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My Dear Villain  作者: 遠野


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39.幾久しく、君と


 外部の人を招いているため、ホールからはいつも以上の密度と熱気を感じた。


 あまりの混み具合に中を覗いただけでウンザリする。

 今すぐ踵を返して寮に戻りたいところだが、シンクの協力を得ている手前、どうにかぐっと踏みとどまる。


 参加者は老若男女、幅広い世代に渡っている。

 どこもかしこもきらきらしく、一部に限ってはギラギラと表現した方が適切な空間もあった。


 アレはもはや、獲物を狙う猛禽類の目と言うべきか。

 標的に選ばれてしまった哀れな小動物諸君はご愁傷さまである。

 無事に生きて帰れたらいいですね、とでも言っておけば良いだろう。






 いざホールに足を踏み入れれば、ちらほらと──なんて甘いものじゃない。

 少しずつ、少しずつ、着実に視線が増え、じわじわと絞め上げられていくような息苦しさをおぼえる。


 ひそひそ言葉を交わす素振りを見るに、あの婚約破棄騒動は生徒の実家にまで伝わっているらしい。

 仕方ないと思う気持ちが半分、鬱陶しさがもう半分と言ったところか。



「ケイト。ほら、あそこ」



 視線に臆するイザベラを宥めていたシンクが、隙を縫って私に囁いた。


 こっそり指さされた方向にさりげなく視線を走らせれば、異様な空間が目に留まる。



(見つけた)



 絢爛豪華のきらびやかな世界で、唯一、正反対の空気が漂う場所。


 重苦しいほど暗くて、どんよりと濁った(おり)の中。


 そこに一人、ぽつねんと佇んでいるのは、かつて私の婚約者だった人間だ。


 皇国の監視下にあるとはいえ、生活を保障されているから身なりはきちんと整っている。

 それでも周囲から避けられているのは、本人が纏う悲壮な空気と虚ろな表情が一番の理由だろう。


 あとは……まあ、人の噂に戸口は立てられないと言うし、そのせいか。



「行ってくる。……イザベラのこと、よろしくね」

「デート一回で任されたよ〜」

「僕を差し置いてデートとか許されると思ってるのか? お茶会で我慢しろ馬鹿シンク」



 こそこそと言葉を交わし、サイスがシンクを軽く小突いたところで、私とサイスは元婚約者の元に向かう。

 挨拶とは名ばかりの、嫌がらせを行うためである。


 その間、シンクにはイザベラの相手を任せた。

 二人が仲睦まじい様子を見せていてくれたらそれで良いので、何をするかはシンクに一任している。

 サイスによればイザベラはシンクに落ちたらしいので、一体何を見せてくれるのか、個人的にかなり楽しみにしている。



「準備はできてるんだよな?」

「当然」



 これから始まるのは、当事者同士のお話である。


 第三者に口を挟まれると面倒だし、なによりも余計なお世話なので、さくっと認識阻害の魔法を展開している。

 外部から招かれた野次馬が解除しようとしてもできない少しばかり強め仕様であり、聞き耳だけでなく読唇術にも対応したものだ。


 学院の魔法科学生なら、私の魔法を解除しようとするだけ無駄だと知っている。

 けれど、外部の人間はそうとは限らない。


 正しく実力の差を理解できている人間なら決して挑んでこないだろう。

 しかし、無駄な挑戦をするのは、なまなかな力の持ち主だと相場が決まっている。


 だからこの際、しっかりと力量の差を思い知らせるためにも、それなりに手の込んだ仕掛けを先んじて済ませておくことにした。

 実力差を思い知れば、余程の馬鹿でもない限り無駄なことはやめるに違いない。



「やあ、こんばんは」

「ごきげんよう、マイク・ハミルトン」



 仲睦まじく見えるように腕を組み、はしたなくならない程度に身を寄せ合って。

 穏やかな微笑みをたたえ、私たちは優雅に声をかけた。


 マイク・ハミルトンは緊張からか全身を強ばらせると、バッと幽鬼が如く真っ白な顔を上げる。

 にこりと笑いかけた私に一瞬、彼は目を見開いて、けれどすぐに忌々しげな表情へと移り変わった。



「っ、マイク・ハミルトン侯爵令息だ。辺境伯家のバケモノ」



 まったく、とんでもないことを口走るお坊ちゃんだ。

 認識阻害の魔法をかけていたからいいものの、そうでなければ大惨事である。


 自分の身に降りかかった不幸を嘆くのは構わない。

 だが、だからといってなんでも言っていい、というわけではないのだ。


 下手なことを言えば、無事で済まないのは他ならぬ彼自身だと言うのに。



「何言ってるのさ。ケイトは合ってるけど?」

「正式な発表をされていないだけで、貴方はもう侯爵令息ではないはずですが。正確には、貴方のご実家は侯爵家ではない、と言った方がよろしいでしょうか」



 何やら、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた様子。


 もしかして気付いていなかった、もしくは知らなかったのだろうか?

 養父がハミルトン家にはとっくに裁定が下っている、と言っていたので、既に知っているものとばかり思っていたのだが。


 私たちが話しかけるまでの姿を鑑みるに、不幸ぶるのに精一杯で話を聞いていなかったのかもしれない。残念な人だ。



「まあ、見たい夢を見るのは本人の自由ですので、とやかく言うつもりはございません。侯爵令息の夢に浸りたいならどうぞお好きに」

「顔を合わせるのもこれで最後になるだろうし、どうせならと挨拶に来てみたけど……君がそんな態度じゃあねぇ? 無駄骨を折らされたようなものだし、僕らはこれで失礼するよ」



 口々に相手を煽り、くるりと踵を返す。

 背中からひしひしと感じる敵意でわずかに口角が上がった。


 さて、彼はどう動くのだろう。


 突っかかって来るようなら、当初の予定通りに。

 騒ぎを大きくするなら、それはそれで面白い。


 何もしてこないようなら……監視生活の中でそれなりに危機回避能力が養われたようだ、ということになるのだが。



「この……っ尻軽女!」



 二人してずっこけそうになった。


 足を止め、サイスと顔を見合せたあと、ただただ哀れみのこもった視線を向ける。



「……それだけか? 本当に?」

「は」

「散々私たちに言われ放題だったのに、まさかそれしか言い返せないなんて。可哀想な語彙力ですね」



 ポカンと呆けるマイク・ハミルトンを前に、はあ、と露骨なため息をつく。


 婚約破棄騒動を起こしたくらいだから、今回も何か盛大にやらかしてくれるのではと期待していたけど……残念ながら、思った以上に彼は退屈な人間だったらしい。


 それなら仕方ない、最後に面白おかしく踊ってもらうとしようか。



貴方なんか(・・・・・)よりサイスが欲しいと思ったのは事実ですが……そもそも貴方との婚約なんて表面上のもので、養父様(とうさま)の仕事のために結んだ一時的な契約です。貴方に対する好意なんて最初からなかったのですから、尻軽も何もないのでは?」

「本当にね。本当の尻軽ってのは、彼女みたいな人のことを言うんじゃない?」



 ちら、とサイスが視線を向けた先に、マイク・ハミルトンもつられて視線を投げる。



「……そんな」



 驚愕の色で食い入るように見つめる様子に、私はうっそりと笑みを浮かべた。



「イザベラは別に、貴方でなくとも良かったみたいですよ。それなりの地位を持つ同年代の人間であれば、誰だって」



 彼女はシンクと軽食ブースで歓談に興じていた。

 あどけない笑顔を浮かべ、さりげなくボディタッチをして。


 あくまでもマナーに則った範囲のものだが、マイク・ハミルトンにとっては衝撃的な場面らしい。

 なるほど、数年前に釣書を見た時の印象のまま、彼は今なお素直で純粋な性質をしていたようだ。

 仮にも侯爵家の跡取りだったというのに、なんともお気楽なものである。


 マイク・ハミルトンはもう少し疑うということをおぼえるべきだった。


 そうすればイザベラの色じかけ(ハニートラップ)に引っかからなかっただろうし、私との──ソレール家の人間と婚約することの意味を考えることもできただろう。


 更に言うなら、彼の両親を疑うことができていたら。

 疑い、そして、翻意を示していたら、あるいは恩赦も有り得たかもしれない。

 あくまでも禁忌に携わったのは彼の両親だと、そう口利きしてもらえたかもしれないのにね?



(まあ、何もかもあとの祭りでしかないけれど)



 にやにやしているサイスに行こう、と声をかけた。


 これで私の嫌がらせは終わった。

 マイク・ハミルトンにこれ以上の用はないし、残りの時間はサイスとシンクのために使おう。そう思って。



「ああ。行こうか、僕の婚約者殿」



 突然、とろりと蕩けるような笑みを向けられ、言葉に詰まった。

 どうしたの、と目で問いかければ、ちらりとマイク・ハミルトンを一瞥。


 なるほど、彼に私たちの仲の良さを見せつけたいのか。

 いやでも、そんなことしたところで大して響かない気もするけどな。


 ……まあいいか、サイスがやりたいって言うなら付き合おう。



「一曲、付き合ってくれる?」

「もちろんさ」



 私も私なりに、精一杯の甘やかな表情を作ってみせた。

 イメージはユーリくんといちゃいちゃする時のララである。


 隣から何やら強い視線を感じたが、もはやどうでもいい。

 深緑の瞳と視線を絡め、手と手を取り合って、私たちはするりとダンスの輪に混ざりこんだ。


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