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My Dear Villain  作者: 遠野
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07.恋は盲目


「単に能力だけの話じゃないよ。物事を考える頭とか、そういえことさ」

「……ねぇ、サイス? 仮にもあの人と婚約中の私の前で、そこまでこっぴどく言う必要ってある?」

「事実だろう?」

「事実だけど」

「君だって、口に出さないだけでそう思ってるんじゃないか。なら僕と同罪だろ」

「ええ……」


 口に出すのと出さないのじゃ大違いだと思うけどな、私。

 そうでもないのかな。

 うーん、どうなんだろう。


「一々深く考えすぎだろ、君」


 思案を巡らせる私を見て、くくっと喉を鳴らしながらサイスは笑った。


 ……馬鹿にされているわけではないのだろう、たぶん。

 むしろ呆れられているような気がする。


「マイク・ハミルトンとはきっちり話したんだろ?」

「うん。もちろん、そのあとにイザベラともね」

「なのにコレとはねぇ……。よっぽどあの男爵令嬢にご執心と見える」


 どうやら同じ呆れでも、私に向けるものと婚約者殿に向けるものはまったく違うようだ。

 侮蔑混じりの声音に嘲笑を添えるだなんて、サイスは相当婚約者殿が気に入らないらしい。


 ……サイスがそんなに婚約者殿を嫌う要素だとか、要因だとか、心当たりがないのだけど。

 何がそんなに気に入らないのだろうか。


「ああ、そういえば」

「?」

「先週の半ば頃かな。一年の騎士学科で、マイク・ハミルトンの噂が聞こえてきたのは」

「……なんでそのタイミングで教えてくれなかったの?」

「教えたところで、どうせ君にはどうしようもなかっただろ? 学年も学科も違う相手の行動を制限するなんて」

「それはそうだけど、……はあ」


 サイスが言うことはもっともだ。

 学年か、学科か。せめてどちらかさえ一緒であれば、少なからず行動範囲が被って接触する余裕もあっただろうけど、どちらも違うとなれば接触はかなり困難だ。

 ただでさえ、先月は学院での生活に慣れるので精一杯だったというのに。


「それでも、これは大事なことだから。知っていたなら、ちゃんと教えて欲しかったよ」

「……ソレール家にとって、だろ?」

「うん」

「なら、やっぱり教える必要はなかったな」

「えええ? なんで?」

「さあね。自分で考えなよ」


 待って待って、今のどこにサイスが拗ねる要素があったの?

 私にはさっぱりわからないんだけど。

 でも、ここで食い下がっても教えてもらえないっていうのは、長年の経験で知っているし……今度シンクに相談してみよう。

 あの子ならきっと知恵を貸してくれるはずだ。


「……」

「サイス?」

「見ろよ、ケイト。アイツ、僕たちのこと睨んでるぜ」

「睨む? ……あの人が?」


 急に黙ったかと思えば、にやにや笑いながらサイスは外を指さした。


 促されるまま中庭に視線を落とすと、確かに婚約者殿は一心にこちらを見ており、表情も普段と比べ物にならないくらい険しいものを浮かべている。

 隣のイザベラも婚約者殿の異変に気付いたようで、その視線が向かう先──私たちを見つけてひどく焦った様子だ。


「あ、逃げた」

「それでもお互いの手を離さないんだから、流石というかなんというか」

「……最後までこっち睨むのやめないとか、何考えてるんだろうな? 浮気してる癖に良いご身分だよな、ホント」


 サイスは眉間に皺を寄せ、フン、と鼻を鳴らす。


 本当、どうして婚約者殿はこちらを睨んできたのだろう。

 睨まれる理由は、……まあ、ないことはないのか。

 話し合いの場で散々イザベラとの交友関係を清算するように言ったし。


 でも、それって婚約者として妥当な行動では?

 睨まれる道理なんてないんじゃなかろうか。


「大方、君が目障りなんだろ」

「目障り」

「そ。マイク・ハミルトンはケイトのことを『想い合ってる自分たちの仲を引き裂こうとする悪魔』だとでも思ってるんじゃない? 要は火遊びに酔ってるのさ。イザベラ・フロレンスが打算で近寄ってきたなんて、ちっとも考えずにね」

「なるほど。そういうものなんだ」


 ……そうか、打算か。

 そう考えれば、イザベラが婚約者殿に近づいた理由も推測ができる。


 もしかしたら、彼女は最初から婚約者殿の愛妾におさまるつもりで近寄ってきたのかもしれない。

 親に結婚の相手を決められる前に自分を囲ってくれる相手を探していて、その結果としてあの人を選んだとか。


 婚約者殿は年が近く、顔の造形も悪くないし、次期侯爵の地位が約束されている。

 おまけに真面目だし人も良いから、どこの馬の骨とも知れぬ相手に嫁ぐより、彼の愛妾になった方がよっぽど幸せになれる可能性は高いだろう。

 打算的というか、計算高いというか、強かというか。

 行動はやや軽率なところもあるが、なんにせよ目のつけ所はとても良かったと思う。


 話し合いをした際、私相手に従順な姿勢を見せていたのも、のちの正妻から余計な不興を買わないようにと考えての態度だったのかもしれない。

 ……とすれば、浮気現場に遭遇した際に噛みついてきたのは、気が動転してのことだったと解釈することもできる。


(厄介なのは婚約者殿か)


 愛しのイザベラを排斥しようとする婚約者。

 なるほど、字面にすれば明らかに私は悪者だ。

 それならああして睨まれるのも納得できるし、それも当然というか。


 身の程を弁えているイザベラと違い、婚約者殿はイザベラに本気で熱を上げているように見える。

 とすれば、今回のように睨んでくるだけならさして気にしないが、いずれ強硬手段に出てくるかもしれない。

 そうなると、場合によってはソレール家にまで話が及び、養父たちに迷惑がかかって──


「ケイト」

「っ、……何?」


 少し固めの真面目な声が私を呼ぶ。

 警戒の滲む声色から、自然と思考は中断させられた。


「いいかい? ああいう善人気取りのやつはね、自分の言い分を正当化して振りかざしてくると相場が決まってるんだ。だから、なるべく一人で行動するなよ。アイツに何されるかわからないぞ」

「いや、いくらなんでもそこまでは」

「言っただろ。マイク・ハミルトンは火遊びに酔ってるんだ。イザベラ・フロレンスのためとか言って、君に手を上げたり、言いがかりをつけてくる。イザベラ・フロレンスがそれを望もうと望むまいと、絶対にね」

「サイス……」

「婚約者としての役目を果たそうとするのは一向に構わないけど、君は君の身をを守ることに専心した方が良いんじゃない? 無闇やたらに傷つけられず、かつ、自分の無実を証明する手段を揃えておく。大人しく婚約者の座に甘んじているより、そうした方がソレール家的には利益に繋がるかもしれないよ」

「……わかった」


 真摯に、饒舌に、サイスは私の身を案じてくれている。

 そんなサイスにしては珍しい言動に気圧され、思わず大人しく頷いてしまった。


 サイスは自分から悪意を振りまく分、他者から向けられる悪意にも敏い。

 だから、この忠告はきっと、婚約者殿からなんらかの悪意を感じ取ってのことなんじゃないかって。

 妙に険しい表情から、そう思わずにはいられなかった。


「……もし」

「もし?」

「……、いや。なんでもない。……そろそろ帰る」

「あ、うん。わかった。またね」

「ああ」


 歯切れの悪い幼馴染の背中を、あの日のように見送る。


 『もし』──その言葉に、サイスは一体なんと続けるつもりだったのだろう。


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