40.幾久しく、君と
一曲と言わず二、三曲ほど踊り続け、シンクたちと軽食を楽しんだあと。
まだ残るという二人を置いて、私とサイスはホールを出ると、なんとなく中庭のガゼボに立ち寄った。
寮に戻るには早い時間だったことと、もう少しだけ一緒にいたい、という言葉がどちらからともなく出てきたからだった。
「……ふ、ははっ! はははははっ!」
「えっ、何? 急に何?」
人避けと認識阻害の魔法をかけていれば、突如サイスが高笑いを始めた。
不意を打たれた私はびくっと震え、動揺が如実に表れる。
楽しそうなのはいいことだが、はて、一体何がそこまでサイスの笑いを誘ったのだろう?
おねえちゃんははなはだ疑問である。
「いやぁ、傑作だったね! まさかアイツに、こんなに笑わせてもらえるとは思わなかったよ」
サイスはひとしきり笑って満足したのか、上機嫌で話しかけてくる。
訊くなら今が良い時機だと直感したので、早速尋ねてみることにした。
「何がそんなに面白かったの?」
「え? ……ああ、そうか。ケイトは見てなかったんだっけ。いいよ、せっかくだし、この僕が教えてやろうじゃないか。マイク・ハミルトンがシンクたちを見た瞬間、シンクがやらかしたんだよ」
「やらかしたって?」
「キスのフリさ」
「へぇ」
なるほどつまり、角度的にそう見えるよう、タイミングを合わせてシンクが動いたということか。
あの子ならそれくらい、赤子の手をひねるようなものだろうし。
それならマイク・ハミルトンに衝撃を与えるにはもってこいだ。流石シンク。
「で、そのあとは君だよ」
「私?」
「あんな光景を見た直後に『イザベラ・フロレンスは誰でも良かった』の追い討ちだろ? アイツ、イザベラ・フロレンスは両刀遣いだったとでも勘違いして動揺したんじゃないか?」
「……え、何? あの人、シンクを男装した女だと思ったの?」
「どっちとも取れる顔だし、そうなんじゃない?」
くくくっと喉を鳴らしてサイスが笑う。
他人の恋愛嗜好や性的嗜好なんてどうでもいいというか、どうであっても大して気にすることはないだろうに。
たまたま性別不詳のシンクとじゃれていたイザベラを見て動揺するなんて、結局あの人の言う『好き』なんてそんなものだったわけか。
「ああ、面白かった。笑いすぎて腹が痛いよ」
「長いこと笑ってたしね」
「なあ、アイツ、生き延びられると思うか? もし生き延びたら大道芸人にでもなればいいと思うんだけど」
「無理じゃないかな。今までの連中だって、例外なく死んでるって言うし」
残念、と言うわりに、サイスはちっとも動じた様子がない。
散々笑わせてもらったから、という理由だけで言い出しただけなんだろう。
近々摘み取られる命にさして興味はないようだ。
ハミルトン侯爵家の人間──少なくとも元侯爵夫妻とその子どもは、近いうちに皇国から命を取られる。
秘密裏に、ひっそりと処分されるのだ。
二度と禁忌に関わることがないように、関わろうとする者が現れないように、あの施設にまつわる知識がある人間は皇国が粛清してしまう。
それはかつて、私たちが施設から出た直後にも行われたことだった。
施設との無関係が証明され、残された貴族たちは大粛清が行われたのだと囁き合い、震え上がっていたらしい。
それだけ多くの爵位を持つ家が取り潰しの憂き目に遭い、皇国貴族の登録簿から間引かれ、抹消されたためである。
彼らもこれから同じ道を辿ることになる。
そのことに対して、可哀想とも気の毒とも思わない。
何故ならそれが当然の帰結だから。
もし仮に生き残った人間がいるようなら、その時は私たちが手ずから消しに行く。
あの施設に関係する人間が、私たちがつくられる原因になった人間がいるなら、すべからく消してしまわないと。
……今はただ、皇国が責任を持って当事者および関係者を処理する、という契約があるから大人しく見ているだけに過ぎない。
「そんなことより、休暇の予定は決まったかい?」
「そんなことって、元はと言えばサイスが言い出したことじゃないか……」
自由すぎるサイスのせいで急な虚脱感に襲われた。
なんなんだろうな、今日は。
……ああいや、今日というより、ホールを出てからかもしれない。
ガゼボに来たあたりから、妙にサイスの機嫌が良い気がする。
そんなにマイク・ハミルトンの反応が面白くて仕方なかったのだろうか?
それならもう少し、手の込んだ嫌がらせを考えてくるべきだったかな。
一瞬、嫌がらせされる当人からすればたまったものではない思考に走った。
「そうだね。とりあえず、ナインとティオに会いに行くつもりではいるかな。催促の手紙ももらったし」
「……ああ、そういえば、僕のところにも来てたな」
「日を合わせて一緒に行く?」
「それも良いかもね」
「じゃあ、シンクの都合が良い日を訊いておこうか」
「……僕ら二人だけで行ったらアイツ、うるさいだろうしな」
いや、私は別にそんなつもりではなかったのだけど。
最初から三人で行くつもりで『一緒に』と提案していたつもりだったのだけど。
……余計なことは言わぬが花、というヤツだろう。
「あのさ」
躊躇いがちに、サイスが口を開いた。
「うん?」
「マイク・ハミルトンと話してた時、ケイト、僕が欲しいって言っただろ」
「うん、言ったね」
サイスが訥々と言葉を紡ぐなんて珍しい。
一体どうしたのだろう?
覗き込むようにして顔を見ると、月明かりに照らされた頬がほんのりと血色よく色づいていた。
おや、とわずかに目を丸くしながら、続きを促すように相槌を打つ。
「どうせ君にとっちゃ、マイク・ハミルトンへの嫌がらせの一環でしかないんだろうけどさ。……言葉のあやに過ぎなかったんだろうけど、」
「嫌だった?」
「わざと言ってるのか、それ?」
ムッとしたサイスに睨まれた。
……なんとなく悪戯心が湧いてしまったのは本当なので、ここは何も言わないでおく。
まあ、そんなのサイスにはお見通しなんだろうけど。
「……嫌どころか、むしろ嬉しかったさ」
そう言って、サイスは相好を崩した。
はにかんだような笑みには喜びとか、嬉しさとか、そういった好感情が隠しきれずにあふれている。
ぎゅ、と胸の奥が締めつけられた感覚がした。
ちょっとだけ苦しくて、だけどそれは不快じゃなくて。
「ちょっと。何してるのさ」
「いや、その、……サイスの頭を撫でてる?」
「なんで」
「わからない」
「はあ?」
「だって、なんか……自分でもよくわからないけど、急にサイスに触れたくなって」
はっきり答えられず悪いと思うが、訝しまれたって困る。
だって本当にわからないんだ。
どうして突然、こんな衝動が湧き上がってきたのか。
思わず頬に触れてしまいそうだったところを、咄嗟に頭を撫でる方向に舵を切ったけれど……どちらにせよ、サイスに触れたい、という気持ちを抑えきれなかったことに違いはない。
「……」
ああほら、サイスだって言葉を失ってる。
目を見開いて固まっている。
やっぱりこんなのおかしいよね、本当にごめん。
まくし立てるように私はそう言って。
「違う」
「……違うって、何が──」
「僕だってケイトに触れたい。ずっと」
自分もそうだ、と言ったサイスは、薄暗くてもわかるくらい顔が真っ赤になっていた。
真っ直ぐこちらを見つめる視線は熱っぽくて、私も火照ってしまいそうなほど。
「触っていい?」
「……いいよ」
あどけない笑みを浮かべ、サイスはそっと私の頬に触れた。
指先が頬をくすぐり、包み込むように肉刺のある手が添えられる。
ホールから漏れ聞こえる喧騒が遠ざかり、世界から音が消えてしまったようだと思った。
視覚。聴覚。嗅覚。触覚。
流石に味覚はないけれど、それ以外のすべてからサイスを感じ、サイスしか感じ取れないような錯覚を起こす。
……なんだかすごく、心臓がどきどきする。
「抵抗しないの?」
「どうして?」
「君がこのまま何もしないなら、僕はキスするつもりだけど」
暗闇に浮き上がる白皙はやっぱり赤らんでいる。
熱を孕んだ視線はどこか不安げに私を窺い、何かを探っている。
「……私、サイスに言いそびれたことがある」
「何? 突然」
「サイスが欲しいって言ったの、方便じゃないから」
「……え」
「恋愛がどうこうとか言われても、やっぱりまだ私はわからないけど。君を大切に思う気持ちとどう違うのか、区別がつけられないけど。欲しいとか、触れたいとか、そんな風に思うのはサイスだけだ……と思う」
「ねぇちょっと、最後ので台無しなんだけど」
「うぐ」
今まで生きてきた中で初めて思ったことなんだから、少しくらい曖昧でも許して欲しい。
小さくそう付け加えれば、仕方ないなというようにサイスはひとつ、ため息をついて。
「でもまあ、要は良いってことなんだよね」
「うん」
「なら、今はそれでいいよ。今はね」
強調された『今は』について言及したかったところだが、残念ながら未遂に終わった。
それはサイスが唇を重ねてきたからであり、私が行為を受け入れたからでもある。
優しい口づけにふわふわした心地のまま、唇から伝わるぬくもりに酔いしれるように目を閉じた。
君となら悪くない──今はまだそんな言い方しかできない自分が、君が好きだからと、迷うことなく伝えられるいつかを夢見て。
半年と少し、お付き合い下さりありがとうございました。
あとがきや今後の予定等はのちほど、活動報告にて行う予定です。
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