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My Dear Villain  作者: 遠野
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09.恋は盲目


「じゃあ、そういうことで」

(なんか無駄に気疲れした気がする)


 言いたいことを言って満足したらしく、婚約者殿は颯爽と去っていく。

 きっと食堂に向かうのだろう。

 騎士学科の友人か、あるいはイザベラと共に昼食を摂るに違いない。


 かくいう私は少し疲れた気分で、すぐに移動する気持ちにはなれなかった。

 もやもやも依然として残ったまま、気持ち悪さでそわそわしてどうにも落ち着かない。

 とはいえ、人を待たせていることはきちんとおぼえているので、一息ついたら私もさっさと移動しなくては。


(……うーん)


 もやもや。ぐるぐる。

 もやもや。ぐるぐる。


「あっ」


 なんだか気持ち悪いなとずっと思っていたけど、これってもしかして。


「気持ち悪いんじゃなくて、苛ついてるのか」




   ☩




「ぷっ、あはははは! 君、ムカつきを気持ち悪さと勘違いしてたとか本気で言ってる? マジ? どっちにしろ愉快なことには変わりないけどさぁ、それにしたって、……くくくっ」

「……何もそこまで笑わなくても」


 腹を抱えて笑う幼馴染に、少しだけ眉間に皺が寄った。


 というか、なんでサイスが話に割り込んで来た挙句、こうも楽しげに笑っているんだろう?

 私は義弟の婚約者と昼食をとりながら、何があったか──どんなことを話したのかをざっくりまとめて報告していたはずなんだけど。


 そもそもサイスはいつの間に隣の席に来ていたんだろう。

 全然気が付かなかった。おかしいなー?


「……」

「あの、ララ様。幼馴染が急に申し訳ございません……」

「……い、いえ。それは気にしていませんから、構わないのですけれど」


 彫像のように固まってしまった義弟の婚約者、もといララに謝罪を伝える。

 目を見開いていたララはぎこちなくも再び動き始めると、私たちを見比べながら一瞬言葉を切った。

 そして。


「その、……貴方たちが知り合いだったとは思わなくて」


 おっかなびっくりといった様子でそんなことを言うものだから、思わず首を傾げてしまった。


 そんなに私たちが顔馴染みであることが意外なのかとか、ララは私たちが幼馴染だと知らなかったんだっけとか、色々な思考が頭の中を駆け巡る。


(……あ、そういえば)


 義弟とララの婚約が決まったのは、私とサイスが疎遠になってからのことだっけ。

 それなら知らないのも当然だ。

 折角の機会だし、今のうちに紹介しておこう。


「ララ様、改めてご紹介します。こちら、私の幼馴染の」

「サイスだ。……と言っても、君は僕のことを知っているようだけどね?」

「サイス様、最初の挨拶くらい大人しくしてください」


 にぃ、と笑ったサイスに嫌な予感を感じたので、言葉を途中で遮るかたちで窘めさせてもらった。

 ジトリと睨むと溜息をつきながら肩を落とす。


 まさかとは思うが、仕方ないなぁとでも言いたいのだろうか?

 ……いや、うん、全然仕方なくないんですけどね?


 お願いだから初対面の相手に一々嫌味を言おうとしないで欲しい。

 特にララは義弟の婚約者であり、私の数少ない友人でもあるのだから。


「ええ、まあ。噂で少しだけ」

(……噂?)

「遅ばせながら、ララと申します。以後お見知りおきを」

「ララ、ね。……クリスティ侯爵家の次女あたりか」

「えっ」

「サイス様、そういうことは口に出さないでください。なんの為の規則だと思ってるんですか……」


 ララがびっくりしてまた固まっちゃったじゃないか、もう。


「……よくわかりましたね」

「入学前に少し情報収集しておけば、それくらいちょっと考えるだけでわかるだろ」


 ララの感嘆に対し、サイスは呆れ顔でつっけんどんに言う。


(……うーん?)


 さも簡単そうな言い方だったけれど、本人が言うほど簡単なことじゃないと思うのは私だけかな。

 生徒数が膨大な学院で、溢れかえるほど在籍する女子生徒の一人の素性を正確かつ仔細特定する、なんて。

 ……そんなことはないと、サイスの情報処理能力が高すぎるだけだと信じたい。


「ところでサイス様」

「何?」

「いつの間に隣の席に?」

「……は? 何、気づいてなかったわけ? 君が彼女にマイク・ハミルトンとのことを話し出した時だけど? ……いやぁ、通りすがったらずいぶん面白そうな話をしてるなと思ってね。マイク・ハミルトンが今度はどんな愚行を塗り重ねるのか興味があったし、これは是が非でも聞くべきだと判断したのさ」

「なるほど」


 打てば響く、とはまさにサイスにこそピッタリな言葉だと思う。

 一を訊けば十答える勢いでのお喋りは、細部まで理解するのに十分すぎる量だ。

 その内容や聞く人によっては、誤解されがちなのが玉の瑕なんだけども。


 まあ、それがサイスという存在だし、あまりとやかく言うつもりはない。

 よほど時や場所、場合を弁えないようであれば、流石にその時は指摘や注意をしなければならないが。


「それにしても」

「それにしても?」

「僕が隣に来たのに気付かないだなんて、君、マイク・ハミルトンに相当ムカついてたんだねぇ」

「……そう、なるんですかね?」


 頬杖をついてにやにやしているサイスの言葉に、疑問符をつけながら答える。


 自分ではよくわからないというか、そもそも苛立ちを自覚する──感じることすら私には稀なことで、だからこそ気持ち悪さと混同してしまったわけだけど、そんなに自分は苛立っていたのかなぁと首を傾げてしまう。

 確かに苛立っていたことには変わりないけれど。


「そうだろ。じゃなきゃ、君が僕に気付かないなんて有り得ないじゃないか」

「そうなんですか?」

「……言われてみれば、確かに」


 目を丸くしたララが私を見る。


 答える前に今までのことをざっと思い返し、サイスが言う通りだったことに気付く。

 まあ、サイスに限らずシンクに対してもそうだけど。

 今はシンクの話じゃないし、ララはシンクを知らないだろうし、わざわざ口に出すこともあるまい。


「さて、と。聞きたい話は聞いたし、僕はお先に」

「はい。また」


 サイスは席を立ち、足早に返却口へとトレーを運んでいく。

 ほどほどのところで彼の背中から視線を外し、中途半端に残っている昼食に手をつける。


 今日の昼食は手早く食べられるサンドイッチを選んだ。

 婚約者殿に余計な時間を取られたので、好物よりも手軽さを基準に選んだかたちである。


 とはいえ、学食はなんでも美味しいと入学してからの一ヶ月でよく知っている。

 だから食事自体に文句はまったくない。

 文句があるとすれば、こちらの都合を考えずに呼び出してきた婚約者殿に対してだけだ。


「……ケイト様は本当に彼と仲が良いんですね」

「そう見えますか?」

「はい。だって、サイス様とお話している時は表情がたくさん動いていましたから」

(……そうだったのか)


 指摘を受け、自分の頬に触れてみる。


 私は表情が変わりづらいらしく、何を考えているかわからないと言われることも決して少なくない。

 むしろそう言われないことの方が珍しいくらい、無表情がデフォルトだそうで。

 辺境伯家の人たちやララはそれでも気にせず接してくれるけれど、大抵の人には遠巻きにされる。

 ……婚約者殿もたぶん、そのうちの一人だ。


 だからこそ、表情が動いていたという指摘には驚いた。

 サイスを相手にしている時は、怠け者の表情筋も働いてくれるのかと。


 それなら、シンクと話している時もそうなのかな。

 二人がきちんと私の気持ちを読み取ってくれるのは、二人と話している時はちゃんと表情が動くからなのかな。


 それってなんだか、ムズムズするというか、そわそわするというか……。


「そういえば、ララ様はサイス様をご存知だったんですね」


 どうにも気分が落ち着かなくなってきたので、話題を変えさせてもらうことにした。

 いささか急な転換だったが、ララは気にする様子もなく、こくこくと頷いて付き合ってくれる。


「はい。先程も言いましたが、噂で少しだけ」

「その噂がどんなものか聞いても?」

「もちろん構いません。……でも、サイス様と仲の良いケイト様が聞くと、気分が悪くなってしまうかも」

「大丈夫です」


 サイスはあんな性格だから、もしも噂になるとすれば悪い噂──悪意をもって流された噂に違いない。

 薄々そう考えていたこともあり、ララの忠告はストンと胸に落ちてきた。


 淡々としている私にララは迷うそぶりを見せた。

 しかし、結局は話すことに決めてくれたらしい。

 少しだけ声をひそめ、おもむろに口を開く。


「騎士学科の一年にすごく頭が良くて、実技も優秀で、だけどそれ以上にものすごく性格が悪い人がいる……という噂です。端麗な容姿や秀でた能力を持ちながら、性格の面が、その……色々と台無しにしていることから、皮肉を込めて『灸花の君』と陰で呼ばれているそうですよ」


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