんじゃない?」
「……かもね」
かつて栄華を極めたらしい、聖王国の首都があった場所ですら半年が限界だったと見るべきなんだろう。
ここに来て人類は同じ場所に留まり続けるか、新たな食料を求めて当てのない旅に出るかを迫られている。
「ミリアならさ、私を置いて行けば何処にだって行けるんじゃないの?」
「行かないよ、何処にも」
「……なんでよ」
「……なんでだろうね」
本当に、ミリアが何を考えているのか……私には少しも分からない。
「――居たぞ! またあの女だ!」
「――チッ」
少し離れたところから聞こえてくる怒声に思わず舌打ちが漏れ出る……私が聖女ミリアとして生きていた頃には考えられない行儀の悪さだ。
でもさ、仕方ないだろう? 流星が降ったあの日から神々の加護は失われ、小娘が身一つで人間の醜さと向き合いながら必死で生きていたら外面なんか気にする余裕ないって。
「――ミリアァァア!!!!」
前方から迫って来る大男……聖女時代に私の護衛騎士だった、信頼していた男が装飾だけは立派な剣を振り上げて襲って来る。
「見栄え重視のお飾り剣術にやられる私じゃないっての!」
あの頃の私は酷く世間知らずで、目の前の男が国で一番の実力と人間性を兼ね備えたひとかどの人物だと信じて疑わなかった。
それでもまさか身分とコネで選ばれた中身がスッカスカのボンボンだったとは思わなかったけどね。
「――シッ!」
先端を削って尖らせただけの、簡単な木の杭を男の眉間を目掛けて投擲する……すぐさま剣の振り下ろしで防がれるけれど、それでもいい。
走る速度を上げ、奴がまた手元に剣を引き戻す前に鍔の部分を踏んづけて足場としながら跳躍――勢いそのまま顔面に膝蹴りを喰らわせてやる。
「ガっ?!」
「クソエギル! アンタは地べたに蹲ってるのがお似合いよ!」
星降りの混乱に乗じて悪いお仲間と徒党を組んで、私の侍女達をボロ雑巾の様に遊び捨てた事は忘れてない。
本当だったらこの手で磨り潰してやりたいところだけど……神々の加護を失った元聖女にそんな力は残ってない。
だからせめて、お前が惨めに屈辱で顔を歪ませる様を見せてくれ。
「毎日毎日物資を奪いやがってぇッ……!! いつか必ずお前をあの女達と同じ様にボロ雑巾にしてやるッ……!!」
「……ふん、やれるものならやってみろっての」
クソ野郎の捨て台詞に振り返りもせず、私はただチヒロが待つ我が家へと全力で走る――
「ただいまー」
いつもの様に、聖王国首都の無駄に入り組んだ下水道を通って辿り着いた郊外……今もなお火事の煙が昇る森の近くに建てたボロ小屋に入る。
そんな我が家には机なんて上等な物はなく、調達してきた食料をそのまま床に置くしかないのが悲しいところだ。
「チヒロ、具合はどう?」
にしても、やはりほぼ毎日の様に奴らが独占している食料を略奪しているだけあって、警戒がどんどん高まっている。
最近では食料を奪うのに失敗する日すらあるのは不味い……何かこの状況を打開する手を考えないと。
「……あれ、チヒロ?」
いつもなら返事が返ってくるのにそれが無い……何かあったのかと、逸る心臓を抑えながらゆっくりとチヒロが寝る小屋の奥へと足を踏み入れる。
「――チヒロっ?!」
「ヒュー、……ヒュー、……」
どう見たって尋常ではない……荒い呼吸を繰り返し、大量の汗をかくチヒロを見て私の頭には最悪の事態を想定する。
そうだ、初めて出会った時からチヒロは病弱で、いつ死んでもおかしくはなかった。
私達の世界の都合で勝手に勇者として喚び出された盲目の少女……それがチヒロだった。
「待っててね、今薬を探して――」
「……待っ、て」
また、掃き溜めの様な場所に戻ろうとする私の袖を掴んで、チヒロはただ首を横に振る。
「……っ、待ってて、直ぐに薬を持って来るから」
チヒロの言外の拒絶を、生に対する諦めを全て無視して私は小屋を飛び出す。
「……ほら、ゆっくり飲んで」
もう何度目だろうか……病状が悪化してから私の意識は朦朧としていて、ハッキリとミリアの声が聞こえる時間も少なくなってきた。
まぁ、でも……この抗生物質も何もない世界でよくもった方じゃないかなって、自分でも思う。
地球に居た頃の私は周囲や行政の手厚いサポートの元、なんとか特別支援学校に通えるまでにはなっていた。
それでも登校できる日はそんなに多くなかったし、ちょっとした事で直ぐに体調を崩したけれど。
「ミ、リア……」
だから、今ここで意識がある内に言っておかないと……そんな、いつ尽きるとも、どんな効果があのかも分からない薬をいくら飲ませたところで意味なんかないって。
ミリアはとっても優しくて強い子だから……こんな勇者に成り損なって、世界を救う事が出来なかったお荷物をさっさと捨てて欲しい。
捨てて、身軽になって最期の時まで生き延びて欲しい。
「わが、ま……まを……言っ、てもい……い……?」
「なに? なんでも言って? 何か食べたい物でもあるの?」
この状況を一言で表すなら――そう、ただ〝運が悪かった〟んだ……私も、この世界も。
「あの、ね……」
人類最後の心の拠り所であった大聖女を生贄に捧げた勇者召喚の儀式で喚ばれたのが、この全盲で病弱な小娘ただ一人だなんて、この世界の人々が落胆するのも無理はなかった。
魔王が月を落とした時だって、大聖女さえ生きていれば……今も落ちる事から抗っている主神の大月の加護を持っていた大聖女さえ生きていれば今の状況はもっとマシになっていたかもしれないんだから。
そんな、この世界にとってマイナスしか齎さなかった私なんかさっさと捨て去って、ミリアは生き延びるべきだ。
「――貴女の、見てる……景色、が……見たいの……」
「――」
だっていうのに、口から出たのはどうしもうない〝生への執着〟だった……ミリアの重しになりたくないとか、偉そうに言っておいて与えられるがままに薬を飲んでいた事もそう。
私は、矛盾した本心を抱えていた――ミリアに私なんか放っておいて生き延びて欲しいのも、生きて、生きて生きて、彼女と同じ景色を最期に見たかったというのも全て偽らざる本音だった。
それが、いよいよ自分の死期が近付いてきたのが分かって溢れ出てしまった。
「ごめ、んね……」
その謝罪は何に対するものなのか……こんな本音を聞かされては元聖女だったミリアは私を全力で助けようとするだろう……そして結局は助けられなくて、心に重い泥だけを残すだけになるだろう。
そんな、酷すぎる呪いを掛けてしまった事に対する謝罪だったんじゃないかな……って、自分では思うんだ。
「……待ってて、必ず戻って来るから」
「ごめ、ん……っ、ごめん、な……さっ、い……」
「いいから、チヒロはここで待っていて」
あぁ、引き留めたい……今すぐ彼女の袖を引いて『やっぱり今のナシだと、嘘だった』と言いたい。
けれど筋力の衰えた私の腕は少したりとも動いてはくれやしない……今さら『どうせなら、最期まで一緒に居て』なんて、後悔して言いたくても出来ない。
「――必ず戻って来るから」
あぁ、待ってよミリア――行かないで。
『大聖女様の命と引き換えに喚び出した勇者が、まさか盲目の病気持ちだったとは……』
「……ッ」
勝手にチヒロをこの世界の終末に巻き込んでおいて、まるで全ての責任を被せるが如く彼女を非難した偉い人達の言葉を思い出しては歯噛みする。
この世界はみんな自分勝手だ、私だって例外じゃない……最初はチヒロに世界を救う為に呼ばれたくせに、なんて……筋違いの恨みを抱えてた。
それなのに、星が降って神々との接続が切れたあの時――どうしようもなく、自分の愚かさに気が付いた。
――お前のせいだ
――お母さんを返せ
――逃げずに戦え
……そんな罵倒を浴びせられながら、生き残った人々の投石を無言で受け続ける彼女を見て胸の高鳴りを抑えられなかった。
人々の理不尽な怒りをただ静かに、そっと受け止め続ける彼女にどうしようもなく恋をしてしまった。
分かるよ、自分でも意味不明だし、気持ち悪いって。
「……ッ!」
でも、だからこそ……そんな彼女が初めて私に本音で、我儘を……言って、くれたんだ。
「ミィ〜リアちゃ〜ん! 散々手間取らせてくれたじゃねぇのォ!」
「がっ、ぐっ……」
だから、ここで躓いている場合じゃないのにッ――!!
「今までずっと出し抜いてこれたからって、今日もまた俺たちから物資を盗めるとでも思ったかァ?! なぁ?!」
「ガッ!」
手下に地面へと押さえ付けられ、身動きが取れない私をエギルは何度も何度も殴り、蹴った。
奴の言う通りで、元々盗みの成功確率が下がっていたところに最近は薬という新しい目標が増えた……隙ができ、無理が来るのは当然の事だった。
「んでよぉ、お前って最近は面白い物も盗む様になったじゃねぇか? いつも奪って行く食料も一人分にしては多いしよ、仲間が居るんだろ? え? 教えろよ」
「……ッ」
前髪を捕まれ、強制的に上を向かせられる……視界に入るエギルのクソ面が酷く不愉快だ。
「なぁ、おい、教えろよ」
「……けほっ、……その薬は私が使うんだよ」
「あ、そう」
「――ガハッ!!」
このクソ野郎……女性の腹を横から遠慮なく蹴り上げやがって。死ねよ。
「なぁ、お前がそこまで隠し立てするって事は相当大事な奴なんだろ」
「……」
「んで、ソイツは今この――たった一つだけ残ったエリクサーがないとダメな状況なんだろ」
肩で息をしながら、どうにかしてこの場を出し抜けないかと周囲に忙しなく視線を走らせる。
私はここでくたばる訳にはいかない……チヒロが家でずっと待ってるんだ。
「……面白くねぇ、まだ諦めてねぇ面だ」
「……」
「俺らと違って未だに死んでないその目がいつも気に入らなかった」
あぁ、そう……お前が私をどんな目で見てたかなんて、これっぽっちも興味がないよ。
「……おい、見ろよ、こっちを見ろ」
「……」
「今お前の目の前に立ち塞がってんのは俺だろうがァ!!」
エギルの怒声が響き渡り、辺りが静寂に包まれる――
「――お前、詰まんない男だね」
「――ッ!!」
降り始めた雪が頬を伝って雫となり、まるで泣いているかの様な表情をするエギルに本音を吐き捨てる。
ここまで詰まらない、中身のない男だとは思わなかったよ。
「女一人に振り向いて貰うために必死過ぎて気持ち悪いって」
「うるせぇ!! お前が欲しい薬はこっちの手にあるんだぞォ!!」
「どうして欲しいわけ? どうしたらその薬をくれる?」
「ハッ! 初めから素直になればいいんだよ……土下座しろ、土下座しながら『哀れな元聖女にお薬を恵んで下さいエギル様』って――」
その要求に対してなんの感慨もなく、私は言われた通りの言葉を事務的に口にする。
「――〝哀れな元聖女にお薬を恵んで下さいエギル様〟」
「……なん、だよ……それ……なんだよ、なんなんだよっ!!」
煩いな、自分で言えって言ったんだろうが。
「お前は、お前はいつもそうだ……俺がどれだけ努力しても振り向いてくれない」
……あぁ、そうだっけ? そういえば初めて会った時からアプローチしてたっけ。
「仕事仲間としか思ってなかったよ」
「……ッ」
そして、今はただのクソ野郎としか思ってないよ。
「もう、いい……お前には地獄を見せてやる」
「……」
「連れて行け、元聖女様による全員参加の性教育だ」
「マジっすか?! 良いんっすか?!」
「あぁ、コイツが泣いて赦しを乞うまで休ませるな」
――訂正、最低最悪のゲロ以下だよ。
――ミリアが帰って来ない。
その事に気付いたのは何日目の時だろうか……光を捉えないこの目では、何回昼夜を繰り返したのかすら分からない。
ただ、とても寒くて、お腹が空いて……心細いという事しか分からなかった。
――もしかしたら、私を置いて何処かに行ったのかも。
だとしたらこれ以上の喜びはないだろう……あのミリアが、私ではなくて自分を優先してくれたんだから。
私というお荷物を捨て去れば、彼女は最期の時までこの世界で生き延びられるはず。
私自らそう望んだ事なんだから、私はこの状況を喜ばないといけない。喜ぶ義務がある。
けれど、やっぱり……そうだとしても私は――
「――寂しいなぁ」
喉はカラカラに乾いて痛い筈なのに、目からは勿体ないくらいの涙が溢れ出て止まらない。
ミリアが居ない――その事実だけが私をさらに追い詰める。
ミリアが居ないと死ぬのが怖いし、ミリアが居ないと寂しくて仕方がない……ミリアが居ないと私はどうしようもなく心が苦しくなる。
私はここまで臆病で寂しがり屋だっただろうか……確かに常に人に囲まれて過ごした人生だった。
家族に囲まれ、お医者さんに囲まれ、ヘルパーさんに囲まれ、ケアマネージャーさんに囲まれ、同級生に囲まれ、王侯貴族に囲まれ……けれども、やっぱりミリア一人が居ない事の方が堪える。
「……寂、しい……寂しい、よ……ミリア……」
残り少ない寿命を掻き集めて、非効率な消費の仕方をして床を這いずる……目が見えないから壁にぶつかって、それだけで息切れしても止まらず小屋の出口を目指す。
「ミリア……! ミリア……!」
立て掛けただけのボロ板を、ドアのつもりらしいそれを長い時間を掛けて押し退けて……私は数ヶ月ぶりに外に出る。
「寒い、寂しい……会いたいよ、みりあっ……!!」
お願いだから、置いて行っても良いから……私の最期の時だけは一緒に居て……私を看取って欲しい。一人では死にたくないよ。
「みり、あ……」
吹き荒れる風が私のなけなしの体温を容赦なく取り立てて行く……ミリアと違って、私に何も与えてくれなかった世界は私から何もかも奪って行く。
雪混じりの泥を掻き分ける体力なんてなく、ただ私は小屋の入口で倒れ伏すだけ。
あぁ、なんと哀れな最期だろうか……寂しさのあまり外に出て、残り少ない体力と寿命を使い切って望み叶えられず……ここで雪に埋もれ、泥に塗れたまま死んでいくのだ。
「み、……り、あ……」
「――なんで大人しく寝てないのよ」
おかしい、どうしてだかミリアの声が聞こえる気がする……走馬灯、ってやつなのかな。
「ごめんね、チヒロ……薬は手に入らなかったよ」
あぁ、ミリアだ……ミリアの声と匂いがする……温かい、今私は抱き締められている。
現金だな……もう動きを止めたと思った心臓がまた少しだけ、活動を再開した気がする。
「い、いの……ミリア……いいの……一緒、に居て……くれれ、ば……それで……」
「そうだね、ごめんね……」
おかしい、ミリアから血と知らない匂いがする……
「みり、あ……」
「ごめんね、下手打っちゃってさ……実を言うともうボロボロなんだ……」
「いや、だ……」
馬鹿だよ、なんで私の我儘を叶えるためにミリアがそんな目に遭う必要なんて無かったのに。
「でもさ、チヒロの最期の我儘をは叶えられるよ」
「なに、を……?」
初めて出会った時とは比べ物にならないくらい、固く、ゴツゴツとしたミリアの手が私の目元に重ねられる。
「最期にね、私の見ていた景色――見せてあげる」
そう、ミリアが言った瞬間……私の目元に置かれた彼女の手から温かい光が流れて込んで来る。
「『今は亡き至高神の眷属よ、地に落ちた十二の月の一柱よ――』」
まず最初に思った事は『辞めさせないと』という事だった……何故だから知らないけど、ミリアがしている事は彼女の寿命を縮めると直感でそう思ったから。
「待っ、て……!」
「『北北西に座る十一の君の僕、ミリアが願い奉る――』」
大丈夫だと、心配する事はないと……目元に置いたのとは逆の手で握られるけれど、その手からどんどん体温が無くなっていく気がして私の不安は大きくなる。
「『地に落ちてもまだこの声が聞こえるなら、自らの下僕を哀れに思うなら――』」
私は、ミリアに死んで欲しくないのに……どうして、なんで……
「『どうかたった一度の奇跡をお恵み下さい――〝救恤〟』」
その瞬間、私は果てしない光の洪水に呑み込まれた……産まれてから一度も経験した事のない様な、圧倒的な情報量に脳が焼き切れそうだった。
けれども、それらが過ぎ去った後に私が見たモノは――
「――ぁ、綺麗」
――どうしようもないくらいに残酷で、美しい世界だった。
煌めく星空から降ってくる巨大な銀の岩と、それを包み込むかの様に広がる虹色のカーテン……そんな夜空のキャンパスに散らばる白い雪達と、絶えず強風に吹かれて揺れる木々。
耳から入ってくる音の正体が彼らなんだと、誰に聞かずとも確信が持てた。
「ふふっ、綺麗でしょ?」
「……うん」
「私からのね、最期のプレゼント」
空から視線を下げれば、閉じた瞼から血を流すボロボロのミリアが居て……初めて彼女の顔を、人の顔を見れた。
「……それしか無かった」
「……これが良かった」
譲って貰った彼女の目から、もう枯れ果てたと思った涙が溢れ出る。
「ごめんね、最期まで生き延びられそうにないや」
「いいの、最期まで一緒に居て欲しい」
「ごめんね、もう限界なの」
「いいの、最期まで一緒に居るから」
ミリアを支えていた何かがぷっつりと切れたかの様に倒れ、彼女は自分で支えていた筈の私の上に覆いかぶさる。
「看取ってくれる?」
「看取ってあげる」
なんだろうな、私がミリアに看取って欲しかったのにな……なんて、欲張りな事を思いながら彼女を下から抱き締める。
「どう? 私の見た景色は」
「最高に綺麗だよ」
ミリアも、ミリアが居た世界も……とても美しかったよ。
「そ、う……それは、良かっ……た……」
「うん、うん……おやすみ、ミリア……」
酷い暴行の痕が残る彼女の遺体を抱いて、仰向けになった私の視界に落ちてくる大きな月を見て――私も、そっと……限界を超えた生命活動を停止させる。
「これが、ミリアが見ていた世界――」
――私が最期に見た景色はとても綺麗でした。
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いやぁ、書いてて楽しかった……え? ほんわか甘々な二人だけの世界? ちゃんと書けてるじゃないですか嫌だなぁ()